11 / 53
第二章 それまでは夫婦でいさせて
11
しおりを挟む
「なあ。
寄らない?」
駅近くのファッションビルの前で、矢崎くんが私の手を軽く引っ張る。
「あー……」
ファストファッションの店は見たいし、飲食店も入っているのでそこで夕食を食べて帰ってもいいかもしれない。
「いいよ」
なんて、気軽な気分で入ったものの、数分後には後悔していた。
「ええっと……」
「下見だよ、下見」
矢崎くんが私を連れてきたのは、宝飾店だった。
「下見ってさ……」
明日、母に会うまではどうなるのかわからないのだ。
それに、矢崎くんのご両親はわからないが、祖父――会長から許しがもらえるとは思えない。
だからこれ――結婚指環は買わずに終わらせようと思っていたのに。
「今日買うわけじゃないからいいだろ」
「そう、だね」
曖昧に笑い、一緒にショーケースを見る。
本心では彼との結婚指環は欲しい。
これくらい、夢見ても許されるよね?
「シンプルなのがよくない?」
「え、純華のはダイヤがついてるのがいいだろ?」
「マリッジリングをお探しですかー?」
ふたりで仲良く見ていたら、気づいた店員が寄ってきた。
「はい。
でも今日は下見なので」
「では、なにかありましたらお声がけください」
会釈して、店員が離れていく。
おかげで、ゆっくり見られた。
「やっぱり、プラチナがいいな」
「そうだねー」
いろいろ見させてもらい、店員にお礼を言って店を出ようとしたところで、矢崎くんが足を止めた。
「なあ。
純華って三月生まれだよな?」
「そうだけど?」
彼の視線の先には、ネックレスが並んでいる。
「これはどうだ?」
強引に私を連れていき、彼が指さしたのは、雫型をしたブルーの石がついた、プラチナのネックレスだった。
「どうって……?」
意味を図りかねて、矢崎くんの顔を見上げる。
「婚約指環も改めて買うけど。
でも、当面の代わり?
ちょうど三月の誕生石のアクアマリンだし」
「えっ、そんなの悪いよ」
ダイヤをあしらってあるのもあって、それはそこそこの値段がついている。
そんなものをこんな気軽に買ってもらうわけにはいかない。
「悪くない。
どうせ結婚指環買っても、会社じゃ着けられないだろ?
これが純華の胸もとに下がってるのを見るたびに、〝俺の奥さん〟って嬉しくなるからいいの。
そうだ、俺もアクアマリンの石がついた、ネクタイピンを買うか。
そうすればお揃いだ」
もうその気なのか、矢崎くんは店員に言ってネックレスを見せてもらっている。
「でも、ほら。
明日、ダメになる可能性もあるんだし……」
本音で言えば、嬉しい。
でも、別れるときに彼との思い出になるものは避けたかった。
「絶対にお母さんを説得するから大丈夫だ。
だから、ほら」
手に持ったネックレスを、彼が私の胸もとに当てる。
「うん、いいな。
これ、ください」
「あっ」
結局、私の反対など聞かず、彼はそれを買ってしまった。
夕食は食べて帰ろうと、同じビルの、適当な店に入る。
「……いいって言ったのに」
むすっと不機嫌なフリをして料理を口に運ぶ。
「よくない。
結婚指環の代わりはいるだろ」
矢崎くんも同じく不機嫌に料理を食べている。
「それは、そうかもだけど……。
でも、こんな高級なもの」
「純華が怒ってるのはそこなんだ?」
意外そうな声が聞こえ、顔を上げる。
レンズ越しに目のあった彼は、なぜか嬉しそうに笑っていた。
「そりゃそうでしょ?
結婚指環も婚約指環も買うんだったら、代わりでこんな高いもの買わなくていいじゃない」
もっともらしい理由を口にする。
それにこれは嘘ではないし。
「高いものって、俺にとってははした金みたいなもんだが?」
「……は?」
なにを言われているのかわからなくて、何度か瞬きしてしまう。
少し考えて、彼は高級タワマンに住む、御曹司なのだとようやく思い至った。
「あ、いや。
だってさ……」
なんか、自分の拘りポイントがズレていた気がして恥ずかしい。
俯いてちまちまと料理を食べた。
「……それでも別に特別でもなんでもないのに、こんな高いものをぽんと買ってもらうのは悪いよ」
うん。
私は別に、矢崎くんがお金持ちだからと結婚を決めたわけではない。
気があって、一緒にいると楽しい人。
それだけだった。
知ったあとだって、彼の考えが私の欲しい答えだったからで、お金は関係ない。
「ふぅん。
純華は俺の金で楽したいとか思わないんだ?」
「全然。
欲しいものは自分で稼いで買うし、結婚したからってお気遣いは無用だよ。
もっとも、夫婦なのは今日までかもしれないけど」
なにが嬉しいのか、さっきから矢崎くんはにこにこしっぱなしだ。
「やっぱ俺、純華と結婚して正解だったな」
伸びてきた手がするりと唇の端を拭って離れる。
「ゴマ、ついてた」
「えっ、うそっ!?」
慌ててそこに触れるが、もうあるわけがない。
「明日はお母さん、頑張って説得しないとなー」
もう、母に反対される可能性が高いのは、理由は誤魔化して伝えてある。
なのに矢崎くんは楽しそうでわからなかった。
寄らない?」
駅近くのファッションビルの前で、矢崎くんが私の手を軽く引っ張る。
「あー……」
ファストファッションの店は見たいし、飲食店も入っているのでそこで夕食を食べて帰ってもいいかもしれない。
「いいよ」
なんて、気軽な気分で入ったものの、数分後には後悔していた。
「ええっと……」
「下見だよ、下見」
矢崎くんが私を連れてきたのは、宝飾店だった。
「下見ってさ……」
明日、母に会うまではどうなるのかわからないのだ。
それに、矢崎くんのご両親はわからないが、祖父――会長から許しがもらえるとは思えない。
だからこれ――結婚指環は買わずに終わらせようと思っていたのに。
「今日買うわけじゃないからいいだろ」
「そう、だね」
曖昧に笑い、一緒にショーケースを見る。
本心では彼との結婚指環は欲しい。
これくらい、夢見ても許されるよね?
