6 / 13
第二章
06
しおりを挟む
「…………それは」
エリュガードは、言葉に詰まった。
分からない、と全身で叫んでいるかのような、苦しい沈黙だった。
そんなことは、分かっていたはずなのに。
彼がたとえ転生者だとしても、私のヘルクではないことくらい。
父の面影をエリュガードに重ねてしまっているのは、自分なんだってぐらい。悲しみから逃れるために、別の強い感情に縋ろうとしていることぐらい。そして、そんな自分を、私は嫌いなんだってことぐらい。
……私は、エリュガードの優しさに甘えているな。
でも……それでも、信じてみたかった。
もう一度、ヘルクに会いたかったから。
「もしかして、シャーナ……お前……」
エリュガードが何かを言いかけたが、続く言葉を喉の奥に飲み込んでしまう。
「……やっぱり、何でもない。ごめん、シャーナ」
「言ってよ、エリュガード! 私には何でも話してくれるんじゃなかったの!?」
私の強い言葉に、エリュガードはびくりと肩を震わせた。
「……お前は、……なのか」
「え……?」
「お前は、レイナ……なのか?」
レイナ。
……知らない名前。
そっか……やっぱり、違ったんだ。
失望が胸に広がり、視界が滲む。けれど、それ以上に私の心を捉えたのは……目の前にある、エリュガードの顔だった。
くしゃくしゃに歪んだ、泣き顔。
私が初めて見る、彼の弱さだった。
「ごめん、シャーナ……! ごめんな! お前がレイナじゃないのは分かってる! だけど、俺は……!」
私は、彼の苦しむ顔が見ていられなくて、昨日エルザを抱きしめた時よりも、ずっと強くその体を抱きしめた。
「絶対に離さない。私は、絶対にあなたと、ずっと一緒にいるから」
腕の中で、エリュガードは子供のように何度も頷き、「ごめん、シャーナ……!」と繰り返した。
でも、違う。謝ってほしいんじゃない。
私は、そんなあなたの弱さも全部含めて、好きなのだから。
「大丈夫だよ、エリュガード。私は、ずっとあなたの味方だから」
ねえ、エリュガード。
この想いは、あなたの心に届いていますか?
****
「港町ウォルトン? 確か、あの民衆に愛された大海賊がいる街のこと?」
気持ちの良い夏風と、朝日が私達を包む。そんな素敵で開放的な日のこと。エルザは、次行く街に関する意外な提案を出す。
海賊の街シラス。その街は確かに海上貿易の豊富な港町であるが、その実態は、違法な海上貿易を行い、その市場価値を無視した商品の代金を、貴族や王族といった金に疎い富者達から貪り取る悪代官じみた英雄的存在が街を牛耳っている。
そして、その相手の足元を見ながら商いを行う民衆のヒーローこそが、大海賊団"シーガレオ"である。
ここで、私には一抹の違和感が生まれた。
その違和感は、私の鼻の奥でむずむずしく残り続ける。
「なら、その悪い海賊はどうして、民衆のヒーローになれたの?」
すると、エルザは意地悪そうに、うっとりとするような笑顔で、微笑む。
「それはね。行ってみたら分かると思うよ。何事も経験が大切だからね」
****
翌日の朝。メアリー以外の私達3人は、早起きして、前日の荷造りの続きに、せっせと取り組む。私達は、流れる汗を力に変えて、前日休んだ分の荷造りを終わらせる。
そして、私はメアリーのことが気がかりになった。ちゃんと寝れてるだろうかとか…彼女の幼い精神は大丈夫だろうか…とか。
というのも、どうやら、メアリーは昨日の作業で疲れて、寝てしまったらしい。私は、そんな幼い彼女の小さな身体に、厚くてもふもふの毛布をかけてやった。
私は、そんな彼女の愛しい寝顔に、そっと口づけをして、彼女の耳元で囁いた。
「君も…死なないでね。メアリー」
その囁きを意に介さないぐらい、ぐっすりと寝ている彼女の寝顔を見て、満足した私は、シラカバの木材で作られたドアノブに手をかけ、「ゆっくり寝るんだよ」と囁き声で呟き、部屋を出ようとする。
その時、メアリーは、むにゃむにゃ声で、寝言を呟く。
「………アンナ」
アンナ・ロード。
それが、私の前世の名前だ。
私は、あまりの驚きで、その場に立ちすくんだ。
なんで…
なんで、メアリーが私の前世の名前を知ってるの?
