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旅立ち

No.11「怒りの矛先」

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 回し蹴りのように飛んできた左足は、クリスタル・ベアーの顔面の右側に直撃する。

 突進している最中に止まれるわけもなく、ましてやガードをすることなど不可能だろう。

 顔面に当てた左足をナギサはそのまま最後まで振り切った。クリスタル・ベアーは、ボールのようにナギサの右側へと勢いよく転がっていく。

 ナギサはクリスタル・ベアーが転がっていく方向に身体を向け、先程と同じ構えをし直した。

 転がっていったクリスタル・ベアーは、手に生えている鉤爪を地面に突き立て、ブレーキを掛けるように転がる勢いは弱まわめていく。

 勢いが弱まると、地面に突き立てた鉤爪を支点にして身体を捻らせた。身体を捻らせると、体勢を立て直そうとしたのだ。

 しかし、クリスタル・ベアーの攻撃は突進だけではなかった。

 体勢を立て直したクリスタル・ベアーは勢いが止まると、ナギサに向かって飛び掛かる。飛び掛かってナギサの上に乗り、そのまま殺すとクリスタル・ベアーは考えていたのだ。

 この時、クリスタル・ベアーの怒りはすでに頂点にまで達しており、今すぐにでもナギサを殺したいとも思っていたのである。

 そしてナギサは、クリスタル・ベアーの飛び掛かってきた攻撃を避けようとする。さすがにあの巨体にのし掛かれれば、一溜りもないからだ。

 だが、ナギサが今見ている方向では、右側には少女と女性の二人がいる。それとは対照的に、左側には広い道が残されていた。

 右側では避けるためのスペースがないため、ナギサは左側へと飛び込むような形でジャンプする。

 それと同時に、クリスタル・ベアーが先程までナギサが居た場所へと着地したのだ。


――ドゴンッ!


 クリスタル・ベアーが着地すると、地面がその振動により軽く揺れる。

 普通の人なら、今ので一瞬にして戦いが終わってしまうだろう。

 それでもナギサは違った。

 ナギサの目には先程と同じ、で全てが見えていたのだ。

 しかし、クリスタル・ベアーがナギサが居た位置に着地したと言うことは、一つの問題が起きてしまう。

 それはクリスタル・ベアーから見て、左側には少女と女性の二人が居るのだ。

 この時の少女と女性は、目の前にクリスタル・ベアーが現れて、『恐怖』しか感じなかっただろう。クリスタル・ベアーが二人の方を振り向いて、襲われればナギサが助けようとした意味がない。

 だが、ナギサはを信じてこの行動に移したのだ。

 それとは一方、ナギサはジャンプしながら避けると、ぐるりと地面を転がるように一回転をする。そのまま、両手で地面を強く押して空中に身体を浮かせた。そうして浮いた身体を捻らせ、華麗に着地をする。

 着地をすると、ナギサは先程と同じ構えを取りだした。

 そしてナギサの勘は当たる。

 クリスタル・ベアーはちらりと少女と女性の方をチラリと見るが。すぐにナギサがいる方へと振り向き、唸りをあげている。


「GURURU!」


 この時のクリスタル・ベアーは頭の中では二人を殺して喰らうよりも、ナギサを殺すことしか考えていなかったからだ。

 それほどまでに、ナギサは怒りを買っていたのである。

 ナギサはそんなことも露知らず、クリスタル・ベアーが襲いに来るのを待っていた。

 先程の攻撃で、四足歩行では勝てないと悟ったクリスタル・ベアーは、次の手に移った。

 四足歩行だったのを立ち上がり、二足歩行に転じる。

 しかし、ナギサとクリスタル・ベアーの身長差はかなりあった。そのため、身長差並びに体格差を使えば勝てるのではないかと考えたのだ。

 すると、クリスタル・ベアーは右手を振り上げ、ナギサに向かって走り出した。この攻撃は、ナギサと交戦する前に別の者に使った攻撃だ。その者は首から頭が失くなり、殺した技でもある。

 この攻撃がナギサに当たれば勝てる。クリスタル・ベアーはそう思っていた。

 それでもナギサは、逃げることも避けることもしない。構えたままじっと、クリスタル・ベアーを待っていた。

 早くクリスタル・ベアーを戦闘不能駆除しなければ、ずっといたちごっこだ。

 ナギサもそろそろ決着をつけたい。

 その意気込みでいたのだ。


「GAAAAAAAAAAAA!!!」


 クリスタル・ベアーは雄叫びをあげながら、ナギサの方へと走っていく。

 そして振り上げていた右腕が、ナギサに当たる間合いに入った時だ。クリスタル・ベアーはその右腕をナギサに向かって振り下ろした。

 だが、ナギサはこの時をのである。

 次の瞬間、ナギサはクリスタル・ベアーが振り下ろした右腕を左腕のみで受け止めたのだ。正確に言うと、クリスタル・ベアーが振り下ろした右腕の前腕をナギサが左手で掴んだ、と言うことである。

 前腕を片腕で捕まれたクリスタル・ベアーは、かなり驚いた表情をしている。

 それもそうだろう。

 渾身の一発が、意図も簡単に抑えられたのだ。それは屈辱でしかないのである。

 さらに、ナギサは片腕のみで受け止めただけでは、止まらなかった。

 クリスタル・ベアーの右腕を掴んだ左手を自身の後ろの方へと引っ張り出す。思いにもよらない反撃に、クリスタル・ベアーは流れのまま引っ張り出された。

 そのため、クリスタル・ベアーは前のめりになるような体勢になってしまう。

 引っ張り出した右腕の脇に、ナギサは自身の右腕を差し込んだ。差し込んだ右手は、離さないようにガッチリと肩付近を握っている。

 これにより、クリスタル・ベアーの右腕はナギサによって完全に掌握されている、と言うことだ。

 そのまま、ナギサは後ろに出していた右足を前に出し、上半身を捻った。上半身を捻ると、それに連られて下半身と足も一緒に捻られる。

 その結果、ナギサの体は百八十度に捻らせることが出来た。すなわち、視線の方角はクリスタル・ベアーと同じ方向になっているのだ。

 前のめりになってしまったクリスタル・ベアーは、何も出来ないまま、ナギサに右腕を引っ張られていく。

 完全にクリスタル・ベアーが前のめりになると、ナギサは膝を曲げた。膝を曲げると、自然に尻も突き出す形となる。尻を突き出すと、クリスタル・ベアーはナギサの背中の上へと乗っかっていった。

 そのまま、ナギサは曲げていた膝を伸ばす。これでクリスタル・ベアーは完全にナギサの背中の上に乗っている状態なのだ。

 この出来事は一瞬のことで秒数で言うなら、『ほんの数秒』といっても過言ではないだろう。


「うおぉぉらぁぁッ!!!」


 ナギサは両手で掴んでいたクリスタル・ベアーの右腕を地面へと振り下ろした。

 これは日本の武術の一つでもある『柔道』の技の一種。名を『一本背負い』と言う。ナギサは生前、前にいた世界で柔術やCQC、格闘技など、ありとあらゆる近距離攻撃の技を完璧にマスターしていたのだ。

 右腕を地面に振り下ろされたクリスタル・ベアーは、それと同時に身体も宙に舞う。宙を舞うと、最後に残されているのは、ただの地面のみだ。


――ドシンッ!

「GYARUGA!!」


 クリスタル・ベアーは地面に背中から叩きつけられると、肺から全て酸素が抜けたような声を出す。

 この一瞬、痛みのあまりクリスタル・ベアーは目を瞑ってしまったのである。

 次に目を開いた瞬間、クリスタル・ベアーの目にが写り込むのであった。
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