「シンプルなのがよくない?」
「え、純華のはダイヤがついてるのがいいだろ?」
「マリッジリングをお探しですかー?」
ふたりで仲良く見ていたら、気づいた店員が寄ってきた。
「はい。
でも今日は下見なので」
「では、なにかありましたらお声がけください」
会釈して、店員が離れていく。
おかげで、ゆっくり見られた。
「やっぱり、プラチナがいいな」
「そうだねー」
いろいろ見させてもらい、店員にお礼を言って店を出ようとしたところで、矢崎くんが足を止めた。
「なあ。
純華って三月生まれだよな?」
「そうだけど?」
彼の視線の先には、ネックレスが並んでいる。
「これはどうだ?」
強引に私を連れていき、彼が指さしたのは、雫型をしたブルーの石がついた、プラチナのネックレスだった。
「どうって……?」
意味を図りかねて、矢崎くんの顔を見上げる。
「婚約指環も改めて買うけど。
でも、当面の代わり?
ちょうど三月の誕生石のアクアマリンだし」
「えっ、そんなの悪いよ」
ダイヤをあしらってあるのもあって、それはそこそこの値段がついている。
そんなものをこんな気軽に買ってもらうわけにはいかない。
「悪くない。
どうせ結婚指環買っても、会社じゃ着けられないだろ?
これが純華の胸もとに下がってるのを見るたびに、〝俺の奥さん〟って嬉しくなるからいいの。
そうだ、俺もアクアマリンの石がついた、ネクタイピンを買うか。
そうすればお揃いだ」
もうその気なのか、矢崎くんは店員に言ってネックレスを見せてもらっている。
「でも、ほら。
明日、ダメになる可能性もあるんだし……」
本音で言えば、嬉しい。
でも、別れるときに彼との思い出になるものは避けたかった。
「絶対にお母さんを説得するから大丈夫だ。
だから、ほら」
手に持ったネックレスを、彼が私の胸もとに当てる。
「うん、いいな。
これ、ください」
「あっ」
結局、私の反対など聞かず、彼はそれを買ってしまった。
夕食は食べて帰ろうと、同じビルの、適当な店に入る。
「……いいって言ったのに」
むすっと不機嫌なフリをして料理を口に運ぶ。
「よくない。
結婚指環の代わりはいるだろ」
矢崎くんも同じく不機嫌に料理を食べている。
「それは、そうかもだけど……。
でも、こんな高級なもの」
「純華が怒ってるのはそこなんだ?」
意外そうな声が聞こえ、顔を上げる。
レンズ越しに目のあった彼は、なぜか嬉しそうに笑っていた。
「そりゃそうでしょ?
結婚指環も婚約指環も買うんだったら、代わりでこんな高いもの買わなくていいじゃない」
もっともらしい理由を口にする。
それにこれは嘘ではないし。
「高いものって、俺にとってははした金みたいなもんだが?」
「……は?」
なにを言われているのかわからなくて、何度か瞬きしてしまう。
少し考えて、彼は高級タワマンに住む、御曹司なのだとようやく思い至った。
「あ、いや。
だってさ……」
なんか、自分の拘りポイントがズレていた気がして恥ずかしい。
俯いてちまちまと料理を食べた。
「……それでも別に特別でもなんでもないのに、こんな高いものをぽんと買ってもらうのは悪いよ」
うん。
私は別に、矢崎くんがお金持ちだからと結婚を決めたわけではない。
気があって、一緒にいると楽しい人。
それだけだった。
知ったあとだって、彼の考えが私の欲しい答えだったからで、お金は関係ない。
「ふぅん。
純華は俺の金で楽したいとか思わないんだ?」
「全然。
欲しいものは自分で稼いで買うし、結婚したからってお気遣いは無用だよ。
もっとも、夫婦なのは今日までかもしれないけど」
なにが嬉しいのか、さっきから矢崎くんはにこにこしっぱなしだ。
「やっぱ俺、純華と結婚して正解だったな」
伸びてきた手がするりと唇の端を拭って離れる。
「ゴマ、ついてた」
「えっ、うそっ!?」
慌ててそこに触れるが、もうあるわけがない。
「明日はお母さん、頑張って説得しないとなー」
もう、母に反対される可能性が高いのは、理由は誤魔化して伝えてある。
なのに矢崎くんは楽しそうでわからなかった。
27
あなたにおすすめの小説
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
思わせぶりには騙されない。
ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」
恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。
そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。
加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。
自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ…
毎週金曜日の夜に更新します。その他の曜日は不定期です。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる