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ファンタジー
1.夫婦喧嘩
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「ねえ。リーチ。お願いよ。この娘を私に頂戴!」
「ダメだ。何度も言っているだろう。その娘だけは俺にでも、どうすることもできないのだ。わかってくれ」
「イヤよ。今までリーチと結婚して40年間、子供を産めず、どれだけ私が肩身の狭い思いをしてきたことか。リーチは何もわかっていない!」
「だから……何度も言っているが、その娘は俺なんだよ」
「だからちょうどいいんじゃないの!リーチならわかってくれると思っていたわ。私のためにリーチが美少女になってくれたなんて、嬉しすぎて涙が出そうよ」
いつもの言い争いに違いはないが、今日の妻の真理子は少々執拗で困っている。決してあきらめたくないと言った意思表示が見え隠れしている。リーチは一つため息を吐き、豆から挽いたコーヒーを一気に煽る。
「それは、もう俺がこの世にいなくてもいいということか?それなら、今更ながらだが、離縁しよう。長い間、子供を欲しがっていた真理子を結婚生活にしばりつけていて大変申し訳なく思っている」
「何、言っているのよ!私の処女を奪っておきながら、何が今更離婚しようだなんて、イヤよ。リーチもこの娘も私のものなんだからね!」
「処女を奪ったなんて、いったい何十年前の話をしているのだ?それを言うなら、俺の初めてを真理子は奪ったではないか?」
「はぁ?男のくせに何を言っているのよ!そんな45年も前の話を今になってグダグダと情けない!」
「初体験の話をしたのは、真理子の方だろうが!」
「いいから、ロリータちゃんの親権を渡しなさいよ!」
「断る。子供を育てたこともないような真理子がロリータをまともに育てることなど不可能に近い話だ」
今まで怒り狂っていた真理子の顔がなんとも切なげで……、それで初めて言い過ぎたと反省する。
「ごめん。言い過ぎた。子供ができなかったのは、真理子のせいでもないのに、きっと神様が試練を与えてくれて、この年齢になってからそれで俺にこんな目に遭わされてしまっているのだと思う。それに真理子を巻き込んでしまい、申し訳ないと心から思っているよ。だけど、親権云々は別の話だと思うのだけど……」
真理子は鼻水をズズーっと吸い上げ、懇願するような目を俺に向けてくる。
「私たち、子供はいなくても孫娘としてならこの娘の養い親になれるのではないかしらね?リーチが変身している間だけでいいのよ。この娘をリーチと同じように愛することを誓います。だから、だからお願いよ」
「君はいい養い親になれるさ。だが俺はロリータとして、どうだろうか?君とロリータと3人ではいられない」
「うん。でも私はリーチがどんな姿でいようが、リーチとロリータと一緒にいられて幸せだわ」
「そうか。ありがとう」
夫婦喧嘩の末に、いつもこうなる。結局、俺は真理子に頭が上がらない。夫婦別れとは、女のほうだけがあまり影響が出ないものだと思う。確かに再婚禁止期間があり、男の方が有利かに見えるが、それは平凡なサラリーマンだけに許される特典ではないかと思ってしまう。
リーチの様に国立大学を出て、一流企業のエリートコースに乗ったような男からすれば、離婚は人生最大の危機であり、できれば何としても回避したいリスクであることは間違いがない。万が一、離婚でもするようなことがあり、それが俺の浮気が原因であるならば、間違いなくコースから外れ、左遷されてしまうことは必定になるからだ。性格の不一致などで、協議離婚した場合でも、男の場合は、マイナス面としかとらえられ、家庭をしっかり守れない男は、仕事ができないというレッテルを貼られかねない。
一度、左遷されてしまえば、もう二度と這い上がることは難しい。人生、いくつになってもやり直しが利くと他人は言うが、あれは嘘であり、詭弁である。
今まで勉強勉強と、少しでも偏差値の高い大学を目指し、社会に出れば、出世ができないような人間はただのクズでしかない。
もう生きている価値もない。それだけは避けたかった。リーチの両親は、普通の公務員家庭で、大会社の創業者一族でも何でもない一般家庭の出身だからなおさらのこと。
もし、これがたとえ創業者一族の末裔であったとしても、男からはマイナス面の方が強く出てしまうだろう。
リーチの大学の同期でも、キャリアウーマンだった嫁の仕事を辞めさせ家庭にしばりつけ、経済的に離婚されないように追い込んでいる者が多くいる。
その点、自営業者は気楽でいいよな。同業者から足を引っ張られるようなことがあっても、浮氣が原因で、離婚にはいたらない。たとえ離婚しても、その時は女性の方がかなりリスクを強いられてしまう。
だから女も考えるべきだと俺は思う。自分に仕事の才がなければ、出会った男の中で一番妥協できる男を選ぶべきだと思う。それで平穏な家庭を作り、穏やかな生活を手に入れることができれば、それは幸せだと思う。
だてにキャリアウーマンなんぞになって、お互い高めあっていける関係になれば言うことはないが、外で女がバリバリ仕事をしていると、経済力のない男に目を付けられ、不幸に落ちていく。
相手の嫁からも、慰謝料を請求され、もう元の夫のところへも戻れない。
よしんば、不倫相手とうまく結婚できたとしても、一度浮気をしたオスは、一度では収まらないのが常で、それは女にとっても同様であると言える。メスは、さらなるオスを求め、夫となったオスも、もっと若いメスをさらに求め続けることになる。
そうなれば、穏やかな幸せが遠のくばかりでなく、仕事もダメになってしまうことが多い。
世の男性たちは、必死の思いで結婚生活を維持しているのだ。それを残業や出張で帰りが遅くなったぐらいで、興信所を頼んでまで浮気を疑うべきではない。
またもし、結婚しないとすれば、社会的不能者と見られ一人前扱いされない。今とはまるで時代が違うのだ。男が妻を養って当然の風潮が昭和の時代にはあった。
それで結婚相手は誰でもよかった。たまたま同じ大学で、同じような科目を履修していた真理子に目が行っただけのことで、それ以外に理由はない。
とにかく25歳までに結婚しなければ、出世の見込みはなくなるということを先輩から聞いていたので、手っ取り早く真理子をコンパ帰りに送りオオカミしてgetしたっていうわけ。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
俺は御剣利一(みつるぎりいち)63歳、来月で64歳の誕生日を迎える正真正銘のオッサンだ。
妻とは、大学時代からの付き合いで、なんとなく受講している講義がかぶり、そのままずるずる同棲生活を経て結婚した腐れ縁の仲だ。
夫婦仲は良いが、子供に恵まれることはなかった。不妊治療の現場で医師から告げられたことは、衝撃的な一言であったため、それ以降無理して子供を欲しがるようなことはしなかったのだ。
結論から言うと、俺たち夫婦は二人とも健康体で、妊娠のタイミングが合わないということだけであったのだ。要するにお互い相手を変えさえすれば、案外、すんなり子供ができるということ らしい。
子供が欲しいということだけが理由で結婚したわけではないから、別にタイミングが合わないのであれば、無理にタイミングを合わせる必要もなく自然に任せていることにした。
真理子を抱きたいときに抱く。いつもと何ら変わらないスタンスでいいのではないか?お互い十分話し合いをして、真理子は納得しているものとばかり思っていたのだが……。
思いがけずに我が家に、それも定年間際になってから、あんなコトが起こるだなんて世の中わからないものだ。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
それは突然、起こってしまった。
俺の仕事は内部監査室長で、公認会計士の資格を持っているのだが、常勤監査役と異なり、対外的な監査の仕事はしない。その代わり、社長の右腕?左腕?まあ、片腕であることは間違いないが、どちらの腕かは、会社により、またその場の時世により変わるということもある。
とにかく社長の密命を帯びて、会社の表向きの帳簿から推察をしていき、お金の流れを追いかけ、社内に不審な点がないかを暴く仕事をしている。
