2 / 17
第1話
しおりを挟む
荘厳な装飾が施された、魔導国の中でも歴史的価値の高い寺院で国王の葬儀は執り行われた。参列者は涙を流し、緻密な刺繍で飾られた布を被った棺に花を添えていく。臣下達はみな下を向いてすすり泣きをしている。
セルウィリアもその一人であった。美しい黒い髪に白い薔薇が象られたヘッドドレスを身に着け、葬式用の黒いドレスを着ている。濃い茶色の瞳には、今まで世話になった国王を偲ぶ雫が浮かんでいた。
彼女が『白薔薇の君』と呼ばれる所以となった、大好きな白い薔薇を国王の棺にそっと置く。目を閉じ、安らかに眠れるよう祈る。供花の列から出て、関係者が座る席に移動した。ちらりと前を見ると、残された王妃は崩れるようにして泣いており、六歳になったばかりの王子は、何が起きているかはっきりと理解していないような顔でぽかんとしている。
彼らの悲しみや、今までセルウィリアを大事にしてくれた国王を思いながら、葬儀を終えた。
これから一体どうなるのだろう、と部屋に戻った彼女は思う。自分は政治には関与出来ないし、するつもりもないが、この国の今後を考えるとどうしても不安を抱いてしまった。
そんな彼女の胸中をかき乱すように、侍女が傍にやってきて、来客の知らせを告げる。
聞けば宰相のグイド・ワズーだった。宰相が何故、自分に用事があるのか分からなかったが、セルウィリアは部屋に通すよう指示を出す。
部屋に通されたグイドはにやついた顔を浮かべ、わざとらしく一礼する。
「宰相殿がわたくしにどのような用でいらっしゃったのかしら」
座るよう案内してもグイドは立ったままだった。すぐに話は終わるということか。
「突然の訪問、お許しください。実は貴女の今後について話があって参ったのです」
「わたくしの今後……?」
嫌な予感がした。セルウィリアは知らないうちに眉をひそめる。
「えぇ、貴女の縁談ですよ」
絶句した。セルウィリアはこのプルディオス魔導国の神代と呼ばれる存在だ。魔法が全ての魔導国で最も強い魔女だけがなれる神代。国の代表として、宮廷に住み、政治は関わらないが、神事を司る国の巫女。寿命が来るまで、あるいは何かしらの理由で魔法が使えなくなるまでは巫女であり続けるのに、何故自分に縁談が来ているのか、全く理解できなかった。
巫女に縁談が来るということは、神代で無くなる、つまり用済みという事である。セルウィリアは今も魔法を使えるし、他人とは比べ物にならない程の圧倒的な魔力量を持つ。魔法は一人一属性しか使えないが、セルウィリアは全ての属性を使う事が出来る特異体質『マギアデウス』でもある。今、この国でセルウィリアよりも強い魔女はいない。
「どうしてわたくしが結婚するのですか。まだ神代を務められるのに」
動揺を表に出さないようにと自分に言い聞かせるが、言葉はどうしても震えてしまう。目の前の狡猾な狐のような男に心中を悟られたくないのに。
「貴女の実力がどうというわけではありません。政治の話になるんですがね、隣国のヴィタテウム帝国との緊張状態を少しでも和らげたいと議会で話が上がりまして。そこで、婚姻により和平交渉を行おうではないかという案が可決されたのですよ」
グイドは淡々と話し始める。
「本来、国が婚姻によって交渉を進める場合、王女を差し出すのですが、我が国では王太子殿下しかお子がいない。ヴィタテウム帝国も皇太子には愛する婚約者が既にいるので結婚するつもりはないと。帝国には皇女もいますが、まさか我が国を率いる次期国王の王太子殿下を差し出すわけにはいかないでしょう? そこで、貴女に白羽の矢が立ったというわけです」
グイドは道化師のように身振り手振りを加えながら話をするが、彼の態度がセルウィリアを馬鹿にしているようでふつふつと怒りが湧いてくる。
「わたくしに白羽の矢が立った経緯は分かりますが、どうして神代であるわたくしなのです。現役の巫女でしょうに」
「今は現役ですが。まだお分かりになりませんか? 国王陛下がどうしてお亡くなりになられたか、ご存じないのでしょうか」
「回りくどい言い方はやめて結論を先におっしゃってくださる?」
