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人はそれを恋心という

舞花、野営訓練に参加する⑤

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 テントの杭打ちだとか、火をおこす場所の石集めだとか、簡単な作業にだけ舞花は参加を許された。それでも舞花にとってはだいぶ過酷である。
 作業すること一時間強、あっという間に完成した野営用の大型テント群に圧倒されていると、「おーい」とエルクの声がした。よく見るとエルクは巨大なクロコダイルに角が生えたような謎の生物を他の隊員と協力しながら運んでいる。

「わぁ、それを仕留めたんですか?」

「そう。俺が仕留めた」とエルクは得意気に言った。

「凄かったわよ。マイカも来れば良かったのに」とノンシャも横で興奮気味だ。

 どうやら意中の彼女にいいところ見せられたようだ。良かったねぇ、と舞花は結婚相談所の仲介人のおばちゃんのような気持ちになって2人を見守る。
 
 食料調達班がとってきた二メートル位ある巨大クロコダイルもどきはこれまたあっという間にさばかれでスライス肉にされた。
 それをガングニールズ将軍が攻撃系の魔法でおこした火であっという間に大きくなった焚き火で焼くと、ジュウジュウと香ばしい音と香りが辺りに漂った。

「ガングニールズ将軍って魔法が上手ですよね」

 舞花は前々から思っていたが、ガングニールズ将軍は魔術師でもないのに魔法が得意なようで、色々な魔法をよく使う。他の隊員も使うことはあるが、圧倒的にガングニールズ将軍は頻度がも高ければバリエーションも多い。
 舞花が見たことがある限りでも火・水・雷・風と色々と使っていた。普段から防御壁を纏っているとも聞いた。
 でも、そんなガングニールズ将軍も舞花でも使える治癒魔法は使えないらしい。魔法には色々と適正があるようだ。

「そりゃあそうだよ。リークは優秀な魔術師家系だからね。だって──」とスデリファン副将軍が何かを話し出したところで、「フィン」と怖い顔でガングニールズ将軍が話を遮った。

 男の人って家のことを聞かれるのを嫌がる人って多いよね、と舞花も特に追及はしなかった。

 串刺しの肉が焼き上がると舞花とノンシャにもエルクから一つずつ手渡された。恐る恐る口に運ぶと、少しかたいが鳥肉のような味わいがした。

「あ、美味しい! エルクさん、美味しいよ!」

 驚いた舞花はこのクロコダイルもどきを仕留めたエルクにこの感動を伝えた。

「美味しいですね」とノンシャも喜んでいる。

 エルクはその様子を見て少し照れ臭そうに「よかったです」とはにかんだ。

 密林で獲物を仕留めた若い兵士がそれを想いを寄せる魔法治癒師にプレゼント。

 舞花はハッとした。これはいわゆる愛の給餌行動と言うやつではないか?
 給餌されているノンシャも満更では無さそうである。これはいい感じなのでは、と舞花は思わずにまにましてしまう。

「こっちの実も美味しいぞ」

 その時、隣にいたガングニールズ将軍に舞花は紫色の果実を手渡された。

 舞花は自分の手に乗せられたそれをまじまじと見つめる。
 見た目は紫色の楕円形をしていて、表面には桃のような細かい毛が沢山生えている。所々に小さな突起があり、手触りは固い。要するに、舞花が食べたことがない怪しげな見た目の果物である。舞花はチラリと横を見上げた。

 ──み、見てる……

 手渡してきたガングニールズ将軍はこっちをジッと見ている。これは食べない訳にはいかないでは無いか。
 舞花は恐る恐るそれを口にした。グロテスクな見た目とは裏腹に、甘酸っぱい味が口に広がる。その果実は酸っぱめの林檎のような食感と味がして、とても美味しかった。

「美味しい!」
「そうか」

 舞花がパクパクとそれを食べ始めると、ガングニールズ将軍は舞花を見つめて微笑んだ。否。微笑んだように見えた。
 隣のスデリファン副将軍がこっちを見ながらニマニマしているのはアホらしいくらいに分かり易いのに、目の前の将軍は表情がやっぱり読み取りにくい。

「ガングニールズ将軍! ひげ剃らないの?」
「お前はやけに俺のひげに拘るな」

 詰め寄る舞花にガングニールズ将軍は戸惑い気味だ。

 舞花は心底ひげが邪魔に思えた。口元の表情を見るのにもじゃもじゃのひげが邪魔すぎるのだ。今すぐ剃るべきである。断固として剃ることを主張する。
 そんな舞花の心の内を知ってか知らずか、ガングニールズ将軍は肩を竦めて「毎日剃るのが面倒くさいんだよ」と呟いた。舞花ががっくりと項垂れたのは言うまでもない。


 初めてのバーベキューと言う名の簡易的な野営訓練に、筋力増強魔法の副作用もあり、舞花は自分でも気づかないうちにすっかりと疲れてしまったようだ。帰りのジープカーの中ではいつの間にかぐっすりと眠り込んでしまった。

 ジープカーの中では大きな熊にほっぺたをふにふにと触られると猫のひげが生えてくるというおかしな夢をみた。

「ひ、ひげが……」
「またひげか。なんでそんなにひげが気になるんだ?」

 呆れたように呟く低いその声は、いつになく優しく聞こえた。



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