カラクレム

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2 第三章 大神林

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 フォルフトは、全体の方針を各集落首長の合議によって決する部族制民族である。
 つまり、各首長は対等という建前上、首邑を持たず、首長らが集まるのは、フォルフトが大神林と呼ぶ聖地と定められている。
 首長の集う時たる大祭を前日に控え、イルムレの首長イグルは、2名の供回りと5人の狩人衆を引き連れ、大神林へと出立した。
 2名の供回りというのはもちろん、カラクレムとファウである。カラクレムは頭巾を被ることでその容姿を隠しており、ファムサと入れ代わることを想定し、片足を痛めている演技もする予定だ。
 5人の狩人衆は、ファムサとアバゥ、そしてイルムレ狩人衆でも指折りの実力者達。彼らは本来、最低限の荷物を自分達で運ぶのだが、負傷中のファムサを運ぶ為に、わざわざ荷車を押している。
 イグルは杖を突きながらも、足の不自由さを感じさせない歩法で、誰よりも速く山道を進んでいく。その昔、荒御霊を用いずに狩人衆の頭目を務めていたという経歴は伊達では無いらしい。全員が、何とかイグルに追随する形で、大神林への道を急ぐ。
 イルムレは、フォルフトの領域の東端に位置し、領域のやや西にある大神林へは一番遠い位置関係になっている。そのせいで急ぐ羽目になっているのだが、それには大祭の決まり事が原因でもあった。大神林への出立は、前日の朝と決まっているのである。
 何故そのような決まり事があるのか、その理由は忘れ去られたが、今日も彼らは律儀に守っている。それが、頭の堅いフォルフトと呼ばれる由縁でもあった。
 イルムレから大神林へは、だいたい日暮れ頃に到着出来るらしいが、それはもちろんイグルの健脚に付いて行ければの話である。主に森と山と高原で構成され、ハルハントへの道以外に整備された道の無いフォルフトの領域、当然ファムサを乗せた荷車が遅れ出す。そこにカラクレムが助力して、どうにかイグルの背中を見失わない程度の距離を保つ。どうにか昼頃には、旅程の半分、領域中央に広がる高原へとたどり着けた。
 イグルとカラクレム以外息も絶え絶え中、昼食を頂く。昼食は、調味料オドと野菜を混ぜたオタルの表面を焼き固めた食べ物、シシカ汁風オタル饅頭だった。この外はカリッ、中はモッタリとした食べごたえが凄まじいものを、息が調う間も無く完食させられ、またすぐに出立する。
 フォルフトは他の民族に、シシカ汁を食べれば一日中狩りが出来る、と豪語しているらしい。だがシシカ汁風ではそんなわけにも行かないようで、足を悪くしている私に負けたりしないだろうなというイグルの圧力が、皆を無理矢理動かしているようだ。
 ちなみに、カラクレムにとって、ここまでの旅程は特に苦ではなかった。道中で、たまに見かける旅の神の木像への祈りを欠かさない程度に余裕がある。これは、アールヴとの基礎体力の違いが、如実に現れた結果とも言えるだろう。
 さて、移動だけでも骨が折れるのだが、道中では狼の襲撃にも手を焼かされた。彼らは頭が良く、こちらがとことん疲れるのを待ってから襲撃してきている。具体的には、休憩に入った瞬間などだ。
 そんな紆余曲折を経て、カラクレム達は無事予定通りに大神林へ辿り着くことが出来た。
 他の集落の者達は、大神林の手前に寝床を構えていたので、我々もそれに倣い、自らの寝床を整えていく。寝床は、鞣し革を張った一人用のテントである。居住性より利便性なのだそうだ。
 寝床が整えば、大抵の者は挨拶に出ていく。残るのは、姿を隠さねばならないカラクレムや、特に知り合いのいないファウ、そして自分から挨拶をするなどプライドが許さないファムサくらいである。
「・・・誰も挨拶に来ない」
 ファムサは荷台の上で、暇そうに一人ごちっていた。
「仕方ないですよ、兄様は不遜極まりない奴として有名ですから。誰もわざわざ関わりには来ないでしょうね」
 フォウは、どこかから借り受けてきた土器とどこかから手に入れてきた野菜で夕食のシシカ汁を作りながら、ファムサに真実を伝える。
