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序:港の冒険者たち
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三番目の港町。
それがその街の名である。
叙情的なロマンも、叙景的な響きもなく、叙事的な意味でしかないその名は、確かにその街の気質を捉えていたと言えよう。
港町と言えば得てして、賑やかで、活気があり、目まぐるしい反面、喧嘩っ早く、せっかちで、落ち着きがないというものであったりするが、その街と言えば、落ち着いて、のどかで、静かに時が流れていた。
だからこそ、気の早い海の男たちには似つかわぬ、その冗長な街の名前が根付いたのかもしれない。
ただし、それはあくまでも、大きな帆船や、何十もの櫂を持ったガレー船が佇む大きな港町と比較してのものであり、山間に潜む小さな町や村と比べれば、港という多種多様な人種が流れ入ってくることは少なからずある以上、様々な色が混在していた。
明るい色は、街の表の顔である。
交易商人や旅芸人など、風と共に来て、季節と共に去っていく人々はもちろんのこと、市場や街の広場など、ここに根を生やしている人々が見せる風景がそれだ。
そして、暗い色ももちろんある。
繁華街を一本裏に入った道を行けば、一見乞食に見えるがその実は街の裏の縄張りを牛耳る盗賊組織の見張り番であることは言うに及ばず、何らかの理由で乗る船を失って溢れた船乗りが昼間から酒を飲んでいたり、けして表だって店を構えることができずに大きな声で言えないものを取り扱う商人が道行く人を値踏みするかのような目で見ていたりする。
そんな暗い色に属する人々は、目立たぬようにひっそりとその色を灯しているのが普通なのではあるが、中には強く光り、己の存在を主張する者たちがいる。
心無い者や、彼等たちに縁が無い者は、彼等のことをならず者やはみ出し者と呼び、やや理解のある者たちは、便利屋とか何でも屋と呼ぶ。
が、彼等たちは自らのことを、誇りを持ち、こう言う。
我々は「冒険者」だと。
「酒ぇ!」
とある酒場である。
閑散とした店内の入り口近くに腰を降ろした、一際大きな体格の男から発せられた簡潔極まりない注文の言葉に、向かいに座った女は、今日何度目かのため息を付きながらうんざりした顔で言う。
「…そんなに大きな声で言わなくても聞こえるでしょうに」
「しょうがねぇだろ、地声だ地声」
そう言うと、その声と変わらぬ大きさで楽しそうに笑う。
「それにな、声が大きいと言うのは」
「英雄の素質あり。戦で名乗りを上げるにも、馬上で命令するにも、平時では臣下臣民に演説するにも、必要とされるのはバカでかい声…でしょ」
言いたいことを棒読みの台詞で遮られたにも関わらず、男は不機嫌になるでもなく更に楽しそうに笑う。
「よく分かってらっしゃる、妹君」
「何度同じ台詞聞かされたと思ってるの」
「知らないのかお前。大事なことだから二度言いましたってことわざがあるの」
酔っ払いの屁理屈に反論したのは別の声だった。
「ニャハ!それはことわざじゃないニャ。間違えて同じこと言った時の言い訳ニャ」
席には男女二人が向かい合って腰掛けているだけである。
その声がどこから聞こえてきたかと言うと、床の上からである。
椅子に座るのではなく、地べたに座り込んでいる影が二つある。
その片割れが、楽しそうに男を見上げながら言ったのだ。
「酒のつまみにされたいか、クソ猫」
口の悪さと裏腹に男の顔はまだ楽しそうだ。
「ボクなんか食べるよりこっちの方が美味しいニャ。ね、ニャッキー」
そう言って床の上のもう一つの影を振り返りながら小粒の砂糖菓子を口に放り込むと、幸せそうに「ニャ~」と鳴く。
ニャッキーと呼ばれた方はと言えば、同じ砂糖菓子を表情も変えずにポリポリと食べている。
男はそこで、今日初めて顔をしかめた。
「ガキじゃあるまいし、そんな物食えるかっての。酒はいいぞ。そして、新しい街に来たらまずその街の酒を飲めってな。辛気臭い味ならその街も辛気臭い街だ。艶っぽい味ならその街には楽しいことがありそうだ」
「その話も何度も聞いた」
どうも、妹君と呼ばれた女が冷めれば冷めるほど、兄と思われるその男は嬉しいらしく、やや呂律が回らない口調で問い詰める。
「じゃ、言わせてもらうがな、カスイよ。お前は俺たちをここに連れてきた責任ってものをちゃんと考えてるのか?」
「責任?」
「だろうがよ。お前が行き先を決めるのに棒っ切れを倒した。その先が港だったから船に乗り、この街に着いた。さぁどうする?」
「それ、私のせいなの!?」
「行くも帰るも風任せに雲任せ。あ~博打好きの妹を持つ兄は辛いね」
バンッッ!
テーブルに両掌を叩きつけ、女は立ち上がる。
「お、怒った怒った」
男は今日一番の嬉しそうな顔だ。
「まぁまぁ、キャスィもラウールも、喧嘩は良くないニャン♪」
言葉とは真逆の楽しそうな響きをした声に向かって女は怒鳴り付ける。
「うるさいニャント!思ってもないこと言うな!それに、私の名前はカ・ス・イだ!いい加減覚えろ!」
それを聞いた男のテンションは最高潮に達したらしい。
膝を叩きながら大笑いすると、ニャントに言う。
「そうだぞ、これは喧嘩ではなく愛すべき兄と妹のコミュニケーションだ。な、キャスィちゃん」
ラウールの言葉が止めになると思いきや、寸でのところで諦めたかのように脱力してカスイはどっかと椅子に腰を降ろす。
「なんだよ、つまんねぇな」
「つまんないニャ~」
「ポリポリ」
はぁ~と大きなため息が出てしまう。
本当にこいつらと一緒で大丈夫なのだろうか?
何度も心に思ったことがまたもカスイの頭の中をぐるぐると回る。
小さな頃から、お伽噺や吟遊詩人が奏でる英雄譚が好きだった。
姫を守り竜に立ち向かう英雄。
異界より降臨した悪魔と百の勇者。
魔法によって産み出された物言わぬ巨像。
そんな話が大好きだった。
同時に親からは、愛する人と添い遂げるのが女の一番の幸せとも言われたが、それは耳に入ってこなかった。
ある日、故郷に冒険者と呼ばれる旅人が来た。
彼等のことを眉を潜めて話す大人も多かったが、カスイにとっては、こういう生き方もあるという発見が驚きだった。
冒険者一行の戦士に、剣の手解きをしてもらった。
筋がいいと言われ、その夜は嬉しくて眠れず、自分の未来を想像して夜を明かした。
魔術師にも教えられた。
「力も大事だけど、それを最大限効率よく使うにはここが重要さ」
若い魔術師は自分の頭を指差しながら微笑んだ。
精霊使いには名前を貰った。
「…なんて読むの?」
「カスイ。君の名前を遥か東の国の言葉で書くとこうなるんだよ。【変】これが【カ】。【水】これが【スイ】。どんな器にも合わせられる流れる水の如く、という意味さ」
やがて、冒険者たちは旅立っていった。
数年後、カスイは故郷を出た。
頼んだわけでもないのに、兄は「面白そうだから」と、ついてきた。
自分一人で英雄になれると過信していたわけではないので、荒っぽいが戦士としての腕は一流の兄が来てくれるのは内心嬉しかった。
旅立ってすぐ、隣町で謎の兄弟を拾った。
「拾ってくださいニャ~役に立ちますニャ~」と書かれた木箱に入って町外れでニャ~ニャ~鳴いていた。
見た目とは裏腹に、兄の方は古代魔術を、妹の方は軽業師の技と未熟ながら神の奇跡が行えるのが分かったときは驚きだった。
四人で旅することを決めた。
そして、船に乗り込んだ。
そして…。
「…にしても」
独り言だとしても大きすぎる声の兄の言葉に、カスイは過去への瞑想から現実に引き戻された。
「さっきから俺たち以外全く客が入ってこないな」
「当たり前でしょ。真っ昼間なんだから」
兄とは対照的に、果汁で割った果実酒をちびちびと口にやりながらカスイは答える。
(確かに戦士としての腕は上手だけど…ここまで酒狂い、女狂いだったなんて知らなかったわ)
船旅中、ラウールが一等客室の貴族の娘に手を出そうとして、危うく船から叩き落とされそうになったのを思い出す。
ニャントとニャッキーはと言えば、ニャ~ニャ~鳴きながら我関せずという態度。
謝り倒して兄の尻拭いをしたのはもちろんカスイだ。
カスイは、また過去の思いにふせった。
子供の頃出会った冒険者たちは輝いていた。
寡黙だが頼りになりそうな戦士、見た目からも知性が溢れ出ている魔術師、怖そうな顔をしていると思ったら沢山の手品を見せて驚かせてくれた義賊、優しくそして信念を持った神官、自然の不思議を教えてくれ名前を付けてくれた精霊使い。
それにひきかえ…と振り返ると、そこにいるのは、酒と女が大好きな口ばかり達者な戦士と、人の不幸が大好きでお気楽に生きているくせに何故か神の奇跡が起こせる軽業師、何を考えてるのか分からずいつもボーッとしている魔術師…。
(ホントに大丈夫かな…)
深いため息と共に、カスイは机に突っ伏した。
「なんだ、もう酔っ払っちまったのか?」
もう反論する気力もない。
(寝て起きたら、夢だった…なんてことないかな…)
と、あまりにも現実的でないことに希望を見出だそうとする。
(私が合わせる器ってこんなんなのかな…)
「マスター、あの人たち大丈夫なんですか?」
もう何度往復し、何度酒を運んだか分からないテーブルの集団を見ながら給仕娘が言った。
「何がだい?」
マスターと呼ばれたやや初老に差し掛かった男は、質問の意味は分かっているのにわざととぼけて見せると言うのが見え見えの態度で答える。
「分かっているくせに。あれがまともに仕事も出来ないような人たちだったらどうするんです?こんなにお酒とか出しちゃって。下手したら踏み倒されちゃいますよ」
そう言うと改めてその集団を見返した。
声も体も大きく一番目立つ男は、浅黒く焼けた肌にやや赤みがかった長髪を後ろ手に縛っている。
金属鎧を着けているが、体の動きが阻害されないよう板金は要所要所だけだ。
鎧に隠されていない二の腕は、給仕娘の太股回りほどはあろうか。
そして、そのけして低からぬ背丈と同じ程の丈を持つ重棍。
先端に棘付の鉄球を持つそれは、彼の類稀な力を純粋な破壊力に変えるだろう。
向かいに座る女は、兄と呼ばれている男とは肌の色も髪色も違った。
やや日に焼けているが、元々は色白なのだろう。
髪は黒髪だが、戦いの邪魔にならないように後ろに縛っているところは兄と同じだ。
長剣と大きな盾を持っているので、パッと見騎士かとも思えるが、盾に紋章はなく、鎧もよく見れば騎士の甲冑よりも動きやすさを優先しているものを着用しているのを見れば、兄と同じく流れの戦士と言ったところか。
床に座り込んでいる二匹…いや、二人はと言えば、うるさい方は革鎧にポケットが沢山付いたズボンを履き、おとなしい方は光を通さない濃い色のローブを来て、先に水晶が付いた杖を持っている。
明らかに盗賊と魔術師だ。
だが、そんな装い以上に目立っているものが…。
「…半妖精?」
給仕娘は自信無さげに呟く。
今まで噂には聞いていたが、見たことはなかった。
やや尖った耳や透き通るほどサラサラとした髪、少し目元がつり上がっていても端正な顔立ちはむしろ引き立って見える。
確かに聞いた通りの容姿ではあるのだが、あまりにも俗っぽいオーラが妖精という繊細なイメージの言葉からかけ離れて見えてしまう。
地べたに座っているとか、ニャ~ニャ~うるさいとか、それだけでも妖精という言葉の響きに浪漫を感じている人々にとっては幻滅なのだが、何より一番目を引くもの。
頭の上にもう一つ頭がある。
巨大な猫の顔が頭の上に乗っているのだ。
それは帽子以上の大きさで頭に覆い被さっているので、普段は頭にすっぽり被る物として機能しているものを、今は食事中だから額の上までずらしているのだろう。
「なんなんでしょう、あれ」
具体的なものを示さない給仕娘の質問ではあったが、「あれ」が何を指すのかは理解できたので、マスターと呼ばれた男は答えた。
