異世界物怪録

止まり木

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第二十四話 獣人の村

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 アオキ達にとって、ゴブリンなど敵ではない。近づいて殴る。それだけで哀れ、ゴブリン達は全滅した。
「あらら、この子気絶しちゃってるわよ」
「よっぽど怖かったんだな。かわいそうに」
「…」
 アオキも心配そうに少女を覗き込んでいる。
 犬神は、助けた獣人の少女を仰向けに寝かせた。
「にしても。きったねぇ格好だなぁ。服もボロボロじゃねぇか」
 少女が着ていたのは、茶色く汚れたボロボロの貫頭衣だった。それに紐と着いた汚い袋を肩から掛けている。しかも足は裸足だ。
「あまり、豊かな村じゃないんでしょうね。栄養状態も良くなさそうだし」
「でもさ、こいついい根性してるぜ」
「なんでさ?」
 ヒビキが不思議そうに聞くと、にやりと笑いながら少女へ伸ばした。そして少女が大事そうに抱えていた袋を軽く摘んで引っ張ってみる。
 するとどうだろう。袋を取られまいと、ぎゅっと抱え込んだのだ。
「よっぽど大事なもんが入ってるんだろうな」
 手を袋から離すと犬神は少女の頭を撫でた。
「それにしても見事に獣人ねー。獣耳と尻尾。この子の事をマロ爺が知ったら猫かわいがりしそうね。犬耳だけど」
 倒れている少女の頭頂部のあたりに、明らかに普通の人間にはついていない獣の耳がピンと生えていた。
「それでどうしましょうか?もう、獣人達の村は目と鼻の先ですけど…」
 地上まで降りてきていたカラス天狗が聞いた。
「う~ん。このまま連れてってもいいけど、その場合警戒されねぇかな?」
「あーありえるわね。アオキとヒビキも居るし。ここはこの子が目覚めるのを待ってちゃんとお話してから…」
 そう話しかけた時、少女がうめき声を上げた。
「うっあっ」
「あら、気がついたのお嬢ちゃん」
 少女は、目が覚めると、飛び上がる様に立ち上がった。そして犬神から距離を取ると土下座した。
「始祖様!助けれくれて、ありがとうございます!」
「始祖様?なんだそりゃ?なぁ嬢ちゃん。そんな事より頭を上げちゃくれねぇか?」
 びっくりしたのは、アオキ達一同だ。いきなり少女に頭を下げられる理由なんてない
「始祖様は私達獣人のご先祖様ってお母さんが言ってました。とっても強くて偉いんだって!」
「あー。俺はその始祖様とか言うのとは関係ないぞ。それに獣人でも無いしな」
「ちっ違うの?」
 犬神が否定すると、少女は怯えたしぐさをした。
「ああ違う。俺はしいて言うなら妖怪の犬神ってんだ」
「ヨウカイノイヌガミ?」
「妖怪ってのは、俺と俺の仲間の事だな。ほれ周りに居るだろ」
 そこで初めて少女は、周りに自分と犬神意外に人(?)が居ることに気がついた。
「獣人?ひっ!オーガに…鳥?」
「あたしも獣人ではなく妖狐よ。名はアザミっていうのよろしくね」
「俺は天邪鬼のヒビキだ。オーガとかいうド低脳と一緒にすんじゃねぇ」
「俺は鬼のアオキだ。オーガではない」
「鳥って…自分はカラス天狗です。名前は…!?」
 少女は、カラス天狗が名乗る前に、すばやく立ち上がり犬神の影に隠れた。哀れカラス天狗は、名乗る事が出来なかった。
「安心しろ。こいつらは俺の仲間だ。お前さんに危害を加えたりしないぜ」
 犬神は、犬神の後ろに隠れたミューリの頭を撫で、安心させようとした。
「そういやお嬢ちゃんの名前は、なんて言うんだ?」
「わっ私ミューリ」
「そうか。ミューリかいい名前じゃねーか!よし、俺の事は犬神と呼べ」
「はい!犬神様!」
「様はいらねーよ」
「でも…」
「はいはい。そこまでね。話が進まないから今は犬神様って呼ばれておきなさい。それより、お嬢ちゃんなんで一人で森の中に居たの?この森は子供が一人で出歩くような森じゃないわよ?」
「そうだ!お母さんに薬草を届けないと!お母さん病気なの!それで本当はダメなんだけど、お母さん苦しそうで…どうにかしたくて…でも、ほかの皆忙しくて…だから…」
「だから、自分で探しに着たと…」
 犬神がミューリの言葉を引き継ぐように言うと、ミューリはコクリと頷いた。
「でっでも、あたし薬草ちゃんと見つけたんだよ!ほらっ!」
 そう言って、首から提げていた袋を開けて、犬神に見せた。薬草に詳しくない犬神には、それが普通の草とは見分けがつかないミューリの態度からそれがとても大事なものなのだと分かる。

「グスっ!泣かせる話じゃねぇか!よし!俺達がミューリをお母さんの下まで送ってやる!」
「ほんと!」
 泣きそうに成っていたミューリの顔がパッと明るくなった。
「本当だともなぁ!」
「こんな話を聞いたら当たり前じゃない」
 ほかの三人も頷く。ヒビキは「ちっ!しゃーねーな」と言っていたが、その目は赤い。あやかしの里の住人は人情物語に弱いのだ。
「よし!じゃあ行くぞ。よっと」
 犬神はミューリを持ち上げると肩に乗っけた。
「わー!高ーい!」
 

