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第1部 学校~始まり
見張る者、見張られる者
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クレイドル中等高等学校の校門付近は、大体、始業の1時間前くらいから通学の馬車で混み始める。生徒達の大半は、学校のある町の郊外から通っているが、中にはソル達のように遠くから来ている者もいるし、例え同じ町内でも女子生徒達は大抵、送り迎え付きだ。そういう“お嬢様”を乗せてくる馬車は、馬の毛並みも良いし、乗り心地も良いらしい。因みにソル達の馬車は、籠の部分はルートのお手製だ。
そちこちに停まっている馬車に遠慮して、少し離れたところから歩き始めた3人が校門まで辿り着いた時。
「あ、俺、今日は約束があるから、ここで」
「えっ、ソル兄。待ち合わせ?」
「待ち合わせ……とまではいかないけど、教室に行く前に渡しておきたいものがあって……」
「シェリー、ソルの用事を邪魔しちゃダメ。僕たちは、先に行こ。じゃあね、ソル。また、放課後に」
「うん、授業中、寝ないように頑張れよ」
「いや、一言多いから……」
事情が飲み込めず、まだ「えー、何、何~?」と騒ぎ続けるシェリーを引っ張って、その場を離れる。入ってくる生徒達を避けて校門際に立つソルから、おそらく十二分に距離を取ったはず、そう判断した瞬間。
「シェリー、この辺!隠れて!!」
「へ!?何?どういうこと……」
「いいから早く!!」
モーネはシェリーの袖を掴むと、素早く、近くの木の陰に回り込んだ。
「ちょっと、モーネ!どういうこと?」
「シッ、静かに。シェリーのところから、ソル、見える?」
「見えるよー。ていうか、モーネだって同じところにいるのに……」
「僕は目が悪いから。ここまで離れちゃうと無理。シェリー、よろしくね!」
「よろしくって何!?」
目が悪い、とは言ったものの、モーネにもソルの姿自体は確認できる。ただ、それは顔や服がはっきり見えるというよりは、全体の雰囲気から「あれがソルで間違いない」という感じ。
そして、モーネが見たいのは、今回に限ってはソルではない。
「シェリー、聞いて。今から、女の人が来るはず。ソルの同級生みたいだから、それらしい人が来たら教えて!」
「えっ、もしかしてソル兄に恋人ができた!?」
「恋人じゃない!ただのクラスメートだから!!……多分」
モーネの視界では、ソルはまだ1人で校門の側に立っている。これから登校してくる誰かを待つ、その姿が普段よりソワソワしているように見えるのは自分の目が悪いせいだろうか。顔も表情も全く見えないのに、空気で何となく感じてしまう自分が嫌になる。
「どう?シェリー、周りにそれっぽい人いる?」
「うーん、高等部っぽい人はたくさんいるけどー。女の人はいないかなあ」
学校は校門を入るとすぐに大きな前庭になっている。正面には大きな噴水があるが、これは余程の大きな行事がない限り、水が上がっていることはない。
モーネとシェリーが隠れているのは、この前庭をぐるりと囲む並木のうちの1つ。
当然だが、他に同じ事をしている生徒はいないので、通り過ぎる視線が痛い。
「でもさー、こんな風に隠れて見張ってるのってどうなの?気になるなら、さっき聞けば良かったじゃん。オレみたいに」
「だって……自分で作った薬を他人に渡すとか、ソルにとっては多分、初めてで……。大事な瞬間だし、緊張してるだろうし、だから邪魔したくないっていうか……」
「なるほどね」
モーネの言葉で粗方の事情を理解したシェリーは、軽く姿勢を改める。そうして再び、木の陰から顔を覗かせると。
「まだ、誰もいない。近付いてくる雰囲気もない。まだ大丈夫、まだ、まだ、まだ……あっ、誰か来た!」
「!!」