近年は、J-soxなるものが流行り、その規則に乗っ取って監査をしていけば、報告書を出すだけの作業に終始することが多い。楽と言えば、楽になったのだが、帳簿上の数字だけを鵜呑みにすることはできない。
今も世間を騒がせているが、大林製薬が作った赤麹を原因とする多数の犠牲者が出たことは甚だ遺憾であり、大林製薬の内部監査が全く機能していなかったことへの警鐘であり、表れである。
内部監査がおざなりにされると、社内だけでなく社会に対して被害が甚大になるのであるが、たいていの監査人は、コトの重大性を軽微にとらえ、仕事をおざなりにしてしまう傾向がある。
今回のことで、改めて内部監査の必要性を再認識してもらい、今後このようなことが起こらないように注意喚起をしてもらいたいところである。
厳密にいえば、大林製薬の場合は、常勤監査役はもとより監査法人も全く機能していなかったことから、なるべくして起こった事故という感は否めない。
半年に1回程度の割合で、支社、研究所、営業所を回り、規則通りの仕事がなされているかのチェックを行う必要がある。それで、国内のみならず海外出張もしょっちゅうあり、その度に俺は家を空ける。
その辺のことは、真理子も織り込み済みのことで、だからと言って、浮氣など一度も疑われていないことも悲しいというべきか、それだけ俺のことを信頼している証なのだろう。
お互い、本気で子供が欲しければ、俺が海外出張へ行っている間にいくらでも、浮氣の一つや二つはできたであろうに、俺たちはあえてそれをしなかった。
タイミングが合えば、恥かきっ子でも構わないと本気で思っていたからだ。
今夜の宿は、ハノイのビジネスホテルの一室。現地法人のスタッフと食事を終えて、明日からの打ち合わせを行い、部屋に戻ってきて、シャワーを浴びたところ、突如として、めまい?に襲われる。
ああ、俺ももう年齢だものな。少し、フライト中に寝たぐらいでは、疲れが取れにくくなっているようだと、その時は大して気にも留めていなかったのだが……。
廊下の自販機で缶ビールを買って、ベッドサイドに腰掛け、缶ビールの蓋を開ける。プシュッという音とともに、寝る前の楽しみが近づいてくる。
ぐびぐびと飲みながら、ニッポンから持ってきた貝柱を頬張る。肴はなんと言ってもニッポンから持ってきたものに限る。リーチは京都出身者だから、「すぐき」はいつもタッパーに入れ持ち歩いているぐらいだ。
でも、今宵の肴は、夏場ということもあり、北海道産のルイベにした。一時は、子供を作るために禁酒をしたこともあったが、結局、タイミングの一言で片づけられてしまって以来、無駄な努力はしないと決めた。
飲まないと眠れないということではないが、若い頃からの習慣は、そう簡単にはやめることができない。
缶ビールの2本目に手をかけた時、再び強いめまいに襲われてしまう。
「あかん。今日はもうお開きにしよかぁ。明日も、仕事だからな」
そのまま缶ビールを冷蔵庫の中にしまい込み、ベッドに潜り込んだところで、ドーンという大きな地響きがした。
「な、なんだ?」
めまいなどではない。明らかに地震のような地響きがした。窓のブラインドを上げると、眼下に救急車がサイレンをともしながら走行していることが見える。
地震国、ニッポンからでも、やっぱり旅の空でがれきに埋まりたくない。眠いが、このまま寝ずに着替えて、階下に降りようかと悩んでいるとき、今度は閃光が空を明るくした。
なんだ?ベトコンか?いや、もう戦時下ではない。テロか!?様々な憶測が頭の中を駆け巡る。しかし、缶ビール1本が殊の外、効いたようでうまく頭の回転が追い付かない。
悩んでいると、いつの間にかリーチは屋外に出てしまっているようだ。しかも、ドアからではなく窓から出てしまったようで……、なんともはや考えられない事態に陥ってしまっているようだ。
目の前には、ニッポン映画のゴジラのような生き物?化け物が、咆哮を上げながらリーチに近づいているように見える。
まさか、缶ビール1本で酔っ払って、夢でも見ているのではと、己を疑いたくなるが、どうやらリーチは空中に浮かんでいるように見える。
さっきまで来ていたパジャマ姿ではない。なんとなくスースーするような?気のせいだろうか?
