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乾いた場所
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すぐ脇を通る、様々な色と形の車が吐き出すエンジン音と排気ガスに、顰め面を解くことができない。町中は静かなのに、一歩郊外に出るだけでこの騒音とは。片側二車線の歩道付き道路を我が物顔で走る車を横目で睨み、蘭は静かに息を吐いた。ぎらぎらと油染みたような、真夏の日差しも、遮る物が無い所為か気に触るくらいに、強い。色々考えたかったから徒歩で行くことにしたのだが、帰りは駅前まで行くバスに乗ろう。もう一度、横を猛スピードで通り過ぎる車を睨み、蘭は大きく息を吐いた。
喫茶『咲良』のある駅前の町中から、留ノ川を越え、郊外と呼ばれる場所へ向かっている途中である。喫茶店の蛍光灯が切れたので、郊外にある電器店まで買いに行く必要が生じたのだ。
「去年までは、駅前商店街の中に電器屋さんがあったんだけど」
諦めの響きを含んだ、寧の言葉が、蘭の耳に蘇る。昔ながらの漆喰塗りの壁と木建具や格子戸で外見の統一を図ることにある程度成功している所為か、静かで落ち着いた雰囲気をまといつつも人通りは多めの、駅前から尤の通う高校の方へ伸びる商店街だが、それでも、人々の高齢化や郊外に新設された大きなショッピングモールなどの影響で畳まれてしまう店があるらしい。蛍光灯や電池などを細々と売り、頼まれれば電気関係の修理をも引き受けてくれていた店が郊外の大きな電器店に圧される形で閉店してしまって残念だと、寧はらしくなく少しだけ、蘭に愚痴った。その店が閉店した所為で、郊外まで買い物に行かないといけないのは癪だ、とも。だから、寧に半ば押しつけられるような形で、蘭が郊外まで買い物に行くことになったのだ。
郊外の道は広々としてはいたが、車の所為で騒々しく、また道の両側にある大ぶりな店達も無機質で余所余所しく見える。不意に『谷』が懐かしくなり、蘭は無意識に溜息をついた。
今から千年以上も昔のこと。身に持つ『能力』が故に人々に虐げられ、悲しみを胸にした七人兄弟が彷徨の末に見つけた、大陸の端の安住の地。それが、蘭の故郷でもある『狼谷』。月日が経ち、兄弟の子孫は他の人々の血と交わりながら世界中に散らばってはいるが、それでも、灰色の瞳と、一つ以上の『能力』を持って生まれてくるという一族の『性質』は変わらない。一族にとって『谷』が永遠の故郷であることも。
こんな乾いてごみごみとした、誰もが急いているような場所には、長く居たくない。それが、蘭の本音。しかし、『谷』の最高権力者であり、一族の精神的な拠り所でもある『巫女』が、この場所へ行くよう、蘭に命じた。巫女の命令に逆らうことは、よほどのことが無い限り、蘭には許されていない。何故と問うことも、蘭には禁止されている。だから、蘭はこの、静かなのか騒々しいのか分からない、時々蘭自身も混乱する、『谷』から遠く離れた異国であるこの町に居続けている。
巫女が蘭にこの町に行くよう命じた理由は、何となく類推できる。おそらく、『谷』が必要としている人材、特に巫女となる為に必要な『予知』の能力を持つ一族の者を探せということなのだろう。幸の顔が脳裏に浮かび、蘭は少しだけ口の端を上げた。幸はおそらく『予知』の能力を持っている。幸を『谷』に連れ帰れば、蘭の今回の旅の目的は終了する。……母を恋しく思っている幸を納得させるのが、難しいところだが。
そんなことを考えている間に、目的地である、ショッピングモールや大型電器店が建ち並ぶ郊外の、殊更賑やかな一角に到着する。電器店で蛍光灯を買う前に何か飲みたい。熱さと排気ガスでひりひりする喉を唾で何とか宥めると、蘭はショッピングモールの方へ足を向けた。だが、涼しい建物の中の、騒々しい雰囲気に、圧倒される。おそらく皆車で移動するのであろう、ここまで蘭が歩いていた歩道には人一人居なかったのに、建物の中は人いきれで満杯。所狭しと配置されている店々の商品も、何処か毒々しい感じがして、店の前に立つことすらできない。これは、……ダメだ。郊外にある店についても何故か非常に詳しい尤が、どの店のアイスクリームが美味しいだとか、甘いコンフィチュールや、艶やかな雰囲気の布やリボンやレースを売っている店だとかの話をしてくれたが、頭がくらくらして何一つ思い出せない。寧が指定する蛍光灯を買って早めに退散した方が良さそうだ。自分の心に従い、蘭は早々に諦めをつけると、ショッピングモール併設のスーパーマーケットでペットボトル入りの水を買った。
喫茶『咲良』のある駅前の町中から、留ノ川を越え、郊外と呼ばれる場所へ向かっている途中である。喫茶店の蛍光灯が切れたので、郊外にある電器店まで買いに行く必要が生じたのだ。
「去年までは、駅前商店街の中に電器屋さんがあったんだけど」
諦めの響きを含んだ、寧の言葉が、蘭の耳に蘇る。昔ながらの漆喰塗りの壁と木建具や格子戸で外見の統一を図ることにある程度成功している所為か、静かで落ち着いた雰囲気をまといつつも人通りは多めの、駅前から尤の通う高校の方へ伸びる商店街だが、それでも、人々の高齢化や郊外に新設された大きなショッピングモールなどの影響で畳まれてしまう店があるらしい。蛍光灯や電池などを細々と売り、頼まれれば電気関係の修理をも引き受けてくれていた店が郊外の大きな電器店に圧される形で閉店してしまって残念だと、寧はらしくなく少しだけ、蘭に愚痴った。その店が閉店した所為で、郊外まで買い物に行かないといけないのは癪だ、とも。だから、寧に半ば押しつけられるような形で、蘭が郊外まで買い物に行くことになったのだ。
郊外の道は広々としてはいたが、車の所為で騒々しく、また道の両側にある大ぶりな店達も無機質で余所余所しく見える。不意に『谷』が懐かしくなり、蘭は無意識に溜息をついた。
今から千年以上も昔のこと。身に持つ『能力』が故に人々に虐げられ、悲しみを胸にした七人兄弟が彷徨の末に見つけた、大陸の端の安住の地。それが、蘭の故郷でもある『狼谷』。月日が経ち、兄弟の子孫は他の人々の血と交わりながら世界中に散らばってはいるが、それでも、灰色の瞳と、一つ以上の『能力』を持って生まれてくるという一族の『性質』は変わらない。一族にとって『谷』が永遠の故郷であることも。
こんな乾いてごみごみとした、誰もが急いているような場所には、長く居たくない。それが、蘭の本音。しかし、『谷』の最高権力者であり、一族の精神的な拠り所でもある『巫女』が、この場所へ行くよう、蘭に命じた。巫女の命令に逆らうことは、よほどのことが無い限り、蘭には許されていない。何故と問うことも、蘭には禁止されている。だから、蘭はこの、静かなのか騒々しいのか分からない、時々蘭自身も混乱する、『谷』から遠く離れた異国であるこの町に居続けている。
巫女が蘭にこの町に行くよう命じた理由は、何となく類推できる。おそらく、『谷』が必要としている人材、特に巫女となる為に必要な『予知』の能力を持つ一族の者を探せということなのだろう。幸の顔が脳裏に浮かび、蘭は少しだけ口の端を上げた。幸はおそらく『予知』の能力を持っている。幸を『谷』に連れ帰れば、蘭の今回の旅の目的は終了する。……母を恋しく思っている幸を納得させるのが、難しいところだが。
そんなことを考えている間に、目的地である、ショッピングモールや大型電器店が建ち並ぶ郊外の、殊更賑やかな一角に到着する。電器店で蛍光灯を買う前に何か飲みたい。熱さと排気ガスでひりひりする喉を唾で何とか宥めると、蘭はショッピングモールの方へ足を向けた。だが、涼しい建物の中の、騒々しい雰囲気に、圧倒される。おそらく皆車で移動するのであろう、ここまで蘭が歩いていた歩道には人一人居なかったのに、建物の中は人いきれで満杯。所狭しと配置されている店々の商品も、何処か毒々しい感じがして、店の前に立つことすらできない。これは、……ダメだ。郊外にある店についても何故か非常に詳しい尤が、どの店のアイスクリームが美味しいだとか、甘いコンフィチュールや、艶やかな雰囲気の布やリボンやレースを売っている店だとかの話をしてくれたが、頭がくらくらして何一つ思い出せない。寧が指定する蛍光灯を買って早めに退散した方が良さそうだ。自分の心に従い、蘭は早々に諦めをつけると、ショッピングモール併設のスーパーマーケットでペットボトル入りの水を買った。
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