カラクレム

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2 第五章 強制召喚

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 大祭が無事に終了し、迎えた翌朝、イグル達そしてカラクレムはイルムレへの帰路に就いていた。
 行きとは違い、帰りはゆったりと歩く事が出来て、景色すら楽しむ余裕がある。荷車を押すのは相変わらず億劫だが、体力の消耗はだいぶ抑えられていた。
「それにしても・・・つまらん試合であったな」
 荷車の上にデンッと座りながら、ファムサは独り言ちる。そんな上司に、アバゥからため息が漏れる。
「はぁ・・・ちょっと頭領、カラクレム殿が奮戦してくれたんだ。貶すのは筋が違うってもんじゃあないですか?」
「アバゥ、俺は貶してなどおらんぞ。俺は、他の狩人衆には落胆しているのだ」
「と、言いますと?」
「誰も彼も、カラクレムに一撃で倒されおって・・・これでは俺が出ていても同じ結果になっていただろうな。実につまらぬ」
「まあ、私も戦って無いので偉そうな事は言えないですが・・・我々って、あんな温い試合をして、今まで覇を競ってきたんですねぇ」
「ああ、まったくだ・・・俺はどうやら、西部の狩人衆を買い被っていたらしい」
「カラクレム殿に稽古をつけてもらったからかもしれませんが・・・動きが単調過ぎて、大人と子どもの戦いを観ているようでした」
 二人の論評を聴きながら、カラクレムは複雑そうな表情で苦笑していた。
「あはは・・・皆さん、迫力は凄かったですよ? 物凄い剣幕で向かって来られて怖かったです」
「ふん・・・それは単純に、見かけ倒しだったと言っている様なものではないのか?」
「それは、その・・・あはは」
「嘘が下手な奴だよ、お前は・・・」
「えっと、その・・・今回は私だけの力では無いというか・・・」
 カラクレムは、チラリと荷車の上で寝息を立てているファウに横目で見た。ファウの支援により、カラクレムの膂力はアールヴでは到達不可能な領域に昇華されていたのだから、あんな滅茶苦茶な勝ち方が出来たのである。とはいえ、カラクレムにその事実を明かすつもりは毛頭無かった。
「ファムサさんの真意が、私に力をくれたんですよ」
「・・・頭領の真意?」
「カラクレム、貴様!? 何を口走らせようとしている!!」
「シッ、頭領黙って! ファウ嬢さんを起こしてしまいますよ!」
「ぬっ、危うい!? くっ・・・カラクレムよ、それ以上の発言は許さぬぞ?」
「まあまあ、アバゥさんくらいには知っておいてもらっても良いと思いますよ?」
「他の狩人衆も聞き耳を立てておるわ!?」
「頭領、シッ!」
 アバゥに諫められ、ファムサは我慢堪らず、そっぽを向いてしまった。
「あ~あ、いじけちゃって・・・それでカラクレム殿、頭領の真意というのは?」
「この前、ファムサさんとお話しをした時に、荒御霊を宿したキッカケを教えて頂いたのですが・・・」
 カラクレムは、当時の事を思い起こしながら、ファムサの真意を語り始めた。
 ファムサが、荒御霊に興味を抱いていたのは、10年前、彼が10歳の時である。
 その頃ファムサは、生まれた時から女の子の様だと言われてきた事が、思春期を迎えたことで、大きな悩みと成り始めていた。そう、力を与えてくれるという荒御霊ならば、脆弱な自分を変えてくれるのではと考えたのである。
 しかし、追い込み猟と儀式に対し、父であるイグルは懐疑的であり、混乱を招くものとして狩人衆頭領にのみ執り行なう許可を与えていた。しかも、当時の狩人衆頭領はイグルが兼任していた事から、荒御霊を取り込む儀式は事実上禁止されていたのである。
