ショットガン・ライフ

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第十七章 ・・・踏んだ、からね

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 ランミィの刃が頭蓋を撫でる感触を、ステファンが確かに感じていたその時、一本のボルトが十字の中心に移動していたランミィの一つ目をかすめていった。
 すると、ステファンの首を掴んでいた手が緩み、刃の動きが止まる。ステファンはこの好機を逃さず、左掌底打ちでランミィを突き放し、さらに左足で蹴り飛ばして距離を取った。そこですかさず、ランミィの背後へエーザが回り込むと、その右腕と首を押さえ、動きを封じてくれる。ステファンはその合間にダッキーを呼び寄せつつ、状況の把握に努めた。
 要点から言うと、ステファンの狙撃は失敗していたという事になる。弾丸は見事に命中したものの、心臓に達する事が出来なかった。やはり、距離を置いての射撃では威力が急激に落ちてしまうようだ。普通なら致命傷なのは確かだが、奴は一撃で仕留めなければならなかった。即死を免れたランミィは、傷口もろとも全身を硬質化させ、生き延びたのである。奴にとって、全身の硬質化は最後の手段だった事だろう。何故なら、最凶の優位性を捨てざるをえないからだ。
 ランミィの優位性とは、当然その容姿である。人間の少女の様な外見、それだけで真っ当な人間なら攻撃するのを躊躇うか、反射的に威力を抑えてしまう。それこそが、ランミィを創造した造物主の意図なのだろう。人間が有する善性の化身たるヘシオンを高確率で弱体化させ、その圧倒的な強さで排除する。何故奴は最初から全身を硬質化しないのか、ステファンは疑問に思っていたが、簡単な話、あの外見の方がヘシオンを仕留めるには適していたのだ。今はそれをかなぐり捨て、全力で足掻いている。だからこそ、逆転の隙が生まれた。ステファンの危機を救ったのは、おそらくジュライの放った一撃だろう。彼に控えてもらっていて幸いだった。お蔭で弱点が判ったのだから。
 ステファンの元に、ダッキーが駆け寄る。ステファンは彼に散弾銃を返すと、代わりの得物を要求した。吐き出されたのは、散弾銃よりずっと小さい、片手で扱えるような銃であった。散弾拳銃とでも言うべきか、こちらも銃身が折れ、2発の弾丸を装填出来る。ステファンは拳銃を手に取ると、右手首に弾帯を巻き付け、空いてる左手には鉄鞭を握らせた。散弾銃は気に入っていたが、接近戦では取り回しが悪い。それでもそこらのブダニシュに遅れを取るつもりは彼にも無いが、相手が強すぎる。あちらが優位性を捨ててまで戦うというなら、ステファンもポリシーを捨てて、相手を打ち砕くと決めたのだ。
 ステファンは、クィラの事を見据えた。そして、勘付いた彼女と視線が交わる。その時、ステファンは腹の内の考えを全て伝えて、それからランミィを押さえるエーザの元へと走った。
「もう少しだけ、押さえていてください!」
 ランミィの眼前に迫ると、ステファンは拳銃を奴の一つ目に向けた。奴の弱点は、この目のはずだ。彼がトリガーを引こうとその時、ランミィの左手が刃へ変化し、ステファン目掛けて切り上げてくる。もちろん、それを予期していたステファンは、鉄鞭でもってその斬撃を受け止めた。ステファンが戦い方を変えたのは、この様な場面で、攻撃と防御の手段が分かれていると攻め方に幅が生まれるからである。
「・・・あばよ」
 拳銃から弾丸が吐き出されようとしたその時、ランミィがさらなる抵抗に打って出た。前のめりになりつつ、臀部を突き上げ、奴を拘束していたエーザを、ステファン目掛けて投げ付けてきたのだ。
「なっ!?」
 あの質量に押し潰されては、ひとたまりも無い。ステファンは咄嗟の判断で後方へ飛び退き、エーザの下敷きになる事態を回避した。
「すみません!」
 謝罪を述べながら、脳震盪を起こしたらしい彼女を踏み台にして、ランミィの顔面に散弾を浴びせたが、両腕の刃で防がれてしまう。