エリュガードは、言葉に詰まった。
分からない、と全身で叫んでいるかのような、苦しい沈黙だった。
そんなことは、分かっていたはずなのに。
彼がたとえ転生者だとしても、私のヘルクではないことくらい。
父の面影をエリュガードに重ねてしまっているのは、自分なんだってぐらい。悲しみから逃れるために、別の強い感情に縋ろうとしていることぐらい。そして、そんな自分を、私は嫌いなんだってことぐらい。
……私は、エリュガードの優しさに甘えているな。
でも……それでも、信じてみたかった。
もう一度、ヘルクに会いたかったから。
「もしかして、シャーナ……お前……」
エリュガードが何かを言いかけたが、続く言葉を喉の奥に飲み込んでしまう。
「……やっぱり、何でもない。ごめん、シャーナ」
「言ってよ、エリュガード! 私には何でも話してくれるんじゃなかったの!?」
私の強い言葉に、エリュガードはびくりと肩を震わせた。
「……お前は、……なのか」
「え……?」
「お前は、レイナ……なのか?」
レイナ。
……知らない名前。
そっか……やっぱり、違ったんだ。
失望が胸に広がり、視界が滲む。けれど、それ以上に私の心を捉えたのは……目の前にある、エリュガードの顔だった。
くしゃくしゃに歪んだ、泣き顔。
私が初めて見る、彼の弱さだった。
「ごめん、シャーナ……! ごめんな! お前がレイナじゃないのは分かってる! だけど、俺は……!」
私は、彼の苦しむ顔が見ていられなくて、昨日エルザを抱きしめた時よりも、ずっと強くその体を抱きしめた。
「絶対に離さない。私は、絶対にあなたと、ずっと一緒にいるから」
腕の中で、エリュガードは子供のように何度も頷き、「ごめん、シャーナ……!」と繰り返した。
でも、違う。謝ってほしいんじゃない。
私は、そんなあなたの弱さも全部含めて、好きなのだから。
「大丈夫だよ、エリュガード。私は、ずっとあなたの味方だから」
ねえ、エリュガード。
この想いは、あなたの心に届いていますか?
****
「港町ウォルトン? 確か、あの民衆に愛された大海賊がいる街のこと?」
気持ちの良い夏風と、朝日が私達を包む。そんな素敵で開放的な日のこと。エルザは、次行く街に関する意外な提案を出す。
海賊の街シラス。その街は確かに海上貿易の豊富な港町であるが、その実態は、違法な海上貿易を行い、その市場価値を無視した商品の代金を、貴族や王族といった金に疎い富者達から貪り取る悪代官じみた英雄的存在が街を牛耳っている。
そして、その相手の足元を見ながら商いを行う民衆のヒーローこそが、大海賊団"シーガレオ"である。
ここで、私には一抹の違和感が生まれた。
その違和感は、私の鼻の奥でむずむずしく残り続ける。
「なら、その悪い海賊はどうして、民衆のヒーローになれたの?」
すると、エルザは意地悪そうに、うっとりとするような笑顔で、微笑む。
「それはね。行ってみたら分かると思うよ。何事も経験が大切だからね」
****
翌日の朝。メアリー以外の私達3人は、早起きして、前日の荷造りの続きに、せっせと取り組む。私達は、流れる汗を力に変えて、前日休んだ分の荷造りを終わらせる。
そして、私はメアリーのことが気がかりになった。ちゃんと寝れてるだろうかとか…彼女の幼い精神は大丈夫だろうか…とか。
というのも、どうやら、メアリーは昨日の作業で疲れて、寝てしまったらしい。私は、そんな幼い彼女の小さな身体に、厚くてもふもふの毛布をかけてやった。
私は、そんな彼女の愛しい寝顔に、そっと口づけをして、彼女の耳元で囁いた。
「君も…死なないでね。メアリー」
その囁きを意に介さないぐらい、ぐっすりと寝ている彼女の寝顔を見て、満足した私は、シラカバの木材で作られたドアノブに手をかけ、「ゆっくり寝るんだよ」と囁き声で呟き、部屋を出ようとする。
その時、メアリーは、むにゃむにゃ声で、寝言を呟く。
「………アンナ」
アンナ・ロード。
それが、私の前世の名前だ。
私は、あまりの驚きで、その場に立ちすくんだ。
なんで…
なんで、メアリーが私の前世の名前を知ってるの?
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~
ねるねわかば
恋愛
悪路に閉ざされた貧しい辺境ルースライン領。
兄を支えたい子爵令嬢リゼは、視察に来た調査官のずさんな仕事に思わず異議を唱える。
異議を唱えた相手は、侯爵家の子息で冷静沈着な官吏ギルベルト。
最悪の出会いだった二人だが、領の問題に向き合う中で互いの誠実さを知り、次第に理解し合っていく。
やがてリゼが王都で働き始めたことを機に距離を縮める二人。しかし立ちはだかるのは身分差と政略結婚という現実。自分では彼の未来を縛れないと、リゼは想いを押し込めようとする。
そんな中、故郷の川で拾われる“名もなき石”が思わぬ縁を呼び、リゼの選択と領の未来を動かしていく――。
想いと責務の狭間で揺れる青年と、自分を後回しにしがちな少女。
すれ違いと葛藤の先で、二人は互いを選び取れるのか。
辺境令嬢の小さな勇気が恋と運命を変えていく。
※作中の仕事や災害、病、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。
※8万字前後になる予定です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる