お探しの本、あります~ようこそはざまの図書館へ~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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――その図書館にはある決断を迷う人間しか入れないという。


森の中で迷い、うろうろとしていたら古ぼけた建物の前に出た。

「こんにちは。
いや、はじめましてかな」

玄関を竹箒で掃いていた若い男が私に気づき、黒縁眼鏡の奥で目尻を下げてにっこりと笑う。

「えっと……。
ここ、どこですか」

先ほどまでの鬱蒼と木が生い茂る暗い森とは違い、そこは燦々と日が差しのどかにモンシロチョウが飛んでいた。

「ここですか?
図書館ですよ」

男はにこにこと笑っているが、どうも胡散臭く見える。

「あのー、最寄りの駅かバス停にはどう行けば……」

「ええーっ!
もう行ってしまうんですか!」

私が最後まで言い切らないうちに男が瞬間移動でもしたんじゃないかという勢いで迫ってきて、背中が仰け反った。

「ええ、私は……」

そこで言葉が途切れた。
早くどこかへ向かわなければいけない。
それはわかっているのだが、肝心な場所がわからない。
さらになぜ、そこへ早く向かわねばならない理由も思い出せなかった。

「まあまあ、とりあえずお茶でもどうですか?
お見受けするに酷くお疲れのようですし」

いい考えだとばかりに男が手を打つ。

「そう……ですね。
疲れているので、少し休んだほうがいいのかもしれません」

指摘されて急に足が重く感じた。
ずきずきと頭も鈍く痛む。
長く森を歩き回っていればそうなるだろう。

――長く?
いったい、いつから私はこの森にいたの?
そもそもなぜ、ここに?

必死に思い出そうとするが頭は靄がかかって重く、なにも出てこない。

「きっとお茶を飲んで休めば疲れも取れますよ。
そうだ!
美味しいお菓子をいただいたんです、一緒にお出ししますよ。
さあ、どうぞ」

混乱して立ち尽くす私の背中を、促すようにそっと男が押した。

待っていてくれと言われた椅子に座り、あたりをきょろきょろと見渡す。
建物は木造で、レトロな雰囲気だった。
いまだに昭和から建て替えられていないのか、そういうコンセプトで建てられたのかのどちらかだろう。
しかし、人の気配がまったくない。

「お待たせしましたー」

少ししてお盆にカップとお菓子をのせ、男がやってきた。

「冷めないうちにどうぞ」

これまたここの雰囲気を壊さない、アンティークなポットからカップへとお茶が注がれる。
少しのあいだ水面を見つめたあと、カップを手に取った。
紅茶のいい香りが鼻腔をくすぐる。
ひとくち飲んだ紅茶は、温かく私の胸を満たしていった。

「……美味しい」

呟いた途端、ぽろりと涙が転がり落ちていった。

「えっ、あっ」

慌てて拭うが、それは次々にあふれてくる。
けれど、自分がどうして泣いているのかわからない。

「どうぞ」

ようやく私が泣き止んだ頃、男がハンカチを渡してくれた。

「……すみません」

すっかり恐縮しきってハンカチを受け取り、涙を拭う。

「いえ。
お疲れだったようですから」

なんでもないように言い、男は紅茶をひとくち飲んだ。

「よろしかったらゆっくりしていかれませんか」

二杯目はミルクティーにしてくれた。
優しい甘さが心に染みる。

「あの、でも、そういうわけには。
急いでますし」

そうだ、早く私はあそこへ戻って――。

「……さん。
お嬢さん」

「えっ、はい」

声をかけられ、意識が目の前に戻ってくる。

「まだそんなにぼーっとしてるのに、危険ですよ。
それにその用事とは、そんなに大事なものですか」

「それは」

大事なものだと答えようとして、言えなかった。
別に私などいなくてもかまわないのではないか。
なぜかそんな考えが浮かんでくる。

「お嬢さんは酷く疲れているので、休養が必要です。
しばらくここで、ゆっくりしておいでなさい」

眼鏡の下で眉を寄せ、男は深刻そうに私を見た。

「そう、ですね。
私には休みが必要なのかもしれません」

もうずっと、休んでいない気がする。
鈍い頭痛は長いこと居座っていた。
身体はくたくたでこの椅子から立ち上がれる自信すらない。

「はい。
いたいだけここに、いていいですからね」

目尻を下げて男がにっこりと笑う。
こうして私はこの森の奥の図書館で、過ごすことになった。
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