戻る場所は/赴く理由を

風城国子智

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赴く理由を 3

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 どうすれば、良いのだろう。ベッドに横たわり、開いた窓から細い月を見上げる。息子の死を嘆き悲しみ、捕らえられて地下に閉じ籠められていたフィンを罵った長官の妻も、作物の不作と息子の死の原因を全てフィンに着せ、火刑に処した長官も、フィンの魂が入り込んで生き返ったようにみえる息子には、優しい。だが、……この命は、偽りのもの。いつかは、ここから去らなければいけない。でも、どうやって? 答えの無い問いに、フィンは小さく、唸った。
 そっと、フィンを育ててくれたグレンの祖父の物語を思い出す。身体を離れた魂は、『大いなる自然』に導かれ、再びこの世界に舞い戻る。それが、グレンの祖父がグレンとフィンに語った、母が話した物語とは違う、物語。その物語が、正しければ。ふわりと、身体が宙に浮かんだ気がして、フィンは閉じていた瞼をそっと、上げた。フィンの下方に、フィンが間借りしていたダンという名の少年の、ベッドに横たわる力強い身体が見える。
〈ああ〉
 フィンを呼ぶ月の光に、フィンは感嘆の声を上げた。このまま、ここを去れば、全てが終わる。だが。
〈……グレン〉
 懐かしい、しかし既に他人の手に渡ってしまった故郷で、数日前に出会ったグレンの、憔悴しきった横顔が、脳裏を過ぎる。グレンを置いては、行けない。幻にせよ、実体にせよ、再びここか、丘に抱かれたあの場所にグレンが現れないとは、思えない。グレンは、フィンや、この町に暮らす人々とは、異なる存在。だから、グレンとフィンが助けたあの男は、グレンからあの場所を奪うことに良心の呵責を感じなかった。グレンを、……守らなければ。そう思った次の瞬間。視界に映る、見慣れてしまった天井に、フィンの胸は捩れるように痛んだ。心の中の虚ろが、涙に変わる。目の端から零れ落ちた滴を、フィンはそっと、白く光る枕で拭った。
 その時。予感が、フィンの心を過ぎる。グレンが、近くにいる。ここに来ては、危ないのに。怒りに似た感情のまま、フィンは長官の屋敷を抜け出した。向かう、場所は。
「グレン」
 町の西側に佇む墓地で、グレンを見つける。
「どうして、ここに戻ってくるの?」
 衝動のままに、フィンはグレンに言葉を投げつけた。
「ここに、あなたが探している人、は」
「フィン」
 次の瞬間。グレンの、懐かしく温かい腕が、フィンを包む。
「やっと、見つけた」
 声も、腕も、……グレンだ。全身を包む温かさに、フィンはそっと、その身を委ねた。だが。この場所に来た目的を思い出し、フィンは心の中で首を横に振った。グレンを守るために、グレンを傷付けないために、グレンを、この場所から遠く、離さなければ。だがフィンの意志に反し、身体は、グレンから離れることができない。どう、すれば。フィンは正直途方に暮れた。その時。
「俺と一緒に来い」
 グレンの一言が、フィンに道を示す。そうだ。グレンに、この温かさに宿れば、良いのだ。そうすれば、フィンは、グレンの心配をしなくて良くなる。そう思ったときには既に、フィンの魂はグレンの胸に入り込んでいた。
 規則正しいグレンの鼓動が、安心感を運んでくる。
 いつかは、ここからも離れなければいけないことは、分かっている。だが、……今は、この場所に。ゆっくりと目を瞑り、フィンは全てをグレンに委ねた。
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