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第二章 湖を臨む都
2.27 新学期の図書館②
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[幾何と算術の課題は、出てなかったよな]
閲覧室にある、小口と鎖が並ぶ本棚の間を歩くサシャに、確かめるように言葉を並べる。
「修辞の、詩作の課題、やらなきゃ」
そう言えば、詩作については、課題は春から出ているのにまったく白紙の状態だった。サシャをからかう助手エルネストの声が、脳裏を過る。とりあえず、詩作からか。修辞の、韻を踏むための本を探しているのだろう、鎖を避けて本を手にするサシャの手と、その周りで揺れる重そうな鎖を、トールは黙って見つめた。
「サシャ」
小さな声に、本を選ぶサシャの手が止まる。
横を見ると、カジミールの、色素の薄い大柄な影があった。
「変なこと、聞いて良いか?」
カジミールの、いつにない小さい声に、サシャのエプロンの胸ポケットの中で首を傾げる。どうしたのだろう? トールの疑問は、しかし次のカジミールの言葉で解けた。
「サシャは、自分の外見で、人に嫌なことを言われたこと、あるか」
「え?」
サシャにも、カジミールの言葉は意外だったのだろう、言葉が、少しの間止まる。
「ううん」
しかし、サシャは程無く、カジミールに向かって首を横に振った。
「母上も、僕と同じくらい白かったから」
「そうか」
サシャの返答に、カジミールの口の端が淋しく上がる。
「俺は、散々言われた」
その時のことを思い出したのであろう、カジミールの頬は斑に赤く染まっていた。
「『冬の国』出身だって、外見で分かってしまうからな」
北向と『冬の国』との境に捨てられていた赤子を、たまたま通りがかった『星読み』達が拾い育てた結果が、カジミール。エルネストかヘラルドが何かの拍子に話した言葉が、トールの脳裏を過ぎる。
「『気にするな』って、セルジュの奴も、『星読み』の人達も言ってくれたけど、でも、やっぱり、……俺と一緒に居ると、一緒に居る奴まで色々言われるんじゃないか、って思ってしまって」
だから、今朝の教室で、ヤンを呼ぼうとしたサシャを止めた。カジミールの言葉で、疑問は苦く解ける。
「あ、それだけだから」
言うだけ言ってすっきりしたのか、カジミールは小さくサシャに頭を下げると、現れた時と同じように気配無く去って行った。
後に残ったのは、呆然とするサシャとトール。
「カジミール……」
俯いたサシャの声を、悲しく聞き取る。
信仰が異なる『冬の国』は、八都内では軽くみられている。ある意味当たり前のことだが、この世界にも『差別』が存在する。その、重い事実が、トールの言葉を重くした。
「どうすれば、良いの?」
トールに向けられたサシャの言葉に、答えることができない。差別も虐めも、「いけないこと」だと教わっている。だが、他人を蔑む人の心を変える術は習っていないし、トールが読んだどの本にも載っていなかった。
サシャの問いに答えられないことが、悔しいし、悲しい。悄然と、詩作の本を探す作業に戻ったサシャの蒼白な頬に、トールは首を横に振ることしかできなかった。
閲覧室にある、小口と鎖が並ぶ本棚の間を歩くサシャに、確かめるように言葉を並べる。
「修辞の、詩作の課題、やらなきゃ」
そう言えば、詩作については、課題は春から出ているのにまったく白紙の状態だった。サシャをからかう助手エルネストの声が、脳裏を過る。とりあえず、詩作からか。修辞の、韻を踏むための本を探しているのだろう、鎖を避けて本を手にするサシャの手と、その周りで揺れる重そうな鎖を、トールは黙って見つめた。
「サシャ」
小さな声に、本を選ぶサシャの手が止まる。
横を見ると、カジミールの、色素の薄い大柄な影があった。
「変なこと、聞いて良いか?」
カジミールの、いつにない小さい声に、サシャのエプロンの胸ポケットの中で首を傾げる。どうしたのだろう? トールの疑問は、しかし次のカジミールの言葉で解けた。
「サシャは、自分の外見で、人に嫌なことを言われたこと、あるか」
「え?」
サシャにも、カジミールの言葉は意外だったのだろう、言葉が、少しの間止まる。
「ううん」
しかし、サシャは程無く、カジミールに向かって首を横に振った。
「母上も、僕と同じくらい白かったから」
「そうか」
サシャの返答に、カジミールの口の端が淋しく上がる。
「俺は、散々言われた」
その時のことを思い出したのであろう、カジミールの頬は斑に赤く染まっていた。
「『冬の国』出身だって、外見で分かってしまうからな」
北向と『冬の国』との境に捨てられていた赤子を、たまたま通りがかった『星読み』達が拾い育てた結果が、カジミール。エルネストかヘラルドが何かの拍子に話した言葉が、トールの脳裏を過ぎる。
「『気にするな』って、セルジュの奴も、『星読み』の人達も言ってくれたけど、でも、やっぱり、……俺と一緒に居ると、一緒に居る奴まで色々言われるんじゃないか、って思ってしまって」
だから、今朝の教室で、ヤンを呼ぼうとしたサシャを止めた。カジミールの言葉で、疑問は苦く解ける。
「あ、それだけだから」
言うだけ言ってすっきりしたのか、カジミールは小さくサシャに頭を下げると、現れた時と同じように気配無く去って行った。
後に残ったのは、呆然とするサシャとトール。
「カジミール……」
俯いたサシャの声を、悲しく聞き取る。
信仰が異なる『冬の国』は、八都内では軽くみられている。ある意味当たり前のことだが、この世界にも『差別』が存在する。その、重い事実が、トールの言葉を重くした。
「どうすれば、良いの?」
トールに向けられたサシャの言葉に、答えることができない。差別も虐めも、「いけないこと」だと教わっている。だが、他人を蔑む人の心を変える術は習っていないし、トールが読んだどの本にも載っていなかった。
サシャの問いに答えられないことが、悔しいし、悲しい。悄然と、詩作の本を探す作業に戻ったサシャの蒼白な頬に、トールは首を横に振ることしかできなかった。
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