「その昔、人間と妖精がお互い理解できないものとして仲が良くなかった頃、種としては諍いがあっても、個としては愛し合っていた者もいたわけだ。その間に産まれた半妖精は人間社会でも、妖精の世界でも疎まれて居場所がなかったんだよ。そのための自衛の手段として、半妖精たちは仮面を被って顔を隠し、フードを被って耳を隠していたということだ」
「でも、それって昔の話ですよね?今は人間と妖精が仲悪いとか、半妖精が迫害されてるとか聞いたことないですよ」
「あぁ、昔の話だな。あれも要は昔の名残かもな。まぁ、妖精程ではないにしても半妖精も長寿だって考えると、彼等にとってはそんな昔の話ってわけではないのかもしれん」
「だからってあれは…」
と言って、給仕娘は再び巨大な頭を見る。
ニャ~ニャ~言ってる声を聞いていると、その鳴き声が大きな猫の顔から出ている気がして、頭がクラクラしてきた。
「どれ、次の注文は俺が持っていくことにしよう」
そう言ってその場を離れようとする主人の声に、我に帰った給仕娘は抗議の声を上げる。
「ちょっとマスター!私の話聞いてたんですか!?」
「聞いてたよ。あいつら大丈夫かって話だろ?もちろん大丈夫だ」
「…ホントですか?」
目を細めて、まるで信じられないという顔の給仕娘に、主人は笑いながら答える。
「俺の目を信じろ。冒険者時代はいろんな奴等を見てきた。そして、この店でも色んな冒険者を見てきた。こいつらは危ういと感じた奴等は、俺がいくらアドバイスをしたとしても予想通りここには戻ってこなかった。何か持ってるって思えた奴等は必ずここに帰ってきた。で、あいつらは…何か持ってる奴等だ」
そう言うと主人は、注文された以上の酒と、山盛の砂糖菓子が入った器を持って彼等のテーブルに歩いていった。
その店の名は「鴎と隼亭」。
看板には店の名の下にこう書いてある。
「冒険者の店」と。
それがその街の名である。
叙情的なロマンも、叙景的な響きもなく、叙事的な意味でしかないその名は、確かにその街の気質を捉えていたと言えよう。
港町と言えば得てして、賑やかで、活気があり、目まぐるしい反面、喧嘩っ早く、せっかちで、落ち着きがないというものであったりするが、その街と言えば、落ち着いて、のどかで、静かに時が流れていた。
だからこそ、気の早い海の男たちには似つかわぬ、その冗長な街の名前が根付いたのかもしれない。
ただし、それはあくまでも、大きな帆船や、何十もの櫂を持ったガレー船が佇む大きな港町と比較してのものであり、山間に潜む小さな町や村と比べれば、港という多種多様な人種が流れ入ってくることは少なからずある以上、様々な色が混在していた。
明るい色は、街の表の顔である。
交易商人や旅芸人など、風と共に来て、季節と共に去っていく人々はもちろんのこと、市場や街の広場など、ここに根を生やしている人々が見せる風景がそれだ。
そして、暗い色ももちろんある。
繁華街を一本裏に入った道を行けば、一見乞食に見えるがその実は街の裏の縄張りを牛耳る盗賊組織の見張り番であることは言うに及ばず、何らかの理由で乗る船を失って溢れた船乗りが昼間から酒を飲んでいたり、けして表だって店を構えることができずに大きな声で言えないものを取り扱う商人が道行く人を値踏みするかのような目で見ていたりする。
そんな暗い色に属する人々は、目立たぬようにひっそりとその色を灯しているのが普通なのではあるが、中には強く光り、己の存在を主張する者たちがいる。
心無い者や、彼等たちに縁が無い者は、彼等のことをならず者やはみ出し者と呼び、やや理解のある者たちは、便利屋とか何でも屋と呼ぶ。
が、彼等たちは自らのことを、誇りを持ち、こう言う。
我々は「冒険者」だと。
「酒ぇ!」
とある酒場である。
閑散とした店内の入り口近くに腰を降ろした、一際大きな体格の男から発せられた簡潔極まりない注文の言葉に、向かいに座った女は、今日何度目かのため息を付きながらうんざりした顔で言う。
「…そんなに大きな声で言わなくても聞こえるでしょうに」
「しょうがねぇだろ、地声だ地声」
そう言うと、その声と変わらぬ大きさで楽しそうに笑う。
「それにな、声が大きいと言うのは」
「英雄の素質あり。戦で名乗りを上げるにも、馬上で命令するにも、平時では臣下臣民に演説するにも、必要とされるのはバカでかい声…でしょ」
言いたいことを棒読みの台詞で遮られたにも関わらず、男は不機嫌になるでもなく更に楽しそうに笑う。
「よく分かってらっしゃる、妹君」
「何度同じ台詞聞かされたと思ってるの」
「知らないのかお前。大事なことだから二度言いましたってことわざがあるの」
酔っ払いの屁理屈に反論したのは別の声だった。
「ニャハ!それはことわざじゃないニャ。間違えて同じこと言った時の言い訳ニャ」
席には男女二人が向かい合って腰掛けているだけである。
その声がどこから聞こえてきたかと言うと、床の上からである。
椅子に座るのではなく、地べたに座り込んでいる影が二つある。
その片割れが、楽しそうに男を見上げながら言ったのだ。
「酒のつまみにされたいか、クソ猫」
口の悪さと裏腹に男の顔はまだ楽しそうだ。
「ボクなんか食べるよりこっちの方が美味しいニャ。ね、ニャッキー」
そう言って床の上のもう一つの影を振り返りながら小粒の砂糖菓子を口に放り込むと、幸せそうに「ニャ~」と鳴く。
ニャッキーと呼ばれた方はと言えば、同じ砂糖菓子を表情も変えずにポリポリと食べている。
男はそこで、今日初めて顔をしかめた。
「ガキじゃあるまいし、そんな物食えるかっての。酒はいいぞ。そして、新しい街に来たらまずその街の酒を飲めってな。辛気臭い味ならその街も辛気臭い街だ。艶っぽい味ならその街には楽しいことがありそうだ」
「その話も何度も聞いた」
どうも、妹君と呼ばれた女が冷めれば冷めるほど、兄と思われるその男は嬉しいらしく、やや呂律が回らない口調で問い詰める。
「じゃ、言わせてもらうがな、カスイよ。お前は俺たちをここに連れてきた責任ってものをちゃんと考えてるのか?」
「責任?」
「だろうがよ。お前が行き先を決めるのに棒っ切れを倒した。その先が港だったから船に乗り、この街に着いた。さぁどうする?」
「それ、私のせいなの!?」
「行くも帰るも風任せに雲任せ。あ~博打好きの妹を持つ兄は辛いね」
バンッッ!
テーブルに両掌を叩きつけ、女は立ち上がる。
「お、怒った怒った」
男は今日一番の嬉しそうな顔だ。
「まぁまぁ、キャスィもラウールも、喧嘩は良くないニャン♪」
言葉とは真逆の楽しそうな響きをした声に向かって女は怒鳴り付ける。
「うるさいニャント!思ってもないこと言うな!それに、私の名前はカ・ス・イだ!いい加減覚えろ!」
それを聞いた男のテンションは最高潮に達したらしい。
膝を叩きながら大笑いすると、ニャントに言う。
「そうだぞ、これは喧嘩ではなく愛すべき兄と妹のコミュニケーションだ。な、キャスィちゃん」
ラウールの言葉が止めになると思いきや、寸でのところで諦めたかのように脱力してカスイはどっかと椅子に腰を降ろす。
「なんだよ、つまんねぇな」
「つまんないニャ~」
「ポリポリ」
はぁ~と大きなため息が出てしまう。
本当にこいつらと一緒で大丈夫なのだろうか?
