触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?

雪 いつき

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番外編5

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「真面目な話をしよう」

 翌日。シオン様は、覚悟を決めた顔をしていた。

「まず大前提として、私は…………ジンのことを、今も変わらず、可愛いと思っている」

 おおっ、言った!
 言ったけど、それが恋心か分かんないし、もう成人してるジンに変わらず可愛いって言うのもな……。
 隣にいるジンを見ると、目を見開いて、顔を真っ赤にしていた。俺の服をぎゅっと握って顔を伏せたから、可愛いで正解だったのか。


「ジンと、ジンのご家族に出逢い、私は生まれて初めて特別なものが出来た。……それは同時に、私の立場を自覚させるものになったんだ」

 シオン様はそう言って視線を落とす。

「あの頃の私はまだ、父にも兄にも興味を持たれていなかった。だが……もし彼らの癇に障ることがあれば、私が大事にしているジンの店にも危険が及ぶかもしれないと気付いたんだ」

 だから特別だと知られないように、他の店にも通うようにしたと語る。

「当時の私も子供だったが、ジンとの結婚を真剣に考えたよ。婿入りして市井に下り、王族でなくなれば……もしもの時に、私ではジンと家族を守れないと自覚したよ」

 剣の腕はいまいちで、腕力があるわけでもない。弁が立つわけでもない。多少知識があったところで、何にもならない。気まぐれで父や兄が危害を加えてきた時に、戦える武器を何も持っていない。
 市井に下るということは、そういうことだと気付いた。そう、シオン様は淡々と語る。

「自分に、何が出来るだろう。……何かが出来てしまったら、父と兄はどう思うだろう」

 だからジンが大人になるまで、誰にも知られない場所で密かに剣の腕を磨き、知識を蓄えようと考えた。

「息を潜め、王宮ではそれまで以上に役立たずの王子として過ごすのだと……その時は、それさえ出来れば幸せな未来が待っているのだと、浅はかにもそう信じていた」

 シオン様は力なく笑い、グッと拳を握る。


「私が愚かだったばかりに……ジンの父君を、守れなかった……」
「っ……陛下のせいじゃありませんっ」

 ジンは顔を上げて訴えた。

「ただ視界に入って気に食わなかったからって! あの男が、父と街の人たちをっ……だからっ、だからっ……」

 叫ぶジンを、シオン様の代わりに抱き締めた。震える背を叩き、髪を撫でて宥める。

「アオ様っ……」

 俺に縋りつくようにして、ボロボロと泣き出した。
 心が耐えられないほどつらい記憶は、抑え込めば抑え込むほど突然フラッシュバックしやすい。ジンは家族を守るために、今までずっと心を押し殺して頑張ってきたんだろう。
 その感情の蓋が今外れたのは、きっと、ジンがシオン様のことを今も兄のように信頼しているからだ。

「ジン、ほら、ゆっくり息して。吐いて……吸って……」

 過呼吸になりそうなジンの背を撫で、呼吸を促す。
 シオン様は顔を青くして立ち上がったけど、今近付くのは逆効果だと気付いて静かに座った。
 ……そんな顔して我慢出来るくらい、今もジンのことが大切なんだな。好きだから怖いのは、シオン様も同じだ。


「……すみません、アオ様」

 呼吸の落ち着いたジンが、俺から離れる。まだ震える手を握ると、ジンは安堵したように笑った。
 そしてシオン様へと視線を向ける。シオン様は、一度も見せたことのない悲痛な顔をしていた。

「……シオン様」

 ジンは陛下と呼ばず、名前で呼ぶ。

「父もきっと、シオン様がご自分を責めることを望んでいません」

 俺の手をぎゅっと握ったまま、ジンは静かに言葉を紡ぐ。

「父は……シオン様が、笑顔で過ごせるようにと……本当の息子になってくれたらいいのにと、ずっと言っていました」

 琥珀色の瞳がじわりと潤む。でもグッと堪えて顔を上げた。

「あれから会いに来てくださらなくなったのは、俺たちを守るためだと、今なら分かります。お心遣い、心より感謝致します」

 深く頭を下げるジンに、シオン様は感情を押し殺してそっと笑みを浮かべた。
 ジンが昔のような関係に戻ることを望んでなければ、シオン様は引くつもりなんだろう。それを咎めるには、俺はシオン様の気持ちを知り過ぎてしまった。
 隣にいるシグルズも何も言わない。どうするのが正解か、悩んでいるんだ。


