1 / 12
鬼封じの社(やしろ)
しおりを挟む
小さな鳥居をくぐると、それだけで外界の騒音が遠のいたような気がする。
その日の朝、青年はいつものように石段を上り、境内に足を踏み入れた。
伸び放題の髪を整え、柄杓の水で手を清め、口をすすぎ、本殿の前へ。
賽銭を投げようとして手が止まる。
(しまった……今日から一文無しだった)
申し訳なさそうに一度、頭を下げる。
それから改めて二礼二柏手、つぶやく望みは何だろう?
(就職先、決まりますように。できれば出版社関係で。それから金運も、当座の生活費だけでいいですから)
慎ましい願い事だったが、本人にとっては切羽詰まった願いでもあった。
ちょっとだけ、ため息ついて、クルッと回れ右して鳥居の方へ。
と思ったら、目の前におさげの似合う巫女さんが竹箒持って立っていた。
「おはようございます、一寸橋いっすんばしさん」
「あ……お、おはようございます。ヒメコさん」
声をかけてくれたのは、この神社の巫女さんで神主の娘のヒメコさんだ。
聞くところによると神社を代々守ってきた一族の末裔だそうだ。
「これから大学の授業ですか?」
「いえ、今日は就職面接なんで……」
「そーなんですかー……頑張って、くださいね」
ヒメコのホワホワした笑顔につられて、つい一寸橋の頬も緩む。
笑ってられる状況ではないのだが、この娘に不景気な顔は見せたくなかった。
お付き合いし始めて日は浅いが、無職ではプロポーズもできない。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
明るい声に送り出されて、少し希望が見えた気がした。
「おーい、ヒメコ。境内の掃除は終わったのかい?」
「あ、おとうさん。もう終わったわよ」
本殿の影から顔をヒョコッとのぞかせたのは、この神社の神主・ヒメコの父親だ。
ヒョイと背伸びして、石段を下りていく一寸橋の後ろ姿を見た。
声をかけようとしたようが、その前に一寸橋の姿はもう見えなくなっていた。
「今、来ていたのは一寸橋君かね?えっと、民俗学の調査でウチへ来ていた」
「え?ええ、そうよ、そうなの」
少しだけヒメコは焦った。
一寸橋と付き合っているのはまだ秘密だ。
せめて就職先が決まるまで、それが二人の間の暗黙の了解となっていた。
「えっとね、これから就職面接ですって」
「就職?そうか、研究室には残れんかったのか」
ちょっと意外そうな顔をする神主に、ヒメコは言いにくそうに答えた。
「一寸橋さんって頭いいんだけど……要領よくないから」
「よし、それでは良い就職先が決まるように祈祷してあげようじゃないか」
意外な申し出だったが、ヒメコの顔が明るく輝く。
「え、いいの?お願いされたわけでもないのに」
「なぁに、我が神社のルーツが有名な坂田金時さかたのきんとき様だ、と解き明かして頂いた恩人だからね」
「そうね、まさか御伽噺の金太郎さんが私たちの祖先だったなんてねー……私もビックリしたわ」
そんなことを言いながらも、ヒメコの浮かれようは父親の目からは見え見えだ。
「それに一寸橋君の就職が決まればお前も嬉しいのだろう、ん?」
「……そ、そんなわけじゃ……」
娘の慌て振りもまた、父親としては嬉しくもあり、ちょっと気に食わないところでもあった。
実のところ、二人が親密な付き合いだというのはとっくに気づいている。
娘を持っていかれるのは寂しいが、それ以上に娘に幸せになってほしい。
「フフフ、まあいい。ご神体の前で準備しなさい」
「はぁい!」
その日の朝、青年はいつものように石段を上り、境内に足を踏み入れた。
伸び放題の髪を整え、柄杓の水で手を清め、口をすすぎ、本殿の前へ。
賽銭を投げようとして手が止まる。
(しまった……今日から一文無しだった)
申し訳なさそうに一度、頭を下げる。
それから改めて二礼二柏手、つぶやく望みは何だろう?
(就職先、決まりますように。できれば出版社関係で。それから金運も、当座の生活費だけでいいですから)
慎ましい願い事だったが、本人にとっては切羽詰まった願いでもあった。
ちょっとだけ、ため息ついて、クルッと回れ右して鳥居の方へ。
と思ったら、目の前におさげの似合う巫女さんが竹箒持って立っていた。
「おはようございます、一寸橋いっすんばしさん」
「あ……お、おはようございます。ヒメコさん」
声をかけてくれたのは、この神社の巫女さんで神主の娘のヒメコさんだ。
聞くところによると神社を代々守ってきた一族の末裔だそうだ。
「これから大学の授業ですか?」
「いえ、今日は就職面接なんで……」
「そーなんですかー……頑張って、くださいね」
ヒメコのホワホワした笑顔につられて、つい一寸橋の頬も緩む。
笑ってられる状況ではないのだが、この娘に不景気な顔は見せたくなかった。
お付き合いし始めて日は浅いが、無職ではプロポーズもできない。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
明るい声に送り出されて、少し希望が見えた気がした。
「おーい、ヒメコ。境内の掃除は終わったのかい?」
「あ、おとうさん。もう終わったわよ」
本殿の影から顔をヒョコッとのぞかせたのは、この神社の神主・ヒメコの父親だ。
ヒョイと背伸びして、石段を下りていく一寸橋の後ろ姿を見た。
声をかけようとしたようが、その前に一寸橋の姿はもう見えなくなっていた。
「今、来ていたのは一寸橋君かね?えっと、民俗学の調査でウチへ来ていた」
「え?ええ、そうよ、そうなの」
少しだけヒメコは焦った。
一寸橋と付き合っているのはまだ秘密だ。
せめて就職先が決まるまで、それが二人の間の暗黙の了解となっていた。
「えっとね、これから就職面接ですって」
「就職?そうか、研究室には残れんかったのか」
ちょっと意外そうな顔をする神主に、ヒメコは言いにくそうに答えた。
「一寸橋さんって頭いいんだけど……要領よくないから」
「よし、それでは良い就職先が決まるように祈祷してあげようじゃないか」
意外な申し出だったが、ヒメコの顔が明るく輝く。
「え、いいの?お願いされたわけでもないのに」
「なぁに、我が神社のルーツが有名な坂田金時さかたのきんとき様だ、と解き明かして頂いた恩人だからね」
「そうね、まさか御伽噺の金太郎さんが私たちの祖先だったなんてねー……私もビックリしたわ」
そんなことを言いながらも、ヒメコの浮かれようは父親の目からは見え見えだ。
「それに一寸橋君の就職が決まればお前も嬉しいのだろう、ん?」
「……そ、そんなわけじゃ……」
娘の慌て振りもまた、父親としては嬉しくもあり、ちょっと気に食わないところでもあった。
実のところ、二人が親密な付き合いだというのはとっくに気づいている。
娘を持っていかれるのは寂しいが、それ以上に娘に幸せになってほしい。
「フフフ、まあいい。ご神体の前で準備しなさい」
「はぁい!」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる