超人アンサンブル

五月蓬

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1章 BIG3

プロローグ1 『足を洗った男』

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 海には霧がかかる。先も見えない白い世界を、人三人と荷物を載せただけで一杯一杯の小舟が、水面を滑るように走っていた。
 船首には一人の少女が静かに視線を前方に送り、船尾には船の通り道に生まれた白波をじっと見つめる色黒な男がどっしりと構えている。
 その中央で小さな荷物を枕に寝転び、鼻歌を歌っていた男が、閉じていた目を開きぽつりと言った。
 
「快適だねぇ」
「そうかい兄ちゃん? 大船に比べるとうちの船は窮屈だろう?」
「いんや、まるで揺れないし、借りた毛布も柔らかいし、普段寝てるよりも大分快適だ。これなら一日中寝てられるよ」
「変わってるなぁ。いや、うちの船を使うって時点で大分変わってるんだけどもな」

 身体を起こした男は灰色の髪を掻きむしり身を起こす。吹き付ける風に揺れるぼさぼさの髪を鬱陶しそうに掻き上げると、男はにっと歯を見せて笑った。
 今の今まで眠っていた男の眼下には濃い隈があった。やる気無く細めた目と、緩んだ口元にだらしなさが見え隠れするが、よくよく見ればそれなりに整った顔立ちだ。船首の少女が身体を起こした男の顔をちらりと窺ったのを見て、船尾の男は少し不安げに頬を引き攣らせた。
 男はこの小舟の持ち主の舟渡であり、船首にて船の進む先を見る少女は男の娘である。娘を想う父としては、この灰色の髪の青年が、悪い虫でないかと心中穏やかではない。

「しかし兄さん、どうしてまた連絡船を使わないんだい? 今じゃ立派なのが動いてるだろ?」

 今小舟が目指す目的地には、何本もの連絡船が通っている。他にも様々な経路があり、こんな小舟を利用する客は稀だ。以前は忙しく船を走らせていた舟渡だが、今ではめっきり客足は減っており、主に別の方法で生計を立てている。
 それでも舟渡の小舟を利用する者は稀におり、その客が舟を利用する理由は大体決まっている。
 連絡船やその他の交通機関を利用する金がない、もしくはそういった公共機関を利用できない『ワケあり』だ。

 見るからに覇気の無い灰色の髪の男は、恐らく前者であろう。舟渡はそう考えていた。
 敢えてそれを聞いたのは、男に向けられた娘の熱い(舟渡の思い過ごしではあったが)視線を逸らすためであったのだが、灰色の髪の男はばつが悪そうに苦笑してから意外な答えを返してきた。
 
「目立ちたくないんだよ。静かに入区したいんだ俺っち」

 舟渡は一瞬頬を引き攣らせた。心臓の鼓動が耳に聞こえるかというほどに一回だけ大きくなったような気がした。男の見てくれから、勝手に「ない」と判断していた可能性が、突如として浮上してきたからだ。
 モーターボートとまでは行かないが、人が漕ぐよりも速い舟が、少しだけ加速した。

「おっと、びっくりした。親父さんどうしたんだい? 急に飛ばして」
「あ、ああ、悪……すみません。少し手元が狂っちまいまして」

 舟渡は強ばった肩の力を抜き、力の入れ具合を修正した。後方に立つ白波が少し弱まり、頬打つ風の温度が下がった。
 息を呑み、心を落ち着かせる。今度は船の速度は変わらなかった。そして、ようやく気付いた可能性を心の中に次第に浮かび上がらせて言語化する。
 
 ――こいつ、『ワケあり』か?
 
 『ワケあり』、今のご時世、今目指す場所に向かうものには珍しくない事だ。故に舟渡もそんな客に応対した事は多々あった。
 そんな舟渡の中に生じた不安は、男が今まで見たワケありとはまるで違っていた事に起因した。
 筋者には特有の空気がある。ぴりぴりと張り詰めたような、肌を刺す空気。しかし男にはそれがない。極々自然な、堅気の空気。重みというものがまるで感じられなかった。
 仮に男がワケありならば、逆にそれは不気味でしかない。客の素性を気にしない事を舟渡は心掛けていたが、男の得体の知れなさの前に心掛けは吹き飛んでいた。
 
「おいおい親父さん、そう怖い顔で睨まないでくれよ。まるで人を悪者みたいにさぁ」

 ぞっと背筋が凍る思いがして、舟渡は肩を大きく弾ませた。いつの間にか見ていた筈の白波は視界から消え、代わりに横目で見ていた男の顔が浮かび上がっていた。気付かぬ内に、男を値踏みするように睨んでいたのだ。そして男に気付かれた。
 舟渡は息を呑む。男はへらっと情けなく笑い、ぱんと自身の足を叩いた。
 
「もう『足は洗った』んだぜ?」

 冗談でも言ったかのように舌を出した男に、舟渡ははははと苦笑いした。
 しかし見逃さなかった。男の目が、舌を出す前に一瞬冷たく舟渡を睨んだ。そしてその目は、今までに見た筋者とはまた違った色の恐ろしさを秘めていた。
 舟渡は今までに『それ』を見た事はなかったが――今までにも居たのかも知れないが――まず間違いなく男がそれだと確信した。
 
「……あー、待ち遠しいねぇ、俺っちの新天地」

 男は船の向かう先に目をやった。灰色の髪が舟渡の目の前で、ざわざわと波打っていた。心なしか、ぼさっと広がり大きく見えていた男の頭は、先程までよりも大きくなっているようにも感じた。
 
 ――この男は『殺人鬼』だ。
 
「父さん。船、少し速さ緩めて」

 娘に言われて舟渡は船がまた加速していた事に気付く。鼓動に呼応するように、加速していた船を鼓動と共に舟渡が抑えると、風は弱まり男のぼさっとした髪は少し小さく縮んだ。
 男はんん、と背を伸ばして、はぁ、と満足げに息を吐いた。
 
「『超人特区』、そろそろ見えねえかな?」


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