~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな

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終章

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「さ、戻ろう、明琳」

 天翼が人の姿に変化へんげし、明琳へと手を差し伸べる

「うん」

 二人は自分たちの住む屋敷へと戻った。

「ふー、帰った帰った」

 明琳が巫女服のまま寝台にゴロリと横になると、人間の姿に変化した天翼が渋い顔をする。

「こら明琳、だらしないぞ」

「良いじゃん、ここは私の家だし、他に誰も居ないんだしさ」

 明琳は口を尖らせた。

 ここは炎巫の住まう炎巫宮えんふぐう。巫宮と後宮の間に位置する建物で、炎巫専用の屋敷である。
 宮殿とは言うもののそこまで大きいわけではなく、代々の炎巫が使っていた建物だから年季も入っている。
 だけれども日当たりが良くて風もよく通り、庭もよく手入れされている。
 家具や調度品も最高級の品ばかりで、明琳にとっては快適な場所だった。

 明琳がぼうっとしながら庭の池や花々を眺めていると、お付きの女官が戸を叩いた。

「炎巫様、太子殿下がいらっしゃいましたよ」

 明琳ははっと顔を上げる。

「はい、今行きます!」

 明琳は襟元を直すと急いで応接室へと向かった。

「よっ、明琳、元気にしてたか?」

 右手を上げ、人懐こい笑顔を見せる誠羽。

「はい、太子殿下。実は――」

 明琳が事の経緯を誠羽に報告しようとすると、誠羽は渋い顔をする。

「違うだろ、明琳。太子殿下ではなく、誠羽と呼べと言ったではないか。炎巫はこの国では皇帝と同等の権力を持つ者。遠慮するでない」

「す、すみません」

 明琳が頭を下げると、誠羽は子供のように口を尖らせた。

「それから敬語もいらん」

 そんなこと言われても。
 明琳は困惑しつつも、他ならぬ太子殿下の頼みなので、渋々「誠羽さん」と呼ぶことにした。

「それで、今日は誠羽さんに報告があるんだけど」

「うむ、何だ?」

 明琳は天翼と不死山に行ったことや山の様子、噴火を小規模に抑えさせたことを誠羽にかいつまんで説明した。

「ふむ、なるほどな。明琳、良くやった」

 誠羽が満足そうにうなずく。

「……誠羽、来てたのか」

 そこへ渋い顔をした天翼も応接室へ入ってきた。

「おお、久しぶりだな、天翼。相変わらず愛想のない奴よ」

 誠羽が手を挙げると、天翼はますます眉をしかめる。

「誠羽は次期皇帝の割に威厳が無さすぎだ」

「くくく、まあそれは自覚しておる」

 誠羽は口の端を上げ微笑をうかべた。
 実は今、皇帝陛下は病にかかり床に臥せっているのだという。
 恐らく皇帝陛下がずっと御簾の奥にいたのは顔色の悪さを隠すためでもあったのだろう。
 死期も近いのではないかと言う話で、それに伴い、幼いころにしか見えなかった天翼の姿も、今では誠羽にもうっすらと見えるようになっているのだという。
 
「それにしても――」

 誠羽は部屋の中をじっくりと見回した。

「この広い屋敷に明琳と天翼は二人だけで暮らしているのか?」

 天翼には、朱雀の姿だと色々と不便だから、人間の姿になってここに住んでもらっている。
 たまに火山の様子を見に不死山に帰ることはあるけれど、基本的にはここに住んで色々と明琳や誠羽に助言をしてもらっている。

「二人だけではない。雑用をしてくれるお付きの女官もいる。巫宮の者たちもしょっちゅうここに来るし」

 天翼が少し不機嫌そうな顔をして答える。

「ふぅん」

 誠羽は意味深な表情を浮かべると、不意にこんなことを言い出した。

「それにしても、こんな離れに暮らしていては寂しいだろ。余がたまにここに遊びに来てもよいか?」

「それは良いのですけれど」

 遊びに来るって、太子の仕事も忙しいのでは。
 明琳が不思議に思っていると、誠羽は悪戯っぽく笑った。

「いや――いっその事、明琳も後宮に住めば良いではないか。今度は我が妻となって、妃――いや、皇后兼炎巫となるのはどうだ。面白そうであろう」

「ええええっ?」

 明琳は大きな声を上げた。

 自分が誠羽の妃――皇后に⁉

 そんな馬鹿な!

 明琳が呆気に取られていると、横にいた天翼が顔を真っ赤にして反対する。

「駄目だ。皇后と炎巫を兼任するなど聞いたことがない」

「そ、そうだよ。炎巫の業務に支障が出たら困るし!」

 明琳と天翼の反応に、誠羽は少し不満そうな顔をする。

「えぇ? 別に良いではないか。妃の職務などそう大したものがある訳でもないし、余の側にずっと居れば良いでは無いか」

 あっけらかんとした顔でいう誠羽に、天翼は眉間の皺をますます深くし、ぴしゃりと言い放った。

「絶対に駄目だ!」

 ……はあ。

 明琳は頭を抱えた。

 炎巫の座を巡る国の騒乱は収まったものの、まだまだ後宮内では一悶着起きそうな気配である。



[完]
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