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シャルムちゃん
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アージュとクラウス二人の「感覚」が警鐘を鳴らし続けている。
「こりゃあやべえなクラウス……」
「さっさと逃げようよアージュ……」
二人は目の前でハイエナハウンドの小犬を抱き締めキャーキャー喚いている少女を一瞥すると、同時に「回れ右」をした。
「それじゃ後は頼むよ!」
「帰るよナイねーちゃん!」
しかし二人はその襟首をツァーグとキュールに掴まれてしまい、思わず「ぐえっ!」となる。
ツァーグとキュールは既に知っていた。
領主さまのご息女であるシャルムお嬢さまの面倒くささをだ。
さらには二人とも予想はついていた。
このカンの良いガキどもは、シャルムお嬢さまの面倒くささに即効で気付くであろうと。
「止めろ離せクソオヤジ!」
「離してくれないとドタマを吹き飛ばしちゃうよ!」
などとガキ二人は各々の襟首をつかんだキュールとツァーグを脅すも、まさかこれほどの衆目の前で自らの正体を晒すようなばかげた真似はできない。
キュールとツァーグはそれを読んだ上で、このような所業に出ているのだ。
二人はガキどもの襟首を引きずりながら、お嬢さまの側近であろうおばはんに丁寧に頭を下げた。
「アルト殿、ご要望通りこの少年二人をお嬢さまの遊び相手としてご紹介いたします」
「聞いてねえよ!」
暴れるアージュにキュールはにやついた。
「それはそうですよ、話していませんからね」
嵌められた。
どうやら商人組合と風俗組合は、ハイエナハウンドの依頼以外にも、お嬢さまの遊び相手を見つくろっておくようにボーデンから指示を受けていたらしい。
実はリスペルもフリーレも、この要請は耳にしていた。
しかし二人にとってアージュとクラウスは「こちらの弱みを握っためちゃくちゃ強い2人」であり「遊び相手」などとは思いもよらない存在なので、この要請について二人に報告するのを共に忘れていたのだ。
確かに中身はとんでもないクソガキではあるが、見た目は八歳と九歳のこぎれいにしたガキである。
そりゃそうだ。
かたや王族、かたや魔術師ギルド重鎮のご子息なのは事実なのだから。
「身元は確かなのですか?」
アルトと呼ばれたおばはんからの確認にツァーグは丁寧に答えた。
「二人の姉は風俗組合専属の剣士として登録されております。ちなみにハイエナハウンドを束ねるこちらのフントは、この者たちの姉の部下でもあります」
ツァーグから突然紹介されたナイとフントは、慌てて反射的に背筋を伸ばし、見事な直立不動姿勢となった。
これは普段からのアージュの蹴りによる躾の賜物だ。
そのりりしげな女剣士と勇猛な獣人の姿に、アルトは満足するようにうなずいた。
「それは頼もしいですね。ならば問題はないでしょう」
ということでアージュとクラウスは、シャルムの「現地妻」ならぬ「現地お友達」に指名されてしまったのである。
「私はシャルムよ!金髪ちゃんと黒髪ちゃんよろしくね!」
シャルムはようやく加減を覚えたのか、胸に助かったという表情の小犬を抱えながら、二人に向けて天真爛漫に挨拶を行った。
これが再びアージュとクラウスの感覚に警鐘をかき鳴らす。
こういう女に関わるとやばい。
実はキュールとツァーグはこの件について、お嬢さまがキュルビスにやってくると報告を受けた時点で、互いに口裏を合わせることにしていた。
なぜならシャルムお嬢さまの奔放さはさんざん耳にしていたから。
「お嬢さまは興味を持つときりがない」という情報。
しかもその「きりのなさ」は際限がないということ。
ハイエナハウンドの小犬にシャルムがこだわり切ったのがその良い例である。
二人にはわかっていた。
多分放っておいてもシャルムとアージュ達はどこかで出会うであろう。
そして二人は恐怖した。
その出会いが「最悪」であった場合、シャルムの身に何が起きてしまうのだろうと。
少なくともアージュとクラウスは、初見の者に対しては容赦がない。
平気で年端もいかない娘の自由を奪って奴隷商人に売り飛ばすことくらいはやってのけるであろう。
一方のシャルムお嬢さまも、その奔放さでアージュやクラウスを激怒させるのは朝飯前だろう。
だから二人は本日この場に、ごく自然にアージュとクラウスを連れて行ったのだ。
