~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな

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第四章 瑠璃色の皿

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「大丈夫だよぉ」

 誠羽は頭の後ろで手を組み、呑気に言う。

「大丈夫じゃありません。妖魔を甘く見ないほうが良いです」

 明琳は強い口調で言い放った。
 こうなったらお皿を返しに行くのは諦めて別の方法を考えよう。
 明琳がそんな風に考えていると、不意に誠羽に腕を引っ張られる。

「きゃ」

 誠羽は明琳の腕を引っ張ると、耳元で低く囁いた。

「……じゃあさ、こういうのはどう? いい案があるんだ」

 誠羽の美しい瞳が夜の闇のように妖しく光る。

「夜中にさ、二人で一緒にここを抜け出すんだ。面白そうだと思わない?」

 へっ。

 明琳は誠羽の顔を二度見する。

「抜け出すって、そんなことができるんですか?」

「ああ。自慢じゃないけど、僕は宮廷中のありとあらゆる場所の抜け道を知ってるんだ」

 胸を張る誠羽。

「ええっ、凄い」

「抜け道を教えるから、その代わりに僕にもその悪霊を退治するところを見せてよ。ね、いいでしょ」

「えっ」

 悪霊退治には危険が伴う。そんなに簡単に人に見せて良いものでもない。
 それにこっそりと後宮を抜け出しているところわ見つかったらクビになるかもしれない。危険だ。

 でも――明琳は顎に手を当てて考えた。
 もし後宮をこっそり抜け出せるのであれば、炎巫になるためにやれることも増えそうだ。危険はあるけれど、ここは誠羽の話に乗ってやってみるしかない。

「分かりました。じゃあ今夜、一緒に行きましょう」

 こうして明琳と誠羽は、二人で夜こっそりと口中を抜け出し、一緒に皿を返しに行くことにした。

 ***

 夜がとばりを下ろし、月明かりだけが辺りを仄かに照らす。
 明琳はいつものように彩鈴が寝静まったのを確認すると、こっそりと部屋を抜け出した。

「おーい、明琳ちゃん、こっちこっち」

 誠羽が庭で無邪気に手を振っている。

 月光に白いかんばせが照らされて、まるで月に住まう天女のように美しい。

「お待たせしました」

 明琳が頭を下げると、誠羽は明琳の手を取った。

「じゃあ、行こうか」

 楽しそうにぐいぐいと明琳を引っ張っていく誠羽。
 どうやら女性のような外見とは裏腹にかなり強引な性格らしい。

 明琳は黙って誠羽の後をついて歩いた。
 着いた先は、掃除道具や火鉢の入った物置小屋だった。

 誠羽が小屋の一角をガタガタと揺らすと、壁の板がパカリと外れた。

「ここ、後宮の外の馬小屋とつながってるんだ。僕の秘密の抜け道」

「へえ、そうなんですね」

 明琳は緊張しながら誠羽の後をついて穴に潜った。

 途中、馬小屋を管理する兵士に会って明琳は心臓が止まりそうになるも、誠羽が慣れた手つきで兵士にお金を握らせると、兵士は黙って二人を通してくれた。
 なるほど、ここでは何事も賄賂しだいというわけらしい。

「さ、行こう。馬は大丈夫?」

 誠羽が颯爽と馬に乗りこむ。

「えっと私、馬には乗ったことがなくて」

 明琳が言うと、誠羽は自分の後ろを指さした。

「じゃあ後ろに乗って。ちゃんと掴まってね」

 言われた通り、誠羽の後ろについて肩に掴まる。

「それだと落っこちるよ」

 誠羽は明琳の手を引き、自分の腰辺りに回させる。
 明琳は誠羽の後ろからがっしりと抱きつくような形となった。
 いくら宦官と言えど、こんなに男の人に密着するのは初めてだ。

 明琳が緊張していると、誠羽は無邪気に右手を上げた。

「これでよし、出発!」

 真っ暗な林を抜け、月明かりの照らす丘を駆け抜ける。

「わあ、風が気持ちいい」

 明琳が夜風の感触を楽しんでいると、誠羽が口の端を上げて笑う。

「ふふ、明琳ちゃんって可愛いね」

 か、可愛い!?

 明琳がびっくりして無言になっていると、誠羽はプッと噴き出した。

「……からかいがいがあってさ」

「もう、馬鹿にしないでくださいよ」

「あはははは」

 そんなやり取りをしながらしばらく馬を走らせると、皇帝が鷹狩に使っているという広大な平野が見えてきた。

「ここだよ」

 その東端、低木と草木が繁るだけのだだっ広い平野に小さくて古い祠はあった。

「えっ、これが?」

 蝋燭で照らしてみると、祠は明琳が想像していたよりもずっと小さい。
 祠と言うよりは、ただ適当な石が組み置かれているだけのように見える。

「確かに小さいけど、この辺りに他に祠っぽいものは無さそうだし、これじゃないかな」

「そうですね」

 明琳は歴史書を思い出す。

 確かに、祠や神殿が今のように派手になったのはごく最近のことで、昔はこんな風に石や木を組み合わせた祠が一般的だったと書いてあった。

「では、ここに入ってみましょう」

「そうしようか」

 明琳と誠羽は、松明を手に祠の中へと足を踏み入れた。

 
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