ショットガン・ライフ

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第九章 やっぱり、あたしは主に愛されてるわね♪

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 礼讚のヘシオンらしき人物と対面したステファンは、どうしようもなく困惑していた。
 ジュライが語った言葉が、ステファンの脳裏を駆け巡る。噂を鵜呑みにし過ぎないでくれ、それはこの事態を予期していたとでも言うのか。それはともかくとして、姿を現すなり、ずっと創造主へ祈りを捧げ続けているが、本当に彼女で間違い無いのだろうか。正直、関わり合いには成りたくないが、確認しないわけにはいかない。
「あの・・・貴女が礼讚のヘシオン、クノーリエ殿で間違いないですよね?」
 意を決して話し掛けたステファンに対して、少女はゴミでも見るような目を返してきた。
「・・・何よ、祈りの邪魔をして・・・あんた、誰?」
「っ・・・先日、正義のヘシオンに任命されました、ステファンと申します」
「正義のヘシオン・・・あんたがイーサンの代わり? ずいぶんと、軟弱そうなのが選ばれたのね・・・あんた、所属は?」
「くっ・・・」
 ステファンは、今にも散弾銃を構えてしまいそうな自身の憤りをどうにか抑え込んでいた。ここまで癪に触る物言いをされるのは、彼にも数少ない事態なのである。ステファンの精神は、聖人でも英雄でもない。人生の酸いを吸い続けてきた、ただ小賢しいだけの青年なのだ。つまり、挑発には拳で返したくなるお年頃というわけである。
「何黙ってんの? 所属を聞いてるのよ、所属を・・・早く言いなさいよ?」
「はい・・・私は元々、首都で宣教師をしていました」
「宣教師? ということは・・・あたしの直系の後輩って事?」
「まあ・・・(遺憾ながら)そうなりますかねぇ・・・」
「へぇ・・・」
 クノーリエの視線が、値踏みでもするかの様に、ステファンの頭の先からつま先までを往復する。
「鈍臭そうだけど・・・面白いじゃない。特別に、あたしの子分にしてあげても良いわよ?」
「・・・あはは」
 ステファンの手が手榴弾に伸びたところで、クィラがその肩を押さえ、そっと耳打ちをする。
「・・・気持ちは解る、でも駄目」
(止めるな、こういう手合いは一度痛い目に遭わねば目覚めないんだよ)
「・・・それを投げたら、永遠に目覚めない」
(我々が見つけた時には、既にクノーリエは死んでいた・・・良いね?)
「・・・駄目、お願い」
 クィラの制止で、どうにか思い留まったステファンは、激情を笑顔の仮面で覆い隠すことに成功した。
「あはは、それは光栄ですが、その前に本人と証明して頂きたいのですが?」
「ふ~ん・・・・・・これで良いでしょう?」
 少女は、ローブの襟首からメダルを引き出した。白金に輝く、ヘシオンのメダルである。これで、この少女がヘシオンであることは示された。この場に居るのは礼讚のヘシオン、クノーリエと判断して相違無いだろう。
「ありがとうございます・・・それで、ハンパッツィの生き残りも居たと、エーザ殿より聞いているのですが・・・どちらに?」
「ああ・・・こっち」
 クノーリエは素っ気なく呟くと、膝を叩きながら立ち上がり、横穴の中へと踵を返した。
「・・・良く、出来ました」
 クィラはそう囁くと、肩から手を退けた。
「ああ、自分でもそう思うよ・・・そういえば、何であの変な合言葉が判ったんだ?」
「・・・簡単、彼女がどうか言って欲しいと、懇願していた、から」
「何だかんだ、助けを願っていたというわけか・・・まあ、だからどうという訳でもない。さあ、追い掛けるぞ?」
「・・・うん」
 そして、ステファンとクィラは横穴へと足を踏み入れた途端、異臭が彼らの鼻を突いた。ディーゴンの潜んでいた洞穴に近いが、同じでは無い。生き物が、腐る臭いである。