とにもかくにも、シャルムを加えた三人を「顔なじみ」にしておくように。
「金髪ちゃんと黒髪ちゃんのお名前を教えてよ。私はシャルム。この小犬の名前はブーンよ!」
ほら始まった。
積極的マイペースだ。
いつの間にか名付けられた小犬も、シャルムの胸中であっけにとられ、母犬と兄犬もその両脇で唖然としている。
こうなるとアージュとクラウスも黙ってはいない。
まずはこの場を破壊しようと試みる。
「俺はアージュだクソアマ!」
「ボクはクラウスだよこの知恵遅れ!」
しかしシャルムは動じない。
それどころかお付きのアルトも動じない。
「ねえアルト、クソアマと知恵遅れってどういう意味かしら?」
シャルムが不思議そうにそう尋ねると、アルトは全く動揺を魅せずに答えた。
「クソアマとは女性に対する一般的な蔑称でございます。知恵遅れというのは主に知的成長が遅い者に対する差別用語でございます」
するとシャルムは満面の笑顔を復活させる。
「そっか、なら私はクソアマじゃないし知的成長が遅いわけでもないからどちらでもないわね!」
「さようでございます」
するとシャルムはアージュとクラウスに振り向いた。
「このとおり私はクソアマでも『知恵遅れでもないからシャルムって呼んでね!ちなみに私は七才よ!アージュとクラウスは?」
これがアージュとクラウスの感覚に鳴り響いた警鐘の理由だ。
無知ほど厄介なものはない。
相手にすればするほど泥沼にはまる。
しかも年下ときた。
年上をけちょんけちょんにするのはアージュとクラウスの得意技であるが、これが年下だとどうも上手くない。
そんな二人にシャルムは構わず続ける。
しつこいくらいに。
「ねえアージュとクラウスは何歳なの?ねえ、ねえ!」
「あーうるせえ!八歳と九歳だざまあみろバカガキがあ!」
「ねえアルト、バカガキって?」
「愚かな子供のことでございます」
「なら私は違うわね!アージュお兄様!私はバカガキじゃなくてシャルムなのよろしくね!」
もう止まらない。
糠に釘。
柳に風。
立て板に水。
アージュとクラウスは眩暈を覚えながら、とりあえずはこの場所からさっさと逃げ出すべく様子を伺うことにしたのである。
結局シャルムお嬢さまは「今日はブーンとお友達になるのに忙しいからまた今度ね!」と、あっさりアージュとクラウスを解放した。
帰りの道すがらにアージュとクラウスは、それぞれツァーグとキュールの脛を後ろから蹴り飛ばしながら、文句を言っている。
「まあそう怒んないで下せえ。この辺りでは王に次ぐ貴族のご息女でいらっしゃいやすから」
「その口調はキモイから止めてくれツァーグのおっさん」
「そうか? ならばまあそう怒るな」
一方でキュールもおかしそうに笑っている。
「お二人と事前に会わせておかないとどこで暴発するかわかりませんでしたからね。正直、いらっときたでしょう?」
キュールの確認のような問いかけににアージュとクラウスは無言で頷いた。
ナイとベルもおかしそうな表情で二人の後をついてくる。
ちなみにフントは母犬と兄犬をシャルムの護衛に組み込むために、かぼちゃの甘露煮亭に居残っている。
「まあ仕方がねえ。せいぜい利用させてもらうとするか」
「そだね。ガキでも持っているものは持っているだろうしね」
こうしてクソガキ二人はさっさと切り替えをするのであった。
翌日にはハイエナハウンドの紹介料が商人組合を通じてナイに支払われ、この問題は解決となった。
どうやら小犬のブーンも、もともと素直な性格だったらしく、シャルムをパートナーとして受け入れたらしい。
母犬と兄犬も人間と遜色ない待遇を宿で受けているとのことだ。
「それじゃあシャルムに捕まる前に活動開始とするか」
アージュの指示により、ナイとクラウスは先遣隊として南の山岳地帯に派遣されるのを、ナイの事務所でリスペルとともに待つことにする。
他方アージュは屋敷の鍵を商人組合のフリーレに「好きなように使ってもいいぞ」と預けると、ベルとフントを連れて、街から出て行ってしまった。
魔導馬を操る三人の頬を風が気持ち良く薙いでいく。
アージュ達は街を抜け、南のかぼちゃ畑を駆け抜けていく。
すると視線の先に手を振る存在をアージュは見つけた。
それはこの街で最初に出会った老婆。
パンプ婆さんである。
近くで馬を止めたアージュは婆さんに手を振った。
「お出かけかいお坊ちゃん?」
「うん、遊びに行ってくるよ」
次の瞬間に二人は噴き出した。
「悪巧みかい、アージュ」