「そうか・・・これからは、改めねばならないかもしれぬな」
 ファムサの発言に、ファウがしばし硬直する。そして、ゆっくりとファムサの方へ顔を向けた。
「あ、兄様・・・・・・気持ち悪いです」
「控えよ、ファウ。兄は傷付き易いのだぞ?」
「では、いきなりどうしたのですか? 死ぬのですか?」
「死ぬつもりなど毛頭無いわ・・・あの者、カラクレムに珍妙な真似をされてから、荒御霊が無為に暴れなくなったのだ。まるで熱に浮かされていた様だったのが、今やどこ吹く風よ」
「はあ・・・兄様に何をしたんですか、カラクさん? 厚顔無恥が改善されるなら、嬉しい限りですが・・・」
 寝床の前に居たはずのカラクレムから、返答が無い。ファウが目を向けると、そこにカラクレムの姿はなかった。
「カラクさん・・・いったい何処へ?」
「奴なら、少し前にふらりと出ていったぞ。大神林の方へ歩いていった様にも見えたな」
「カラクさんが大神林へ? そ、それって、かなりマズイ事態なのでは・・・?」
「ああ、余所者が大神林に入ったと知れば、ここに居る全員が奴を殺そうとするだろうな。もちろん、奴を連れてきた我々もただでは済まない」
「つ、連れ戻してきます!」
「止めておけ、大神林へ入れないのはお前も同じだ。というか、明日の朝まで誰も入れぬわ。それとも、ムンサ共と騒動を起こすつもりか?」
「そんな・・・カラクさん、私・・・兄様にたしなめられるなんて、何か悔しいです」
「ファウよ、兄は傷付き易いのだぞ」


「突然現れるから、ビックリしましたよ、神様?」
「ふっ、すまない。我が勇者が目と鼻の先に居ると知り、いてもたっても居られなかったのだ」
 カラクレムは、金髪の乙女、旅の神ディリアと共に、日が暮れて薄暗くなった森を歩いていた。
「それで・・・私と会わせたいという方は、本当にこの先にいらっしゃるのですか?」
「ああ、その通りだ。其方のことを、首を長くして待っているぞ?」
 意地の悪い笑みを浮かべるディリアに導かれた先には、広場のように拓けた土地があった。
 何となく神妙な空気が流れるその場には、枝葉を広々と伸ばした大樹が一本だけ生えていた。大樹の前には祭壇らしきものが置かれ、供物が捧げられている。ここがフォルフトの聖域だということに、カラクレムはようやく気が付いた。
「あの・・・神様? 私って、大変な場所に連れて来られたのではないですか?」
「大丈夫だ、誰が招いたと思っている?」
 確かに、ここが神を奉る聖域だというのなら、奉っている神が許せば問題ないと言える。とはいえ、カラクレムはそこはかとなく嫌な予感を拭えずにいた。
「さあ、あの大樹の下へ行くぞ。彼奴らが待ちくたびれてしまう」
 ディリアに促されるまま、カラクレムは祭壇の前へと移動した。すると、先程の位置からでは窺い知れなかった大樹の陰に、誰かが居ることに気が付いた。これがまた、反応に困るユニークな姿をしている。
 大樹の陰に居たのは二人、粗い造りの石像の様な巨人と樹皮を纏った女性が会話をしていた。そして、カラクレムの接近に気付くと会話を止め、ジッと彼を注視し始めた。
「えっと、その・・・お邪魔してすみません。あの・・・こ、こんばんは!」
 どう振る舞えば良いか分からないカラクレムは、とりあえず頭巾を外し、普通に挨拶をした。すると、相対する二人から笑み?が溢れた。
「ディリアよ、これが其方の勇者か?」
 石の巨人が問うと、ディリアは満足そうに胸を張った。
「ああ、そうだとも! どうだ、話した通りだろう?」
「本当に、我等を知覚出来るのだな・・・面白い」
 樹皮の女性は、カラクレムに歩み寄ると握手を求めてきた。
「我は、森の神として生み出されたガーペという」
「ど、どうも、カラクレムと言います」
 カラクレムは、ぎこちなく握手に応じた。ガーペの容姿は、それこそアールヴの女性の全身を樹皮でぴったりと包み込んだような、シュールというよりグロテスクなものだったからだ。
「あの・・・そのお姿、苦しくは無いのですか?」
「ん? ああ、心配は無用だ。我はそもそも呼吸をしていないし、この姿も信仰の具現化に過ぎぬ」
