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第九章 知識と勇気で
9.23 一人と一冊の僅かな行き違い
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アランとイジドールが、視界から消える。
「……ジルド師匠、が」
しばらくの間身動き一つしなかったサシャの口が開いたのは、夕刻のオレンジ色がもう少し濃くなった頃。
「ジルド師匠が、叔父上、を?」
アランの話は、サシャにとっては衝撃的過ぎたのだろう。俯いたサシャの全身は、目視で確認できるくらい酷く震えている。
「まさか、……母上、も?」
トールと同じ思考を辿ったと思われるサシャの呟きに、トールは小さく頷きを返した。母と叔父を殺したかもしれないジルドに敬称を付けてしまうのは、おそらくサシャ自身、ジルドのことをまだ信用しているからだろう。だが。努力を積み重ね、「勉強したい」という夢を叶えたサシャの栄達の理由を、自分が渡した『祈祷書』だと結論付け、『祈祷書』を奪い返すためにサシャに何度も危害を加えたのも、ジルド。
「でも、まだ小さかった僕を修道院の手伝いにしてくれたのはジルド師匠」
[サシャを扱き使うために?]
制御できない感情のままに、おそらくの事実を背表紙に並べる。
「えっ?」
トールの背表紙を見、絶句したサシャは、トールから目を逸らし、ベンチが置かれた宿舎廊下から見える中庭に視線を落とした。
そのまま、無言の時が流れる。
サシャが落ち着くまでは、黙っていよう。サシャの頬を流れた涙に、トールは小さく頷いた。
どのくらい、無言のままでいただろうか。不意にサシャが、胸ポケットにトールを入れたままのエプロンを脱ぐ。脱いだエプロンをベンチに置くと、サシャはベンチから立ち上がり、トールを置き去りにしたまま中庭を横切って宿舎から出て行った。
〈サシャ〉
多分、宿舎の横にある井戸に顔を洗いに行っただけ。胸の冷たさを言い訳でごまかす。サシャと離れてしまうのは、これで何回目だろうか? 『祈祷書』は、肌身離さず持ち歩くもの。ジルドに言われたその言葉に従い、サシャはトールをずっと持ち歩いていた。サシャとトールが離れたのは、破壊されたトールを修理に出した二回と、西海沿岸の病の原因を探るためにバジャルドの故郷に向かった時の二回、合計四回のみ、だったはず。その四回はいずれも、不可抗力だった。暗くなりつつある中庭に戻ってこないサシャの白い影を探し、小さく唸る。今回のように、サシャが自発的にトールから離れていったのは、……トールをトールの世界に戻そうとしたサシャが、北都の東側にある遺跡にトールを置き去りにしたとき、だけ。
中庭に見えた影に、思考が中断する。
あの、影は、……サシャよりも背が高い。あれは。
「おやおや」
目の前に表れた驚愕に、言葉を忘れる。
「こんなにも簡単に手に入るとは」
黄昏の光の中、ベンチの上からトールを掴み上げたジルドの満面の笑みに、トールの全身は一瞬で冷たくなった。
[サシャ!]
ジルドの手から逃れるために、幻の手足をばたつかせる。しかし『本』であるトールがどう抵抗しても、ジルドから逃れることは到底不可能。
[サシャ!]
辺りを見回しても、サシャは、どこにもいない。
トールを手にしたまま、ジルドは誰にも見咎められることなく白竜騎士団の館から出てしまう。白竜騎士団の警備はどうなっているんだ! 憤りの言葉は、トール以外の誰にも聞こえなかった。
「……ジルド師匠、が」
しばらくの間身動き一つしなかったサシャの口が開いたのは、夕刻のオレンジ色がもう少し濃くなった頃。
「ジルド師匠が、叔父上、を?」
アランの話は、サシャにとっては衝撃的過ぎたのだろう。俯いたサシャの全身は、目視で確認できるくらい酷く震えている。
「まさか、……母上、も?」
トールと同じ思考を辿ったと思われるサシャの呟きに、トールは小さく頷きを返した。母と叔父を殺したかもしれないジルドに敬称を付けてしまうのは、おそらくサシャ自身、ジルドのことをまだ信用しているからだろう。だが。努力を積み重ね、「勉強したい」という夢を叶えたサシャの栄達の理由を、自分が渡した『祈祷書』だと結論付け、『祈祷書』を奪い返すためにサシャに何度も危害を加えたのも、ジルド。
「でも、まだ小さかった僕を修道院の手伝いにしてくれたのはジルド師匠」
[サシャを扱き使うために?]
制御できない感情のままに、おそらくの事実を背表紙に並べる。
「えっ?」
トールの背表紙を見、絶句したサシャは、トールから目を逸らし、ベンチが置かれた宿舎廊下から見える中庭に視線を落とした。
そのまま、無言の時が流れる。
サシャが落ち着くまでは、黙っていよう。サシャの頬を流れた涙に、トールは小さく頷いた。
どのくらい、無言のままでいただろうか。不意にサシャが、胸ポケットにトールを入れたままのエプロンを脱ぐ。脱いだエプロンをベンチに置くと、サシャはベンチから立ち上がり、トールを置き去りにしたまま中庭を横切って宿舎から出て行った。
〈サシャ〉
多分、宿舎の横にある井戸に顔を洗いに行っただけ。胸の冷たさを言い訳でごまかす。サシャと離れてしまうのは、これで何回目だろうか? 『祈祷書』は、肌身離さず持ち歩くもの。ジルドに言われたその言葉に従い、サシャはトールをずっと持ち歩いていた。サシャとトールが離れたのは、破壊されたトールを修理に出した二回と、西海沿岸の病の原因を探るためにバジャルドの故郷に向かった時の二回、合計四回のみ、だったはず。その四回はいずれも、不可抗力だった。暗くなりつつある中庭に戻ってこないサシャの白い影を探し、小さく唸る。今回のように、サシャが自発的にトールから離れていったのは、……トールをトールの世界に戻そうとしたサシャが、北都の東側にある遺跡にトールを置き去りにしたとき、だけ。
中庭に見えた影に、思考が中断する。
あの、影は、……サシャよりも背が高い。あれは。
「おやおや」
目の前に表れた驚愕に、言葉を忘れる。
「こんなにも簡単に手に入るとは」
黄昏の光の中、ベンチの上からトールを掴み上げたジルドの満面の笑みに、トールの全身は一瞬で冷たくなった。
[サシャ!]
ジルドの手から逃れるために、幻の手足をばたつかせる。しかし『本』であるトールがどう抵抗しても、ジルドから逃れることは到底不可能。
[サシャ!]
辺りを見回しても、サシャは、どこにもいない。
トールを手にしたまま、ジルドは誰にも見咎められることなく白竜騎士団の館から出てしまう。白竜騎士団の警備はどうなっているんだ! 憤りの言葉は、トール以外の誰にも聞こえなかった。
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