「……でも」

 ジンがぽつりと呟く。

「……あの時、シオン様に……そばに、いて欲しかった……」

 うつむいたまま、消え入りそうな声を零した。
 繋いだ手に、力が込められる。言葉にした後悔が伝わってきて……でも、ジンは勇気を出して素直な気持ちを伝えられた。
 頭を撫でようとすると、シオン様が駆け寄ってジンを抱き締めた。

「ジンっ……ごめん、ジン……」

 その衝撃で繋いだ手が離れる。シオン様は、ジンの名前を何度も呼んだ。ジンを胸に抱き込むシオン様の瞳から、涙が零れる。

「っ……シオン様っ」

 震える声。ジンもシオン様の背に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。

 俺の役目も終わりかな……。
 そっと立ち上がろうとすると、シグルズが俺の肩を押す。指差された方を見ると、ジンの片手が俺の服をきつく掴んでいた。



「っ……申し訳ありませんっ」

 しばらくして、我に返り離れようとするジンを、シオン様は絶対に離さないとばかりに抱き締めた。

「ジン……ここにいて」
「っ……」

 今のシオン様は王じゃなく、ジンと過ごした頃の少年としてジンのそばにいる。

「ジンを困らせるつもりはなかった。でも私は、……今も変わらず、ジンが愛しい」

 髪を撫でられたジンは、じわじわと耳まで赤くなる。

「私は良い王になると、ジンが言ってくれた。その言葉で、私はここまで頑張って来られたんだ。私が王になることで、ジンを……民を守れるのならと……」

 以前言ってたシオン様に覚悟を決めさせた人は、ジンだったのか……。

「ジンの騎士としての誇りを傷付けるつもりはない。護衛騎士に選んだのも、ジンの強さを認めたからだ。でも……私が私である部分は、ジンを危険から遠ざけたいと思ってしまう」

 シオン様の声が震える。


「ジンが、大切なんだ」
「っ……」
「……今なら、ジンを家族の元に帰せる。聖者様を味方に引き入れてくれた褒賞として、一生分の生活費も……ジンが望むなら、店を開く手助けもできる」

 大切だから、手放すと言う。
 そんな顔と声をして、な……。

「俺は……シオン様の騎士として、一生を捧げたいです」

 名残惜しさしかない言葉は、ジンを引き離すなんてできない。俺の服を掴んでいた手が、シオン様の背に回った。

「もう迷いはありません」

 ジンは……シオン様への恋心を捨てて、騎士として生きると決めた。今シオン様を抱き返したのは、最後の思い出のつもりだろう。
 でも……どっちかを捨てなきゃいけないなんて、決まってないだろ。


「私は王になってしまった。もう、婿入りするという約束は果たせない」

 シオン様は少しだけ考えて、そう言った。

「だが、ジンは騎士の宿舎に移り、もう家を出ている。ジンが家族から離れずに私が婿入りするという前提が崩れているね」
「えっ……」
「お嫁さんになりたいという願いは、叶えられるよ」

 ジンから体を離したシオン様は、吹っ切れた顔をしていた。

「騎士として、伴侶として、ジンにそばにいて欲しい。どちらかではなく、私の全てになって欲しい」
「っ……」

 ジンの手がパタパタ動いて、また俺の手を握った。

「ジン。私の手を握って」
「あっ、でもっ、あのっ」

 ……ごめんな、ジン。なんか吹っ切れたシオン様から、ビシビシ嫉妬がこっちに刺さってるんだわ……。
 隣でシグルズが俺の手を握る。軽く引っ張られて、ジンから離れた。


「アオ様っ……」
「ジン、私を見て」
「えっ、あ……」
「私が馬鹿だった。ジンが望まないなら身を引くつもりだったが……ジンのためと言いながら、逃げていただけだ。自分が不甲斐ない」

 シグルズが隣で頷く。いや、相手王様なんだけどな。

「私は、ジンが好きだ。愛している」

 突然グイグイ押してくるシオン様に、ジンは真っ赤になってぷるぷる震える。

「私は王だが、ジン以外を愛するつもりはない」

 ジンがびくっと跳ねる。世継ぎはどうするのかと、琥珀色の瞳が揺れた。



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