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第7章 嵐
3.いい人じゃ、ない
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職場には戻ったものの、ひそひそ話と視線が酷い。
「……美月ちゃん、大丈夫?」
「平気ですよ。
全然、気にしてないんで」
気遣ってくれる中尾さんに、無理にでも笑ってみせる。
こんなことで負けたくない。
お昼ごはんを食べに行った食堂でも当然、人目にさらされた。
「……今日は外に行った方が正解でしたね。
すみません」
「いいのよ、別に」
中尾さんは笑ってくれたが、笑顔が硬い。
一緒に食べている彼女にまで居心地の悪い思いをさせて、申し訳なかった。
「みーどり」
不意に、誰かが私の隣に座る。
「ひでーよな、翠は蔭木に脅された被害者なのに、皆してさ」
わざとらしい、彼の大きな声で、ざわめきが一瞬、止まった。
「わりぃのは翠じゃなくて蔭木じゃん。
だいたい、翠はオレの婚約者なのにさ」
箸を握り、その人――國方マネージャーが大きな口を開けてカツ丼を掻き込む。
「あ、あの。
國方、マネージャー?」
「なに、翠?
あ、そのメンチカツくれんの?」
にぱっと、周りの空気に気付かないのか、國方マネージャーは笑った。
「あ、……どうぞ」
仕方なく、少しだけお皿を彼の方にやる。
「サンキュー」
遠慮せずに彼はメンチカツを箸で掴み、自分のカツ丼の上にのせた。
「そもそも翠はオレの婚約者なんだから、蔭木と付き合うとかあるわけないじゃん。
前から蔭木にセクハラされて困ってるってこぼしてたし」
國方マネージャーは大きな独り言を言いながらごはんを食べている。
もしかしてこれは、私を庇ってくれているんだろうか。
「翠は被害者なのに、可哀想」
風向きが変わっていく。
さっきまで私の悪口ばかりだったのに、いまでは紘太朗さんに対する悪い評価が混ざるようになっていた。
それにもともと、彼は女性関係が派手だっただけに信憑性がある。
「ごちそうさま。
翠、今日は一緒に晩メシ食いに行こうな。
慰めてやる。
……逃げんなよ」
最後、耳もとでぼそっと囁き、彼はさっさと食堂を出ていった。
「……ねえ、美月ちゃん。
國方マネージャーの性格が悪いって話だったけど」
中尾さんの視線は、いつまでも國方マネージャーが去っていった方向を見ている。
「悪いですよ」
空気は食堂に来たときよりもよくなっている。
また、助けられた。
でも私は、彼がいい人だなんて認めたくない。
職場に戻る前に携帯を確認したら、いくつも紘太朗さんからLINEが入っていた。
【大丈夫か】
【香からLINEきた。
俺が翠にセクハラしたことになっていたから、適当に話をあわせておいたが】
最初のLINEは十二時近くだ。
音成さんが帰った時間からしたら、随分遅いんだけど……?
【俺にできることはなんでも言ってくれ】
【なるべく早く、仕事を切り上げて帰る。
翠が心配だ。
いま、ニューヨークに向かう、飛行機の中にいる自分が恨めしい。
いますぐこの飛行機を、日本に戻したい】
【泣いてないか。
不安だよな。
できる限りの手を打つ。
まだ予定よりも早いが、父たちに婚約破棄の話もする。
だからもう少しだけ、待っていてくれ】
きっと、伝えきれない気持ちを、必死に伝えようとしてくれている。
それがわかるからこそ、涙が浮いてきた。
【大丈夫ですから。
心配しないでください】
【私のことは気にしないで。
お仕事、頑張ってください】
携帯に指を走らせる。
こんなことしか言えない自分が情けない。
こんなの、嘘だってきっと、彼にはすぐに気付かれてしまうのに。
「……美月ちゃん、大丈夫?」
「平気ですよ。
全然、気にしてないんで」
気遣ってくれる中尾さんに、無理にでも笑ってみせる。
こんなことで負けたくない。
お昼ごはんを食べに行った食堂でも当然、人目にさらされた。
「……今日は外に行った方が正解でしたね。
すみません」
「いいのよ、別に」
中尾さんは笑ってくれたが、笑顔が硬い。
一緒に食べている彼女にまで居心地の悪い思いをさせて、申し訳なかった。
「みーどり」
不意に、誰かが私の隣に座る。
「ひでーよな、翠は蔭木に脅された被害者なのに、皆してさ」
わざとらしい、彼の大きな声で、ざわめきが一瞬、止まった。
「わりぃのは翠じゃなくて蔭木じゃん。
だいたい、翠はオレの婚約者なのにさ」
箸を握り、その人――國方マネージャーが大きな口を開けてカツ丼を掻き込む。
「あ、あの。
國方、マネージャー?」
「なに、翠?
あ、そのメンチカツくれんの?」
にぱっと、周りの空気に気付かないのか、國方マネージャーは笑った。
「あ、……どうぞ」
仕方なく、少しだけお皿を彼の方にやる。
「サンキュー」
遠慮せずに彼はメンチカツを箸で掴み、自分のカツ丼の上にのせた。
「そもそも翠はオレの婚約者なんだから、蔭木と付き合うとかあるわけないじゃん。
前から蔭木にセクハラされて困ってるってこぼしてたし」
國方マネージャーは大きな独り言を言いながらごはんを食べている。
もしかしてこれは、私を庇ってくれているんだろうか。
「翠は被害者なのに、可哀想」
風向きが変わっていく。
さっきまで私の悪口ばかりだったのに、いまでは紘太朗さんに対する悪い評価が混ざるようになっていた。
それにもともと、彼は女性関係が派手だっただけに信憑性がある。
「ごちそうさま。
翠、今日は一緒に晩メシ食いに行こうな。
慰めてやる。
……逃げんなよ」
最後、耳もとでぼそっと囁き、彼はさっさと食堂を出ていった。
「……ねえ、美月ちゃん。
國方マネージャーの性格が悪いって話だったけど」
中尾さんの視線は、いつまでも國方マネージャーが去っていった方向を見ている。
「悪いですよ」
空気は食堂に来たときよりもよくなっている。
また、助けられた。
でも私は、彼がいい人だなんて認めたくない。
職場に戻る前に携帯を確認したら、いくつも紘太朗さんからLINEが入っていた。
【大丈夫か】
【香からLINEきた。
俺が翠にセクハラしたことになっていたから、適当に話をあわせておいたが】
最初のLINEは十二時近くだ。
音成さんが帰った時間からしたら、随分遅いんだけど……?
【俺にできることはなんでも言ってくれ】
【なるべく早く、仕事を切り上げて帰る。
翠が心配だ。
いま、ニューヨークに向かう、飛行機の中にいる自分が恨めしい。
いますぐこの飛行機を、日本に戻したい】
【泣いてないか。
不安だよな。
できる限りの手を打つ。
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だからもう少しだけ、待っていてくれ】
きっと、伝えきれない気持ちを、必死に伝えようとしてくれている。
それがわかるからこそ、涙が浮いてきた。
【大丈夫ですから。
心配しないでください】
【私のことは気にしないで。
お仕事、頑張ってください】
携帯に指を走らせる。
こんなことしか言えない自分が情けない。
こんなの、嘘だってきっと、彼にはすぐに気付かれてしまうのに。
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