木の右側から顔を出しているシェリーにならって、モーネも左側から同じ姿勢を取る。ソルの側には確かに、先程まではいなかった、スカートを穿いた女の子らしき人物が立っていた。
「……顔とか分かる?どんな感じ?」
「そうだなあ、まあまあ、可愛い。キレイというよりは可愛い系。村にはいないタイプ」
「うちの村、どういうわけか女の子自体が少ないからね」
「……ソル兄、何かを渡してるっぽい。あれが、薬?かな?何か、綺麗な袋に入ってるね」
「……いつもフォードおじいちゃんが使ってるのと同じ。遠いから、キレイに見えるだけ」
2人はどうやら歩きながら話すことに決めたか、或いはどこかへ場所を移すつもりらしい。肩を並べて歩いていく先は、クラスの教室がある校舎ではなく、図書館や屋内修練場のある方角だ。
「どうする?追いかける?」
「……そこまではいい。ここで、見れるところまで見てる」
「了解」
シェリーは再び、歩いて行くソルの方へ目をやって。
「女の人、髪は普通に茶色だね。身長はソル兄の肩くらい。モーネと同じくらいかな」
「……その表現、止めてもらえる?」
「スタイルは悪くない。姿勢良いし、どこか品もある感じで、それなりに良いところのお嬢さんなんじゃないかな」
「そう……なんだ……」
思わず声の低くなってしまったモーネを、シェリーは一瞬、振り返って。
「……まあ、でもさ。自分で作った薬っていうことは、ソル兄、やっぱり薬師を目指すんだね。既にその1歩を踏み出してるみたいなの、さすがだし、かっこいいなあ。モーネもそう思わない?」
「うん……それは、応援したいって思ってる」
「モーネは?将来、何になりたいとか、考えてることある?」
「僕は……」
考えたことがない。というより、考えることができない。
だって、自分にはもう親はいないし、育ててくれているのは本来、他人であるはずのフォードだし。
積極的に、何かになりたいなんて言えない。勿論、フォードがそれで気分を悪くしたりすることはないと分かっていても。
ただ……。
「村に……残れたらいいな。その、皆と一緒に……」
「いいね。オレも父さんの跡を継いで村に残るつもりだし、ソル兄もそうでしょ?皆、ずっと一緒だ」
モーネの肩に手を回しながら、シェリーは「一緒、一緒」と笑う。そうしておもむろに、ソルに目を戻すと。
「ああ~、そんなこと話してるうちに、ソル兄達、結構遠くなっちゃった。人も多くなってきたし、これ以上はさすがに無理だなあ」
木から身体を離して、大きく伸びをした。
「どう?モーネ。満足した?」
「うん……でも、あと1つだけ。ソルは……その、シェリーから見てソルは、どんな感じに見えた?例えば、楽しそうとか、笑ってるとか、緊張してるみたいだった、とか……」
「そりゃあ、ちょっとは緊張してるみたいだったよ。さっき、モーネも言ってたじゃん。初めて、自分で作った薬を渡してたんでしょ?」
「うん、そうらしい……」
そこまで言って、モーネはハッとした。
「大変!これ、言っちゃいけないことだったかも!僕、埋められちゃう!!」
「埋める!?!?何?どういうこと!?」
「シェリー!今、見たこと、僕が言ったこと、全部忘れて!じゃないと、僕がシェリーを埋めるから!」
「待って!だからその埋めるって一体、ナニー!?」
***
「……ん?ソル君、どうかした?何か、気になることでも……」
「いや、何かさ。俺達、誰かに見られてるような気がしない?」
「え?」
ソルの半歩前を歩いていたソアラは一瞬立ち止まって。
「大丈夫、ないわ」
「いや、でも……」
「大丈夫!私、これでも人の視線には敏感なの。その私がないって言ってるんだから、絶対、大丈夫よ!」
「そう?ならいいけど」
確かに、お嬢さん育ちで常に誰かが側にいたであろうソアラと比べて、ソルは特に人の視線に敏感という訳ではない。
ソアラがそう言うなら、気のせいなのか……。
「ソル君、大丈夫?何か、ぼんやりしてない?」