「公表されていない事実ですが、国王陛下の御身には刺し傷がありました。それも心の臓を一突きした痕です。司法解剖を担当した医術官によると、鋭利な刃物による刺殺とのこと。そして、凶器である刃物が先日発見されました。セルウィリア様、貴女の部屋からね」
心臓を一突きとなれば、傷口を防ぐ程度しか出来ない治癒魔法では命は助けられない。失った血を体に戻すことも出来ないし、病んだあるいは傷ついた臓器を元通りにすることも出来ないのだ。
「なっ……! 馬鹿な事を。わたくしが陛下を殺めるはずがないでしょう!」
全く知らない事だった。刃物なんて日頃扱わないし、持ったこともない。自分の部屋から見つかったと言うが、自身の部屋で刃物を見たこともないのだ。セルウィリアは嫌な汗をかく。蛇に睨まれたような気分である。
「貴女がどう言おうが証拠は既に揃っているんですよ。だから私は貴女に交渉しているのですよ。他国に嫁げば事実は公表しないって」
「事実だなんてわたくしはやっていないのですよ!」
「これだけ揃っているのに誰が信じるんです?」
グイドは冷たい視線をセルウィリアに向ける。その瞳には軽蔑の色が浮かんでいた。
「貴女はこれから魔導国を去り、帝国の貴族に嫁ぐんです。それが我が国の平和に繋がるのですから安いものでしょう。この国を出れば罪も公表されない。利益しかないようですが?」
グイドは膝から崩れ落ちるセルウィリアをせせら笑う。
「……わたくしが嫁ぐ相手とは?」
「ヴィタテウム帝国皇太子の側近フェリクス・ネージュ。ネージュ公爵家の跡取りです。明日には魔導国を出て、公爵家へ向かってもらいますよ」
宰相はくすりと笑うと、大げさに一礼をして部屋を出て行った。彼の忍び笑いが聞こえるようだ。セルウィリアは、唇を噛む。
冤罪を被せられたのは悔しいが、この縁談にメリットを感じたのだ。
どこへ行くのにも監視の目がついて、自由に動くことが出来ない神代を辞めて他国に向かう。縁談相手に離縁してもらえれば、セルウィリアは晴れて自由の身だ。神代になった時から願っていた『自由』が手に入るかもしれない。
セルウィリアは立ち上がり、前を見据える。
この縁談、成功させて、離縁してもらおうと。強い決心を宿したダークブラウンの瞳は爛々と輝いていた。
セルウィリアもその一人であった。美しい黒い髪に白い薔薇が象られたヘッドドレスを身に着け、葬式用の黒いドレスを着ている。濃い茶色の瞳には、今まで世話になった国王を偲ぶ雫が浮かんでいた。
彼女が『白薔薇の君』と呼ばれる所以となった、大好きな白い薔薇を国王の棺にそっと置く。目を閉じ、安らかに眠れるよう祈る。供花の列から出て、関係者が座る席に移動した。ちらりと前を見ると、残された王妃は崩れるようにして泣いており、六歳になったばかりの王子は、何が起きているかはっきりと理解していないような顔でぽかんとしている。
彼らの悲しみや、今までセルウィリアを大事にしてくれた国王を思いながら、葬儀を終えた。
これから一体どうなるのだろう、と部屋に戻った彼女は思う。自分は政治には関与出来ないし、するつもりもないが、この国の今後を考えるとどうしても不安を抱いてしまった。
そんな彼女の胸中をかき乱すように、侍女が傍にやってきて、来客の知らせを告げる。
聞けば宰相のグイド・ワズーだった。宰相が何故、自分に用事があるのか分からなかったが、セルウィリアは部屋に通すよう指示を出す。
部屋に通されたグイドはにやついた顔を浮かべ、わざとらしく一礼する。
「宰相殿がわたくしにどのような用でいらっしゃったのかしら」
座るよう案内してもグイドは立ったままだった。すぐに話は終わるということか。
「突然の訪問、お許しください。実は貴女の今後について話があって参ったのです」
「わたくしの今後……?」
嫌な予感がした。セルウィリアは知らないうちに眉をひそめる。
「えぇ、貴女の縁談ですよ」
絶句した。セルウィリアはこのプルディオス魔導国の神代と呼ばれる存在だ。魔法が全ての魔導国で最も強い魔女だけがなれる神代。国の代表として、宮廷に住み、政治は関わらないが、神事を司る国の巫女。寿命が来るまで、あるいは何かしらの理由で魔法が使えなくなるまでは巫女であり続けるのに、何故自分に縁談が来ているのか、全く理解できなかった。
