僕の幸せ

朝比奈和花

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7 side 柚




「柚が執拗に誘うなんて珍しいな。」

「今回の式の花婿の九条さんってこたくんの従兄なんでしょう?」

「ん?あぁ、招待状来てたが仕事があるし欠席で出したら、あいつ-shiki-の依頼を通して誘って来やがって結局参加することになってしまった。」

話しぶりを見るに九条さんとこたくんは結構仲がいいんだと思う。

「それで?あいつと俺が従兄弟だから何なんだ。

-shiki-のスタッフとして紹介するだけが目的じゃないんだろう?」

「こたくんは陽くんがここに来たときのことまだ覚えてる?」

「……あぁ、覚えているさ、忘れるわけがない。」

こたくんは少し遠い目をした。




今から約5年前__。

満杯の水を張ったバケツをひっくり返したような、酷い雨の日だった。


酷い雨だったからお客さんなんて来なくてリボンを整えたりしているとガラス張りになっている店の前に誰かが背中を向けてしゃがんでいた。

-shiki-は入口に雨や日差しを避ける屋根があったから雨宿りしに来たんだろう。

しゃがんだその子がびしょ濡れなのがわかって裏の作業場から綺麗なタオルを取ってその子を入れてあげようとドアに手をかけた。


キィ…


扉を開けた音にびっくりしたのか男の子の身体はビクッと揺れる。

「寒いでしょう?これどうぞ。」

しゃがみこむ男の子にタオルを差し出すと

「あ、ありがとう、ございます…。」

と震える声で受け取ってくれた。

そのときに触れた手は氷のように冷たかった。

そして目が飛び出るほど驚いたのはその男の子はタオルで自分を拭くのではなく、薄いコートの中に抱えていた"なにか"を拭き始めた。

思わず覗き込むとそこには生後数ヶ月の赤ちゃんがいたのだ。

「! 急いで中においで!」

「でもお店汚れ「そんなことはいいから!」」

男の子を立たせてお店の中に引き込んだ。
お店も今日はもうお客さんは来ないだろうとCLOSEの札をかけた。

髪からたくさんの水を滴らせる男の子。

唇は真っ青で身体は震えているし、身体はあちこち汚れていた。
少し:饐(す)えたような臭いもした。

「こたくん!ちょっと!」

裏の作業場にいるこたくんを呼び出す。

「どうした?……ってなんだその子。」

「あまりにも身体が冷えているからお風呂の準備してほしいの。」

「……あぁ。」

「いえ、あの、大丈夫です。」

その言葉にそうですかなんて言えるはずもなく。

「じゃあこんな雨だし家まで送ってあげる。
家はどこらへん?」

その言葉に男の子は

「……家は、ない、です。」

とても、とても小さな声で答えた。
雨の音に:融(と)けてしまうほど。


男の子は少し臭かったし、あちこち汚れていて服もぼろぼろ。
持っていた荷物も布オムツ数枚と親子手帳、ミルクの粉一缶、哺乳瓶だけ。

だから家もなく彷徨っていたんだろうと容易に想像できての質問だった。

こたくんもそれを察したから何も言わずにお風呂を沸かしに行ってくれたんだと思う。


赤ちゃんは男の子の服を着込んでいたおかげで男の子ほど冷えてはいなかった。

「君、名前は?」

男の子は渡した紙に望月 陽と書いてくれた。
寒くて震えているから字はガタガタだった。

「もちづき、ようくん?」

「はる。」

「はるくんかぁ。
赤ちゃんはなんていうの?」

陽くんは先ほどの紙に望月 理人と書いた。

「理人くんか!賢そうで素敵な名前だね。
そしてとてもかわいい赤ちゃんだ。」

「……りぃくんが生まれる前に、たくさん図書館に通って漢字の意味や成り立ちを調べたの。

僕は適当につけられた名前だし……病院で名前は親からの最初のプレゼントって教わったからちゃんとつけたかった。

でもたくさん願いごとを押しつけるのは違う気がして近くにあったドイツ語の辞書にLicht[リヒト]  光 ってあってそう名づけた。

この子は僕の光だから……。
僕の唯一無二の宝もの。」

あまり口を開かず、無表情だった陽くんが理人くんの話になると饒舌に、そして柔らかくはにかんだ。
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