「さあな、組合長」
こうして一行は婆さんと別れ、南の山岳地帯へと向かって行ったのである。
「こりゃあやべえなクラウス……」
「さっさと逃げようよアージュ……」
二人は目の前でハイエナハウンドの小犬を抱き締めキャーキャー喚いている少女を一瞥すると、同時に「回れ右」をした。
「それじゃ後は頼むよ!」
「帰るよナイねーちゃん!」
しかし二人はその襟首をツァーグとキュールに掴まれてしまい、思わず「ぐえっ!」となる。
ツァーグとキュールは既に知っていた。
領主さまのご息女であるシャルムお嬢さまの面倒くささをだ。
さらには二人とも予想はついていた。
このカンの良いガキどもは、シャルムお嬢さまの面倒くささに即効で気付くであろうと。
「止めろ離せクソオヤジ!」
「離してくれないとドタマを吹き飛ばしちゃうよ!」
などとガキ二人は各々の襟首をつかんだキュールとツァーグを脅すも、まさかこれほどの衆目の前で自らの正体を晒すようなばかげた真似はできない。
キュールとツァーグはそれを読んだ上で、このような所業に出ているのだ。
二人はガキどもの襟首を引きずりながら、お嬢さまの側近であろうおばはんに丁寧に頭を下げた。
「アルト殿、ご要望通りこの少年二人をお嬢さまの遊び相手としてご紹介いたします」
「聞いてねえよ!」
暴れるアージュにキュールはにやついた。
「それはそうですよ、話していませんからね」
嵌められた。
どうやら商人組合と風俗組合は、ハイエナハウンドの依頼以外にも、お嬢さまの遊び相手を見つくろっておくようにボーデンから指示を受けていたらしい。
実はリスペルもフリーレも、この要請は耳にしていた。
しかし二人にとってアージュとクラウスは「こちらの弱みを握っためちゃくちゃ強い2人」であり「遊び相手」などとは思いもよらない存在なので、この要請について二人に報告するのを共に忘れていたのだ。
確かに中身はとんでもないクソガキではあるが、見た目は八歳と九歳のこぎれいにしたガキである。
そりゃそうだ。
かたや王族、かたや魔術師ギルド重鎮のご子息なのは事実なのだから。
「身元は確かなのですか?」
アルトと呼ばれたおばはんからの確認にツァーグは丁寧に答えた。
「二人の姉は風俗組合専属の剣士として登録されております。ちなみにハイエナハウンドを束ねるこちらのフントは、この者たちの姉の部下でもあります」
ツァーグから突然紹介されたナイとフントは、慌てて反射的に背筋を伸ばし、見事な直立不動姿勢となった。
これは普段からのアージュの蹴りによる躾の賜物だ。
そのりりしげな女剣士と勇猛な獣人の姿に、アルトは満足するようにうなずいた。
「それは頼もしいですね。ならば問題はないでしょう」
ということでアージュとクラウスは、シャルムの「現地妻」ならぬ「現地お友達」に指名されてしまったのである。
「私はシャルムよ!金髪ちゃんと黒髪ちゃんよろしくね!」
シャルムはようやく加減を覚えたのか、胸に助かったという表情の小犬を抱えながら、二人に向けて天真爛漫に挨拶を行った。
これが再びアージュとクラウスの感覚に警鐘をかき鳴らす。
こういう女に関わるとやばい。
実はキュールとツァーグはこの件について、お嬢さまがキュルビスにやってくると報告を受けた時点で、互いに口裏を合わせることにしていた。
なぜならシャルムお嬢さまの奔放さはさんざん耳にしていたから。
「お嬢さまは興味を持つときりがない」という情報。
しかもその「きりのなさ」は際限がないということ。
ハイエナハウンドの小犬にシャルムがこだわり切ったのがその良い例である。
二人にはわかっていた。
多分放っておいてもシャルムとアージュ達はどこかで出会うであろう。
そして二人は恐怖した。
その出会いが「最悪」であった場合、シャルムの身に何が起きてしまうのだろうと。
少なくともアージュとクラウスは、初見の者に対しては容赦がない。
平気で年端もいかない娘の自由を奪って奴隷商人に売り飛ばすことくらいはやってのけるであろう。
一方のシャルムお嬢さまも、その奔放さでアージュやクラウスを激怒させるのは朝飯前だろう。
だから二人は本日この場に、ごく自然にアージュとクラウスを連れて行ったのだ。
とにもかくにも、シャルムを加えた三人を「顔なじみ」にしておくように。
「金髪ちゃんと黒髪ちゃんのお名前を教えてよ。私はシャルム。この小犬の名前はブーンよ!」
ほら始まった。
積極的マイペースだ。
