苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
15 / 33
第3章 家族 兄妹 恋!?

1.僕か、千里に頼め

しおりを挟む
ブラウナランドに行った翌週月曜、会社で仁とお揃いのボールペンを使うかどうか、私は悩んでいた。

『仕事で使うこと。
僕も使うし』

朝、仁はそう言って、私の目の前でビジネスバッグから出した、黒革のペンケースの中へ黒のボールペンを入れた。

いや、使うのはいいのだ。
でも、入れられたネームが。

「……」

目の高さに持ち上げたペンには、〝Y.Ryouka〟と刻まれている。
母が再婚しても私は八雲社長の養子には入らないことになっているので、姓はこのまま三ツ森だ。

……だから本当は書類上、私と仁は赤の他人なんだけど。

とにかく、ここには本来、〝M.Ryouka〟と刻まれるべき。
だけど仁が言うのだ、これは間違いじゃないって。

『涼夏と僕は家族だ。
なら、同じ姓が刻まれるべきだ』

その理屈はわからなくもない。
仁と家族というのは、私を嬉しくさせるから。

「ま、いっか」

仁に習って、私も持ち歩いているペンケースへ入れた。
名前には問題ありだが、せっかく買ってもらったのに使わないのはもったいない。
それに仁とお揃いだし。

例の、ドイツメーカーとの契約話と、週末はもう締め日なので会社の中は慌ただしい。

「営業には連絡済み、POP一式準備、と」

倉庫へ向かい、一揃えPOPを箱に詰める。

「うっ、台車持ってくるべきだったな……」

箱に立てて入れた、丸めたポスターが私の視界を奪う。
しかも中身はほとんど紙だから、ずっしり重い。
よろよろとなんとかエレベーターに乗り込んだ。
部署のある階でエレベーターが止まり、出たところで誰かにぶつかった。

「す、すみません!」

慌ててあやまると、ひょいっと手の中から荷物が消える。

「どこに運ぶんだ?」

おそるおそる見上げた視線の先には、仁の顔が見えた。
きっとまた、千里部長のところへ来ていたのだろう。

「あの!
そんなこと、専務にしていただくわけにはいきませんので!」

慌てて奪い返そうとするものの、仁が手を高く上げてしまって届かない。

「いいから。
どこだ?」

じろっ、と冷たい目で見下ろされ、思わずひぃっと小さく悲鳴が漏れた。

「あの、会議室へ……」

「わかった」

観念して、運び先を告げる。
短く頷き、歩きだした仁を追った。

「こういうときは僕か、いないときは千里に頼め。
わかったな」

私にかまわず、つかつかと足早に仁は進んでいく。

「でも、お忙しい専務や部長にこんな雑用を頼むわけには……」

「他の男は絶対にダメだ。
必ず、僕か千里に頼め。
いいな?」

会議室でテーブルの上に箱を置き、振り返った仁は私に、その長い人差し指を突きつけた。

「一応、訊いてもいいでしょうか。
なんで他の男性はダメなのかと」

無理して荷物運びなどせず、誰かを頼れというのなら、近場の男性社員でもいいはず。
でもそれがダメだという理由はいったい?

「そ、それはだな」

「はい」

「それは……」

「それは?」

腕を組んだ仁の視線が斜め上を向く。
そこになにかあるのかと私も見てしまったが、なにもなかった。

「結婚前の妹に、変な虫でも付いたら困るからだ!
有希さんにも申し訳ないからな!」

ビシッ! とまた、仁が指を突きつけてくる。

「はぁ……。
そうですか……」

これは兄として、過剰な心配をしているんだろうか。
そもそも、私のどこに虫が付く要素があるのかわからない。

「とにかく、わかったな!」

最後まで私を指さしつつ、仁は会議室を出ていった。

「いったい、なんなんですかね、あの人は……。
あ、お礼を言い忘れたじゃないですか」

荷物を運んでくれたのは嬉しかったけれど、なにが言いたかったのかは全くわからなかった。
ただ、学習したのは。

「次からはめんどくさがらずに台車を使おう……」

そうすれば無駄に仁と千里部長の手を煩わせなくてすむ。

お昼に社食の隅で、土曜日撮った写真を見ながらごはんを食べていたら、後ろから伸びてきた手が携帯を奪う。

「えっ、あっ、ちょっと!
返してください!」

「ふーん、仁とブラウナランド行ってきたんだ?」

私の前にトレイを置き、座った千里部長は携帯を返してくれた。

「どうだったよ?」

いただきます、と手をあわせるのは仁と一緒で感じがいい。

「た、楽しかったですよ」

「ふーん。
もっと写真、見せろよ」

興味なさそうにカツカレーを大きな口で頬張っているくせに、さらっと言ってきた。

「い、いいですよ」

別にやましいものも入っていないので、ロックを解除して千里部長へ携帯を渡す。

「こりゃまあ、あの仏頂面がにこにこ笑って!
昨日の雨はこいつのせいか!」

今度はおかしそうにくつくつとのどを鳴らして笑いながら、彼は携帯を返してくれた。

「それはひど……くないかもです」

「だろ?」

昨日の日曜、天気予報は曇り、降水確率三十パーセントだったにも関わらず、土砂降りの大雨。
昨日行っていてよかった、なんて笑いあっていたくらいだ。

「ふーん、でもあの仁が、三ツ森の前だとこんな顔して笑うんだな」

ふっ、と、とても柔らかい眼差しで千里部長が僅かに笑った。

「あの、千里部長にだって……」

「馬鹿言え。
仁がこんな顔で俺に笑いかけたら、気持ち悪くてしょうがない」

想像したのか、千里部長は肩をすくめてぶるりと身体を震わせた。

「仁にとって、三ツ森はそれだけ特別な存在だってことだ」

なんだか、からかうように彼はニヤニヤと意地悪く笑っているけれど。

「それは、妹だからじゃないですか」

仁にとって私は、それ以上でもそれ以下でもないはず。

「ん、まあ、いまはそういうことでいいや」

ガツガツと残りを、千里部長は勢いよく掻き込んだ。

「ごちそうさん。
午後から出てくるから、あと頼んだな」

「はい、わかりました」

軽く手を振りながら、千里部長は行ってしまった。
しかし、さっき彼が言っていたのは、どういう意味なんだろう?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】 その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。 片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。 でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。 なのに、この呼び出しは一体、なんですか……? 笹岡花重 24歳、食品卸会社営業部勤務。 真面目で頑張り屋さん。 嫌と言えない性格。 あとは平凡な女子。 × 片桐樹馬 29歳、食品卸会社勤務。 3課課長兼部長代理 高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。 もちろん、仕事できる。 ただし、俺様。 俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。 まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。 今日は同期飲み会だった。 後輩のミスで行けたのは本当に最後。 飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。 彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。 きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。 けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。 でも、あれから変わった私なら……。 ****** 2021/05/29 公開 ****** 表紙 いもこは妹pixivID:11163077

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

処理中です...