 カラクレムは、ディリアから教えられたことを思い出した。神とは、アールヴの無意識が生み出した存在であり、その容姿はその時々であると。
「失礼しました。あまりにその、苦しそうに見えたもので」
「気にするな、ディリアめにもよく言われる」
 ガーペが退くと入れ替わりで、石の巨人がカラクレムの眼前に進み出てきた。
「我はヤクシュニャ、山の神也。握手はせん、握り潰してしまいかねないからな」
 ヤクシュニャは、大きくゴツゴツとした硬い手で、握手の代わりとばかりにカラクレム頭を撫で始めた。
「い、痛い・・・カラクレムです、よろしくお願いします」
「・・・うむ」
 ひとしきり撫でられ、カラクレムはようやく解放された。
「ふっ、二人に其方の事を話したら、会ってみたいと言うのでな。ここへ招いた次第よ」
「会わせたいという方が、他の神様だとは思いませんでしたよ、神様?」
「何を言う? 其方以外に神が見えるのは神だけではないか?」
「あ、確かに・・・」
「それと、ここには其方以外は神しか居らぬ。神様では区別が付かんぞ? 名を明かしているのだから、名で呼ぶと良い」
「えっと・・・ディリア、で良いのですか?」
「ああ、崇敬・・・はして欲しいが、遠慮はいらぬ。勇者というのは、言わば友人と言っても過言ではないのだぞ?」
「はい、分かりました。これからはディリアさんと呼ばせて頂きますね」
「うむ、よしなに」
 カラクレムとディリアのやり取りを、ガーペとヤクシュニャは不思議そうに眺めていた。
「ディリアよ、ずいぶんと肩入れしておるのだな?」
「ああ、本来なら望もうとも得られぬ存在よ・・・羨ましかろう?」
「ふむ・・・否定は出来ないな」
「もっと、撫でさせい」
 まるで、愛犬を自慢している様な会話に、カラクレムは苦笑するしかなかった。
「そうであろう、そうであろう・・・ん? 今さらだが、何故勇者がここに来たのだ? これはアールヴの政であろう?」
「それはその・・・実はですね・・・」
 カラクレムは、大祭へ来ることになった経緯を、神々にかいつまんで説明した。
「というわけなのですが・・・こっそり代役として出場しても大丈夫でしょうか?」
「ああ、かまわんぞ?」
 ディリアは、あっさりと言い放った。
「別に、所詮は集落間の力比べに過ぎない。普段は合議の結果を確認し、観戦すらせずに立ち去っておったが・・・我が勇者が出るとなれば、見届けねばな。そなた達はどうだ?」
 ディリアが二人の神に問うと、二人とも気にする様子も無く快諾してくれた。
「我も観ていなかったが、別の種族の力というのは興味があるぞ」
 ガーペは、眼窩らしき凹み部分で、カラクレムをジッと見つめている。
「我は楽しみにしておったがな? 力比べ大いに結構、我も参加したいものだ・・・」
 ヤクシュニャは、残念そうに自らの身体を見回した。
「とりあえず、神々に異存は無いらしい。安心して、皆を騙してくると良い!」
「あの、ディリアさん・・・言い方が、間違ってはいないのですが、言い方が・・・」
 カラクレムが、あたふたしていたその時、森の方から枝を踏み割る音が響いてきた。
「誰ぞ来るようだな・・・カラクレムよ、大樹の陰に隠れると良い」
 ガーペの提案に従い、カラクレムは頭巾を被り直してから、大樹の幹に寄り添い、息を殺した。ちょうど、祭壇の反対側である。
 程なくして、森の中から白いローブ姿の人物が現れた。
「・・・・・・確かに声が聴こえたのだが」
 その人物は、しばらく周囲を見回った後、首を傾げたまま、再び森へと消えていった。
「・・・ディリアさん、あの人は?」
「ムンサと呼ばれる存在、つまりは神官だ。集落には属さず、この森を管理する者らの一人よ。危うかったな、見付かればタダではすまなかっただろう」
「・・・あれ、神様が居れば大丈夫だったのでは?」
「見えも、聴こえも、触れられもしないというのに、どうやって我等を知覚するのだ?」
「ちょっとディリアさん、話が違いませんか!?」
「ふはは、冗談だ。ムンサは我々が語り掛ければ、聞き取れるという設定だ。捕まった時は便宜を図るつもりでいた」
「はぁ・・・・・・とりあえず、今日は退散させて頂きますね」
「うむ、森の外まで送って行こう、我が勇者よ」
