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第一章 壊れた花たち
第十四話 侮辱はゆるさないわ
しおりを挟む「……」
「……」
食堂に入ってきたのはスノードロップだった。
くっつきながら固まる俺達を、しばしの間静かに見つめる。その眼差しには感情がなく、どこまでも冷めきっていた。
罵倒くらいされるだろうと覚悟したが。俺の予想に反してスノードロップは反応を示さず、そのまま何事もなかったかのように台所へとむかった。
冷蔵庫の扉が開く音がした。
……いや、なにも言わないのかよ。
それはそれで、なんというか拍子抜けというか、肩透かしをくらったというか。すごく気不味いのだが。
「あら、スノーちゃん。スノーちゃんもお昼?」
椿はするりと俺から離れて、スノードロップへと声をかけていた。スルーしたスノードロップに合わせて、何事もなかったかのように振る舞っている。
「ああ、少し腹が減ったから」
「そうなのね? さっき作ったご飯でよければ少し余っているからよかったら食べない?」
「いいよ。いまはアイスが食いてえ」
「……またアイスなのね。本当、アイスが好きねスノーちゃん」
「そうでもねえよ。一日一食くらいのペースだし」
「いや、それは十分好きだと思うわ」
椿の突っ込みに、スノードロップはわずかに口角をゆるめた。
俺は思わず瞬きをしてしまう。スノードロップが笑ったところなんて初めてみた。笑うんだな。
スノードロップは冷凍室を漁りながら、首をかしげる。
「……あれ? 俺のアイスなくねえか?」
「あー……もしかして、チョコッキー? それならたしかネコヤナギが持っていっていたような……」
「……あのネコスケ。俺の名前書いていただろうが」
「ま、まあまあ。そんなこともあろうかと、予備でもう一本私が買っておいたから許してあげて?」
「ちっ、仕方ねえな」
スノードロップは舌打ちをして、椿の予備のアイスを引っ張り出すと袋をやぶいた。
「ありがたくもらうぜ、椿」
「どうぞ」
……二人って、仲が良いのだな。
あまりにも意外すぎてびっくりしたよ。真面目系委員長タイプの椿と、ダウナー系ヤンキーのスノードロップでは性格が真反対すぎて相性悪そうに見えたから。
驚いてじっと見ていたせいで、スノードロップがこちらの視線に気づいた。
「……気安く見てんじゃねえよ、クソメンター」
「あ、あはは……。すまない。二人は仲が良いんだな」
「あ? てめえにゃ関係ねえだろ」
なんで俺にだけはこんなに当たりが強いんですかね……?
「もう、スノーちゃん。メンターにその言葉遣いはだめでしょ? 私たちの上司なのよ」
椿がたしなめてくれたが、スノードロップは露骨に嫌そうな顔をした。
「知らねえよ。俺はこいつのことを尊敬してねえ」
「そういう問題じゃないわよ。組織に所属しているのだから、言葉遣いはちゃんとしないと」
「へーへー」
「こら! ちゃんと話を聞きなさい!」
どこ吹く風といった様子でスノードロップは肩を竦めて、アイスを取り出した。
「たく、理解ができねえぜ。お前どうしてこんなやつのことをそんなに慕えるんだよ」
「……どういうことかしら?」
「戦場でのあの痴態を見たら、普通幻滅するだろ。軍人のくせに盾に隠れているだけじゃなくて腰まで抜かしていたんだぜ?」
「……」
思わず目を伏せてしまった。
スノードロップの言葉は正しくて、だからこそ的確に俺のこころを抉ってくる。自分でもわかりきっている。俺はただの臆病者の社畜で、軍人にはあまりにも向いていないと。
「なんでそんなにお熱なのかは知らねえけど、やめといた方がいいと思うぜ。そんな臆病者、どうせ他の野郎どもと同じですぐに」
「スノーちゃん」
椿の声は、淡々としていた。
淡々としていたはずなのだが、スノードロップが押し黙るほどの迫力があり。
そこには、明確な怒りが滲んでいた。
「それ以上、メンターを侮辱するのは許さないわ」
「……」
「……あなたは知らないかもしれないけどね。私はメンターのことをよく知っているの。ただの臆病者なんかじゃないし、彼にはいいところがたくさんある」
椿は、鋭い瞳でスノードロップを睨んだ。
「謝れとは言わないわ。だけど、これ以上私の前で私のお慕いする人を悪く言うのは許さない。たとえ、尊敬する貴女でもね」
スノードロップは微かに目を見開いていた。椿がどうしてこれほどまでに俺のことで憤りを露にするか理解できないのだろう。俺もそうだ。どうして、俺なんかをそこまで擁護してくれるのか理解できない。
スノードロップの言っていたことは間違いではないのだ。普通なら幻滅しかねないほどの情けない姿をみせたのに……。なぜ彼女はこうも俺を慕ってくれるのだろうか。
以前会って救われたと言っていた。そこに恩義を感じているとも。しかし俺にはその記憶はない。
わからない。そんなにも俺のことを真剣に考えてくれる理由が。
スノードロップが舌打ちを打った。
「わけわかんねえ。そんなやつの何がいいんだ」
「わからないならわからないで良いわ。ただ、侮辱するのはやめて。わからないなら尚更ね」
「……はっ。理解できねえぜ」
スノードロップはケラケラと笑いながら、俺に一瞥をくれて目を細めた。何か言いたげな様子だったが、きっと浮かんできた罵倒を押し殺したのだろう。
「はいはい、わかったわかった。そりゃあ、てめえの男を悪く言われたら腹立つわな。今後はもう少し考えて発言するようにするよ」
「……わかってくれたのならよかったわ」
「ああ、おめえの愛の重さはよーくわかったよ。よかったな、メンター。おめえ愛されてんな」
その皮肉交じりな言葉には答えることはできなかった。俺自身、なぜこんなにも椿から好かれているのか理解していないからだ。
「……けっ、朝から盛りやがって。しらけたわ」
スノードロップはため息をついて。
「てめえらが勝手に盛り合うのは正直どうでもいいんだよ。ただ、次からは時と場所を選べ。正直、見えるところでイチャコラされると目障りでしかねえからな」
ごもっともで……。
一方的に引っ付かれただけとはいえ、強く諌めなかったのは俺もよくなかった。
「……じゃあ、お二人さん。邪魔して悪かったな。存分に乳繰り合っておくれ」
スノードロップは、ニヒルに笑いながらそう言うと、椿の肩に手をおいた。厳しい表情のままの椿に、耳元で何かを囁いている。
椿の耳が、赤らんだ。
いったい何を……?
「……もう、なんてことを言うのよ」
待て待て、何を言ったんだスノードロップ。
スノードロップは部屋を去る。扉を閉める間際に俺の方へと一瞥をくれて鼻で笑った。
「……なんなんだあいつ」
俺のつぶやきに答えるものはいない。椿は俯いて恥ずかしそうに黙っている。スノードロップの囁きがなんなのかはわからないが、俺への嫌がらせなのは間違いない。
どれだけ嫌いなんだ、俺のこと。何もしていないというのに。
しばしぼうっと扉を見つめていると、メニュー画面が突然開いた。通知が来たらしい。
「……いきなりだな」
内容を確認する。
すべてのキャラクターの情報が一部開示されたのと、キャラクターイベントが発動したらしい。なにかしらのフラグを回収したようだ。
おそらく、すべてのキャラクターとある程度交流することが条件だろう。ゲームでも、最初に与えられるキャラクターたち全員と初期段階まで交流することで、彼女たちの情報とイベントが開放される。最初に与えられるキャラクターたちはランダムで、フラグが立つ交流の度合いはキャラクターごとによって違うが、条件を満たすこと自体はさほど難しくはない。
俺はキャラクターイベントを確認した。
【キャラクターイベント】
・椿ルート開放
アンサス「椿」の個別キャラクタールートが開放されました。
『ルート1 椿の夢』の進行により、次のルートが開放されます。
・シオンをあなたへ
達成条件:スノードロップへシオンの花を渡す
アンサス「スノードロップ」へシオンの花を渡すことで、スノードロップの個別キャラクタールートが開放されます。
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