それに「よく見ると、右手に見たこともないような光るステッキ?ちょうど縁日の夜店で売っているようないかにも安っぽいステッキを握りしめ、それをコンダクターになったかのような手ぶりでゴジラに向かって、指揮をしている。
ウソだろ!?これは、悪い夢に違いない!
それにしても、どうしてリーチはこんな生々しい夢を……今まで一度も見たこともない夢を急に見ることになってしまったのだろうか?
すると、混乱しているリーチをよそに、目の前にいたゴジラは、いつの間にか雲散していて、消え失せてしまっていた。
やっぱり、夢だったんだ。変な夢。と納得しながら、部屋に戻り、ベッドの中に入ると、部屋のドアが激しくノックをされ、うんざりしながら扉を開ける。
「Hey!Mr.……(早口でまくしたてられ、聞き取れない)……」
「Good night」
とにかく眠くて仕方がないので、もうなんでもいいからと再びベッドに潜り込み、そのまま眠りに落ちた。
翌朝、とんでもない騒動に巻き込まれていると知らずに……。
「ダメだ。何度も言っているだろう。その娘だけは俺にでも、どうすることもできないのだ。わかってくれ」
「イヤよ。今までリーチと結婚して40年間、子供を産めず、どれだけ私が肩身の狭い思いをしてきたことか。リーチは何もわかっていない!」
「だから……何度も言っているが、その娘は俺なんだよ」
「だからちょうどいいんじゃないの!リーチならわかってくれると思っていたわ。私のためにリーチが美少女になってくれたなんて、嬉しすぎて涙が出そうよ」
いつもの言い争いに違いはないが、今日の妻の真理子は少々執拗で困っている。決してあきらめたくないと言った意思表示が見え隠れしている。リーチは一つため息を吐き、豆から挽いたコーヒーを一気に煽る。
「それは、もう俺がこの世にいなくてもいいということか?それなら、今更ながらだが、離縁しよう。長い間、子供を欲しがっていた真理子を結婚生活にしばりつけていて大変申し訳なく思っている」
「何、言っているのよ!私の処女を奪っておきながら、何が今更離婚しようだなんて、イヤよ。リーチもこの娘も私のものなんだからね!」
「処女を奪ったなんて、いったい何十年前の話をしているのだ?それを言うなら、俺の初めてを真理子は奪ったではないか?」
「はぁ?男のくせに何を言っているのよ!そんな45年も前の話を今になってグダグダと情けない!」
「初体験の話をしたのは、真理子の方だろうが!」
「いいから、ロリータちゃんの親権を渡しなさいよ!」
「断る。子供を育てたこともないような真理子がロリータをまともに育てることなど不可能に近い話だ」
今まで怒り狂っていた真理子の顔がなんとも切なげで……、それで初めて言い過ぎたと反省する。
「ごめん。言い過ぎた。子供ができなかったのは、真理子のせいでもないのに、きっと神様が試練を与えてくれて、この年齢になってからそれで俺にこんな目に遭わされてしまっているのだと思う。それに真理子を巻き込んでしまい、申し訳ないと心から思っているよ。だけど、親権云々は別の話だと思うのだけど……」
真理子は鼻水をズズーっと吸い上げ、懇願するような目を俺に向けてくる。
「私たち、子供はいなくても孫娘としてならこの娘の養い親になれるのではないかしらね?リーチが変身している間だけでいいのよ。この娘をリーチと同じように愛することを誓います。だから、だからお願いよ」
「君はいい養い親になれるさ。だが俺はロリータとして、どうだろうか?君とロリータと3人ではいられない」
「うん。でも私はリーチがどんな姿でいようが、リーチとロリータと一緒にいられて幸せだわ」
「そうか。ありがとう」
夫婦喧嘩の末に、いつもこうなる。結局、俺は真理子に頭が上がらない。夫婦別れとは、女のほうだけがあまり影響が出ないものだと思う。確かに再婚禁止期間があり、男の方が有利かに見えるが、それは平凡なサラリーマンだけに許される特典ではないかと思ってしまう。
リーチの様に国立大学を出て、一流企業のエリートコースに乗ったような男からすれば、離婚は人生最大の危機であり、できれば何としても回避したいリスクであることは間違いがない。万が一、離婚でもするようなことがあり、それが俺の浮気が原因であるならば、間違いなくコースから外れ、左遷されてしまうことは必定になるからだ。性格の不一致などで、協議離婚した場合でも、男の場合は、マイナス面としかとらえられ、家庭をしっかり守れない男は、仕事ができないというレッテルを貼られかねない。
一度、左遷されてしまえば、もう二度と這い上がることは難しい。人生、いくつになってもやり直しが利くと他人は言うが、あれは嘘であり、詭弁である。
今まで勉強勉強と、少しでも偏差値の高い大学を目指し、社会に出れば、出世ができないような人間はただのクズでしかない。
もう生きている価値もない。それだけは避けたかった。リーチの両親は、普通の公務員家庭で、大会社の創業者一族でも何でもない一般家庭の出身だからなおさらのこと。
もし、これがたとえ創業者一族の末裔であったとしても、男からはマイナス面の方が強く出てしまうだろう。
リーチの大学の同期でも、キャリアウーマンだった嫁の仕事を辞めさせ家庭にしばりつけ、経済的に離婚されないように追い込んでいる者が多くいる。
その点、自営業者は気楽でいいよな。同業者から足を引っ張られるようなことがあっても、浮氣が原因で、離婚にはいたらない。たとえ離婚しても、その時は女性の方がかなりリスクを強いられてしまう。
だから女も考えるべきだと俺は思う。自分に仕事の才がなければ、出会った男の中で一番妥協できる男を選ぶべきだと思う。それで平穏な家庭を作り、穏やかな生活を手に入れることができれば、それは幸せだと思う。
だてにキャリアウーマンなんぞになって、お互い高めあっていける関係になれば言うことはないが、外で女がバリバリ仕事をしていると、経済力のない男に目を付けられ、不幸に落ちていく。
相手の嫁からも、慰謝料を請求され、もう元の夫のところへも戻れない。
よしんば、不倫相手とうまく結婚できたとしても、一度浮気をしたオスは、一度では収まらないのが常で、それは女にとっても同様であると言える。メスは、さらなるオスを求め、夫となったオスも、もっと若いメスをさらに求め続けることになる。
そうなれば、穏やかな幸せが遠のくばかりでなく、仕事もダメになってしまうことが多い。
世の男性たちは、必死の思いで結婚生活を維持しているのだ。それを残業や出張で帰りが遅くなったぐらいで、興信所を頼んでまで浮気を疑うべきではない。
またもし、結婚しないとすれば、社会的不能者と見られ一人前扱いされない。今とはまるで時代が違うのだ。男が妻を養って当然の風潮が昭和の時代にはあった。
それで結婚相手は誰でもよかった。たまたま同じ大学で、同じような科目を履修していた真理子に目が行っただけのことで、それ以外に理由はない。
とにかく25歳までに結婚しなければ、出世の見込みはなくなるということを先輩から聞いていたので、手っ取り早く真理子をコンパ帰りに送りオオカミしてgetしたっていうわけ。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
俺は御剣利一(みつるぎりいち)63歳、来月で64歳の誕生日を迎える正真正銘のオッサンだ。
妻とは、大学時代からの付き合いで、なんとなく受講している講義がかぶり、そのままずるずる同棲生活を経て結婚した腐れ縁の仲だ。
夫婦仲は良いが、子供に恵まれることはなかった。不妊治療の現場で医師から告げられたことは、衝撃的な一言であったため、それ以降無理して子供を欲しがるようなことはしなかったのだ。
結論から言うと、俺たち夫婦は二人とも健康体で、妊娠のタイミングが合わないということだけであったのだ。要するにお互い相手を変えさえすれば、案外、すんなり子供ができるということ らしい。
子供が欲しいということだけが理由で結婚したわけではないから、別にタイミングが合わないのであれば、無理にタイミングを合わせる必要もなく自然に任せていることにした。
真理子を抱きたいときに抱く。いつもと何ら変わらないスタンスでいいのではないか?お互い十分話し合いをして、真理子は納得しているものとばかり思っていたのだが……。
思いがけずに我が家に、それも定年間際になってから、あんなコトが起こるだなんて世の中わからないものだ。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
それは突然、起こってしまった。
俺の仕事は内部監査室長で、公認会計士の資格を持っているのだが、常勤監査役と異なり、対外的な監査の仕事はしない。その代わり、社長の右腕?左腕?まあ、片腕であることは間違いないが、どちらの腕かは、会社により、またその場の時世により変わるということもある。
とにかく社長の密命を帯びて、会社の表向きの帳簿から推察をしていき、お金の流れを追いかけ、社内に不審な点がないかを暴く仕事をしている。
近年は、J-soxなるものが流行り、その規則に乗っ取って監査をしていけば、報告書を出すだけの作業に終始することが多い。楽と言えば、楽になったのだが、帳簿上の数字だけを鵜呑みにすることはできない。
今も世間を騒がせているが、大林製薬が作った赤麹を原因とする多数の犠牲者が出たことは甚だ遺憾であり、大林製薬の内部監査が全く機能していなかったことへの警鐘であり、表れである。
内部監査がおざなりにされると、社内だけでなく社会に対して被害が甚大になるのであるが、たいていの監査人は、コトの重大性を軽微にとらえ、仕事をおざなりにしてしまう傾向がある。
今回のことで、改めて内部監査の必要性を再認識してもらい、今後このようなことが起こらないように注意喚起をしてもらいたいところである。
厳密にいえば、大林製薬の場合は、常勤監査役はもとより監査法人も全く機能していなかったことから、なるべくして起こった事故という感は否めない。
半年に1回程度の割合で、支社、研究所、営業所を回り、規則通りの仕事がなされているかのチェックを行う必要がある。それで、国内のみならず海外出張もしょっちゅうあり、その度に俺は家を空ける。
その辺のことは、真理子も織り込み済みのことで、だからと言って、浮氣など一度も疑われていないことも悲しいというべきか、それだけ俺のことを信頼している証なのだろう。
お互い、本気で子供が欲しければ、俺が海外出張へ行っている間にいくらでも、浮氣の一つや二つはできたであろうに、俺たちはあえてそれをしなかった。
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なんだ?ベトコンか?いや、もう戦時下ではない。テロか!?様々な憶測が頭の中を駆け巡る。しかし、缶ビール1本が殊の外、効いたようでうまく頭の回転が追い付かない。
悩んでいると、いつの間にかリーチは屋外に出てしまっているようだ。しかも、ドアからではなく窓から出てしまったようで……、なんともはや考えられない事態に陥ってしまっているようだ。
目の前には、ニッポン映画のゴジラのような生き物?化け物が、咆哮を上げながらリーチに近づいているように見える。
まさか、缶ビール1本で酔っ払って、夢でも見ているのではと、己を疑いたくなるが、どうやらリーチは空中に浮かんでいるように見える。
さっきまで来ていたパジャマ姿ではない。なんとなくスースーするような?気のせいだろうか?
それに「よく見ると、右手に見たこともないような光るステッキ?ちょうど縁日の夜店で売っているようないかにも安っぽいステッキを握りしめ、それをコンダクターになったかのような手ぶりでゴジラに向かって、指揮をしている。
ウソだろ!?これは、悪い夢に違いない!
それにしても、どうしてリーチはこんな生々しい夢を……今まで一度も見たこともない夢を急に見ることになってしまったのだろうか?
すると、混乱しているリーチをよそに、目の前にいたゴジラは、いつの間にか雲散していて、消え失せてしまっていた。
やっぱり、夢だったんだ。変な夢。と納得しながら、部屋に戻り、ベッドの中に入ると、部屋のドアが激しくノックをされ、うんざりしながら扉を開ける。
「Hey!Mr.……(早口でまくしたてられ、聞き取れない)……」
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