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第6章 不安な心

4.わがまま

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部屋に戻り、石塚さんに早いけれどお風呂の準備をしてもらった。
明日、私は休みだし、玲もそれにあわせて半休で昼遅くに大阪に向かう予定になっている。
なら、少しでも玲に喜んでもらいたい。

「しばらく会えないんですから、とっびきり美しく、彩梅様を磨き上げますね」

「お願い、します」

張り切っている石塚さんがちょっとおかしい。
でも、明日大阪に発ってしまえば次に会えるのは一週間後の入籍予定の日。
仕事だから仕方ないとわかっていても、淋しい。

今日もいい匂いのボディオイルを塗って仕上げてもらい、玲を待つ。

「まだかな……」

クッションを抱いてソファーに寝転ぶ。
時計の針はもうすぐ八時になろうとしていた。
姉は夕食を食べずに帰ったことはすでに、伝えてある。

「ただいま、あーや!」

ドアの開く音と共に駆け込んでくる足音が聞こえ、がばりと勢いよく起き上がった。

「おかえ……」

けれど後ろに立つ高椋さんが目に入り、みるみる気分は沈んでいく。

「ただいま」

「……おかえりなさい」

玲に口付けをされながらも、背後の高椋さんをうかがってしまう。

「あーやに残念なお知らせがあるんだ」

「なん、ですか……?」

ずっとそこに彼女は待機していて、悪い予感しかしない。

「今日中に大阪へ移動しなければならなくなってしまった。
これからすぐに、向かう」

「え……」

だって、明日は半休で。
一週間会えないから、ふたりでいっぱい、いちゃつこうね、って。

「玲。
時間がありません。
お早く」

――玲。

なんでただの秘書が、玲を名前で呼ぶの?
やっぱり聞いた噂のとおり、ふたりは付き合っていたの?

いつかの、胸の中の闇がぐるぐると大きくなりながら渦巻いていく。
それは、心の中の大部分を占めていった。

「すまないあーや。
なるべく早く帰ってくるし、帰ってきたらゆっくり休みを取れるようにするから」

「……ないで」

「あーや?」

「行かないで!」

必死に、玲の袖を掴み引き留める。
玲は完全に困惑顔で私を見ていた。

「どうしたんだ、あーや?」

「行かないで。
ここにいて。
お願い、だから……」

自分でもなにを言っているんだろうとは思う。
そんなの、無理なのに。
でも玲を――高椋さんとふたりに、したくない。

「どうしたんだ、そんなわがまま。
きいてやりたいができないのはわかるだろ」

あやすように玲が額に口付けを落とす。

「……でも」

玲の顔を見られなくて俯いた。
わかっている、わがままだって。
でも高椋さんと玲がただの秘書と総支配人の関係だとは思えない。
噂なら玲がいない間、何度も聞いた。
その度にだとしても過去の話だしと、気にしないようにしてきたけれど。
でも。

「あーや」

冷たい玲の声で、肩がびくっと跳ねる。
怒らせた、わかるけれど顔は上げられない。

「無理なわがままを言って僕を困らせるな」

「……でも」

「あーや!」

言うことをきかせようと、玲が大声を上げる。

「玲なんか大っ嫌い!」

安っぽい捨て台詞を吐いて寝室へ逃げ込んだ。
枕を抱いて丸くなる。
わがままをきいてほしかったわけじゃない。
ただ、私の気持ちを知ってほしかっただけ。
なのに、玲は。

「玲……!?」

しばらくして寝室のドアが開き、顔を上げる。
けれど入ってきたのは期待に反して、石塚さんだった。

「その、あの、……ご主人様は大阪へと向かわれました」

石塚さんのせいじゃないのに彼女は大変申し訳なさそうで、すまない気持ちでいっぱいになる。

「……うん。
なんか、ごめんなさい」

「彩梅様……」

「わかってるんです、ただの子供っぽい、ヤキモチだって。
わかってる、けど……」

私だけ愛していると囁いてほしかった。
でもそんなことすら、玲は気付いてくれなかった。

「大丈夫、ですよ。
ちゃんと、明日になったら、あやまる、から」

浮いてきた涙を慌てて拭う。
いまは泣くときじゃない。

「きっと、許してくださると思います!」

石塚さんが手を力強く握って肯定してくれて、安心できた。
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