巫女に縁談が来るということは、神代で無くなる、つまり用済みという事である。セルウィリアは今も魔法を使えるし、他人とは比べ物にならない程の圧倒的な魔力量を持つ。魔法は一人一属性しか使えないが、セルウィリアは全ての属性を使う事が出来る特異体質『マギアデウス』でもある。今、この国でセルウィリアよりも強い魔女はいない。
「どうしてわたくしが結婚するのですか。まだ神代を務められるのに」
動揺を表に出さないようにと自分に言い聞かせるが、言葉はどうしても震えてしまう。目の前の狡猾な狐のような男に心中を悟られたくないのに。
「貴女の実力がどうというわけではありません。政治の話になるんですがね、隣国のヴィタテウム帝国との緊張状態を少しでも和らげたいと議会で話が上がりまして。そこで、婚姻により和平交渉を行おうではないかという案が可決されたのですよ」
グイドは淡々と話し始める。
「本来、国が婚姻によって交渉を進める場合、王女を差し出すのですが、我が国では王太子殿下しかお子がいない。ヴィタテウム帝国も皇太子には愛する婚約者が既にいるので結婚するつもりはないと。帝国には皇女もいますが、まさか我が国を率いる次期国王の王太子殿下を差し出すわけにはいかないでしょう? そこで、貴女に白羽の矢が立ったというわけです」
グイドは道化師のように身振り手振りを加えながら話をするが、彼の態度がセルウィリアを馬鹿にしているようでふつふつと怒りが湧いてくる。
「わたくしに白羽の矢が立った経緯は分かりますが、どうして神代であるわたくしなのです。現役の巫女でしょうに」
「今は現役ですが。まだお分かりになりませんか? 国王陛下がどうしてお亡くなりになられたか、ご存じないのでしょうか」
「回りくどい言い方はやめて結論を先におっしゃってくださる?」
「公表されていない事実ですが、国王陛下の御身には刺し傷がありました。それも心の臓を一突きした痕です。司法解剖を担当した医術官によると、鋭利な刃物による刺殺とのこと。そして、凶器である刃物が先日発見されました。セルウィリア様、貴女の部屋からね」
心臓を一突きとなれば、傷口を防ぐ程度しか出来ない治癒魔法では命は助けられない。失った血を体に戻すことも出来ないし、病んだあるいは傷ついた臓器を元通りにすることも出来ないのだ。
「なっ……! 馬鹿な事を。わたくしが陛下を殺めるはずがないでしょう!」
全く知らない事だった。刃物なんて日頃扱わないし、持ったこともない。自分の部屋から見つかったと言うが、自身の部屋で刃物を見たこともないのだ。セルウィリアは嫌な汗をかく。蛇に睨まれたような気分である。
「貴女がどう言おうが証拠は既に揃っているんですよ。だから私は貴女に交渉しているのですよ。他国に嫁げば事実は公表しないって」
「事実だなんてわたくしはやっていないのですよ!」
「これだけ揃っているのに誰が信じるんです?」
グイドは冷たい視線をセルウィリアに向ける。その瞳には軽蔑の色が浮かんでいた。
「貴女はこれから魔導国を去り、帝国の貴族に嫁ぐんです。それが我が国の平和に繋がるのですから安いものでしょう。この国を出れば罪も公表されない。利益しかないようですが?」
グイドは膝から崩れ落ちるセルウィリアをせせら笑う。
「……わたくしが嫁ぐ相手とは?」
「ヴィタテウム帝国皇太子の側近フェリクス・ネージュ。ネージュ公爵家の跡取りです。明日には魔導国を出て、公爵家へ向かってもらいますよ」
宰相はくすりと笑うと、大げさに一礼をして部屋を出て行った。彼の忍び笑いが聞こえるようだ。セルウィリアは、唇を噛む。
冤罪を被せられたのは悔しいが、この縁談にメリットを感じたのだ。
どこへ行くのにも監視の目がついて、自由に動くことが出来ない神代を辞めて他国に向かう。縁談相手に離縁してもらえれば、セルウィリアは晴れて自由の身だ。神代になった時から願っていた『自由』が手に入るかもしれない。
セルウィリアは立ち上がり、前を見据える。
この縁談、成功させて、離縁してもらおうと。強い決心を宿したダークブラウンの瞳は爛々と輝いていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
31
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる