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第四章 帝都の日々
4.8 ルジェクの再始動
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「やったぜ! サシャっ!」
いきなりの大声に、視線を上げる。
「フェリクスさん、やっと俺に仕事振ってくれたぜ!」
部屋に入ってくるなり、ベッドに腰掛けて縫い物をしていたサシャの背を叩くルジェクと、そのルジェクに目を瞬かせて笑顔を作ったサシャに、ベッド側の腰棚の上にいたトールは小さく肩を竦めた。サシャが洗濯を終えたときには小糠雨だった外は、少し雨脚が強くなっているようだ。屋根の下に干しているとはいえ、洗濯物は大丈夫だろうか?
サシャが黒竜騎士団の手伝いをするようになってから初めて知ったことの一つに、騎士団員の中に『特別な』騎士がいる、ということがある。『団長』職が、神帝が直接任命する名誉職であるため、黒竜騎士団の実質的な責任者である副団長フェリクス直属の小さな組織、身をやつして諸国を巡り、諜報活動に携わる『旅人』という一団にルジェクは所属している。
「良かったね、ルジェク」
「ああ」
ルジェクを見上げ、頷いたサシャに、ルジェクが歯を見せて笑う。サシャと共に夏炉のあの砦での籠城に耐えたルジェクは、この帝都で身体を回復させてからもずっと、騎士団の雑用をこなしていた。そのことに対する文句は聞いていないが、やはり、騎士団の任務を背負った、諸国を巡る旅がしたかったのだろう。赤い頬に笑みを浮かべたまま、ベッド脇のおんぼろの行李からくたびれた背負い鞄を引っ張り出したルジェクに、トールは無意識に微笑んでいた。
「まず北向へ行ってから、秋津に行けってさ」
ルジェクの細い背を確かめ、再び縫い物に戻ったサシャを気にしないルジェクの声が、トールの耳に響く。
「手紙、あったら預かろうか?」
「良いの、ですか?」
不意に振り向き、サシャを見て笑ったルジェクの提案と、その提案に再び縫い物の手が止まったサシャに、トールは今度は小さく声を立てて笑った。
この世界には、郵便制度は無い。手紙を届けたい人がいる場所へ向かう人に預ける以外に、手紙を届ける方法は無い。全国どこへでも手紙を届けてくれる制度がこんなに便利だったとは。縫い物をトールの横に置き、サシャが元気になったのを見届けて北向へ帰ってしまったユーグが人に託して送ってくれたまだ新品の行李から小さな布包みを二つ取り出したサシャに、トールは無意識に首を横に振っていた。
「ユーグ叔父上への手紙は、北都の郊外にある修道院に預けてくれたら、北辺に持って行ってくれるから」
二つの包みの一つ、大きく嵩張った方の包みをルジェクに示すサシャの声に、包みの中身を思い出す。確か、ユーグへの手紙の他に、先の秋に保護者であった漁師の親方マルクを亡くし、修道院が引き取ったというあの生意気な少年クリストフのために作った『本のようなもの』が入っているはず。北辺の修道院に戻ったユーグから簡単な文法を習っているというクリスのために、サシャが、再利用を重ねて薄くなってしまった羊皮紙の片面に初学者用の文法書を写し、その羊皮紙の端に目打ちで穴を開けて針と糸で綴ったもの。小学校で一回だけ体験した和綴じ、意外と覚えているものだな。自分の記憶力に、トールは正直ほっとしていた。
「北辺かぁ。一回行ってみるのも悪くないな」
サシャから包みを受け取ったルジェクは、丁寧な仕草で背負い鞄の底に包みを入れ込む。
「で、こっちは秋津の、……誰だっけ?」
「秋都の大学にいる、カジミールに」
帝都の大学に行く準備をしていたカジミールだが、残念ながら、入学試験は不合格だった。教えてくれた、サシャの火傷の治療をしてくれたアランの、あまり残念そうには聞こえなかった声を思い出す。その代わり、カジミールの保護者である北向の『星読み』博士ヒルベルトの尽力で、カジミールは現在、ヒルベルトの故郷である秋都の大学で勉学に励んでいるらしい。無事を知らせ、サシャを弁護してくれたお礼を書くサシャが見せていた沈んだ表情を思い出し、トールはもう一度、首を横に振った。この世界の入試制度については未だに理解していないが、カジミールにも、帝都の学校で勉強するチャンスは、おそらく、ある。無くても、サシャが、八都の最高権力者である『神帝』に将来就くことが決定している少年リュカの宰相に任命されれば、リュカ経由で帝都に呼び寄せることができる。今は、二人とも、その時に向けて力を蓄える時。カジミールへの手紙が入った布包みをルジェクに渡すサシャの蒼白い頬と、そのサシャに肩を竦めてから受け取った布包みを背負い鞄にそっと投げ入れたルジェクに、トールは小さく頷いていた。
いきなりの大声に、視線を上げる。
「フェリクスさん、やっと俺に仕事振ってくれたぜ!」
部屋に入ってくるなり、ベッドに腰掛けて縫い物をしていたサシャの背を叩くルジェクと、そのルジェクに目を瞬かせて笑顔を作ったサシャに、ベッド側の腰棚の上にいたトールは小さく肩を竦めた。サシャが洗濯を終えたときには小糠雨だった外は、少し雨脚が強くなっているようだ。屋根の下に干しているとはいえ、洗濯物は大丈夫だろうか?