何度も心に思ったことがまたもカスイの頭の中をぐるぐると回る。
小さな頃から、お伽噺や吟遊詩人が奏でる英雄譚が好きだった。
姫を守り竜に立ち向かう英雄。
異界より降臨した悪魔と百の勇者。
魔法によって産み出された物言わぬ巨像。
そんな話が大好きだった。
同時に親からは、愛する人と添い遂げるのが女の一番の幸せとも言われたが、それは耳に入ってこなかった。
ある日、故郷に冒険者と呼ばれる旅人が来た。
彼等のことを眉を潜めて話す大人も多かったが、カスイにとっては、こういう生き方もあるという発見が驚きだった。
冒険者一行の戦士に、剣の手解きをしてもらった。
筋がいいと言われ、その夜は嬉しくて眠れず、自分の未来を想像して夜を明かした。
魔術師にも教えられた。
「力も大事だけど、それを最大限効率よく使うにはここが重要さ」
若い魔術師は自分の頭を指差しながら微笑んだ。
精霊使いには名前を貰った。
「…なんて読むの?」
「カスイ。君の名前を遥か東の国の言葉で書くとこうなるんだよ。【変】これが【カ】。【水】これが【スイ】。どんな器にも合わせられる流れる水の如く、という意味さ」
やがて、冒険者たちは旅立っていった。
数年後、カスイは故郷を出た。
頼んだわけでもないのに、兄は「面白そうだから」と、ついてきた。
自分一人で英雄になれると過信していたわけではないので、荒っぽいが戦士としての腕は一流の兄が来てくれるのは内心嬉しかった。
旅立ってすぐ、隣町で謎の兄弟を拾った。
「拾ってくださいニャ~役に立ちますニャ~」と書かれた木箱に入って町外れでニャ~ニャ~鳴いていた。
見た目とは裏腹に、兄の方は古代魔術を、妹の方は軽業師の技と未熟ながら神の奇跡が行えるのが分かったときは驚きだった。
四人で旅することを決めた。
そして、船に乗り込んだ。
そして…。
「…にしても」
独り言だとしても大きすぎる声の兄の言葉に、カスイは過去への瞑想から現実に引き戻された。
「さっきから俺たち以外全く客が入ってこないな」
「当たり前でしょ。真っ昼間なんだから」
兄とは対照的に、果汁で割った果実酒をちびちびと口にやりながらカスイは答える。
(確かに戦士としての腕は上手だけど…ここまで酒狂い、女狂いだったなんて知らなかったわ)
船旅中、ラウールが一等客室の貴族の娘に手を出そうとして、危うく船から叩き落とされそうになったのを思い出す。
ニャントとニャッキーはと言えば、ニャ~ニャ~鳴きながら我関せずという態度。
謝り倒して兄の尻拭いをしたのはもちろんカスイだ。
カスイは、また過去の思いにふせった。
子供の頃出会った冒険者たちは輝いていた。
寡黙だが頼りになりそうな戦士、見た目からも知性が溢れ出ている魔術師、怖そうな顔をしていると思ったら沢山の手品を見せて驚かせてくれた義賊、優しくそして信念を持った神官、自然の不思議を教えてくれ名前を付けてくれた精霊使い。
それにひきかえ…と振り返ると、そこにいるのは、酒と女が大好きな口ばかり達者な戦士と、人の不幸が大好きでお気楽に生きているくせに何故か神の奇跡が起こせる軽業師、何を考えてるのか分からずいつもボーッとしている魔術師…。
(ホントに大丈夫かな…)
深いため息と共に、カスイは机に突っ伏した。
「なんだ、もう酔っ払っちまったのか?」
もう反論する気力もない。
(寝て起きたら、夢だった…なんてことないかな…)
と、あまりにも現実的でないことに希望を見出だそうとする。
(私が合わせる器ってこんなんなのかな…)
「マスター、あの人たち大丈夫なんですか?」
もう何度往復し、何度酒を運んだか分からないテーブルの集団を見ながら給仕娘が言った。
「何がだい?」
マスターと呼ばれたやや初老に差し掛かった男は、質問の意味は分かっているのにわざととぼけて見せると言うのが見え見えの態度で答える。
「分かっているくせに。あれがまともに仕事も出来ないような人たちだったらどうするんです?こんなにお酒とか出しちゃって。下手したら踏み倒されちゃいますよ」
そう言うと改めてその集団を見返した。
声も体も大きく一番目立つ男は、浅黒く焼けた肌にやや赤みがかった長髪を後ろ手に縛っている。
