『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智

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第七章 東の理

7.10 久し振りの図書館

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[大丈夫か?]

 図書館の寒さが予想外だったのだろう、色を無くした指先に息を吹きかけるサシャの、紫色の唇に、思い余って声を掛ける。

「うん……」

 トールの心配に、サシャは小さく頷くと、大きめの丸い部屋いっぱいに置かれた本棚をぐるりと見回した。

 大学街である『象牙の塔』のシンボルである、明るい灰色のずんぐりとした塔は、街の真ん中より南側に下がったところにある。その塔の中に、大学の図書館は設えられていた。明るい色の外側とは異なり、塔の中には、陰鬱な影が居座っているように感じる。天井近くに穿たれた天窓から部屋の中に申し訳程度に降り注ぐ光に、小さく肩を竦める。春分祭しゅんぶんのまつりにはまだ遠い。もう一枚上着を羽織るよう、サシャにもっときつく言えば良かった。案内表示一つ無い本棚を見上げ、棚板の隅に小さく書かれている番号を確かめながら、本の小口と鎖が並ぶ殺風景な光景の中を歩くサシャの、まだ頼りない影に、トールは小さく息を吐いた。

「これ、かな?」

 小さく揺れるサシャの腕が、伸ばせばギリギリ届く場所にある本を掴む。

「良かった。この本だ」

 本棚から引き出した本の表紙を確かめ、息を吐いたサシャに、トールも小さく微笑んだ。背表紙がトールに当たっているから、サシャが確かめている本が、グスタフ教授から指示された本であることはすぐに確認できる。

 西海さいかいの病や不漁の原因を探った結果サシャが被ってしまった毒は、まだサシャを蝕んでいるようにトールには思える。だがサシャは、柔星祭やわぼしのまつりの前から、この『象牙の塔』での勉学を開始していた。『神のために祈る日』以外は、三日に一度、古代法が専門のグスタフの個人授業をセルジュと一緒に受け、セルジュと一緒に授業の復習をした後で自分の自由七科の勉強をしている。また別に、三日に一度、紙やインク、印刷機などについて、大学街の南にあるカレヴァの工房で試行錯誤を続けている。そして残りの日は、寄宿しているグスタフ教授の屋敷の掃除と、グスタフの屋敷にいる者全員分――グスタフとセルジュ、美味しい料理を作ってくれるグスタフの老僕ハンスさん――にカレヴァと、グスタフの屋敷に居候しながら大学街の北側にある診療所で働いているアラン教授の衣服や寝具の洗濯と、トールにはハードに思える日々を、今のサシャは過ごしている。サシャにはまだ難しいグスタフ教授の説明を易しく噛み砕いて解説してくれるセルジュは、北向きたむくの王子とは思えないくらい気軽に、掃除や洗濯をするサシャを手伝ってくれる。紙についても、カレヴァが東雲しののめに引っ越す前に帝華ていかで採取した草木を用いて、サシャがかつて作成した紙の試作品と同じものを作成することはできている。印刷機の方も、ワインやオリーブ油を絞り出す時に使う大型の絞り器を応用すれば作成できるのではないかということで、カレヴァが近くの村で手に入れた古い装置を二人で分解したり組み立てたりしている。その過程でできた、洗濯物を絞って水気を取る器械は、現在、サシャの洗濯の手間を減らすのに役立っている。

 もう少し静養していても、グスタフ教授は何も言わないだろうし、アラン教授はむしろ休養を推奨するだろう。それが、トールの本音。だが、セルジュやカレヴァと楽しそうに話をしたり、寒いのに額に汗をかきながら洗濯や掃除をしたりしているサシャを見ていると、何も言えなくなってしまう。サシャが希望している『星読ほしよみの塔』の見学は、星読みの間に質の悪い風邪が流行っているらしくアラン教授から「待った」がかけられているが、それ以外は概ね、サシャにとっては希望が叶っている、充実した日々を送っていることになるのだろう。今は、見守ろう。本を本棚の空いている場所に置き、本棚の間に置いてある書見台の方へと目を向けたサシャに、トールは小さく頷いた。もちろん、無理はさせない。
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