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第四章 帝都の日々
4.35 争いを避けることは、できないのだろうか?
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ふらつきながらも図書館を飛び出したサシャの身体は、何とか、グスタフ教授の館まで戻り着く。誰にも捕まらず戻ることができたことに、トールはほっと胸を撫で下ろした。
だが。
「掃除くらい、お前がやれよ! ドゥシャン!」
「失礼な! 年下のお前がやるのが筋だろう、ダリオ!」
俯いて図書館から帰ってきた一人と一冊を迎えたのは、普段と同じ、先輩二人のやりとり。
「掃除したくないのなら、課題をやれ、二人とも」
太い腕を組みながら現れた、グスタフ教授のうんざりした顔も、普段通り。
「あんな簡単な課題が、まだできていないと?」
普段以上に皮肉が強い、グスタフの言葉に、二人は同時に黙り込む。サシャと同じように、グスタフが暮らすこの館に住み込み、家事をしながら教授から直接教えを受けている兄弟子二人は、玄関で立ち尽くすサシャを睨んでから、それぞれの部屋へと退散していった。
「やれやれ」
腕を解き、サシャを見下ろしたグスタフの、ヴィリバルトと同じ色の瞳が力無く微笑む。
「国民団から頼まれているとはいえ、文句しか言わない弟子には困ったものだ」
そして。兄弟子二人が互いに押しつけ合っていた部屋の掃除に取りかかろうと思ったのだろう、グスタフに会釈して踵を返しかけたサシャの腕を、グスタフは軽く掴んだ。
「ところで、サシャ」
サシャが振り返ることで見えた、グスタフの瞳は、ヴィリバルトの瞳よりも疲れが濃い。
「図書館に行っていたのでは?」
「それが……」
グスタフ教授の問いに、サシャは躊躇いながら、帝華の星読みの長グラシアノと、医学部教授のエフラインとオルフェオに罵られたことを話した。
「やはり、あいつか」
グラシアノの名が出た途端、グスタフの表情が強ばる。
「秋津は、最近増長気味だな」
小国である夏炉出身のオルフェオも、エフラインと契りを結んでいるということも理由としてあるのかもしれないが、自分の身を守るために秋津出身者に取り入ったのだろう。肩を竦め、首を横に振ったグスタフに、トールは小さく唸った。
「その所為か、他の大国出身の教授まで意地の張り合いをしているのが、……気に掛かる」
医学部と法学部、神学部の争いは、昔からあった。だが、帝都の大学内の話とはいえ、出身国の違いで教授達が争うようになってしまっては、不利益を被るのは学生達。グスタフ教授の懸念に、一人と一冊は同時に頷いた。
「サシャは、『国民団』には入っていないのだな」
不意に、グスタフが異なる話題を口にする。
「あ、はい」
出身が同じ学生や教授が集まり、衣食住と勉学について互いに助け合う組織が『国民団』。帝都の学校に通うことになった時に聞いた、ヴィリバルトのどこか乾いた説明を思い出す。
「北向の国民団の団長は、北向の若王の第二王子だと聞いたが」
セルジュのことを耳にした瞬間、サシャの全身が凍り付いた。
[大丈夫だ]
小さく息を吐いたサシャに、サシャを力づける言葉を背表紙に並べる。
「小国の北向の国民団は、実質、帝華の国民団に吸収されているようだし、入る必要は無いだろう」
国毎に排他的にまとまることを、バルトは嫌っていたからな。サシャの顔色の僅かな変化に気付くことなく、グスタフが言葉を並べる。かつてヴィリバルトの家庭教師をしていたというグスタフの、遠くを見るような言葉に、トールは合点がいったように頷いた。
「国民団に入れば、強力な後ろ盾を得ることができる」
グスタフの弟子の一人、ドゥシャンは、春陽の国民団から依頼されて弟子にした者。もう一人の弟子、ダリオも、秋津の国民団から依頼されて弟子にしている。国民団の力は強い。国民団の後ろ盾さえ無ければ、二人の解雇はすぐにできるのだが。無理に口の端を上げたグスタフは、しかしすぐに首を横に振った。
「バルトは、無くしたいと思っているのだろうな」
