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第二章 それまでは夫婦でいさせて
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「そんなご家庭なのに、なんで普通の会社員を選んだの?」
母の質問に、矢崎くんよりも私のほうが緊張した。
この先を聞くのが怖くて、逃げ出したいくらいだ。
「祖父が今勤めている会社の会長をしておりまして。
その後を継ぐためにこの会社に入りました」
「……そう」
母の声は落胆の色が濃い。
きっとこの答えを聞くまでは、矢崎くんにかなりの好印象を抱いていたのだろう。
でも、彼の正体を知ってしまったから。
「祖父の七光りっていいわね」
たっぷりの皮肉を込めて母が言う。
「違うの!
矢崎くんはそうやって言われるのが嫌で、普通の一般社員として扱ってほしくて、会長との関係を隠して働いているの!」
思わず、彼を庇っていた。
それにそうやって言われるのを彼が嫌っているって、もう理解している。
「真面目だし、アイツとは違うんだよ」
「でも、アイツと血が繋がっているんでしょう?」
苦しげに母の顔が歪む。
いまだに母も、あの件で苦しんでいる。
だからこそ、矢崎くんとの結婚を迷ったのもあった。
「あの。
……アイツ、って?」
話に置いてけぼりを喰らっていた矢崎くんが、控えめに聞いてくる。
「あー……。
鏑木社長の、こと」
言いにくい、しかし答えないわけにもいかず、その名前を口にした。
「アイツとなにかあったのか」
心配そうに眼鏡の下で、矢崎くんの眉が寄る。
「ええっと……」
本部会社でも悪名を轟かせている彼のことだ、私が嫌がっているのは不思議ではない。
しかし関係ない母もとなると、不思議に思うだろう。
「ちょっと、ね」
しかし、適当に笑って誤魔化した。
これは父の気持ちを立てるため、母と私と、あの人の胸の中にだけに留めておこうと決めた話なのだ。
「……はぁーっ」
重いため息が矢崎くんの口から吐き出される。
次の瞬間。
「申し訳ありませんでした!」
彼はソファーから下り、土下座をした。
「アイツと血が繋がっているなんて吐き気がするほど嫌なんですが、それでも身内の不祥事です。
なにをやったか知りませんが、謝ります!」
「え……」
さすがに私も母も、矢崎くんの勢いに気圧されて、唖然とした。
「アイツに嫌な思いをさせられて、血の繋がる俺と娘さんとの結婚に反対なのはわかります。
でも、俺は誠心誠意、純華さんを大事にし、愛することを誓います。
アイツにも近寄らせません。
だから俺たちの結婚を許してください……!」
顔を上げて真っ直ぐに母を見る、レンズの向こうの瞳は、強い決意で光っている。
「お母さん、お願い。
矢崎くんとの結婚を認めて」
彼の隣で、私も頭を下げた。
母はなにも言わない。
「……わかったわ」
まるでため息のように母は言葉を吐き出した。
「あなたはアイツと違って、とても真面目な人みたいだし。
結婚を許可します」
まるで仕方ないわね、とでもいうように母が笑う。
それでほっとしたのも束の間。
「でも。
少しでもアイツと同じだと思ったときは、速効で別れてもらいますからね」
すっと細くなった母の目はどこまでも冷たくて、肝が冷えた。
「肝に銘じておきます」
矢崎くんも同じだったらしく、神妙に頷いた。
そのあとは比較的穏やかに、取ってあったお寿司を三人で食べた。
なんだかんだ言って母も、アイツと血縁というのを除けば、矢崎くんを気に入っていた。
「紘希くんの親御さんとの顔合わせとか、式の日取りとか、決まったら早く教えてね」
「わかったー」
和やかムードで実家をあとにする。
「よかったー、純華のお母さんが結婚を認めてくれて」
矢崎くんは心底ほっとした顔をしているが、昨日は自信満々でしたよね?
「そんなに不安だったの?」
「だって純華が散々、不安を煽っただろ。
しかもアイツの話が出て肝が冷えた」
「そうなんだ」
いつもさらっとなんでもこなしてしまう彼にも、こんな不安があったりするのだと初めて知った。
「……アイツと、なにがあった?」
「え?」
真っ直ぐ前を見たまま運転している矢崎くんの顔を、思わず見ていた。
「さっきは聞けそうな雰囲気じゃないから、聞かなかった。
でも、やっぱり知りたい」
これは今後、彼の弱点になる話なのだ。
話さなければいけないのはわかっている。
それでも。
「ごめん。
今は言えない」
「〝今は〟ってことは、いつか話してくれるんだよな?」
「……そう、だね」
誤魔化すように言い、窓に肘をついて流れていく景色を見る。
……ごめん。
これは矢崎くんにも絶対に言えない。
そのときが来たら、私は黙ってあなたの元を去るよ。
それまでは、私と夫婦でいてください……。
母の質問に、矢崎くんよりも私のほうが緊張した。
この先を聞くのが怖くて、逃げ出したいくらいだ。
「祖父が今勤めている会社の会長をしておりまして。
その後を継ぐためにこの会社に入りました」
「……そう」
母の声は落胆の色が濃い。
きっとこの答えを聞くまでは、矢崎くんにかなりの好印象を抱いていたのだろう。
でも、彼の正体を知ってしまったから。
「祖父の七光りっていいわね」
たっぷりの皮肉を込めて母が言う。
「違うの!
矢崎くんはそうやって言われるのが嫌で、普通の一般社員として扱ってほしくて、会長との関係を隠して働いているの!」
思わず、彼を庇っていた。
それにそうやって言われるのを彼が嫌っているって、もう理解している。
「真面目だし、アイツとは違うんだよ」
「でも、アイツと血が繋がっているんでしょう?」
苦しげに母の顔が歪む。
いまだに母も、あの件で苦しんでいる。
だからこそ、矢崎くんとの結婚を迷ったのもあった。
「あの。
……アイツ、って?」
話に置いてけぼりを喰らっていた矢崎くんが、控えめに聞いてくる。
「あー……。
鏑木社長の、こと」
言いにくい、しかし答えないわけにもいかず、その名前を口にした。
「アイツとなにかあったのか」
心配そうに眼鏡の下で、矢崎くんの眉が寄る。
「ええっと……」
本部会社でも悪名を轟かせている彼のことだ、私が嫌がっているのは不思議ではない。
しかし関係ない母もとなると、不思議に思うだろう。
「ちょっと、ね」
しかし、適当に笑って誤魔化した。
これは父の気持ちを立てるため、母と私と、あの人の胸の中にだけに留めておこうと決めた話なのだ。
「……はぁーっ」
重いため息が矢崎くんの口から吐き出される。
次の瞬間。
「申し訳ありませんでした!」
彼はソファーから下り、土下座をした。
「アイツと血が繋がっているなんて吐き気がするほど嫌なんですが、それでも身内の不祥事です。
なにをやったか知りませんが、謝ります!」
「え……」
さすがに私も母も、矢崎くんの勢いに気圧されて、唖然とした。
「アイツに嫌な思いをさせられて、血の繋がる俺と娘さんとの結婚に反対なのはわかります。
でも、俺は誠心誠意、純華さんを大事にし、愛することを誓います。
アイツにも近寄らせません。
だから俺たちの結婚を許してください……!」
顔を上げて真っ直ぐに母を見る、レンズの向こうの瞳は、強い決意で光っている。
「お母さん、お願い。
矢崎くんとの結婚を認めて」
彼の隣で、私も頭を下げた。
母はなにも言わない。
「……わかったわ」
まるでため息のように母は言葉を吐き出した。
「あなたはアイツと違って、とても真面目な人みたいだし。
結婚を許可します」
まるで仕方ないわね、とでもいうように母が笑う。
それでほっとしたのも束の間。
「でも。
少しでもアイツと同じだと思ったときは、速効で別れてもらいますからね」
すっと細くなった母の目はどこまでも冷たくて、肝が冷えた。
「肝に銘じておきます」
矢崎くんも同じだったらしく、神妙に頷いた。
そのあとは比較的穏やかに、取ってあったお寿司を三人で食べた。
なんだかんだ言って母も、アイツと血縁というのを除けば、矢崎くんを気に入っていた。
「紘希くんの親御さんとの顔合わせとか、式の日取りとか、決まったら早く教えてね」
「わかったー」
和やかムードで実家をあとにする。
「よかったー、純華のお母さんが結婚を認めてくれて」
矢崎くんは心底ほっとした顔をしているが、昨日は自信満々でしたよね?
「そんなに不安だったの?」
「だって純華が散々、不安を煽っただろ。
しかもアイツの話が出て肝が冷えた」
「そうなんだ」
いつもさらっとなんでもこなしてしまう彼にも、こんな不安があったりするのだと初めて知った。
「……アイツと、なにがあった?」
「え?」
真っ直ぐ前を見たまま運転している矢崎くんの顔を、思わず見ていた。
「さっきは聞けそうな雰囲気じゃないから、聞かなかった。
でも、やっぱり知りたい」
これは今後、彼の弱点になる話なのだ。
話さなければいけないのはわかっている。
それでも。
「ごめん。
今は言えない」
「〝今は〟ってことは、いつか話してくれるんだよな?」
「……そう、だね」
誤魔化すように言い、窓に肘をついて流れていく景色を見る。
……ごめん。
これは矢崎くんにも絶対に言えない。
そのときが来たら、私は黙ってあなたの元を去るよ。
それまでは、私と夫婦でいてください……。
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