金属鎧を着けているが、体の動きが阻害されないよう板金は要所要所だけだ。
鎧に隠されていない二の腕は、給仕娘の太股回りほどはあろうか。
そして、そのけして低からぬ背丈と同じ程の丈を持つ重棍。
先端に棘付の鉄球を持つそれは、彼の類稀な力を純粋な破壊力に変えるだろう。
向かいに座る女は、兄と呼ばれている男とは肌の色も髪色も違った。
やや日に焼けているが、元々は色白なのだろう。
髪は黒髪だが、戦いの邪魔にならないように後ろに縛っているところは兄と同じだ。
長剣と大きな盾を持っているので、パッと見騎士かとも思えるが、盾に紋章はなく、鎧もよく見れば騎士の甲冑よりも動きやすさを優先しているものを着用しているのを見れば、兄と同じく流れの戦士と言ったところか。
床に座り込んでいる二匹…いや、二人はと言えば、うるさい方は革鎧にポケットが沢山付いたズボンを履き、おとなしい方は光を通さない濃い色のローブを来て、先に水晶が付いた杖を持っている。
明らかに盗賊と魔術師だ。
だが、そんな装い以上に目立っているものが…。
「…半妖精?」
給仕娘は自信無さげに呟く。
今まで噂には聞いていたが、見たことはなかった。
やや尖った耳や透き通るほどサラサラとした髪、少し目元がつり上がっていても端正な顔立ちはむしろ引き立って見える。
確かに聞いた通りの容姿ではあるのだが、あまりにも俗っぽいオーラが妖精という繊細なイメージの言葉からかけ離れて見えてしまう。
地べたに座っているとか、ニャ~ニャ~うるさいとか、それだけでも妖精という言葉の響きに浪漫を感じている人々にとっては幻滅なのだが、何より一番目を引くもの。
頭の上にもう一つ頭がある。
巨大な猫の顔が頭の上に乗っているのだ。
それは帽子以上の大きさで頭に覆い被さっているので、普段は頭にすっぽり被る物として機能しているものを、今は食事中だから額の上までずらしているのだろう。
「なんなんでしょう、あれ」
具体的なものを示さない給仕娘の質問ではあったが、「あれ」が何を指すのかは理解できたので、マスターと呼ばれた男は答えた。
「その昔、人間と妖精がお互い理解できないものとして仲が良くなかった頃、種としては諍いがあっても、個としては愛し合っていた者もいたわけだ。その間に産まれた半妖精は人間社会でも、妖精の世界でも疎まれて居場所がなかったんだよ。そのための自衛の手段として、半妖精たちは仮面を被って顔を隠し、フードを被って耳を隠していたということだ」
「でも、それって昔の話ですよね?今は人間と妖精が仲悪いとか、半妖精が迫害されてるとか聞いたことないですよ」
「あぁ、昔の話だな。あれも要は昔の名残かもな。まぁ、妖精程ではないにしても半妖精も長寿だって考えると、彼等にとってはそんな昔の話ってわけではないのかもしれん」
「だからってあれは…」
と言って、給仕娘は再び巨大な頭を見る。
ニャ~ニャ~言ってる声を聞いていると、その鳴き声が大きな猫の顔から出ている気がして、頭がクラクラしてきた。
「どれ、次の注文は俺が持っていくことにしよう」
そう言ってその場を離れようとする主人の声に、我に帰った給仕娘は抗議の声を上げる。
「ちょっとマスター!私の話聞いてたんですか!?」
「聞いてたよ。あいつら大丈夫かって話だろ?もちろん大丈夫だ」
「…ホントですか?」
目を細めて、まるで信じられないという顔の給仕娘に、主人は笑いながら答える。
「俺の目を信じろ。冒険者時代はいろんな奴等を見てきた。そして、この店でも色んな冒険者を見てきた。こいつらは危ういと感じた奴等は、俺がいくらアドバイスをしたとしても予想通りここには戻ってこなかった。何か持ってるって思えた奴等は必ずここに帰ってきた。で、あいつらは…何か持ってる奴等だ」
そう言うと主人は、注文された以上の酒と、山盛の砂糖菓子が入った器を持って彼等のテーブルに歩いていった。
その店の名は「鴎と隼亭」。
看板には店の名の下にこう書いてある。
「冒険者の店」と。
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