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第一章 壊れた花たち
第十話 百合の花には毒がある
しおりを挟む朝の食堂。
ネコヤナギがちらりとこちらを見てくる。
リンドウは我関せずを貫いて黙々とパスタを吸い込む。
スノードロップはそもそもいない。
「……あのさ」
俺は隣に目を向けながら口を開いた。
そこにはリリーがいて、俺のすぐそば……肩が触れ合うくらいの近さに椅子をもってきて座っている。彼女はパタパタと小さな足を動かしながら、オムライスを笑顔で食べていた。
「にゃにー?」
「いや、にゃにーじゃなくて。近すぎない?」
「え、普通でしょ?」
リリーの猫耳がブンブンゆれる。
「私たち猫族だもん。大好きな人とはいつもくっついているのが当然だよ。人間《ガーデニアン》たちは違うの?」
「さ、さすがに衆目がある場所では弁えるかなあ。だからほら、ちょっと離れてほしいって言うか」
「え~? やだなあ」
リリーは頬を膨らませて、俺の肩に頭をこつんと乗せてくる。
「いやいや、なんで頭を乗せてくるんだ。やめろってば」
「やめません~。離れたくないもん」
……なんだこいつ。急に距離を詰めて来すぎて、わけがわからないんだが。
「……おやおや、お二人さんはいつの間にそんな仲良くなったのかな~?」
ネコヤナギが眠そうな目で茶化してくる。
「びっくりだよね~。ぜんぜん話しているところなんて見てなかったのに。昼ドラの総集編だってもっと展開はゆっくりだよ。……え、イケメンターいつ手を出したの?」
「手なんか出すわけないだろ! 俺だって急に来られすぎて訳がわからないんだよ……」
「へ~そうなんだ。椿姉といい、手が早いよね。そんなあなたに早撃ちガンマンの称号を送ろう~」
「話聞いてないよな? 手出してないんだってば! 心当たりなさすぎて困惑してるんだよ」
「えへへ、メンターは優しかったにゃんよ?」
「話ややこしくしなるから止めてくれないかなあ!?」
俺は頬を引きつらせながら笑うしかなかった。
「あらら……。イケメンターってロリもいけるんだねえ」
「だから、何もしてないって……」
「にゃんにゃ~」
「おでこを擦りつけてくるな!」
そう注意してもリリーは聞く耳を持たない。喉を鳴らしながら上機嫌に頭を押しつけてきて、「撫でて撫でて」と要求してくる。
俺がどうにか押しのけようとすると。
包丁が、机に突き刺さった。
「……」
食堂が、しんと静まり返った。バネが跳ねたときのような音を立てながら振動する包丁。瞬きを繰り返すリリー。眠たげな目を微かに見開いたネコヤナギ。黙々とパスタをフォークに巻き付けるリンドウ。
冷や汗が止まらない。
「すみません」
白く細い手が、後ろからぬっと伸びてきて包丁を掴んだ。壊れかけたブリキのようなぎこちない動きで振り返ると、目を細めた椿が立っていた。
瞳に、光がない。
「手が滑ってしまいました。あのカボチャ硬くて……思いっきり叩きつけようとしたんです」
「……そ、そうか」
後ろの台所にはたしかにカボチャが置いてあった。
硬そうなカボチャだ。たしかにあれを割ろうと思うと、中々苦労しそうだね……。
「お二人に怪我がなくてよかったです。ごめんなさいね、リリー」
「気にしなくていいにゃんよ~。誰でも失敗はある!」
「そう言っていただけて嬉しいです。次は、失敗しないように気をつけますね」
その言葉には寒気がするような含みがあった。
リリーは気づいているのかいないのか、椅子をずらして俺から距離をとった。椿は何も言わずに台所へと戻っていく。
俺は思わずつばを飲み込んだ。
心臓の鼓動がやかましい。
「にゃはは、椿姉ったら意外とドジだよねえ」
リリーが笑いながら言ったが、その言葉に反応するものは誰もいなかった。
ただのうっかりならまだ笑えるが、あれは明らかに故意だ。椿の好感度を知っている俺からすると、そこに潜んだ悪意まで読み取れてしまう。
そして、リリーも。
「……わざとだろ?」
俺の言葉に、リリーは小首をかしげる。
「なんのこと~?」
「……お前、わかっていてやっているだろ? たちが悪いことするんじゃないよ」
「えー? わかんないにゃあ」
そうやって誤魔化すようなことを言いながら、誤魔化す気がないように薄っすらと仄暗い笑みを浮かべるリリー。
百合の花には毒がある。
俺は、甘いとろりとしたリリーの表情を見ながらそのことに思い至った。
こいつの好感度は食堂へと赴く前に確認していたが、出会ったころとほとんど変わっていない。つまりは、そういうことだ。こいつの口にする好意とやらは大嘘で、椿や俺を煽って楽しんでいるに過ぎない。
一言で表現するなら、快楽主義者。
「もう、俺に無闇矢鱈と引っ付くのはやめろ。わかったな?」
「え~、メンターに引っ付けないのは寂しいにゃ~」
「……思ってもいないことを言うなよ」
「あー。まあ、わかるにゃんよねぇ。メンターたちには私たちのことが色々見えているって、私は知ってるもん。だからネコヤナギのパンツが際どい紐パンなのも知っているんでしょ?」
「それは知らねえよ!?」
俺は思わず叫んでしまった。
ネコヤナギが太ももを手で隠して、訝しげな眼差しを送ってくる。
「……イケメンターの変態」
「誤解だ! そんな情報が見えるわけないだろ?」
「ほんと~?」
「本当だよ。見えたらやばいだろ、そんなの」
「メンターになる人って変な人が多いからなあ~。そういう覗き見スキル持っていたとしても不思議じゃないんだよねえ」
「……そんな変態さすがにいないだろ」
「え、いるから言ってるんでしょ。私たち仮にもガワは女の子の形だからね~」
「……そうかい」
そりゃあ、たしかにそうだろうな。どこの組織にも性が絡む問題を起こす厄介者は少なからずいるものだ。前の会社にもいた。いたよ。ああ、いたいた。あんな感じのやつと一緒にされるのは嫌だな……。
俺は深々と溜め息をついて椅子によりかかる。
どっと疲れた。
気づいたら自分のご飯はほとんど減っていない。正直もともと食欲はなかったから、そんなに箸を進める気にもならなくて、俺はそっと食器をどかした。
その食器にのったオムライスを見ながら、リリーがぽつりと呟いた。
「私はお腹が空いているだけにゃんね」
優しく微笑みながら、しかしどこかつまらなさそうに。
それはきっと、文字通りには読み取れない空腹感を指すのだろう。
そう理解はしても、その感覚は共感できない。
刺激的ななにかより、退屈な方が胃に優しいと思えるから。
「だから、美味しそうなご馳走があったら食べたいにゃ。退屈は嫌いだからね」
しかし、そう言ったときのリリーの笑みはどこか無垢な輝きがあって、綺麗だった。
百合の花は美しいのだ。
たとえ、毒があろうとも。
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