 カラクレムは、ガーペとヤクシュニャに別れを告げ、ディリアと共に大神林を後にした。


 遂に当日を迎えた大祭は、まず首長の合議から幕を開ける。
 合議の場は、昨日カラクレムが訪れた大樹祭壇の前。円形に配置された蓙の上にフォルフトの8人の首長が腰を降ろす。
 この場には、供回りの出席が認められておらず、ムンサ達がその警護を担っている。ちなみに、合議の進行役も中立の立場であるムンサの長が取り仕切っていた。
「では、これより合議を始めます。神々が御覧になっておられることを忘れず、建設的かつ品位ある発言を・・・」
 ムンサの長の口上を遮るように、一人の首長が声を張り上げた。
「おい、イルムレの! 貴様はまた、あの余所者連中を率いれたそうじゃないか!?」
 彼は、領域西部の首長ヤブル。西部の他の首長を取り纏め、自らを大首長と称する荒くれ者である。
「・・・ヤブル殿、まだ長殿の口上は終わってはいませんぞ。お控え願いたい」
 イグルがまともに取り合わないのと見るや、ヤブルの顔はみるみる怒りに歪んでいった。
「調子に乗るな、霊無しが! 東部の分際で、儂に控えろだと? 笑わせてくれる!」
 西部勢力は、首長を3人も有している為、発言力が大きい。東部には集落がイルムレしか無い為、正面からぶつかれば分が悪い。なので、イグルはある人物に視線を送る。
「止めないか、ヤブル殿。合議の場で粗雑な言葉を使うでない」
 西部勢力と真っ向からぶつかれるのは、彼らと同等の首長がいる北部勢力である。北部首長の纏め役、サバイ首長がヤブルに牽制を掛ける。そもそも、対立図的には血狂いや荒御霊を推す西部とそれに懐疑的な北部が主に争っており、今回は北部寄りのイルムレで一騒動起きた為、西部がいちゃもんをつけてきたという感じである。
「今回のハルハントの討伐で、グリーバの大半、さらに巣まで破壊出来たと聞く。グリーバに、我らフォルフトは苦しめられてきた。感謝こそあれ、糾弾する謂われは無かろう」
 最年長のサバイは、老獪な理詰めでヤブルを抑え込もうとするが、荒御霊を宿すヤブルは収まるところを知らない。
「それは全て、貴様らが脆弱だから起きた事だ! 貴様らが荒御霊を宿さぬから、余所者の手が必要になるのだ! これは何たる屈辱か、この恥知らず共め!!」
「ほほう・・・荒御霊を宿さぬからグリーバに勝てないと? 確かお主、荒御霊を持たないイグルに、試合で勝てたことが無かったではないか?」
「くっ、それは過去の話だ! 今の儂なら負けなどせんわ!!」
「それはそれは、当然ではないか? 今のイグルは足を悪くしている。それに勝てなければ不思議だのう? まあ、勝ったところで誉れに傷が付くだけの話だが」
「おのれ、ジジイ! 言わせておけば・・・!?」
 会場が一触即発の空気に包まれたその時、一人の首長が手を挙げた。
「では、決を取りましょう。ハルハントの介入が是か否なのか」
 南部の首長、カイワヌ。イグルと同じく発言力は弱いが、西部と北部の間を上手く渡り歩き、どちらからも強く干渉させないという外交手腕の持ち主である。そこはイグルも見習いたいと常々思っているが、ヤブルが個人的にイグルを嫌ってくるので、北部寄りにならざるをえないのが現実だ。
「長殿、お願いしたい」
「・・・承知した。カイワヌ殿の要請により、今回のハルハントの介入の是非を問います・・・では、介入が不当だと仰る方、挙手を」
 西部勢力が手を挙げる。ハルハントが戦う脅威から一番遠いのだから、彼らは好き勝手に言えるのだ。ハルハントが墜ちた時、最初に蹂躙されるイルムレとしては到底看過出来ない所業である。
「次、妥当であるという方、挙手を」
 これには、北部、東部、そして南部の首長が手を挙げた。皆日頃から、東から迫る脅威には気を配っており、ハルハントに関する事案は、毎回この様に意見がまとまる。自明の理とは、まさにこの事だ、とイグルは納得している。
「妥当多数・・・今回のハルハントの介入は、妥当という結果になりました。以後の議論を禁じます」
 ヤブルは、眉間にしわが集まり過ぎて今にも破裂しそうな程、悔しそうな顔をしている。これで攻め手を失ったので、ようやく本来の議題を扱うことが出来る。
 

 首長の合議は、大体昼過ぎには終わり、いよいよ集落対抗での狩人衆対決が執り行なわれる。
 場所は合議と同じく、大神林大樹前。5人の狩人が杖で打ち合い、相手を気絶させるか、降参させれば勝ちとなる。負けたら交代で、先に3人倒した集落の勝ちである。
 カラクレムとファムサは、人の目を盗んで、互いの衣装を交換し、入れ代わりに成功した。後は、狩人衆頭領用の仮面を被れば、準備完了だ。仮面は木製で、何故か狼の毛皮がくっついている。
「カラクレムよ、俺になりすますのだ、無様な闘いはするなよ?」
「そちらこそ、イグルさんと喧嘩しないでくださいよ?」
「ふん・・・善処しよう」
 仮面を着け、毛皮を被り、カラクレムは大樹前へとやって来た。
「カラッ・・・兄様、こっちです」
 ファウに腕を引かれ、アバゥ達の元へ導かれて行く。その折、ファウに掴まれている箇所から体温のような温もりが拡がってきた。
「ファウさん・・・これって?」
「負けて欲しくは・・・ないですから」
「・・・はい、任せてください」
 ファウから身体強化の魔法を施され、カラクレムはイルムレ狩人衆の戦列に加わった。
「カラッ・・・頭領、準備は出来てますかい?」
「アバゥさん・・・そんなにファムサさんらしく振る舞えていないですか?」
「いや、あの・・・ファムサはもう少し、偉そうというか。胸張って、圧倒的な力を振るってくる感じです!」
「なるほど・・・分かりました、やってみます」
 そして、狩人衆対抗勝ち抜き戦が始まった。最初の犠牲者は南部集落、多くの場合まずは頭領同士の闘いとなる。
 ファムサらしく、肩をいからせて入場したカラクレム。木杖を構え、開始の合図を待つ。
「始めっ!」
 ムンサの号令と共に、対戦相手の頭領が奇声を上げて襲い掛かってきた。
 カラクレムは、振り下ろされた杖を二歩後退することで回避し、相手の動きが止まったところに突きを放った。ズンッと鈍い音と共に、杖の先端が相手の鳩尾に食い込む。対戦相手はゆっくりと息を吐くなり、気を失ってしまった。結果はカラクレムの勝利、開始数十秒のことである。
「さあ、次の餌食は誰だ!」
 これが、カラクレムのファムサらしい挑発であった。
 その後も、対戦相手を一合も打ち合わずに沈めていき、気付けば決勝戦までカラクレムのみで勝ち上がっていた。アバゥは、こんな使い手と少しでも渡り合えていたファムサの強さを再確認していた。
「こりゃあ、頭領も勝てませんわ」
 ずっと手加減されていたことを、ファムサが知らないでいることを密かに願う。
 カラクレムは試合よりも、間近で観覧している神々に気を取られていた。時たま間合いにまで入り込んでくるのだから質が悪い。他には誰も見えていないので、注意もし難い。攻撃が当たった時は、神様が悪い。カラクレムはそう考える事にしていた。
 そして、決勝戦。その相手はヤブルの集落の者らであった。彼らはイルムレと違い、全員が血狂いを習得している。この対抗戦、戦力差的には、ヤブルの狩人衆のデキレースと言っても過言ではない。実はこの対抗戦、昨今は合議でコテンパンされるヤブルに花を持たせて落ち着かせるという意味合いもあったのだが、カラクレムにその様なことは関係ない。というか、知りようが無い。
 相手は、6つの荒御霊を宿しているという頭領。誰よりも荒々しく、荒熊が乗り移ったかのように、カラクレムへと肉薄してくる。放たれる一撃は熊の爪のように、驚くべき速さで振り降ろされる。カラクレムはその攻撃を、片手で受け止めた。
 不思議な沈黙が、会場を流れていく。唖然とする対戦相手を尻目に、カラクレムは杖でもって、相手の顎を打ち上げた。頭領は昏倒、続く相手も流れるように処理してしまい、イルムレの優勝が決定した。
「ふん、血狂いを使うまでも無かったわ!」
 カラクレムは機転を利かせて、ファムサらしい勝利宣言を言い放ったつもりだったのだが、それはらしさを超えて、血狂いを推すヤブルに想像以上の効果を与えていた。
 そして、次回からファムサに求められる強さの基準を大幅に上げてしまったことを、カラクレムはまだ気付いていない。
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