神様に人の不幸を願ったら、運命の相手を紹介されました

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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「……」

会場の敷地を出ても、男は手を離さない。
近くの公園で私をベンチに座らせ、ようやく離してくれた。

「待ってろ」

男は私を残し、どこかへ去っていく。
空はどこまでも青く、なんで私ひとりがこんなに不幸なのだと憎くなってくる。

「ほら」

不意に目の前に、ペットボトルが現れた。
さっきの男が、私へ差しだしている。

「……ありがとう、ござい、マス」

私がそれを受け取ったら男は隣へ座り、缶コーヒーを開けた。

「災難、だったな」

「……え?」

思わず、男へ視線を向ける。
だって、非難されるとばかり思っていたから。

「さっきのあれで、だいたいの事情はわかる。
大方、友人だと思っていた花嫁に花婿を寝取られた、ってとこだろ」

ふふっ、と小さく笑い、彼はコーヒーをぐいっと飲んだ。

「……ハイ、ソウデス」

「それでよく、あそこまで我慢していたな。
偉い、偉い」

彼が子供をあやすように、私のあたまを柔らかくくしゃくしゃと撫でる。
その優しい手で、唐突に涙がぽろりと転がり落ちた。
彼に別れを告げられても、泣けなかったのに。

「えっ、あっ」

泣いているのを見られたくなくて、慌てて涙を拭う。
けれどそれは、一向に止まる気配がない。

「うっ、ふぇっ」

「……」

私が泣いている間、彼は黙ってコーヒーを飲んでいた。
隣に、誰かいてくれる。
ひとりじゃ、ない。
それが心地よくて、安心できて、涙はいつのまにか止まっていた。

「……その。
ありがとう、ございます」

最後にすん、と鼻を啜り、泣き腫らした目で彼を見上げる。
レンズ越しに目のあった彼は目尻を下げ、ふんわりと笑った。
その顔に。

――心臓が一度、とくんと甘く鼓動した。

「いや、いい」

私のあたまを軽くぽんぽんし、彼が立ち上がる。

「彼女たちのことは酒でも飲んで、もう忘れろ」

「そう、します」

「じゃあ」

手を振りながら去っていく彼の背中へ、深々とあたまを下げた。
見えなくなってペットボトルを開け、泣いて渇いた喉へ紅茶を流し込む。

「空が、青いな」

けれどもう、さっきのような憎さはない。
私のつらい気持ちを全部、吸い取ってくれた気がした。

帰りにコンビニへ寄り、缶酎ハイとつまみを買う。
お金を払おうとして、今朝引いたおみくじを見つけた。

「えっと。
なになに」

家に着いて、おみくじを開いて見る。
あの彼のおかげで、大凶でも耐えられそうなほど、メンタルは回復していた。

「大吉!
やった!」

これでいままでの不幸は帳消し? なんて嬉しいのに、さらに。

「恋愛、運命の人あらわれる。
縁談、良縁、すぐにまとめよ。
待ち人、すぐに来る。
……って」

これって運命の人にはすぐに会えるから、その人とさっさと結婚しろってことですかね……?

「すぐって、いつよ?」

ぱたんと後ろ向きに倒れ、思い浮かんできたのはあの、彼の顔。

「いやいや」

でも、このおみくじを引いてすぐあとに会った、該当するような人間は彼しかいない。
もし彼が本当に運命の人だったら……。

「ありだ」

あの場で、私のために動いてくれたのは彼だけだった。
それに私が泣きだしても変に慰めたりせず、ただ隣に黙って座っていてくれた。
ああいう気遣いは、嬉しい。

「うん、そうだよ、きっとそ……」

一気に有頂天になりかけたところで重大な失敗に気づき、一気に気持ちは沈んでいく。

「連絡先も、名前すら聞いてない……」

はぁーっ、とため息をつき、缶酎ハイを開ける。
いくら運命の彼に出会っていたとしても、どこの誰だかわからなければ発展しようがない。

「詰んだ。
詰んだな……」

ぐびぐびと一気に酎ハイを呷り、はーっと酒臭い息を吐く。

「神様の意地悪……」

これはやはり、神様に人の不幸を願ってしまったせいなんだろうか……。
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