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光を失う

思案

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「このお野菜をいただけますか」

 私はまた村に買い物に来ていた。

 マルグリットおばさんが畑でとれた新鮮な野菜を売ってくれる。

「毎度あり、クリスティーナちゃん」

「マルグリットさんのお野菜はおいしいですから」

 マルグリットおばさんから野菜を受け取りながら答える。マルグリットおばさんの野菜は野菜でありながら甘みをとても感じる。グスタフに食べさせてあげたらおいしいと笑ってくれた。彼の笑顔を引き出す手伝いをしてくれる野菜なのだ。

 マルグリットおばさんはそれから少し声を潜めて聞いてきた。

「ねえ、彼氏は大丈夫かい? 最近クリスティーナちゃん一人で買い物に来ていることが多いから心配しちゃって。」

「ええ、大丈夫ですよ」

「そうかい。それならいいんだけど……。時々彼氏さんと一緒に来ることもあるけど、あまり元気そうじゃないからね」

「ちょっと彼は体が弱いところがあるんです」

「大変だねえ。もしかして大変な病気になっていたりするのかい。彼氏さんの、その、言いにくいんだけど、体臭がくさく感じるときもあってね。……いや、私は全然気にしてないんだよ。だけど、他の人たちがくさいって噂していることがあったんだ」

「……そうですか。教えてくださってありがとうございます。」

 私はにっこりと笑顔で答えた。

        ○

 マルグリットおばさんと別れててくてく歩く。

 マルグリットおばさんには大丈夫と答えたが、全然グスタフは大丈夫じゃなかった。グスタフの体の腐敗は日に日にひどくなっていた。

 体は黒ずみ、体臭はきつくなっていた。

 毎日、祈りの癒やしをグスタフに施しているが、腐敗の進行が遅くなるだけ。完全に腐敗を止めることはできていなかった。

 グスタフも自分の体がどこかおかしいと思っているようだった。このままグスタフに腐っていく姿を見せてしまえば、実は死んでいることに気づいてしまわないだろうか。生きながら体が腐っていくなんておかしいのだから。

 どうしたらいいんだろう。

 私が死霊術で蘇らせたことは絶対に秘密にしたい。

 そういえば、もう彼の嗅覚は機能していないようだった。彼の体からはかなりの異臭がしているのだが、全然気にしたそぶりがない。私自身は彼の体から発するものだから気にしない。むしろ喜んで彼の香りをかごう。

 でも、もし謙虚な彼自身が自身の異臭に気がついたら、なんとか消そうと努力するはず。なのに彼はそうしない。手足の黒ずみは気にするのに、異臭は気にしない。

 感じないから気にしない……。

 ……視覚もなくなってしまえばいいんだ!

 そうだ。見えなければ手足が黒ずんで腐っていくことも気がつかない。腐っていくことに気がつかなければ、自分がすでに死んでいることに気がつかない。私が死霊術を使ったことも疑われないですむ。

 視力がなくなってしまえば、少し生活に不自由するかもしれないけど大丈夫。私が手取り足取りつきっきりでグスタフの世話をしてあげるんだから。

 いい考えが思いついたと私の足取りは軽くなった。

 さあ彼のために準備しよう。
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