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第6章 不安な心

2.思い出

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カフェに行ったら、責任者がすっ飛んできた。

「彩梅様!
こちらへどうぞ」

「えっ、あっ、はい……」

なにも言っていないのに個室に案内される。
前は部屋に閉じこもっていたからあれだけど、仕事をはじめるようになってスタッフに顔が知れ渡った。
あれが総支配人の婚約者だと。
おかげで過剰にスタッフから反応されて困っている。

「彩梅ちゃんはここではお姫様なのねー」

「……うっ」

ころころ笑われたって、なんと返していいのかわからない。
あれのせいで私は、ホテルの中を歩けないのだ。
そのせいで少しくらい、カフェでお茶したりジムに行ってみたり、お庭を散歩してみたりしようという野望は潰え、いまだに職場と部屋の往復しかしていない。

「なんにしようかなー。
Bridge&Hawkといえば、やっぱりアフタヌーンティ?」

「あまり食べ過ぎるなよ」

「えー」

千里さんは笑っているけど、私はあまりこの人が好きになれないんだよね。
姉の旦那さんになる人に失礼だけど。
でもなんか、うさんくさいんだもん。

「彩梅ちゃんはどうする?」

「姉さんに、付き合うよ」

控えていたスタッフに頷くと、すぐに傍に寄ってきた。

「アフタヌーンティふたつと、ブレンドコーヒー。
以上で」

「かしこまりました」

姉が注文し、スタッフが下がったところで私の携帯が震えた。

「ちょっと、ごめん」

相手は玲で、断って電話に出る。

『いまどこだ?』

「ブライダルの、打ち合わせが終わって、カフェ、です」

『わかった、すぐ行く』

ちゅっ、とリップ音がして切ろうとしたが、なにかを言う気配がして再び携帯を耳につける。

『あ、個室に案内させろよ』

「すでに個室、です」

『わかった』

今度こそ通話が終わる。
玲が言わなくたって、すぐに個室でしたが?

「玲さんに会うの、ひさしぶりだわー。
相変わらず、なのかしら?」

「えっと……」

姉の相変わらず、がなにを指すのかわからない。
姉にはそれなりに、玲のとの思い出があるんだろうけど。

……玲との思い出。

そうなのだ、私にはないそれが、姉にはある。
忘れてしまった私が悪いのだが、それでも姉がうらやましい。

少ししてコンコン、とドアがノックされ、玲がドアを開けた。

「あーや」

入ってきた玲が私と目があって、本当に嬉しそうに笑う。

「おひさしぶり、玲さん」

「変わりないようだな、美桜」

けれど、姉に声をかけられた途端、一瞬で真顔になった。
ひさしぶりに会う、幼なじみという空気じゃないんだけど、なんでかな?

「紹介するわ。
私の夫になる、千里彪。
おろち製菓で専務をしてるの。
彪さん、こちら、このホテルの総支配人の、鷹橋玲さん」

「鷹橋さんのお噂はかねがねお伺いしています」

「それはさぞかし、退屈な噂でしょうね」

ふたりはにこやかに握手を交わしているが、そこに火花が散って見えるのは私だけだろうか。

「注文は済ませたのか」

「はい」

玲が私の隣に腰掛ける。

「このたびは当ホテルをお選びいただき、ありがとうございます」

あたまを下げる玲は、総支配人の顔をしていた。

「あら。
彩梅ちゃんの旦那様になる方のホテルですもの。
当然、使うに決まってるでしょう?」

ころころと姉が笑う。
玲が短く、はぁっとため息をついた。

「相変わらずだな、美桜」

「あなたもね」

なぜかドーベルマン対したたかな猫の図が見えるんだけど……どうしてかな。

「どうせ、あーやとの見合いも君が仕組んだんだろ」

「えー?
なんの話かしら?」

なんの話ってこの間、自分で私の見合いを仕組んだって話していたよね?

――コンコン。

「失礼いたします」

微妙な空気の中、ドアがノックされてスタッフが入ってくる。
アフタヌーンティのセッティングをしている間、誰も無言だった。

「コーヒーをひとつ、追加で」

「かしこまりました。
では、ごゆっくりどうぞ」

お辞儀をしてスタッフが出ていき、バタンとドアが閉まった途端、姉が口を開く。

「彩梅ちゃんがお見合い相手でよかったでしょ?
そうじゃないと玲さん、一生結婚なんてしなかっただろうし」

「うるさい、美桜」

苦々しげに言いながら、玲がティーポットから紅茶を注いでくれる。

「彩梅ちゃん、知ってる?
玲さん、あの事故のあとも時々、私に彩梅ちゃんの様子を訊きに来たのよ?
そして、極めつけが……」

小さく吹き出した姉は笑うのをこらえているのか、肩がぷるぷると細かく震えていた。

「彩梅ちゃんが同じ小学校に入学してきて、きっと今度こそ思い出してくれるはず、って意気揚々と会いにいったの。
でも彩梅ちゃん、ひと目玲さんを見ただけでやっぱり泣き出しちゃって。
あーやに嫌われた! ってそのままフランスのおじいさまのところまで逃げたのよ」

「なんだよ、それ!」

限界がきたのか、姉はくすくすと笑っている。
千里さんもゲラゲラ笑っているけど、そろそろやめた方が……。
玲の顔、珍しく赤くなっているし。

「……そ」

――コンコン。

玲が口を開きかけたところで、ドアがノックされた。
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