 ゆえにこの時、ファムサは儀式を諦めた。父に認められねば、狩人衆頭領には成れないし、認められるくらい強ければ、そもそも荒御霊は要らないという理由からだ。
 だが、その5年後、状況は大きく代わっていった。イグルが土砂崩れに巻き込まれ、足が不自由になってしまったのである。首長の任には特に影響は無かったが、狩人衆頭領の座は降りなければならなかった。そして、新たな狩人衆頭領にファムサは立候補する。荒御霊を得る為では無く、足を悪くした父の助けになる為の立候補であった。むしろ、この頃になると荒御霊の危険性についても十分に理解を深めていた。荒御霊とは、生命の怒りと憎しみの塊。それを取り込めば、内側から何かが狂い出す。気性は荒くなり、常時熱病に罹患しているかの様な感覚に囚われるというのである。荒御霊に恐れすら抱きつつあったファムサは、父の様に独力で強くなるつもりだった。だが、時がそれを赦してくれない。父の為、まだ15歳のファムサが狩人衆頭領に成るには、荒御霊の力が必要だった。
 機会は不意に訪れた。里山で山菜を集めていた時、荒熊と呼ぶに相応しい凶悪な熊と遭遇したのである。その荒熊に追い回されたファムサは、持てる知識を総動員して、荒熊を一人で討伐する事に成功した。そして、決意を胸にその血を啜り、秘密裏に血狂いを会得したのである。
 その後、知りうる限り最年少でファムサは狩人衆頭領となり、今に至ると。
「ファムサ・・・あの時から荒御霊を。確かに様子が変わっていたが・・・」
 アバゥも初めて知る事実に困惑している様である。
「ええ・・・今は喧嘩ばかりですが、イグルさんを支える為に苦難を乗り越えてきたと知って、感動しました。荒御霊を取り込み続けたのは、弱さを捨て去ろうという決意の現れだったんですね」
 カラクレムの話を聴き、狩人衆の面々は涙混じりに歓声を上げていた。
「はっ、健気じゃねぇか、ファムサ坊。ただの跳ねっ返りかと諦めていたが・・・ぐすっ」
「頭領、あんたをいけすかねぇ奴に成ったと思っていたが、まだ可愛いところもあるじゃあねぇか」
「ああ、まだ可愛かったファムサちゃんは健在だったんだな」
 もはや、言いたい放題である。
「貴様ら・・・好き勝手言い宣いおって! 足が治ったら最期と覚悟しておけ!!」
 ファムサが狩人衆の面々とじゃれ合うのを見て、カラクレムは微笑んでいた。
「良かった、ファムサさんがただの扱い難い人じゃないと理解してもらえて・・・ねぇ、アバゥさん?」
「・・・え? あ、はい・・・」
「どうかしたんですか?」
「いやね・・・ファムサが荒御霊に手を出した理由というか、取り込み続けた理由は実はちょっと違うんですよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「ええ・・・原因はファウ嬢さんの一言でして」
「ファウさんの?」
 再び、ファウの顔を窺った。疲れが溜まっていたのか、まだ寝ている。
「はい・・・ある時、ファウ嬢さんがファムサを姉様と呼び違えたことがあったんです。それからですよ、ファムサが荒熊を狩り始めたのは」
「それは・・・皆さん御存知で?」
「たぶん、私だけかと」
「それなら、秘密にしておきましょうか? 台無しですし・・・」
「そうですね」
 結局、史上最多の荒御霊を宿すキッカケになったのが、妹にコンプレックスを刺激されたから、とは締まらない話である。
 カラクレムとアバゥが、ファムサ達のじゃれ合いを生暖かい目で見守っていると、少し先を歩いていたイグルが、立ち止まっているのが見えた。
「・・・何かあったのでしょうか?」
 荷車が追い付くと、イグルが口を開いた。
「何かが・・・こちらを窺っているぞ」
 イグルの言葉に、皆の顔に緊張が走り、弾かれた様に周囲を見回し始めた。ここは山林の中、木々が視界を遮り、こちらを見ているという存在を発見するのは用意な事では無い。