しかしそのことで、しっぺ返しを食らわなければ良いが。今は神帝の地位にあるかつての教え子を心配するグスタフの声に、頷く。同時に脳裏を過った、サシャがラドヴァンを案内した時に見た、護衛一人いなかったヴィリバルトの寝室の暗さを思い出し、トールは無意識に、首を強く横に振っていた。
だが。
「掃除くらい、お前がやれよ! ドゥシャン!」
「失礼な! 年下のお前がやるのが筋だろう、ダリオ!」
俯いて図書館から帰ってきた一人と一冊を迎えたのは、普段と同じ、先輩二人のやりとり。
「掃除したくないのなら、課題をやれ、二人とも」
太い腕を組みながら現れた、グスタフ教授のうんざりした顔も、普段通り。
「あんな簡単な課題が、まだできていないと?」
普段以上に皮肉が強い、グスタフの言葉に、二人は同時に黙り込む。サシャと同じように、グスタフが暮らすこの館に住み込み、家事をしながら教授から直接教えを受けている兄弟子二人は、玄関で立ち尽くすサシャを睨んでから、それぞれの部屋へと退散していった。
「やれやれ」
腕を解き、サシャを見下ろしたグスタフの、ヴィリバルトと同じ色の瞳が力無く微笑む。
「国民団から頼まれているとはいえ、文句しか言わない弟子には困ったものだ」
そして。兄弟子二人が互いに押しつけ合っていた部屋の掃除に取りかかろうと思ったのだろう、グスタフに会釈して踵を返しかけたサシャの腕を、グスタフは軽く掴んだ。
「ところで、サシャ」
サシャが振り返ることで見えた、グスタフの瞳は、ヴィリバルトの瞳よりも疲れが濃い。
「図書館に行っていたのでは?」
「それが……」
グスタフ教授の問いに、サシャは躊躇いながら、帝華の星読みの長グラシアノと、医学部教授のエフラインとオルフェオに罵られたことを話した。
「やはり、あいつか」
グラシアノの名が出た途端、グスタフの表情が強ばる。
「秋津は、最近増長気味だな」
小国である夏炉出身のオルフェオも、エフラインと契りを結んでいるということも理由としてあるのかもしれないが、自分の身を守るために秋津出身者に取り入ったのだろう。肩を竦め、首を横に振ったグスタフに、トールは小さく唸った。
「その所為か、他の大国出身の教授まで意地の張り合いをしているのが、……気に掛かる」
医学部と法学部、神学部の争いは、昔からあった。だが、帝都の大学内の話とはいえ、出身国の違いで教授達が争うようになってしまっては、不利益を被るのは学生達。グスタフ教授の懸念に、一人と一冊は同時に頷いた。
「サシャは、『国民団』には入っていないのだな」
不意に、グスタフが異なる話題を口にする。
「あ、はい」
出身が同じ学生や教授が集まり、衣食住と勉学について互いに助け合う組織が『国民団』。帝都の学校に通うことになった時に聞いた、ヴィリバルトのどこか乾いた説明を思い出す。
「北向の国民団の団長は、北向の若王の第二王子だと聞いたが」
セルジュのことを耳にした瞬間、サシャの全身が凍り付いた。
[大丈夫だ]
小さく息を吐いたサシャに、サシャを力づける言葉を背表紙に並べる。
「小国の北向の国民団は、実質、帝華の国民団に吸収されているようだし、入る必要は無いだろう」
国毎に排他的にまとまることを、バルトは嫌っていたからな。サシャの顔色の僅かな変化に気付くことなく、グスタフが言葉を並べる。かつてヴィリバルトの家庭教師をしていたというグスタフの、遠くを見るような言葉に、トールは合点がいったように頷いた。
「国民団に入れば、強力な後ろ盾を得ることができる」
グスタフの弟子の一人、ドゥシャンは、春陽の国民団から依頼されて弟子にした者。もう一人の弟子、ダリオも、秋津の国民団から依頼されて弟子にしている。国民団の力は強い。国民団の後ろ盾さえ無ければ、二人の解雇はすぐにできるのだが。無理に口の端を上げたグスタフは、しかしすぐに首を横に振った。
「バルトは、無くしたいと思っているのだろうな」
しかしそのことで、しっぺ返しを食らわなければ良いが。今は神帝の地位にあるかつての教え子を心配するグスタフの声に、頷く。同時に脳裏を過った、サシャがラドヴァンを案内した時に見た、護衛一人いなかったヴィリバルトの寝室の暗さを思い出し、トールは無意識に、首を強く横に振っていた。
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