お稲荷様に嫁ぎました!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第4章 仲良くなりたい

5.縮まる、距離

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「ただいまー」

「おかえり、心桜」

今日も待っていた朔哉に、ただいまのハグをする。
一緒に行った食堂にはすでに、昼食の準備が整っていた。
ちなみに今日は、薬味たっぷりの素麺と、定番のいなり寿司だ。

「あのね。
お仕事終わったから明日から、うか様のところへ行かなくてよくなった」

「本当かい!?」

なぜか、嬉しそうにぱーっと朔哉の顔が輝く。

「うん。
もういいって言われたし」

「よかったー。
心桜はついつい頑張りすぎてしまうから、心配だったんだよ」

うんうんと朔哉は頷いている。
まあ、そうだよね。
毎日、無理をしないこと、なにかあったらすぐに呼ぶことって約束させられたもん。

「心配させてごめんね」

「いいんだよ。
私は心桜がやりたいことは、できるだけさせてあげたいからね」

面の下の目を細めて朔哉がにっこりと笑う。
私って本当に、朔哉に愛されていると思う。
だから、あのマフラーは早く完成させて驚かせたいな。

昼食が済んだら、本を読む朔哉の隣でたすきを縫う。
こちらもだいぶ進んできて、残りは少ない。
全部手縫いなんて最初はちょっと気が重かったけど、いまはそれでよかったって思っている。
一針一針、喜んで使ってくれるかなとか、役に立ったらいいなとか、考えながら縫えるから。

「もうそろそろそれも完成だね」

「うん。
明日は朝から縫えるから、できあがるかも」

不安がないわけじゃない。
私が作ったものなんて使えないって捨てられるんじゃないかって。
でも、そんなことは考えないようにしている。

「頑張ったよね、心桜。
お裁縫苦手なのに」

ちゅっと、私の手に朔哉が口付けを落とした。
その指先にはいくつも、絆創膏が貼られている。

「傷は治すっていうのに、全然聞いてくれないし」

「だって……」

これを作るのに、そんなチートみたいなことはしてはいけないと思った。
全部私の手で、作り上げないと。

「本当に心桜は可愛いな」

ちゅっ、また朔哉の口付けが指先に落ちる。
じっと私の目を見たまま、見せつけるように。
そのまま、何度も、何度も。

「さ、朔哉ー」

「ん?」

言いたいことはわかっているはずなのに、朔哉はまた私から視線を逸らせずにちゅっと指先へ口付けを落とした。

「今日の心桜、凄く美味しそうな匂いがする」

「……ん」

すん、と朔哉に耳裏の匂いを嗅がれるだけで、鼻から甘い吐息が抜けていく。

「……ね。
食べちゃって、いい?」

訊きながらも着物の裾から朔哉の手が滑り込んできた。

「……や。
ここだと、宜生さん来ちゃう……」

「大丈夫だよ」

私の返事を待たずに、作っていたたすきで朔哉が目隠しをする。

「……いま、可愛い心桜を食べたいんだ」

「あっ」

触れた唇で、朔哉が面を外しているのがわかる。
そのまま――。



「できたー」

投げ上げたたすきが、ひらひらと落ちてくる。
五十本、手縫いで本当に頑張った。

「お疲れ、心桜」

散らばったたすきは朔哉が拾い集めてくれた。

「じゃあ、仕上げをしよう」

集めたたすきをテーブルの上に積み、朔哉は後ろから、私の手を取った。

「この上に手を広げて」

言われるがままに、手のひらを下に向けてたすきの上に広げる。

「縫っている間、込めた願いを思い浮かべてごらん?」

喜んでくれるかな、役に立ったらいいな。

……仲良く、なれたらいいな。

思い浮かべると、ふんわりと身体が温かくなった。
それが、朔哉の手を借りてたすきへ滴り落ちていく。

「うわーっ」

落ちた滴はたすきに触れた途端、花になって咲いた。
タンポポ、レンゲ、スミレ、桔梗にカキツバタ。
滴る滴と共にぽんぽんと咲いていたそれは、滴が止まると同時に消えた。

「いまの、なに?」

「んー?
見てごらん」

渡されたたすきを見る。
その端にはいま咲いていた花が模様となってワンポイント、入っていた。

「心桜の気をね、たすきに込めたんだ。
このたすきを使うものには、心桜の加護がある」

「そんな、大げさ……」

貧血にでもなったかのように、あたまがくらっとした。
倒れそうになった私を、慌てて朔哉が支えてくれる。

「ちょっと気を、使いすぎちゃったからね。
しばらく休んで」

「……うん」

そういえば、身体が酷くだるい。
気を使うってこんなに大変なんだ。

朔哉は私をソファーに寝かせ、膝枕してくれた。

「加護といっても気休め程度の守りなんだけど」

「でもあのお花の模様、可愛い。
あれで凄く、いいものになったみたいに見える」

「喜んでくれてよかった」

髪を撫でてもらいながら、疲れているからかうとうとしてくる。
あとはあれを、みんなに渡してもらうように宜生さんに渡すだけだ……。


夕食の後、宜生さんを呼んだ。

「あの。
……これ、皆さんのために作ったので、よかったら使ってください」

できあがったたすきを抱えて渡す。
宜生さんはじっと立ったまま、なにも言わない。
視線は私ではなく、隣にいる朔哉の方へ向いていた。
でも彼は宜生さんを見返すばかりで黙っている。
しばらくして宜生さんは、はぁっと小さく息を吐き出した。

「……こういうことは困ります」

ずん、とその言葉は、重い鉛になって胸の奥へ落ちてくる。

「今回は受け取っておきますが。
今後はこういうことをされる前に相談なさってください」

「……はい」

喜んでくれるなんて浅はかな考えだった。
ここで私は、異物でしかないのに。

「では、失礼いたします」

宜生さんはそれ以上口を開かず、たすきを抱えて出ていった。
あれは処分されてしまうのかな。
私の努力は全くの無駄だった?

「こーはる」

手を広げた朔哉が、私をぎゅっと抱きしめてきた。

「心配しなくて大丈夫だよ」

「……うん」

出てきそうになっていた鼻水を、ずびっと慌てて啜る。

「宜生はあれがどういうものか、ちゃんとわかっているし。
だから、大丈夫」

「……うん」

朔哉はきっと、落ち込んでいる私を気休めで慰めてくれている。
わかっていたけどそれだけでもちょっと、救われた気がした。

――さらに。


朝起きて、いつも通り環生さんと光生さんが身支度の手伝いに来てくれる。
髪を光生さんに梳いてもらいながら鏡越しに見えた、彼女のたすきの端に、見覚えのある模様が見えた。

……あれ?

少しだけ視線をずらし、環生さんのたすきの端も確認する。
そこにも。

……使ってくれているんだ。

処分なんてされず、みんなの手に渡っただけでもよかったのに。
さらに使ってくれているとなると嬉しい。

「……使ってくださってありがとうございます」

ぴくん、と光生さんの手が止まる。
そのままわたわたと慌てだしたけれど、環生さんにこほんと咳払いされてやめた。

「……こちらこそ、ありがとうございます」

初めて聞く、環生さんの声。
そちらへ視線を向けると、ふいっと逸らされた。
けれど髪の間からのぞく耳は赤くなっている。

認められたかどうかはわからない。
でも、少しは歩み寄れた。
これからも少しずつ、仲良くなれる努力をしよう。
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