 獣人の村は、大騒ぎになっていた。ミューリが一人で森に入った事が発覚したのだ。村人達は総出でミューリの捜索を開始した。
「ミューリは、見つかったか?」
「いや、こっちには居なかったわ!」
「あの馬鹿!何で一人で森に入ったのよ!」
「優しい子だもの。皆に心配させまいとして…くそっ」
 しかし、碌に武器も持たない村人達が探せるのは、せいぜい村の近くが限界だ。武器を持っている男集は、ほとんど狩に出かけて村には居ない。居るのは怪我して碌に動けない男か、女子供ばかりだ。
「おい!あれを見ろ!」
「ミューリ!…に始祖様?」
 その時、村人の一人が、村の外を指差した。そこには、犬の頭を持つ獣人に肩車されたミューリが嬉しそうに手を振っているのが見えた。
「ミューリ!」
 村人達が、ミューリに向かって駆け出した。それを見た犬神は、ミューリをその場に下ろした。ミューリは、そのまま村人達の方へと駆け出した。
「タミおばさ~ん!薬草!お母さんの薬草見つけたよ!ほら!」
 タミおばさんと呼ばれた中年女性の前まで来ると、嬉しそうに袋を掲げた。これでお母さんが助かる。それに皆褒めてくれるミューリは無邪気にもそう思っていた。
「この馬鹿娘!!何処行ってたんだい!心配したんだよ!ミューリ知ってるよね?森には、危ないから絶対に入っちゃいけないって!」
 だが、返ってきたのは、盛大な怒声だった。タミおばさんの背中には、炎のようなオーラが漂っている。
「ひっ!」
 ミューリは思わず飛び上がった。ガクガクと身を震わせながら、タミおばさんと呼ばれた獣人を見上げる。
「あんたが、お母さんを心配してるのは分かる。でもね、だからと言って、やって良い事と悪い事があるんだよ!あんたが居なくなって、あんたのお母さんがどれだけ心配したと思ってるんだい!病気だっていうのに、あんたを探そうとしたんだよっ!もちろん、村の皆だって心配したんだよっ!」
「ヒック。だっだって、皆忙しいし…。おっお母さんの薬草…みっ見つかんないし。死んじゃうかもしれないって…」
「あんたの、不安を察してやれなかったのは悪かった…けどね、もう二度とこんなことすんじゃないよ!」
 そこまで、言うとタミおばさんは、震えているミューリを抱きしめて言った。
「無事で本当に良かった」
「ごめんなさぁああああああい!あああああん」

「うんうん。いい話だなぁ。グスッ」
 犬神は、その様子を遠くで見ながら、一人もらい泣きしていた。犬神が一人で居るのは、無用な混乱を避ける為だ。オーガと似た姿を持ったアオキとヒビキが一緒に出て行くといらぬ警戒を招くと判断したのだ。その為、アオキ達は、森の中でこっそり隠れて様子を見ていた。
「それで、ミューリを連れて来たあんたは、誰だい?始祖様みたいな頭してるけど、あんた獣人かい?」
 タミおばさんは、泣いているミューリの背中を叩いてあやしながら、犬神を見た。
「グズッ。え?ああ俺?俺は犬神っていうんだ。獣人じゃねぇし、その始祖様って奴でも無い。ちょっとこの村まで用があって来たんだ。その途中でゴブリン共に襲われてた、その子を見つけてな。助けて連れて来た」
 それを聞いたタミおばさんは、より腕に力を掛けた。
「ゴブリン!?あんたって子はっ!本当にありがとう」
「いや、いいって事よ。それより、その子を早くおっかさんの所まで連れてってやんな。心配してるんだろ。色々話したい事もあるが、まずはそれが最優先だ。俺の事は後で良い」
「そうだね。ならちょっと待ってな、ミューリを届けたら、直ぐに村の代表をよこすよ」
 そう言うとタミおばさんは、ミューリを抱え上げて、村の奥へと歩いていった。抱え上げられたミューリは、タミおばさんの肩から顔を出して手を振った。
「犬神様!助けてくれて、ありがとう!」
「おう。気にすんな!早くおっかさんを助けてやんな!」
「うん!」
 犬神は手を振り返してミューリを見送った。

「よっこいしょっと」
 ミューリを見送ると、犬神は背負っていた大きなリュックを地面に下ろして、その上に座った。
(…にしても、しけた村だなぁ)
 村人達は全員ミューリと同じような貫頭衣を身にまとい、薄汚い。ちらほらと家らしき物が見えるが、家というよりは、出来損ないのテントの様な物だった。木を適当に組み合わせて三角錐を作り、その周りに葉っぱの生い茂った枝をいくつもかぶせて屋根兼壁を作っていた。そんな建物がいくつもあり、それで村を形成していた。
(逆に良くこんなのを村だって分かったなぁ。カラス天狗)
 興味深げに、村の様子を見ている犬神を、獣人達は、遠巻きに見ていた。
「あの…本当に始祖様では、無いのですか?」
 遠巻きに見ていた獣人の一人がおそるおそる話しかけてきた。
「違うぜ。俺は妖怪犬神だ」
「妖怪?」
「一言で言うなら化け物だな」
 その化け物という言葉に反応した獣人が、思わず身構えた。
「おっと勘違いしてくれるなよ?別に暴れる気も取って食う気もねぇぞ」
「それでは、何故こんな所に来たのですか?」
「来た理由か?決まってるだろ、引越しのご挨拶だよ」
 犬神は、そういうとにやりと笑った。
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