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第九章 結婚しろ
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台湾出張から帰ってきたあと。
――なぜか私は彪夏さんに、ウェディングドレスを選びに連れてこられていた。
「……なんでウェディングドレスなんか」
ドレスショップへ向かう車の中で、わざとらしくため息をつく。
「なんでって、結婚式で着るからだろ?
それとも、もしかしてあれか?
和装が希望か。
なら、そっちも手配するが、俺はどっちも見たい」
まったく彪夏さんは人の話を聞いてなくて、再び私の口からため息が落ちていく。
「この結婚は彪夏さんに寄ってくる女性たちを避けるための方便であって、本当に結婚するわけではありません」
「でも、たまには婚約者らしいことをしてないと、疑われるだろ?
現に俺は母から電話がかかってくるたび、式はいつにするんだとしつこく聞かれる」
それについてはなにも返せなくて黙ってしまった。
私も弟たちから、姉ちゃんはいつ結婚するんだとことあるごとに聞かれている。
「役所に婚姻届を出しに行くわけじゃないんだ、ドレスぐらい見に行ったっていいだろ」
「そうですね……」
そういう結婚しそうな証拠があれば、弟たちも少しは静かになってくれるかもしれない。
なら、これくらいいいか。
「……そういや昨日、台湾からマンゴーが届いたんだよな」
意味深に、ちらっと彪夏さんの視線がこちらへ向かう。
「五キロとか俺ひとりじゃ食えないし、腐らせるかもな」
「そんなのもったいないから、うちで引き取って差し上げますよ!」
腐らせると聞いてつい貧乏性が発動し、彪夏さんに食ってかかっていた。
「じゃ、交渉成立な」
また彼がちらりと私を見て、ニヤリと笑う。
その瞬間、彼の策略に乗せられたのだと知り、カッと頬が熱くなった。
「ま、まあ、ドレスくらい」
怒ったフリをして、流れていく窓の外を見る。
本当は、姿だけでも彪夏さんの花嫁になれるのが嬉しかった。
彪夏さんが予約を入れていたのは、一日一組限定の、セレブ御用達のショップだった。
「いくつか着てみて、オーダーするから」
などと彼は言っているが、だから私たちが結婚する未来は存在しないんですって。
すでにイメージは伝えてあったらしく、候補のドレスが準備してあった。
「どう、ですか……?」
着替えて彪夏さんの前に出た……途端。
「綺麗だ、清子……!」
ソファーから立ち上がった彼が、その長い足で一気に距離を詰めてくる。
目の前に立ったかと思ったら、ぐいっと腰を抱き寄せられた。
「美しすぎてまた、求婚したくなる……」
私の顎を持ち上げ、彪夏さんが無理矢理視線をあわせさせる。
眼鏡の向こうからは艶やかな瞳が私を見ていて、無駄に心臓を高鳴らせた。
「どーでもいいですが、時と場所を考えませんか?」
今にもキスしそうな彼の胸を押しす。
さっきからお店のスタッフが気まずそうに目を逸らしていて、いたたまれない。
「なんでだ?
俺と清子の仲を見せつけてやればいいだろ」
しかし彪夏さんは私に主張など完全無視で、ちゅっと軽く口付けしてようやく離れた。
「……もーいいです」
そうだった、この人になにを言っても無駄なんだった……。
とりあえず私にキスして気が済んだのか、今度はどこからか取り出したゴツいカメラで、彪夏さんはあらゆる角度から私の写真を撮りだした。
「……なに、やってるんですか?」
床にまで寝そべり、仰角で私を撮っている彼を見下ろす。
「健太から頼まれたんだ、資料に欲しいからいろんな角度から写真を撮ってきてくれって」
「はぁ……」
健太に頼まれたんならいいか。
それにしても撮りすぎじゃない?
たぶん軽く、二、三十枚は撮っている。
「よし、次だ」
彪夏さんが私とスタッフを促したのは、かなりの時間が経ってからだった。
その後も、ほぼ同じことを繰り返した。
「うーん、この中なら二番目に着たのが一番清子に似合っていたな」
「そうですか」
ようやくソファーに座る彪夏さんの隣に収まり、まったりとお茶を飲む。
彼はカメラで撮った写真を確認していた。
「あれをベースにトレーンをゴージャスにして、もう少しクラシカルな雰囲気かな……?」
彪夏さんはいろいろ思案しているが、私がそんなドレスを着る未来なんて訪れない。
なのにこんなに真剣に考えて、なにが面白いのだろう?
「あとは俺とのバランスだよな。
よしっ、俺も着替えるから、清子ももう一度あれを着ろ」
「ええーっ」
私の抗議など聞かず、さっさと立てと彼が促してくる。
「帰りにケーキ、食べに連れていってやるからさ」
「……いいですよ」
これくらいで従うなんてお手軽だって思われていそうだが、まあいい。
甘いものに罪はないのだ。
――なぜか私は彪夏さんに、ウェディングドレスを選びに連れてこられていた。
「……なんでウェディングドレスなんか」
ドレスショップへ向かう車の中で、わざとらしくため息をつく。
「なんでって、結婚式で着るからだろ?
それとも、もしかしてあれか?
和装が希望か。
なら、そっちも手配するが、俺はどっちも見たい」
まったく彪夏さんは人の話を聞いてなくて、再び私の口からため息が落ちていく。
「この結婚は彪夏さんに寄ってくる女性たちを避けるための方便であって、本当に結婚するわけではありません」
「でも、たまには婚約者らしいことをしてないと、疑われるだろ?
現に俺は母から電話がかかってくるたび、式はいつにするんだとしつこく聞かれる」
それについてはなにも返せなくて黙ってしまった。
私も弟たちから、姉ちゃんはいつ結婚するんだとことあるごとに聞かれている。
「役所に婚姻届を出しに行くわけじゃないんだ、ドレスぐらい見に行ったっていいだろ」
「そうですね……」
そういう結婚しそうな証拠があれば、弟たちも少しは静かになってくれるかもしれない。
なら、これくらいいいか。
「……そういや昨日、台湾からマンゴーが届いたんだよな」
意味深に、ちらっと彪夏さんの視線がこちらへ向かう。
「五キロとか俺ひとりじゃ食えないし、腐らせるかもな」
「そんなのもったいないから、うちで引き取って差し上げますよ!」
腐らせると聞いてつい貧乏性が発動し、彪夏さんに食ってかかっていた。
「じゃ、交渉成立な」
また彼がちらりと私を見て、ニヤリと笑う。
その瞬間、彼の策略に乗せられたのだと知り、カッと頬が熱くなった。
「ま、まあ、ドレスくらい」
怒ったフリをして、流れていく窓の外を見る。
本当は、姿だけでも彪夏さんの花嫁になれるのが嬉しかった。
彪夏さんが予約を入れていたのは、一日一組限定の、セレブ御用達のショップだった。
「いくつか着てみて、オーダーするから」
などと彼は言っているが、だから私たちが結婚する未来は存在しないんですって。
すでにイメージは伝えてあったらしく、候補のドレスが準備してあった。
「どう、ですか……?」
着替えて彪夏さんの前に出た……途端。
「綺麗だ、清子……!」
ソファーから立ち上がった彼が、その長い足で一気に距離を詰めてくる。
目の前に立ったかと思ったら、ぐいっと腰を抱き寄せられた。
「美しすぎてまた、求婚したくなる……」
私の顎を持ち上げ、彪夏さんが無理矢理視線をあわせさせる。
眼鏡の向こうからは艶やかな瞳が私を見ていて、無駄に心臓を高鳴らせた。
「どーでもいいですが、時と場所を考えませんか?」
今にもキスしそうな彼の胸を押しす。
さっきからお店のスタッフが気まずそうに目を逸らしていて、いたたまれない。
「なんでだ?
俺と清子の仲を見せつけてやればいいだろ」
しかし彪夏さんは私に主張など完全無視で、ちゅっと軽く口付けしてようやく離れた。
「……もーいいです」
そうだった、この人になにを言っても無駄なんだった……。
とりあえず私にキスして気が済んだのか、今度はどこからか取り出したゴツいカメラで、彪夏さんはあらゆる角度から私の写真を撮りだした。
「……なに、やってるんですか?」
床にまで寝そべり、仰角で私を撮っている彼を見下ろす。
「健太から頼まれたんだ、資料に欲しいからいろんな角度から写真を撮ってきてくれって」
「はぁ……」
健太に頼まれたんならいいか。
それにしても撮りすぎじゃない?
たぶん軽く、二、三十枚は撮っている。
「よし、次だ」
彪夏さんが私とスタッフを促したのは、かなりの時間が経ってからだった。
その後も、ほぼ同じことを繰り返した。
「うーん、この中なら二番目に着たのが一番清子に似合っていたな」
「そうですか」
ようやくソファーに座る彪夏さんの隣に収まり、まったりとお茶を飲む。
彼はカメラで撮った写真を確認していた。
「あれをベースにトレーンをゴージャスにして、もう少しクラシカルな雰囲気かな……?」
彪夏さんはいろいろ思案しているが、私がそんなドレスを着る未来なんて訪れない。
なのにこんなに真剣に考えて、なにが面白いのだろう?
「あとは俺とのバランスだよな。
よしっ、俺も着替えるから、清子ももう一度あれを着ろ」
「ええーっ」
私の抗議など聞かず、さっさと立てと彼が促してくる。
「帰りにケーキ、食べに連れていってやるからさ」
「……いいですよ」
これくらいで従うなんてお手軽だって思われていそうだが、まあいい。
甘いものに罪はないのだ。
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