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教え子の来訪

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「センセ、おひさっ!」
 いきなり現れた三年前のゼミ生にも驚いたが、彼女が連れて来た赤ん坊にも驚いてしまう。彼女が卒論を書いて卒業したのはつい先日だと思っていたのに、もう結婚して子供もいるとは。いや四十にもなって恋人の一人も見当たらない自分の方が普通ではないのか。母になったことがないのにいきなり祖母になったような気がして、恵子は小さく微笑んだ。
「抱いてみる、センセ?」
 かつての教え子の屈託のない笑顔に、笑って首を横に振る。結婚よりも勉学を選んだ、子育てを知らない自分がこんな小さなものを抱いたら、壊してしまいそうだ。もう一度首を横に振り、恵子は母親の腕の中で幸せそうに眠る赤子を見詰めた。
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