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【おまけ】国王からの贈り物は、可愛いだけじゃない

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「セイヤ殿下。国王陛下から贈り物が届いています」

 寝起きに聞いた執事の報告に、なんだか嫌な予感がする。

 上質な生活環境に、忠実な使用人達と、誠実な臣下達。
 王弟とはいえ、政敵すらいない恵まれたこの境遇が、寧ろ、怖い。

「贈り物……? こんな時期に、何事だ?」


 寝癖のついた黒髪をくしゃりとかきあげて、部屋の片隅に置かれた大きな赤い箱に目をむける。
 戦争に忙しいこんな冬季に、特別な行事なんて無かった筈。
 なんとなく兄王のドヤ顔が浮かんでくる想像を払い、とにかく箱に手をかける。
 と、そこに一枚手紙が添えられていた。

『 可愛い弟へ。
  俺の可愛いセイヤ君。
  俺が君を可愛がってばかりだけど、
  君が『可愛い』と思うものが無いといけないな?
  って思って、可愛い生物を探したんだ。
  北方の帝国極東部の、氷の海に棲んでる鳥らしい。
  しかも空は飛ばないで海を泳ぐそうだよ。
  部屋に置いて可愛がってくれると嬉しいな。
  北方東部は制圧したので、あと1ヶ月位で帰国するよ!
  ソーマより♡                                       』

「?????」

 相変わらず、ふざけた調子の文面だ。
 何に突っ込めばいいかわからないが、兄は1ヶ月後には戦場から帰ってくるらしい。
 とにかく箱を開けよう。しかし大きい。

「執事。これの開封を手伝ってくれないか」
「かしこまりました」

 箱の包装を丁寧に執事がほどいて、箱を開ける。

 ふわふわの、縦長に丸い、太った鳥……?
 つぶらな目に、ペタンとした翼。
 ついてる紙には『ペンギン』と書いてある。

 その丸すぎる姿に、おもわず笑ってしまう。
「なんだこれ? ホントにこんな鳥がいるのか」

「国王陛下は、きっと殿下にそのように笑って欲しくて、贈られたのでしょう」
「しかし子供でもないのに、ぬいぐるみって。まぁ確かに可愛いとは思うけどさ」

 大きな白いお腹に、ペタンとした黒い翼。
 ぎゅっと抱き締めてみると、ふわふわに顔が埋まる。

 これは、確かに、凄く可愛い。

 にこやかに佇んでいる執事の視線にはっとして、そのままペンギンを抱き上げて寝台のそばに据え置く。

「あー、箱は片付けておいてくれ。朝の支度を頼む」
「はい。国王陛下にお返事はお書きになりますか?」
 さっと現れた使用人達が箱を片付け、手際良く身の回りを整えてくれる執事がそう聞いてくる。

「うーん、1ヶ月で帰ってくるなら感想はその時でも……」
「セイヤ殿下。国王陛下は戦場に出ているのです。確かに連戦連勝を重ねておいでですが、戦場に、絶対はありません」
「……そ、そうだな……」

 執事は真面目に心配して言ってくれているのだろう。
 その心遣いはわかるが、あの兄に、心配は必要ない。

 --セイヨン王国の第87代国王、ソーマ=シン=セイヨン。
 絶対切断の剣と絶対防御の盾を与えた精鋭の一軍を随え、国の版図を急速に拡げている。

 その国王個人の能力は、もう人間じゃなくて、魔王だ。
 怪我をしても自動治癒するし、人を触れずに殺す事もできる魔力の黒翼を持っている。
 ……そんな兄を心配するとしたら、弟が好き過ぎる事位だろう。
 戦場の実情を見たことがない王城の執事だからこそ出てくる気遣いだな。

「じゃあ朝食後に、経理承認をみながら手紙を書くよ」
「はい。書き終わりましたら、ご用命下さい」

 使用人と執事が部屋を出てから、一通り身支度を済ませる。

 それにしても寝台の傍に置いたペンギンのぬいぐるみの、存在感が、すごい。

 ふわっとした軽い手触りで、上質の素材を惜しげもなく注ぎ込んでいるのがわかる。
 こんな大きなもの、売ってた訳じゃないだろう。
 たぶん小さな市販品をみて、特注品として作らせたものだというのは、簡単に想像がつく。

「こういう格好良い気遣いは、女性に向けて欲しいんだけど。弟離れできない王様なんて、心配すぎるよ」

 まあ、このペンギンに罪はない。
 ふわふわの頭を撫でて、小さく笑った。







「ふぉぉぉぉぉ…………!!!!」

 戦場にあっては『殺戮王』と呼ばれるようになってきた、ソーマ=シン=セイヨン。
 彼は今、陣地の天幕のなかで、ひとり悶絶していた。

「ペンギンの目に遠視魔法付与しといて良かった……! かわいい,かわいすぎるよセイヤぁぁぁ!!」

 
「うるさいですよ、陛下! 弟君が好きなのは諦めましたが、慎みをお持ち下さい!」

 最強の師団を預かるルイ師団長が、無遠慮に厳しい顔で踏み込んできた。
 数多の戦場を共に突き進むうちに、先代の王から仕えているこの重鎮も、肩を並べる国王の扱い方を心得てきている。

「はぁ、もうセイヤの笑顔があれば、どんな屍でも踏み越えていける……!」
「既に充分、慈悲容赦無く、敵軍を殲滅してきております。制圧された国々は、陛下を冷徹な殺戮者だ、と……」

「ああ、それでいいんだ。世界を征服したら、汚名は俺が全部引き受けて、王位は善政を敷くセイヤに譲渡する。それが、セイヨン王国が安定した宗主国として復活するための最善の策だろう?」
「――陛下! まさか、そんな……」
「そのための進軍で、そのための殲滅と殺戮だ。っと……そんな顔をさせるつもりは無かったんだが」

 肩を並べて戦ってきた信頼するルイ=トレンチ師団長。
 彼にだからこそ口にした本心だったが、今ここで語るには、少し時期が悪かったか。

「――私は、堕ち行く王に仕えてきたつもりはございません。殲滅王だろうが魔王だろうが、宗主国セイヨンの王として、堂々と君臨して頂きたい」
 この50代の重鎮に腰を据えてそう言われてしまうと、流石に返す言葉もない。

「はは、流石師団長だ。その通りだな。それならその基盤を固める為にも、力を貸してくれよ?」
「無論です。ソーマ陛下」
 やっと納得顔になった師団長の肩を叩いて、天幕の外に出る。
 
 凍てつく空気を吸い込んで、見本にした小さな『ペンギン』のぬいぐるみを思い出す。
 ――はじめに目にしたのは、敵兵が逃げた後の陣営跡地だ。
 まさかこの世界に、まだあの可愛い生物が生きているとは思わなかった。

 可愛い上に、絶滅の危機を越えて生息しているなんて、幸運な生き物じゃないか?
 平和と安全、そして王位。
 可愛い大きなペンギンに込めるものは、俺の築く全てだ。
 だから可愛い弟が安全に過ごしているか、確認するのは、当然だろう?

 という言い訳を自分に言い聞かせて大きく頷く。

 またチラッと付与した遠視魔法で様子をみる。
 『ペンギン』の白い大きなおなかのフワフワに顔を埋めて気持ちよさそうにしているセイヤを発見してしまった。

「ふぉぁぁぁぁああああ(萌)……!!!!」

「陛下!! その声はおやめください!!」



「………(私は何もきいてない)………」
 天幕づきの護衛は、ぎゅっと黙る。
 ルイ師団長のいつもの怒声に、ちょっぴり涙が混じっているように、聞こえた。



『黒翼の殺戮王』。

 戦場の敵兵を殲滅し
 逆らう族民を殺戮し
 降伏と服従を終戦の絶対条件とし
 血の海と死臭の荒野を以て、世界を征服した。

 可愛い弟が、安全に暮らすために――。


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