結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第三章 家事はふたりでするものです

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食事はして帰ってきたので、あとはお風呂に入って寝るだけなんだけれど。

「一緒に入るか?」

なぜか私の顎をくいっと持ち上げ、矢崎くんが聞いてくる。
レンズの向こうからは悪戯っぽく光る瞳が私を見ていた。

「……誰が」

「ん?」

「誰が一緒に入るかー!」

「おっと」

反射的に繰り出された拳は、彼の手によって阻まれる。

「いまさら恥ずかしがる仲でもないだろ?」

「恥ずかしがる仲だよ!」

不思議そうな矢崎くんに力一杯言い切った。
酔って送って帰ってもらったことは多々あるが、裸体どころか下着姿すら晒していないのだ。
なのに〝いまさら〟って、なにがいまさらなのかわからない。

「ま、どうせあとで見るからいいか。
ほら、先に入ってこいよ」

「……そうする」

譲ってくれたので素直に、先に洗面所兼脱衣所へと行く。

「はあぁぁぁぁぁぁぁっ」

ひとりになって、腰が抜けたかのようにその場に座り込んだ。
なんというかさっきの矢崎くんは、凄く……すごーく色っぽくてドキドキした。
今だってまだ、心臓の鼓動は落ち着いていないくらいだ。
こう、夜の大人の色香っていうか?
ラストノートの官能的な甘い香りと相まって、うんと頷きそうになっていた。
危ない、危ない。

「うーっ」

浴槽に浸かり、ひとりで唸る。
もっと、気を引き締めていかねば。
さっきみたいに迫られて、一線を越えてはいけないのだ。
矢崎くんには申し訳ないけれど、身体の関係だけは結ぶまいと決めていた。
これは私にとって仮初めの結婚関係。
そのときが来たときに子供ができていては困る。
――それに。
彼に愛されているのだという実感は、少しでも薄くしておきたかった。
そうじゃないと別れるとき、つらくなる。

「あがったよー」

「じゃあ、俺も入ってくるな」

私と入れ違いで矢崎くんが浴室へ消えていく。
ソファーに座り、今日のニュースなんかチェックしていたら、彼があがってきた。

「じゃあ、寝るか」

「そうだね」

一緒に寝室へ行くと思ったとおり、押し倒された。

「……ごめん」

迫ってきた顔を押さえ、目を逸らす。

「嫌か?」

私を見下ろす彼は傷ついているようで、私の胸も痛くなる。
それでも黙って頷いた。

「じゃあ、仕方ない」

彼は淋しそうに小さくため息を落とし、私から離れた。
それを見て、鋭い錐でも打ち込まれたかのように胸がさらに痛む。

「違うの!
矢崎くんが好きだよ。
好き、だから抱かれたくないの……」

じわじわと浮いてきた涙を誤魔化すように鼻を軽く啜る。
矢崎くんがただの同期ならこの身を任せていた。
しかし彼は、ゆくゆくはこの会社を背負っていく人なのだ。
どんな理由にしろ、あの父の娘である私と夫婦だなんて許されない。

「純華?」

矢崎くんの手が心配そうに私の頬に触れる。

「それって、どういう?」

「……ごめん、言えない」

それを晴らすように精一杯、笑って彼に答えた。

「純華は言えない秘密ばっかりだな」

悲しそうに矢崎くんの顔が歪む。
私も大事なことをなにひとつ彼に言えない自分が、情けなかった。

「……ごめん」

「謝らなくていいよ」

そっと彼の親指が、目尻を撫でる。
そのまま下りてきた手は、私を抱き締めた。

「覚えておいて。
俺は純華にどんな秘密があっても、純華を愛してる。
それがたとえ、犯罪でも」

証明するかのように、ぎゅっと彼の腕に力が入る。

「……ありがとう」

今はそう言っていても、真実を知れば気持ちは変わるかもしれない。
それでも、矢崎くんの言葉が嬉しかった。
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