8 / 101
7 side 柚
「柚が執拗に誘うなんて珍しいな。」
「今回の式の花婿の九条さんってこたくんの従兄なんでしょう?」
「ん?あぁ、招待状来てたが仕事があるし欠席で出したら、あいつ-shiki-の依頼を通して誘って来やがって結局参加することになってしまった。」
話しぶりを見るに九条さんとこたくんは結構仲がいいんだと思う。
「それで?あいつと俺が従兄弟だから何なんだ。
-shiki-のスタッフとして紹介するだけが目的じゃないんだろう?」
「こたくんは陽くんがここに来たときのことまだ覚えてる?」
「……あぁ、覚えているさ、忘れるわけがない。」
こたくんは少し遠い目をした。
今から約5年前__。
満杯の水を張ったバケツをひっくり返したような、酷い雨の日だった。
酷い雨だったからお客さんなんて来なくてリボンを整えたりしているとガラス張りになっている店の前に誰かが背中を向けてしゃがんでいた。
-shiki-は入口に雨や日差しを避ける屋根があったから雨宿りしに来たんだろう。
しゃがんだその子がびしょ濡れなのがわかって裏の作業場から綺麗なタオルを取ってその子を入れてあげようとドアに手をかけた。
キィ…
扉を開けた音にびっくりしたのか男の子の身体はビクッと揺れる。
「寒いでしょう?これどうぞ。」
しゃがみこむ男の子にタオルを差し出すと
「あ、ありがとう、ございます…。」
と震える声で受け取ってくれた。
そのときに触れた手は氷のように冷たかった。
そして目が飛び出るほど驚いたのはその男の子はタオルで自分を拭くのではなく、薄いコートの中に抱えていた"なにか"を拭き始めた。
思わず覗き込むとそこには生後数ヶ月の赤ちゃんがいたのだ。
「! 急いで中においで!」
「でもお店汚れ「そんなことはいいから!」」
男の子を立たせてお店の中に引き込んだ。
お店も今日はもうお客さんは来ないだろうとCLOSEの札をかけた。
髪からたくさんの水を滴らせる男の子。
唇は真っ青で身体は震えているし、身体はあちこち汚れていた。
少し:饐(す)えたような臭いもした。
「こたくん!ちょっと!」
裏の作業場にいるこたくんを呼び出す。
「どうした?……ってなんだその子。」
「あまりにも身体が冷えているからお風呂の準備してほしいの。」
「……あぁ。」
「いえ、あの、大丈夫です。」
その言葉にそうですかなんて言えるはずもなく。
「じゃあこんな雨だし家まで送ってあげる。
家はどこらへん?」
その言葉に男の子は
「……家は、ない、です。」
とても、とても小さな声で答えた。
雨の音に:融(と)けてしまうほど。
男の子は少し臭かったし、あちこち汚れていて服もぼろぼろ。
持っていた荷物も布オムツ数枚と親子手帳、ミルクの粉一缶、哺乳瓶だけ。
だから家もなく彷徨っていたんだろうと容易に想像できての質問だった。
こたくんもそれを察したから何も言わずにお風呂を沸かしに行ってくれたんだと思う。
赤ちゃんは男の子の服を着込んでいたおかげで男の子ほど冷えてはいなかった。
「君、名前は?」
男の子は渡した紙に望月 陽と書いてくれた。
寒くて震えているから字はガタガタだった。
「もちづき、ようくん?」
「はる。」
「はるくんかぁ。
赤ちゃんはなんていうの?」
陽くんは先ほどの紙に望月 理人と書いた。
「理人くんか!賢そうで素敵な名前だね。
そしてとてもかわいい赤ちゃんだ。」
「……りぃくんが生まれる前に、たくさん図書館に通って漢字の意味や成り立ちを調べたの。
僕は適当につけられた名前だし……病院で名前は親からの最初のプレゼントって教わったからちゃんとつけたかった。
でもたくさん願いごとを押しつけるのは違う気がして近くにあったドイツ語の辞書にLicht[リヒト] 光 ってあってそう名づけた。
この子は僕の光だから……。
僕の唯一無二の宝もの。」
あまり口を開かず、無表情だった陽くんが理人くんの話になると饒舌に、そして柔らかくはにかんだ。
あなたにおすすめの小説
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました
小池 月
BL
大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。
壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。
加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。
大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。
そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。
☆BLです。全年齢対応作品です☆
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
溺愛アルファの完璧なる巣作り
夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です)
ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。
抱き上げて、すぐに気づいた。
これは僕のオメガだ、と。
ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。
やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。
こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定)
※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。
話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。
クラウス×エミールのスピンオフあります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る−
社菘
BL
息子を産んで3年。
瀕死の状態で見つかったエリアスは、それ以前の記憶をすっかり失っていた。
自分の名前も覚えていなかったが唯一所持品のハンカチに刺繍されていた名前を名乗り、森の中にひっそりと存在する地図上から消された村で医師として働く人間と竜の混血種。
ある日、診療所に運ばれてきた重病人との出会いがエリアスの止まっていた時を動かすことになる。
「――お前が俺の元から逃げたからだ、エリアス!」
「本当に、本当になにも覚えていないんだっ!」
「ととさま、かかさまをいじめちゃメッ!」
破滅を歩む純白竜の皇帝《Domアルファ》× 記憶がない混血竜《Subオメガ》
「俺の皇后……」
――前の俺?それとも、今の俺?
俺は一体、何者なのだろうか?
※オメガバース、ドムサブユニバース特殊設定あり(かなり好き勝手に詳細設定をしています)
※本作では第二性→オメガバース、第三性(稀)→ドムサブユニバース、二つをまとめてSubオメガ、などの総称にしています
※作中のセリフで「〈〉」この中のセリフはコマンドになります。読みやすいよう、コマンドは英語表記ではなく、本作では言葉として表記しています
※性的な描写がある話数に*をつけています
✧毎日7時40分+17時40分に更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
あなたの番になれたなら
ノガケ雛
BL
皇太子──リオール・エイリーク・エーヴェルは生まれて間もなく第二の性がアルファだとわかり、次期国王として期待されていた。
王族の仕来りで十歳を迎えるその年から、半年に一度訓練と称してオメガが用意され、伽をする。
そしてその訓練で出会ったオメガのアスカに恋に落ちたリオールは、番になってくれと願い出るのだが──。
表紙は七節エカ様です。
【登場人物】
✤リオール・エイリーク・エーヴェル
14歳 α
エーヴェル国皇太子
✤アスカ
18歳 Ω
エーヴェル国の平民