「チッ・・・流石のしぶとさだな!」
 ステファンは行き掛けの駄賃とばかりにもう1発の散弾を撃ち込んでから、弾薬を再装填した。結構な近距離から撃ち込んだはずだが、弾丸は刃にヒビを入れる程度の損害しか与えられていない。しかもそのヒビは、瞬く間に塗り替えられ、元通りの光沢を放っている。やはり、目を狙うしか、活路は無いようだ。
 ランミィは咆哮を発し、ステファンへと斬り掛かった。一方の彼はエーザから遠ざかる様に動きつつ、斬撃の悉くを鉄鞭で打ち返し、隙あらば散弾をお見舞いした。散弾は絶妙に避けられてしまうものの、ランミィを多少は怯ませる事が出来る。その合間に弾薬を装填、また鉄鞭で斬撃を凌ぎながら、虎視眈々と一つ目を撃ち抜く瞬間を狙い続けた。何度も、何度も、性懲りも無く。
 それも全ては、彼女の準備が完了するその時間を、稼ぐ為に。
「主が求めたるは、善なる心! 降り注げ、邪悪なる者を貫く光の雨よ!!」
 ステファンとランミィが予断を許さぬ攻防を繰り広げていた頭上から、クノーリエによる光の槍が無数に降り注いできた。槍は問答無用にステファン共々、硬質化したランミィを刺し貫いた。それにより、奴の動きは封じられる。しかし、ステファンは剣山に成り果てようと、自由に動けた。抜け出そうとするランミィに歩み寄り、銃口を奴の顔に突き付ける。
「・・・そうだ、良い事考えたぞ」
 ステファンは、ニッコリと底意地の悪そうな笑みを浮かべると、銃口で十字内を動き回るランミィの目を捕らえようとした。しばしの格闘の末、ランミィの目はすっぽりと銃口の中に収まってしまう。
「はい、捕まえた♪」
 ステファンは満面の笑顔で、トリガーを引いた。弱点に対する零距離射撃、ランミィの目は弾け飛び、奴は力無く、その場に倒れ込んだ。硬質化も徐々に解けていき、血溜まりを形成していく。ランミィは沈黙した、とステファンはそう判断した。
「見たか、神の威光を!」
 ステファンが、ランミィの死に様をただ淡々と見据えていると、彼の元に、クィラとクノーリエが駆け寄ってきた。
「ああ、流石・・・助かったよ、先輩」
「いやに素直ね・・・張り合いが無いというか、気持ち悪いんだけど?」
「別に、理由が無ければ、いつでも突っ掛かるわけじゃない。今は感心してるから、言葉にしただけの事だ」
「ふ~ん、殊勝な事ね・・・相変わらず口調は不遜だけど」
「それは仕方ないかと・・・ところで先輩、もう一働きして欲しいのだが?」
「えぇ・・・何、無茶ぶり?」
「このランミィの亡骸を、浄化して欲しいんだ」
「それはつまり・・・跡形も無く?」
「ああ・・・これ以上、しぶとく復活されたら堪らないからな」
「そうね・・・やってみる。少しは、あいつの弔いになるかもしれないし」
 クノーリエは神妙な面持ちで両手を組むと、深呼吸をし、主に捧ぐ文言を唱え始めた。
「ここに居るのは悪逆の徒、人の善性を嘲笑い、類い稀なる我らが勇者を廃死させた・・・」
 鈴鳴りの様な声で、クノーリエは場に身の引き締まる静寂をもたらす。
「・・・だが、真なる罪は造物主にあり。今は主の威光に抱かれ、眠ると良い。次なる生が、救いに満ちたものにならんことを」
 文言が終わると、夜の帳の降りた天より、光の柱がランミィの亡骸に射し込んだ。亡骸は光に溶け込み、最後には何も残らなかった。
 まだ祈りを捧げ続けるクノーリエを見守りながら、ステファンはクィラに声を掛けた。
「今回も助かった・・・やっぱり有用だな、その力」
「・・・うん、これでもかと、利用された。ちょっと、頼り過ぎ」
「そう言われると、ぐうの音も出ないな・・・さて、こちらは大丈夫そうだから、エーザの様子でも見に行くとするか」
「・・・踏んだ、からね」
「ああ、踏んだからな・・・」
 ステファンは踵を返し、ジュライに助け起こされているエーザの元へと、歩き出した。
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