「・・・狼でしょうか?」
 アバゥが、イグルに尋ねる。
「判らん・・・だが、息を殺し、我らの後を追って来ている。警戒を怠るな」
 皆が手に木杖を構え、懸命に謎の追跡者を見つけ出そうとしていたその時、ファムサが大声で笑い始めた。
「笑止、とはこの事か! この忌々しい気配に勘づかないとは、父上も耄碌したものよ・・・出てこい! 西部の負け犬共!!」
 ファムサが叫ぶと、まるで呼応するように、幹の陰から続々と人影が現れた。その中には、カラクレムにも見覚えのある顔があった。決勝戦で戦った、狩人衆の頭領である。
「おのれファムサ、勘の良い奴よ・・・」
 そう吐き捨てるように言ったのは、カラクレムには見覚えの無い男だった。その男の名が、イグルの口から漏れた。
「ヤブル殿・・・これは何の企みか?」
「昨日はよくも苦汁を舐めさせてくれたな・・・血狂いの伝統を貶した愚か者には、死をもって償わせようぞ!」
 西部の狩人衆は、しっかりも穂先の付いた杖、つまりは槍を携えていた。
「死をもって・・・本気で言っているのか、ヤブルよ?」
「黙れ、イグル・・・すぐに貴様のいけ好かない面の皮を剥ぎ取ってくれる! だが先ずは貴様だ、ファムサ!!」
「ほう、俺が狙いか?」
「そうとも! 最も多くの荒御霊を宿す者として期待しておれば・・・昨日の発言、断じて赦されるものではない!!」
「昨日の・・・発言」
 ファムサは、強い非難の目でカラクレムを睨んだ。カラクレムは申し訳なさそうに俯いている。
「ふん・・・間違ったことを言ったつもりはない! 貴様ら程度血狂いを使うまでも無いことに変わりもない! それと血狂いの伝統と言ったが、高々100余年しか経っておらぬものが伝統とは笑わせるわ!!」
 見事な挑発に、ヤブルの顔が一瞬で茹で揚がる。
「頭領よ、今度こそファムサを仕留めろ! 私はイグルを殺る!!」
 雄叫びを上げながら、西部の狩人衆が一斉に荷車へも襲い掛かってくる。
「数はこちらの倍か・・・父上は放っておいても大丈夫だろう。カラクレムよ、責任を取ってこい。有象無象を排し、敵の頭領を倒せ! 後の者は、未だ暢気に寝ているファウを守るのだ!」
『応ッ!!』
「は、はい~!」
 ファムサの指示に従い、カラクレムは迫り来る狩人衆へと突貫した。あれだけ殺すと言われても、ファムサは倒せとしか言わなかった。殺生はしないらしい、それはカラクレムにも気が楽だった。
「行きます!」
 敵の狩人衆が繰り出してくる突きを、カラクレムは杖でいなし、槍を掻い潜る様にして懐へと入り込む。そして、杖を敵の鳩尾に食い込ませ、そのまま持ち上げると、適当な方向へと投げ棄てた。
「隙あり!」
 敵が槍をしならせ、全力で打ち付けてきたのを、カラクレムは杖で受け流し、返す刀で後頭部を打ち据えてやった。
「死ねぇい!」
 間髪入れずに、他方からの突きがカラクレムを襲う。彼はそれを身体の回転だけで捌くと、さらにその回転を利用し、端を持った杖で、敵の頬を勢い良く叩いてみせた。連続で3人、足場の不安定な山の斜面での攻防である。
「次は儂だ!!」
 野太い雄叫びと共に、敵の狩人衆頭領が槍を投擲してきた。カラクレムは不安定な体勢ながら、それを何とか避けた。だが、同じく飛来してきた頭領を避けることは出来なかった。カラクレムは首を掴まれ、木の幹に打ち据えてられると、そのまま絞め上げられてしまう。
「ぐっ!?」
「良い動きだったが、このまま死ねい!」
 カラクレムは自らを絞め上げる手に、手を添えると、ある箇所を思いっきり押した。
「何だ!?」
 頭領の手に痺れが走り、カラクレムが解放される。
「力だけが、全てじゃないんですよ・・・」
 木の幹を蹴り、カラクレムは敵の喉に拳を打ち込んだ。喉を潰された頭領は、呼吸も儘ならなくなり、泡を噴いて昏倒した。
「ふぅ・・・危なかった」
 首を擦りながら、荷車の様子を確認すると、後の敵はアバゥ達でどうにか出来そうな感じである。すると、ファムサが頻りにイグルの方を指差している事に気付いた。見てみると、血狂いで攻め掛かってくるヤブルを完璧にいなしているものの、攻めあぐねているようだった。助けに行け、という事だろう。
 カラクレムは直ぐ様、イグルの元へ馳せ参じ、ヤブルの注意を引いた。
「そ、そこの卑怯者、わ、私が相手だ!」
「何だと!?」
 柄ではない挑発で、ヤブルは弾かれた様に、化け物のような顔でカラクレムを見据えると、獣の如く俊敏に襲い掛かってきた。
「こ、怖い!?」
 カラクレムは、突くと見せ掛けながら、手のしなりを利用して杖を投げ付けた。杖はヤブルの鼻に当たり、その動きを止める。その隙にカラクレムは懐へ潜り込むと、胸ぐらを掴み、肩に背負う様にして投げ飛ばした。
「ぐあっ!?」
 ヤブルはすぐに起き上がろうとしたが、投げ飛ばされた先に居たイグルに、後頭部を杖で打ち据えられて気絶してしまった。
 こうして、西部の狩人衆の襲撃は失敗に終わる。捕らえられた彼らは縛り上げられ、一列に並ばされていた。
「同胞を襲うとは・・・これも荒御霊の業か」
 イグルはもの悲しそうにヤブルを平睨している。なんでも、彼らフォルフト、いやアールヴというのは同胞を手に掛ける事が無いらしい。というか、本能的に出来ないのだそうだ。だが、西部の狩人衆は本気で殺しに来ていた。おそらくこの凶行は、血狂いの行き過ぎた発憤作用が原因なのだと、イグルは考えている。
「父上、俺に考えがある」
 ファムサはにやけ面でカラクレムに視線を送った。カラクレムは何事か察し、ヤブルに自らの外套を羽織らせた。そして、頬を叩いて意識を呼び覚ました。
「ぬぅ・・・ここは・・・ああ、儂はやってしまったのだな」
「これは・・・正気に戻ったのか、ヤブル殿?」
「イグル殿・・・こんな晴れやかな気分は何十年ぶりだろうか・・・ゆえに、自分の愚かさを実感出来た。すまない、取り返しのつかない事を仕出かした。儂は何という罪を・・・すまない、すまない・・・」
「う、うむ・・・ならば、荒御霊を宿す危険性も判ったはずだ。これからは、その運用について一考願いたい」
「すまない、すまない・・・」
 ヤブルは謝り倒すばかりである。どうやら、根は小心者だったらしい。
 カラクレムは、他の者にも外套を被せていった。意識のある者は皆、憑き物が取れたように泣き出している。血狂いの発憤作用とは凄まじいもののようだ。
「あれは・・・何だったのだ?」
 手に負えない彼らを放置し、再び帰路に就いたところで、イグルがカラクレムに尋ねた。
「タネも仕掛けもある、ちょっとした手品ですよ」
 カラクレムがとぼけて答えると、イグルは首を傾げてしまった。
「手品・・・とは?」
 そこから説明が必要なようだ、カラクレムは苦笑せずにはいられなかった。


 イルムレへ着いたのは、その日の昼頃であった。木板鐘が打ち鳴らされ、全ての住人らが出迎えに現れる。さながらカラクレムが初めてイルムレを訪れた時の事を思い出させる光景だ。
 イグルが合議や試合の結果を伝えると、住人らは皆大いに沸き立った。これから、祭りを始めるそうである。
 イグルやファムサと共に、カラクレムは今朝からまったく起きないファウを抱え、イグルの家屋へと上がり込んだ。
 ファウを寝床に納めた頃、新たに誰かが家屋を訪ねて来た。
「失礼! カラクレム殿はこちらか!!」
 真っ白な外套を羽織った、カラクレムには見覚えのある壮年の人物だった。
「貴方は・・・エノゥさんの部隊の方ですよね?」
「はい、伝令のマワです。休暇中のアンリヌイ卿から御手紙が・・・」
 差し出された書状を受け取り、カラクレムは文面に目を通した。
「これは・・・・・・読めない」
