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第四章 帝都の日々
4.11 白竜騎士団の朝
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動いた影に、顔を上げる。
夜が明ける直前の僅かな光に揺れる大きな影に、トールは一瞬身構え、しかしすぐに警戒を解いた。そうだ、昨日から、ルジェクではなくエゴンが、同室になったんだった。
藁束を積み上げて敷布を掛けただけのベッドで眠るサシャに毛布を掛けてから部屋を出るエゴンに、サシャの行李の上に乗ったまま頭を下げる。おそらくエゴンは、神帝の代理人の地位に就いているヴィリバルトを護衛しに行くのだろう。サシャも、もうそろそろ起こさないと。いや、昨夜のことを考えると、まだ、寝かせておいた方が良いかもしれない。枕とは言いがたい、これも藁束を敷布で包んだだけの塊に顔を半分埋め、心地よく寝息を立てている小さな影に、トールは小さく頷いた。
ヴィリバルトの命で黒竜騎士団から白竜騎士団に移ったサシャとエゴンだが、急な移動命令の所為なのか、二人の寝室はどこにも無いと、この白竜騎士団用に設定された、帝都の北東に位置する頑丈な塀で囲まれた館に入るや否や、白竜騎士団長イジドールはそう言い放った。とりあえず、神帝を守る、白竜騎士団の『守人』候補用の宿舎の一角に一部屋、開いている部屋を、丁度良く通りかかってくれた『守人』候補の一員であるサシャの知り合い、バジャルドが確保してくれたが、少年一人用の部屋らしく、部屋にあったのは小さなベッドと学習用の机のみ。そのベッドにエゴンの私物が入った行李を繋げることでエゴンの寝場所を確保し、サシャの方は、白竜騎士団に所属しながら帝都の学校に通う『守人』候補達が使っている、教室で座るための藁束を掻き集めて作成した小さなベッドを寝場所にすることになった。サシャ用に、多めに敷布を用意してくれたサシャの叔父ユーグに感謝しないといけない。起きる気配を見せないサシャの、朝日に白く光った髪に、トールは大きく微笑んだ。
「サシャ」
そのトールの耳に、落ち着いた低い声が響く。バジャルドの声だ。トールがそう、判別する前に、サシャはベッドの上で伸びをし、そして毛布を蹴って起き上がった。
「もう朝だぞ」
「あ、はい」
眠そうに首を横に振ったサシャが、バジャルドに頷く。
「あ、……学校」
そのまま辺りを見回してようやく朝であることに気付いたのだろう、いつにない焦りの響きが、サシャの喉から出た。昨日は『自分のために使う日』だったから、サシャが生まれた時から従っているらしい修道院の日課から考えると、今日は『神のために修行をする日』、すなわち『神のために学問に専念する日』になる。
「先に白竜騎士団に慣れろって、団長が」
粗末なベッドから下り、急いで昨日の上着を頭から被るサシャに、バジャルドが笑う。
「え……?」
そのバジャルドの笑いに服を着る動作が途中で止まってしまったサシャの、顔の見えないお化けのようになってしまった姿に、トールも思わず吹き出した。
「狭いな、やっぱり」
サシャの上着がサシャの身体の普段の位置に落ち着く前に、サシャの部屋に入ってきたバジャルドがエゴンのベッドに腰をかける。
「自分も、弟と一緒に部屋を使っているけど、やっぱり狭い」
神帝を守護するのが主な職務で、時に神帝に助言を与えることもある『守人』は、文武両道である必要がある。『守人』の候補も、学問あるいは武術に見込みのある者が選ばれ、奨学金と一人に一部屋を与えられて学問と武術に邁進する。北都で読んだ本に書かれていた、白竜騎士団の『守人』についての説明を思い出す。だから普通は、『守人』候補であるバジャルドと、同じく『守人』候補に選ばれたバジャルドの弟は違う部屋を使うことができるのだが、弟が心配なバジャルドは二人で一部屋を使わせて欲しいと、白竜騎士団長イジドールに頼んだらしい。過保護、なのかな。それが、バジャルドの話を聞いたトールの、正直な感想。
「兄上」
トールが首を傾げる前に、幼さの残る声が、トールの耳を打つ。
「弟のブラスだ」
サシャより頭半分だけ背の高い、兄に似ないほっそりとした影を、バジャルドはサシャに紹介した。
「私は、神帝猊下の護衛をしなくてはならないから」
ブラスにサシャを紹介したバジャルドが、ブラスに微笑む。
「サシャに、ここの決まりや白竜騎士団の館のことを案内してくれないか、ブラス」
「はい、兄上!」
弟も、兄のことが大好きらしい。頼み事をして頭を下げたバジャルドに大きく笑ったブラスに、トールは心が温かくなるのを感じた。
「じゃ、早速、食堂から紹介するね」
バジャルドがサシャの部屋から出るや否や、エプロンを頭から被るサシャの服の裾を、ブラスが引っ張る。
トールをエプロンのポケットに仕舞う間も無く、サシャはブラスに引っ張られる形で、白竜騎士団の塀の中にある施設を一通り見て回ることになった。まずは食堂。次に騎士団員や『守人』候補達が武術に励む大きめの中庭。小さな図書室と大きめのがらんとした自習室も見せてもらう。帝都の南東側にある黒竜騎士団の館には、図書室はなかった。細長く武骨な黒竜騎士団の館に比べ、白竜騎士団の館は、大きくて余裕が有り、そしてどことなく緩やかな雰囲気をまとっていた。
「サシャ、歴史、好き?」
不意に、ブラスが、囁くようにサシャに耳打ちする。
白竜騎士団の館を案内しながらのブラスの話を総合すると、ブラスは、既に自由七科の資格を取り、『守人』候補として必須である武術訓練に並行して、神学部に所属する歴史教授の講義を受けているという。
「北側の郊外にさ、教授と調査している古代人の遺跡があるんだ」
続いて響いた、ブラスの言葉に、心がピンと緊張する。遺跡は、……サシャに何が起こるか分からないので、正直避けて通りたい。だが。思案顔になったサシャの白い頬に、トールは首を横に振った。今のところ、帝都の南側の郊外には、サシャが探している『紙』の原料となる植物は見つかっていない。丘が続く北側の郊外には、探している植物があるかもしれない。トールと同時にブラスに頷いたサシャに、トールの腹は大きく揺れた。
夜が明ける直前の僅かな光に揺れる大きな影に、トールは一瞬身構え、しかしすぐに警戒を解いた。そうだ、昨日から、ルジェクではなくエゴンが、同室になったんだった。
藁束を積み上げて敷布を掛けただけのベッドで眠るサシャに毛布を掛けてから部屋を出るエゴンに、サシャの行李の上に乗ったまま頭を下げる。おそらくエゴンは、神帝の代理人の地位に就いているヴィリバルトを護衛しに行くのだろう。サシャも、もうそろそろ起こさないと。いや、昨夜のことを考えると、まだ、寝かせておいた方が良いかもしれない。枕とは言いがたい、これも藁束を敷布で包んだだけの塊に顔を半分埋め、心地よく寝息を立てている小さな影に、トールは小さく頷いた。
ヴィリバルトの命で黒竜騎士団から白竜騎士団に移ったサシャとエゴンだが、急な移動命令の所為なのか、二人の寝室はどこにも無いと、この白竜騎士団用に設定された、帝都の北東に位置する頑丈な塀で囲まれた館に入るや否や、白竜騎士団長イジドールはそう言い放った。とりあえず、神帝を守る、白竜騎士団の『守人』候補用の宿舎の一角に一部屋、開いている部屋を、丁度良く通りかかってくれた『守人』候補の一員であるサシャの知り合い、バジャルドが確保してくれたが、少年一人用の部屋らしく、部屋にあったのは小さなベッドと学習用の机のみ。そのベッドにエゴンの私物が入った行李を繋げることでエゴンの寝場所を確保し、サシャの方は、白竜騎士団に所属しながら帝都の学校に通う『守人』候補達が使っている、教室で座るための藁束を掻き集めて作成した小さなベッドを寝場所にすることになった。サシャ用に、多めに敷布を用意してくれたサシャの叔父ユーグに感謝しないといけない。起きる気配を見せないサシャの、朝日に白く光った髪に、トールは大きく微笑んだ。
「サシャ」
そのトールの耳に、落ち着いた低い声が響く。バジャルドの声だ。トールがそう、判別する前に、サシャはベッドの上で伸びをし、そして毛布を蹴って起き上がった。
「もう朝だぞ」
「あ、はい」
眠そうに首を横に振ったサシャが、バジャルドに頷く。
「あ、……学校」
そのまま辺りを見回してようやく朝であることに気付いたのだろう、いつにない焦りの響きが、サシャの喉から出た。昨日は『自分のために使う日』だったから、サシャが生まれた時から従っているらしい修道院の日課から考えると、今日は『神のために修行をする日』、すなわち『神のために学問に専念する日』になる。
「先に白竜騎士団に慣れろって、団長が」
粗末なベッドから下り、急いで昨日の上着を頭から被るサシャに、バジャルドが笑う。
「え……?」
そのバジャルドの笑いに服を着る動作が途中で止まってしまったサシャの、顔の見えないお化けのようになってしまった姿に、トールも思わず吹き出した。
「狭いな、やっぱり」
サシャの上着がサシャの身体の普段の位置に落ち着く前に、サシャの部屋に入ってきたバジャルドがエゴンのベッドに腰をかける。
「自分も、弟と一緒に部屋を使っているけど、やっぱり狭い」
神帝を守護するのが主な職務で、時に神帝に助言を与えることもある『守人』は、文武両道である必要がある。『守人』の候補も、学問あるいは武術に見込みのある者が選ばれ、奨学金と一人に一部屋を与えられて学問と武術に邁進する。北都で読んだ本に書かれていた、白竜騎士団の『守人』についての説明を思い出す。だから普通は、『守人』候補であるバジャルドと、同じく『守人』候補に選ばれたバジャルドの弟は違う部屋を使うことができるのだが、弟が心配なバジャルドは二人で一部屋を使わせて欲しいと、白竜騎士団長イジドールに頼んだらしい。過保護、なのかな。それが、バジャルドの話を聞いたトールの、正直な感想。
「兄上」
トールが首を傾げる前に、幼さの残る声が、トールの耳を打つ。
「弟のブラスだ」
サシャより頭半分だけ背の高い、兄に似ないほっそりとした影を、バジャルドはサシャに紹介した。
「私は、神帝猊下の護衛をしなくてはならないから」
ブラスにサシャを紹介したバジャルドが、ブラスに微笑む。
「サシャに、ここの決まりや白竜騎士団の館のことを案内してくれないか、ブラス」
「はい、兄上!」
弟も、兄のことが大好きらしい。頼み事をして頭を下げたバジャルドに大きく笑ったブラスに、トールは心が温かくなるのを感じた。
「じゃ、早速、食堂から紹介するね」
バジャルドがサシャの部屋から出るや否や、エプロンを頭から被るサシャの服の裾を、ブラスが引っ張る。
トールをエプロンのポケットに仕舞う間も無く、サシャはブラスに引っ張られる形で、白竜騎士団の塀の中にある施設を一通り見て回ることになった。まずは食堂。次に騎士団員や『守人』候補達が武術に励む大きめの中庭。小さな図書室と大きめのがらんとした自習室も見せてもらう。帝都の南東側にある黒竜騎士団の館には、図書室はなかった。細長く武骨な黒竜騎士団の館に比べ、白竜騎士団の館は、大きくて余裕が有り、そしてどことなく緩やかな雰囲気をまとっていた。
「サシャ、歴史、好き?」
不意に、ブラスが、囁くようにサシャに耳打ちする。
白竜騎士団の館を案内しながらのブラスの話を総合すると、ブラスは、既に自由七科の資格を取り、『守人』候補として必須である武術訓練に並行して、神学部に所属する歴史教授の講義を受けているという。
「北側の郊外にさ、教授と調査している古代人の遺跡があるんだ」
続いて響いた、ブラスの言葉に、心がピンと緊張する。遺跡は、……サシャに何が起こるか分からないので、正直避けて通りたい。だが。思案顔になったサシャの白い頬に、トールは首を横に振った。今のところ、帝都の南側の郊外には、サシャが探している『紙』の原料となる植物は見つかっていない。丘が続く北側の郊外には、探している植物があるかもしれない。トールと同時にブラスに頷いたサシャに、トールの腹は大きく揺れた。
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