「してない、してない、大丈夫」
何となく落ち着かない気持ちになるのは、多分、初めて他人に薬を渡すから。祖父のいないところで、1人で説明をしなくてはならないからだ。
小さく息を吸って、吐いて。
「じゃあ、ソアラ。歩きながら、薬の説明をするね。今、持っているそれなんだけど……」
そちこちに停まっている馬車に遠慮して、少し離れたところから歩き始めた3人が校門まで辿り着いた時。
「あ、俺、今日は約束があるから、ここで」
「えっ、ソル兄。待ち合わせ?」
「待ち合わせ……とまではいかないけど、教室に行く前に渡しておきたいものがあって……」
「シェリー、ソルの用事を邪魔しちゃダメ。僕たちは、先に行こ。じゃあね、ソル。また、放課後に」
「うん、授業中、寝ないように頑張れよ」
「いや、一言多いから……」
事情が飲み込めず、まだ「えー、何、何~?」と騒ぎ続けるシェリーを引っ張って、その場を離れる。入ってくる生徒達を避けて校門際に立つソルから、おそらく十二分に距離を取ったはず、そう判断した瞬間。
「シェリー、この辺!隠れて!!」
「へ!?何?どういうこと……」
「いいから早く!!」
モーネはシェリーの袖を掴むと、素早く、近くの木の陰に回り込んだ。
「ちょっと、モーネ!どういうこと?」
「シッ、静かに。シェリーのところから、ソル、見える?」
「見えるよー。ていうか、モーネだって同じところにいるのに……」
「僕は目が悪いから。ここまで離れちゃうと無理。シェリー、よろしくね!」
「よろしくって何!?」
目が悪い、とは言ったものの、モーネにもソルの姿自体は確認できる。ただ、それは顔や服がはっきり見えるというよりは、全体の雰囲気から「あれがソルで間違いない」という感じ。
そして、モーネが見たいのは、今回に限ってはソルではない。
「シェリー、聞いて。今から、女の人が来るはず。ソルの同級生みたいだから、それらしい人が来たら教えて!」
「えっ、もしかしてソル兄に恋人ができた!?」
「恋人じゃない!ただのクラスメートだから!!……多分」
モーネの視界では、ソルはまだ1人で校門の側に立っている。これから登校してくる誰かを待つ、その姿が普段よりソワソワしているように見えるのは自分の目が悪いせいだろうか。顔も表情も全く見えないのに、空気で何となく感じてしまう自分が嫌になる。
「どう?シェリー、周りにそれっぽい人いる?」
「うーん、高等部っぽい人はたくさんいるけどー。女の人はいないかなあ」
学校は校門を入るとすぐに大きな前庭になっている。正面には大きな噴水があるが、これは余程の大きな行事がない限り、水が上がっていることはない。
モーネとシェリーが隠れているのは、この前庭をぐるりと囲む並木のうちの1つ。
当然だが、他に同じ事をしている生徒はいないので、通り過ぎる視線が痛い。
「でもさー、こんな風に隠れて見張ってるのってどうなの?気になるなら、さっき聞けば良かったじゃん。オレみたいに」
「だって……自分で作った薬を他人に渡すとか、ソルにとっては多分、初めてで……。大事な瞬間だし、緊張してるだろうし、だから邪魔したくないっていうか……」
「なるほどね」
モーネの言葉で粗方の事情を理解したシェリーは、軽く姿勢を改める。そうして再び、木の陰から顔を覗かせると。
「まだ、誰もいない。近付いてくる雰囲気もない。まだ大丈夫、まだ、まだ、まだ……あっ、誰か来た!」
「!!」
木の右側から顔を出しているシェリーにならって、モーネも左側から同じ姿勢を取る。ソルの側には確かに、先程まではいなかった、スカートを穿いた女の子らしき人物が立っていた。
「……顔とか分かる?どんな感じ?」
「そうだなあ、まあまあ、可愛い。キレイというよりは可愛い系。村にはいないタイプ」
「うちの村、どういうわけか女の子自体が少ないからね」
「……ソル兄、何かを渡してるっぽい。あれが、薬?かな?何か、綺麗な袋に入ってるね」
「……いつもフォードおじいちゃんが使ってるのと同じ。遠いから、キレイに見えるだけ」
2人はどうやら歩きながら話すことに決めたか、或いはどこかへ場所を移すつもりらしい。肩を並べて歩いていく先は、クラスの教室がある校舎ではなく、図書館や屋内修練場のある方角だ。
「どうする?追いかける?」
「……そこまではいい。ここで、見れるところまで見てる」
「了解」
シェリーは再び、歩いて行くソルの方へ目をやって。
「女の人、髪は普通に茶色だね。身長はソル兄の肩くらい。モーネと同じくらいかな」
「……その表現、止めてもらえる?」
「スタイルは悪くない。姿勢良いし、どこか品もある感じで、それなりに良いところのお嬢さんなんじゃないかな」
「そう……なんだ……」
思わず声の低くなってしまったモーネを、シェリーは一瞬、振り返って。
「……まあ、でもさ。自分で作った薬っていうことは、ソル兄、やっぱり薬師を目指すんだね。既にその1歩を踏み出してるみたいなの、さすがだし、かっこいいなあ。モーネもそう思わない?」
「うん……それは、応援したいって思ってる」
「モーネは?将来、何になりたいとか、考えてることある?」
「僕は……」
考えたことがない。というより、考えることができない。
だって、自分にはもう親はいないし、育ててくれているのは本来、他人であるはずのフォードだし。
積極的に、何かになりたいなんて言えない。勿論、フォードがそれで気分を悪くしたりすることはないと分かっていても。
ただ……。
「村に……残れたらいいな。その、皆と一緒に……」
「いいね。オレも父さんの跡を継いで村に残るつもりだし、ソル兄もそうでしょ?皆、ずっと一緒だ」
モーネの肩に手を回しながら、シェリーは「一緒、一緒」と笑う。そうしておもむろに、ソルに目を戻すと。
「ああ~、そんなこと話してるうちに、ソル兄達、結構遠くなっちゃった。人も多くなってきたし、これ以上はさすがに無理だなあ」
木から身体を離して、大きく伸びをした。
「どう?モーネ。満足した?」
「うん……でも、あと1つだけ。ソルは……その、シェリーから見てソルは、どんな感じに見えた?例えば、楽しそうとか、笑ってるとか、緊張してるみたいだった、とか……」
「そりゃあ、ちょっとは緊張してるみたいだったよ。さっき、モーネも言ってたじゃん。初めて、自分で作った薬を渡してたんでしょ?」
「うん、そうらしい……」
そこまで言って、モーネはハッとした。
「大変!これ、言っちゃいけないことだったかも!僕、埋められちゃう!!」
「埋める!?!?何?どういうこと!?」
「シェリー!今、見たこと、僕が言ったこと、全部忘れて!じゃないと、僕がシェリーを埋めるから!」
「待って!だからその埋めるって一体、ナニー!?」
***
「……ん?ソル君、どうかした?何か、気になることでも……」
「いや、何かさ。俺達、誰かに見られてるような気がしない?」
「え?」
ソルの半歩前を歩いていたソアラは一瞬立ち止まって。
「大丈夫、ないわ」
「いや、でも……」
「大丈夫!私、これでも人の視線には敏感なの。その私がないって言ってるんだから、絶対、大丈夫よ!」
「そう?ならいいけど」
確かに、お嬢さん育ちで常に誰かが側にいたであろうソアラと比べて、ソルは特に人の視線に敏感という訳ではない。
ソアラがそう言うなら、気のせいなのか……。
「ソル君、大丈夫?何か、ぼんやりしてない?」
「してない、してない、大丈夫」
何となく落ち着かない気持ちになるのは、多分、初めて他人に薬を渡すから。祖父のいないところで、1人で説明をしなくてはならないからだ。
小さく息を吸って、吐いて。
「じゃあ、ソアラ。歩きながら、薬の説明をするね。今、持っているそれなんだけど……」
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