いつの間にか名付けられた小犬も、シャルムの胸中であっけにとられ、母犬と兄犬もその両脇で唖然としている。
こうなるとアージュとクラウスも黙ってはいない。
まずはこの場を破壊しようと試みる。
「俺はアージュだクソアマ!」
「ボクはクラウスだよこの知恵遅れ!」
しかしシャルムは動じない。
それどころかお付きのアルトも動じない。
「ねえアルト、クソアマと知恵遅れってどういう意味かしら?」
シャルムが不思議そうにそう尋ねると、アルトは全く動揺を魅せずに答えた。
「クソアマとは女性に対する一般的な蔑称でございます。知恵遅れというのは主に知的成長が遅い者に対する差別用語でございます」
するとシャルムは満面の笑顔を復活させる。
「そっか、なら私はクソアマじゃないし知的成長が遅いわけでもないからどちらでもないわね!」
「さようでございます」
するとシャルムはアージュとクラウスに振り向いた。
「このとおり私はクソアマでも『知恵遅れでもないからシャルムって呼んでね!ちなみに私は七才よ!アージュとクラウスは?」
これがアージュとクラウスの感覚に鳴り響いた警鐘の理由だ。
無知ほど厄介なものはない。
相手にすればするほど泥沼にはまる。
しかも年下ときた。
年上をけちょんけちょんにするのはアージュとクラウスの得意技であるが、これが年下だとどうも上手くない。
そんな二人にシャルムは構わず続ける。
しつこいくらいに。
「ねえアージュとクラウスは何歳なの?ねえ、ねえ!」
「あーうるせえ!八歳と九歳だざまあみろバカガキがあ!」
「ねえアルト、バカガキって?」
「愚かな子供のことでございます」
「なら私は違うわね!アージュお兄様!私はバカガキじゃなくてシャルムなのよろしくね!」
もう止まらない。
糠に釘。
柳に風。
立て板に水。
アージュとクラウスは眩暈を覚えながら、とりあえずはこの場所からさっさと逃げ出すべく様子を伺うことにしたのである。
結局シャルムお嬢さまは「今日はブーンとお友達になるのに忙しいからまた今度ね!」と、あっさりアージュとクラウスを解放した。
帰りの道すがらにアージュとクラウスは、それぞれツァーグとキュールの脛を後ろから蹴り飛ばしながら、文句を言っている。
「まあそう怒んないで下せえ。この辺りでは王に次ぐ貴族のご息女でいらっしゃいやすから」
「その口調はキモイから止めてくれツァーグのおっさん」
「そうか? ならばまあそう怒るな」
一方でキュールもおかしそうに笑っている。
「お二人と事前に会わせておかないとどこで暴発するかわかりませんでしたからね。正直、いらっときたでしょう?」
キュールの確認のような問いかけににアージュとクラウスは無言で頷いた。
ナイとベルもおかしそうな表情で二人の後をついてくる。
ちなみにフントは母犬と兄犬をシャルムの護衛に組み込むために、かぼちゃの甘露煮亭に居残っている。
「まあ仕方がねえ。せいぜい利用させてもらうとするか」
「そだね。ガキでも持っているものは持っているだろうしね」
こうしてクソガキ二人はさっさと切り替えをするのであった。
翌日にはハイエナハウンドの紹介料が商人組合を通じてナイに支払われ、この問題は解決となった。
どうやら小犬のブーンも、もともと素直な性格だったらしく、シャルムをパートナーとして受け入れたらしい。
母犬と兄犬も人間と遜色ない待遇を宿で受けているとのことだ。
「それじゃあシャルムに捕まる前に活動開始とするか」
アージュの指示により、ナイとクラウスは先遣隊として南の山岳地帯に派遣されるのを、ナイの事務所でリスペルとともに待つことにする。
他方アージュは屋敷の鍵を商人組合のフリーレに「好きなように使ってもいいぞ」と預けると、ベルとフントを連れて、街から出て行ってしまった。
魔導馬を操る三人の頬を風が気持ち良く薙いでいく。
アージュ達は街を抜け、南のかぼちゃ畑を駆け抜けていく。
すると視線の先に手を振る存在をアージュは見つけた。
それはこの街で最初に出会った老婆。
パンプ婆さんである。
近くで馬を止めたアージュは婆さんに手を振った。
「お出かけかいお坊ちゃん?」
「うん、遊びに行ってくるよ」
次の瞬間に二人は噴き出した。
「悪巧みかい、アージュ」
「さあな、組合長」
こうして一行は婆さんと別れ、南の山岳地帯へと向かって行ったのである。
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