「・・・クィラ、俺の予想は合っているか?」
「・・・合っている、よ」
「そうか・・・外で待っているか?」
「・・・ううん、付いていく」
「・・・そうか」
 横穴の奥へと進むと、日の光が射し込む広い空間へ辿り着いた。クノーリエは、日差しの下で佇んでいる。その視線の先には、寝袋の中で息絶えている四人の騎士の姿が在った。
「・・・クノーリエ殿、何があったのですか?」
「こいつら、ヤバイ物を食べてしまったのよ。得体の知れない物は食べない方が良いと、あれだけ忠告したのに・・・」
「植物毒・・・ですか?」
「植物だけじゃないわ・・・造物主の領域には、毒を持った生物が多いのよ。私の様に信仰を貫けば良かったのに、食欲なんかに負けて、よく知らない物を食べるから・・・」
 これで、ハンパッツィ隊の全滅が確認された。よって、クノーリエを連れ帰れば、使命は果たされたことになる。
「・・・クノーリエ殿、馬車へ行きましょう。エミチアへ帰るのです」
「・・・こいつらも、連れて帰るのよね?」
「・・・いえ、我々に死者を連れ帰えれるような余裕はありません。それに、彼らは既に自然に帰ろうとしている。ここに置いて行きましょう」
 クノーリエは、酷く虚ろな目で、ステファンを顧みた。
「・・・置いて行けって言うの? こいつらを、こんな場所に?」
「誰もが死に場所を選べるわけではない。誰もが故郷の地を踏めるわけではない。しかして、誰もが安息を願う。ゆえに我々は剣を取り、地獄の扉を蹴り開ける・・・それが、教会騎士の信条のはずです。ハンパッツィともなれば、尚更覚悟の上で・・・」
「ふざけないで!!」
 ステファンの言葉を遮るように、クノーリエは声を荒げた。
「こいつらが死を恐れていなかったと・・・生にすがろうとしなかったとでも? 最期まで、怯えていた。こんな終わりを嘆いていた・・・あたしはそれを看取ってきたの・・・何も知らない奴が、判ったような口を利かないでよ!!」
 その場に泣き崩れるクノーリエ。彼女は死に囚われている、ステファンにはそう見えていた。腐敗が始まっている事から、それなりに長い間、クノーリエは独り濃密な死に触れ続けていたのだろう。彼女は今、死の淵から足を踏み外そうとしているのだ。
 彼は憚る事なく溜め息を漏らすと、クィラの顔を見つめた。まるで、これから行なう事の是非を問うように。クィラは、小さく頷いた。
 クィラの賛成を得たステファンは、おもむろに散弾銃を構えると、クノーリエに向けて発砲した。
「きゃっ!?」
 発砲音がけたたましく、洞窟内で反響する。ステファンの放った単体弾は、クノーリエの眼前の地面を抉り取っていた。彼女は震えながら、尻餅をついた。
「な、何を・・・」
「死に囚われたヘシオンよ、我が神器で、主の身許へ誘わん」
 ステファンは弾丸の装填を行ないながら、クノーリエへと歩み寄った。
「こ、来ないで!?」
 クノーリエは手近な石をステファンに投げ付けた。しかし、彼はまったく意に介さない。
「何で、何でこんな事!?」
「・・・言っただろう、俺達はあんたを救いに来たんだよ。そしてどうやら、あんたには死の救いが必要らしい」
「し、主よ、我が敵、貴方の敵を打ち払いたまえ!」
 クノーリエが文言を唱え、右手を突き出すと、そこから一筋の眩い光線が発せられた。そして、その光線はステファンの腹部を貫通していった。
「あ、あんたが悪いのよ、こんな・・・・・・何で?」
 光線を受けたステファンだったが、何の変化も無く、腹部を撫でている。どうやら、効果が無かったようだ。
「礼讚のヘシオン・・・あんたには、主の光を操り、主の敵を浄化する力がある。少し前の俺ならいざ知らず、今は忠実なる主の代行者だ」
 ステファンは感情を排した真顔で、銃口をクノーリエの眉間に添えた。
「つまり、主は俺の行ないを否定していない。間違っているのは、あんたの方なんだよ」
「そんな・・・あたしは・・・主にさえ、見放されたというの?」
 クノーリエの瞳から、涙が止めどなく、流れ落ちていく。
「嘆く事は無い・・・死はそう悲観的になるものではないのだから。ここで息絶えた騎士達の魂は、きっと聖地へと導かれたさ。肉体なんて、ただの器に過ぎないと、教えにもあっただろう?」
「・・・聖地、へ?」
「そうさ・・・聖地ならば、餓えも渇きも、悲しみからだって解放される。あんただって、行きたいだろう?」
「・・・もう、苦しまなくて、良いの?」
「そうさ・・・あんたは良くやったよ、ゆっくり休みな?」
「・・・ええ、もう疲れたわ」
「・・・ここで質問なんだが、あんたはこんな自分の最期をどう思う?」
「・・・え? いやその、何というか・・・」
「主から恩恵を受けながら、洞窟でメソメソと引きこもり、同じヘシオンに送り出される気持ちはどうかと聞いているんだ?」
「あれ・・・あたしは何をしていたの? 何でこいつに殺されようとしているの?」
「あれ? 情けない自分を恥じて、死のうとしたんじゃないのか?」
「そんな馬鹿な!? でも、あたしが間違っていたのは、確かなわけで・・・あたしって、間違えるんだ・・・」
「いや・・・当たり前だろう、人間なんだぞ、俺達は?」
「人間・・・・・・いや、私は神童だから」
「・・・チッ」
 ステファンは、単体弾をクノーリエの傍らに撃ち込んだ。
「キャッ・・・何すんのよ!?」
「くだらないこと宣ってる暇は無いんだよ。さっさと立て、帰るぞ」
「こいつ、最初と人が変わってない!?」
 ズガンッと音を発て、つま先ギリギリの地面が穿たれる。
「立て」
 クノーリエは血相変えて立ち上がると、クィラの背に隠れた。
「こいつ、絶対ヤバイ奴よ・・・あんたもそう思わない?」
「・・・ん? ステファンは、危ない人、よ? でも、今回は、妥当」
「こっちは手厳しい!?」
「ほら、さっさと歩け」
 ステファンはクノーリエの背を銃口でつついた。
「分かったから、それを向けないでよ!?」
 こうして、横穴を出た3人だったが、そんな彼らを待ち伏せていたかの様に、ブダニシュの軍勢が包囲網を敷いていた。
「・・・ほら見ろ。早く移動しなかったから、囲まれちまったじゃないか」
「あたしのせい!? 仕方ないわね・・・あたしの力、見せてあげるわ!」
 クノーリエは、前に進み出ると、天に向かって両手を伸ばした。
「主が求めるは、善なる心・・・降り注げ、邪なる者を貫く光の雨よ!!」
 彼女が天に文言を捧げると、程無くして光の槍が降り注ぎ、包囲するブダニシュらを刺し貫いていった。
「・・・ん? おっと」
 光の槍がステファンにも降ってきたが、彼はそれを横に一歩ズレて、難無く回避した。
「・・・ステファン、邪なる者?」
「誰か邪なる者だ・・・もしかしたら、本人がそう認識すると照準されるのか?」
「・・・酷い事、するから」
「あんたも許可しただろうに・・・あっ、本性を口止めしておかないと・・・」
 二人がそんな話をしている内に、ブダニシュの軍勢は光へと帰していた。残るは、したり顔のクノーリエだけである。
「どう? やっぱり、あたしは主に愛されてるわね♪」
「・・・それは、どうだろうな?」
 ステファンは、顎でクノーリエに振り返る様に促した。
「はぁ・・・後ろ?」
 何気なく顧みたクノーリエは、衝撃の光景を目の当たりにする。木々を掻き分けて現れた、巨大な怪物の姿である。
「ワレハ、イオニス・グラニ! キョウフセヨ、ハイキヒンドモ!!」
 名有りブダニシュが、襲来したのである。
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