サシャが黒竜騎士団の手伝いをするようになってから初めて知ったことの一つに、騎士団員の中に『特別な』騎士がいる、ということがある。『団長』職が、神帝が直接任命する名誉職であるため、黒竜騎士団の実質的な責任者である副団長フェリクス直属の小さな組織、身をやつして諸国を巡り、諜報活動に携わる『旅人』という一団にルジェクは所属している。
「良かったね、ルジェク」
「ああ」
ルジェクを見上げ、頷いたサシャに、ルジェクが歯を見せて笑う。サシャと共に夏炉のあの砦での籠城に耐えたルジェクは、この帝都で身体を回復させてからもずっと、騎士団の雑用をこなしていた。そのことに対する文句は聞いていないが、やはり、騎士団の任務を背負った、諸国を巡る旅がしたかったのだろう。赤い頬に笑みを浮かべたまま、ベッド脇のおんぼろの行李からくたびれた背負い鞄を引っ張り出したルジェクに、トールは無意識に微笑んでいた。
「まず北向へ行ってから、秋津に行けってさ」
ルジェクの細い背を確かめ、再び縫い物に戻ったサシャを気にしないルジェクの声が、トールの耳に響く。
「手紙、あったら預かろうか?」
「良いの、ですか?」
不意に振り向き、サシャを見て笑ったルジェクの提案と、その提案に再び縫い物の手が止まったサシャに、トールは今度は小さく声を立てて笑った。
この世界には、郵便制度は無い。手紙を届けたい人がいる場所へ向かう人に預ける以外に、手紙を届ける方法は無い。全国どこへでも手紙を届けてくれる制度がこんなに便利だったとは。縫い物をトールの横に置き、サシャが元気になったのを見届けて北向へ帰ってしまったユーグが人に託して送ってくれたまだ新品の行李から小さな布包みを二つ取り出したサシャに、トールは無意識に首を横に振っていた。
「ユーグ叔父上への手紙は、北都の郊外にある修道院に預けてくれたら、北辺に持って行ってくれるから」
二つの包みの一つ、大きく嵩張った方の包みをルジェクに示すサシャの声に、包みの中身を思い出す。確か、ユーグへの手紙の他に、先の秋に保護者であった漁師の親方マルクを亡くし、修道院が引き取ったというあの生意気な少年クリストフのために作った『本のようなもの』が入っているはず。北辺の修道院に戻ったユーグから簡単な文法を習っているというクリスのために、サシャが、再利用を重ねて薄くなってしまった羊皮紙の片面に初学者用の文法書を写し、その羊皮紙の端に目打ちで穴を開けて針と糸で綴ったもの。小学校で一回だけ体験した和綴じ、意外と覚えているものだな。自分の記憶力に、トールは正直ほっとしていた。
「北辺かぁ。一回行ってみるのも悪くないな」
サシャから包みを受け取ったルジェクは、丁寧な仕草で背負い鞄の底に包みを入れ込む。
「で、こっちは秋津の、……誰だっけ?」
「秋都の大学にいる、カジミールに」
帝都の大学に行く準備をしていたカジミールだが、残念ながら、入学試験は不合格だった。教えてくれた、サシャの火傷の治療をしてくれたアランの、あまり残念そうには聞こえなかった声を思い出す。その代わり、カジミールの保護者である北向の『星読み』博士ヒルベルトの尽力で、カジミールは現在、ヒルベルトの故郷である秋都の大学で勉学に励んでいるらしい。無事を知らせ、サシャを弁護してくれたお礼を書くサシャが見せていた沈んだ表情を思い出し、トールはもう一度、首を横に振った。この世界の入試制度については未だに理解していないが、カジミールにも、帝都の学校で勉強するチャンスは、おそらく、ある。無くても、サシャが、八都の最高権力者である『神帝』に将来就くことが決定している少年リュカの宰相に任命されれば、リュカ経由で帝都に呼び寄せることができる。今は、二人とも、その時に向けて力を蓄える時。カジミールへの手紙が入った布包みをルジェクに渡すサシャの蒼白い頬と、そのサシャに肩を竦めてから受け取った布包みを背負い鞄にそっと投げ入れたルジェクに、トールは小さく頷いていた。
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