君と光へ

たあこ

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一章・新釈童話

出会い

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「おい、黙ってこっち来いや」
 静かなここでゆっくり考えごとをしていたというのに、誰だか知らないがその声の主によって静寂は壊された。少々不愉快にはなったものの、ここの近辺で騒いではいけない、なんて決まりごとがあるわけではないので、気にしないことにする。
 だから、彼らがそのまま通り過ぎるだけであったのなら、俺は首を突っ込んだりしなかっただろう。しかし、彼ら、声の主たちは、俺のいる空き地に入ってきたのだ。少年たち(皆十六、七歳くらいに見える)が五人で、一人の少年を壁際まで追いつめ、取り囲んでいる。どうやら、すれ違う際に肩がぶつかったことで難癖をつけているようだ。空き地に俺がいることに気がついているのに、堂々と脅し紛いの行為をすることや、のんびりした静寂を壊されたことなど、いろいろと文句をつけてやろうかと、俺は彼らに近づいた。それに、責められている方の少年を助けて、恩を売っておくのもいい。
「何をしているのだい、君たち」
 相手に好印象を与えるには、やはり笑顔だ。胡散臭いものではなく、爽やかで自然な笑顔を浮かべれば、相手は勝手に俺のことをいい人なのではないかと思ってくれる。複数人に詰め寄られ困っていた少年は、突然現れた俺が敵か味方か判断しかねているようだ。
「なんだよ。関係ないやつが首突っ込むな」
「大人に対してその態度とは、成っていないな。それに、五人がかりでこんなことをして……」
 態度によっては、穏便に済ませてやろうと思っていた。しかし、言葉遣いといい表情といい、不快感を隠さないそのすべてが癪に障る。あげくの果てに、リーダー格なのか一番偉そうにしている少年が、舌打ちをしたのだ。すっ、と俺から笑みが引くのを見て、彼らは一瞬たじろいだ。
 いじめられっ子の少年は、五対一を恐れずにやってきた俺に、正義の味方、なんて俺とはかけ離れたものを見るような輝いた目を向ける。俺は人助けになんて興味はないけれど、こういう目をされるのは悪くない。それは尊敬されて嬉しいという意味ではなく、相手を騙し、手のひらで踊らせているような気分がして面白い、という意味だが。
 頭が切れるようにも、個々の力が強いようにも見えない彼らを、あえて挑発するように嘲笑う。
「五人じゃないと勝算がないのかい。はは、便利だね、一対多というものは」
「なんだと、この野郎!」
 彼らにとって一番いい選択肢は、逃げる、だった。俺の挑発に乗ってしまった彼らは、やはり少し頭が悪いと言えよう。彼らは気づくべきだった。五人の敵がいる中へ単身で乗り込んだ俺の、勝算という発言で。そう、俺には勝算があったのだ。真っ先に殴りかかってきた坊主の少年の腕を掴み、ねじあげる。彼は一瞬で痛いと音をあげてしまったので、やはり口ほどにもないなと思った。
 動揺が隠せない様子の他四人に、次は誰だい、と目で呼びかける。五人の中で唯一俺より背の高い少年と、小太りの少年が、二人で顔を見合わせてかかってくる。のっぽ少年は足をかけたら簡単に転んだ。転んでひねったのか、足首を押さえてうめいている。さらに小太り少年を背負い投げのように投げると、彼の落ちたところには呆然としていた坊主少年がいて、どちらも痛みに顔を歪めていた。
 あと二人。色黒の少年と、リーダーらしき少年。この二人は比較的冷静なようで、倒れた三人の二の舞にならないよう行動を起こさない。やがて、リーダーらしき少年は、ここまでして怯える少年に文句をつける意味はあるのか、と疑問を抱いた顔をして、色黒の少年に何か目配せした。二人は空き地の出口をちらりと窺った。逃げようとしているとすぐにわかったが、いまさら逃がす気はない。遅いのだ、逃げるのなら最初からそうしたら良かったのに。
 駆け出した彼らの首根っこを掴む。足の速さに自信があったのか、俺の隙をついたつもりだったのか、とにかく逃げ切れるに違いないと思っていたらしく、捕まったことに驚いているのがよくわかった。
「あんな態度とっておいて、まさかただで帰れるとでも思っていたの?」
 ずるずると引きずって、倒れている三人のそばに座らせる。動かない方が身のためだよ、と警告して、いじめられていた少年に近づく。最初と同じ、爽やかな笑顔を浮かべて。
 いろいろなことがあっという間に起きたからか、どうも混乱している様子だったので、俺は手を差し出したが、その手を見てもまだぼんやりしている。手のかかるやつだな、とは思いつつ、ここでそれを顔に出しては恐れられてしまうかもしれない。この少年に恐れられては、恩を売るつもりだったのができなくなる。
「立てるかい?」
 優しくそう声をかけると、彼はようやく我に返った。差し出された手とその言葉から、手を掴んで立てという俺の意図を理解したようだ。手を取り立ち上がった彼は、あたふたと己の服を探った。胸元から出てきたのは、封筒だった。
「助けていただき本当にありがとうございました。これ、僕が近所の店の手伝いで稼いで今もらってきたもので、ほんの少しですが、どうか受け取ってください」
 恩を売っておくだけのつもりだったので、その場で見返りが来るとは思っていなかった。俺は頬が緩みそうなのと中身を見たいのを堪え、建前として一度は断っておく。そんな大切なものは受け取ることができない、自分のために使えと。しかしもちろん少年は引かず、お礼の気持ちですから、と封筒を押し返す。俺はあくまで、仕方なく、という形で『お礼』を受け取った。渡せて満足した彼は、何度も振り返り頭を下げながら空き地から去って行った。
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