 カラクレムは未だ、アールヴの文字を学んだ事がなかった。
「ちょっと失礼、読ませて頂きますね・・・拝啓、お兄さんへ。私はユクワーの首邑であるプリシーバで休暇を過ごしていたわけですが、少し気になる発見がありました。全容は伏せますが、同じ耳と言えば、通じるでしょう。事件が起こっていますが、至急来られたし。追伸、ファウちゃんを連れてきてくれたら、とても素敵だと思います・・・と書かれております!」
「なるほど、気にはなりますが・・・事件とは?」
「この書状と共に、ハルハントヘ救援要請が届きました。なんでも、怪物がプリシーバを襲撃しているとか。アンリヌイ卿指揮下の従士隊には出動命令が出ておりますので、向かわれる場合は御同行願います!」
「・・・わかりました、少し待っていてもらえますか?」
「はっ、ですがお急ぎを! 事は一刻を争うとの事です!」
 カラクレムは、話を聴いていたであろうイグルの元へ向かった。
「私は行こうと思います・・・よろしいでしょうか?」
「伺いを立てる必要は無いだろう、カラクレム君。君は客人だ、好きに出ていき、好きに帰ってくると良い」
「ありがとうございます・・・それと、ファウさんはどうしましょう? 危険な場所のようですし、今回は・・・」
「ふっ・・・置いていけば、ファウは烈火の如く怒り狂いかねないが・・・それで良いなら置いていけば良い」
「御同行願いたいと思います」
「うむ、許可しよう」
 カラクレムは自分とファウの分の旅装を調えると、寝床に納めたばかりのファウを抱き上げた。
「では、行ってきます」
「うむ、ファウを頼んだぞ」
 イグルの次に、ファムサにも声を掛けた。
「ファウさんは、無事に帰宅させますから、安心してください」
「ほぅ? まるで自分は戻らないような口振りではないか?」
「それは・・・」
「ふん、まあ良い・・・ユクワーの領域へは行ったことが無い、俺もついて行きたい所だが、この足だ。土産を頼むぞ」
「はい、任せてください!」
 イグルとファムサに見送られ、カラクレムと就寝中のファウは伝令と共にイルムレを旅立った。
「さあ、一緒に馬に乗ってください! 急ぐので揺れますよ!」
「あ、あの・・・この馬?って、3人も乗れるんですか?」
「ええ、もちろん? 軍馬の力は凄いですから!」
「エノゥさん・・・嘘をついていたわけですか」
 忘れもしない、ハルハントヘ旅立った時の事、エノゥに会う理由が増えたところで、カラクレムも騎乗した。ファウは起きるまで抱えていることになるだろう。
「落ちないように気を付けて! 行きますよ!!」
 伝令が踵で腹を蹴ると、馬は嘶き、風を切る速さで駆け出した。振動も想像以上で、太股の力のみで馬にしがみついている身としては、早くファウには起きて欲しいところであった。
 その願いが通じたのか、アボイの町を目前に、ファウは目を覚ました。
「・・・あれ、まだ夢を見ているのでしょうか? 先程と同じ夢を見るとは、我ながら恥ずかしいです・・・」
「ファウさん、起きてください? 夢ではないですよ?」
「・・・ふぇ?」
 ファウは眠気まなこを擦りながら、周囲を見回した。
「ここは・・・アボイの近くですか?」
「はい、旅に出ることになりました」
「旅に・・・どこへですか?」
「プリシーバという、海のある場所だそうですよ?」
「海・・・見てみたいです・・・ぐぅ」
「ファウさん、寝直さないで!? アボイでは留まらないらしいので、もう太股が限界・・・ファウさん、聞いてますか?」
「・・・ぐぅ」
「ファウさーん!」
 カラクレムの叫びが届く事は無く、ハルハント城塞で馬を換える際に、ファウは狸寝入りだった事を謝罪し、赦された。
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