『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智

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第四章 帝都の日々

4.6 昼休みの思考

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[今日も、頑張ったな]

「うん」

 南中した太陽と、自由七科の演習に使う小さな教室が集まる建物の外に置かれたベンチに座り込んだサシャを確かめ、息を吐く。グスタフ教授の講義の後で、自由七科の一つ、サシャが苦手としている音楽の演習もあったから、サシャが蒼白い顔をしているのは当然。

[グスタフ教授の質問、ちゃんと答えられて良かったな]

 そのサシャを元気づけるように、殊更大きな文字を背表紙に並べる。

「うん」

 トールの言葉に、サシャは小さく頷き、そして何かを思い出したように首を横に振った。

「……あれで、良かったんだろうか」

 弱気な言葉が、トールの幻の耳に響く。

[教授は、褒めてた]

 帝都ていとの学校に通っているサシャも、北辺ほくへんの修道院でジルドに扱き使われていた時や北都ほくとの学校で頑張っていた時と同じように、真摯に頑張っている。大丈夫。

「うん……」

 しかしながら。再び小さく頷いたサシャの頬は、蒼白いまま。

[と、とりあえず、昼御飯]

「うん」

 腹が減ってはなんとやら。お腹を満たせば、明るい思考ができるかもしれない。夜明け前に黒竜こくりゅう騎士団の見習いエルチェがくれた布包みを取り出したサシャに、トールは小さく微笑んだ。

 しばらくは、何も言わずに大きなパンを小さくちぎって口に入れるサシャに付き合うように、静かに、視界の向こうにある青々とした丘を眺める。二つの河の合流地点に作られた、堅固な城壁で囲まれている帝都は、小さいがこんもりとした丘に分断されるように、丘の西側には商店や工房が並ぶ下町が、丘の東側には教授や学生が暮らす学生街が広がっている。北都の学生街と同じように、大学や学校の教室は学生街のあちこちに散らばっている。北都と異なるのは、帝都で生活している学生の数。目の前に垂れ下がる、緑色の地に黄色で麦の穂が刺繍されている大きな旗に、トールは小さく息を吐いた。八都中からこの帝都に集まる学生や教授は、出身地ごとに『国民団』という互助組織を作っている。一人と一冊の目の前に佇む旗は、八都の西に位置する『秋津あきつ』の国民団が使用している建物であるという印。

 旗から目をそらし、旗の地よりも更に濃い丘の緑を見つめる。丘の裾野には、帝都の医学部が使っているらしいどっしりとした建物が並んでいるが、丘の上にあるのは、伊藤いとうが図書館で飽きず眺めていた建築の歴史書にあった写真に似た、廃墟のような城。あの城は、重要な儀式がある時に使われるものだと、怪我から回復したばかりのサシャを帝都観光に連れ出した時のヴィリバルトは言っていた。城の地下には、歴代の神帝が葬られていることも。

 思考を止め、サシャの咀嚼音が止んだことを確認する。

[午後は、どうする?]

 干葡萄が入った小さな布袋を手にしたサシャに、トールは小文字で午後の予定を尋ねた。

[やっぱり図書館か?]

「うん……」

 言い澱みを見せたサシャに、首を傾げる。サシャのとりあえずの目標は、自由七科の全ての科目について資格を得ること。そのためには、午前中の授業で出された課題について図書館で調べることが必要。グスタフ教授の授業に付いていくために、法律や歴史の勉強もする必要がある。やはりサシャは、毎日の講義や黒竜騎士団の手伝いで疲れているのだろうか? サシャを見上げたトールは、しかしすぐに、サシャの頬の蒼白さが常とは違うことに気付いた。おそらく、サシャは、……図書館でセルジュと鉢合わせすることを怖れている。

[アラン師匠の手伝いに行くのも良いかもしれないな]

 サシャの懸念を吹き飛ばすことができるように、なるべく大きな文字を背表紙に並べる。サシャが北都で頑張って手伝っていた『星読みほしよみ』の仕事は、帝都でも続けることができるかどうかを黒竜騎士団の副団長であるフェリクスが知り合い経由で話を持って行っているそうだが、良い返事がなかなか来ないらしい。一方、サシャを治療し、そのまま帝都に留まることにしたアラン師匠は、自力で見つけた、下町にある診療所の手伝いをしながら、かつて帝都で放り投げた教授資格の修得をもう一度やり直している。アラン師匠の手伝いをすれば、進路変更で医学部に行くことになっても困らないし、リュカの宰相になった時に、怪我をしたリュカを助けることができるかもしれない。

「うん……」

 アラン師匠の迷惑になってはいけない。そう言って首を横に振ったサシャに、思わず微笑む。トールも、おそらくアランも、サシャのことを『迷惑』だと思ったことなんてない。それでも、他人の心を考えてしまうのが、サシャ。

[……あ、そうだ]

 やはり、黒竜騎士団の館に帰って身体を休めた方がサシャのためだろうか? 小さく唸ったトールの脳裏に、誰にも『迷惑』を掛けないであろう行動が過る。

[天気、良いし、紙の材料になってたあの草、探しに行こう]

 風は無く、初夏の日差しはあくまで明るい。夏炉かろでの籠城戦と燔柴のゴタゴタの所為で、トールに挟まれていたはずの、帝華ていかの北側に広がる森でサシャが見つけた紙にすると良さそうな植物を押し葉にしたものは、いつの間にかトールのページからすり抜け、どこかに行ってしまっている。その植物と同じものを探して、もう一度紙を作る。

「うん」

 トールの提案に、サシャは今度は笑って頷いた。

[エルチェに言えば、黒竜騎士団用の出入り口、通してくれるかもしれない]

 サシャが自習用に使っている学生用図書館から遠目に見える、南の国へと向かう街道に続く帝都の出入り口である南門は、帝都の正門らしくいつもごった返していた。そこを通るよりは、ほぼ黒竜騎士団専用で出入りに使っている、街側が木の跳ね橋、もう半分が固定の石橋である門を使えば、スムーズに街の外に出ることができる。トールの言葉に微笑んで立ち上がったサシャに、トールはほっと胸を撫で下ろした。
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