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第八話
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「勘弁してください!」
殆ど悲鳴のような声が私の思考を切り裂いた。
ぼうっとしていた世界に、音が、光が、洪水のようになだれ込んでくる。
同時に、アンの温かい身体がが私に覆いかぶさった。
やわらかな手が私の傷ごと頬を包み込む。
アンは泣きながら私の身体を抱きしめていた。
「この子は! 私たちの大切な家族なんです!
頭が良くて、大人びているけれど、可愛くて、寝顔なんか本当に天使みたいで……、
やっと少し笑えるようになってきた、そういう、私の可愛い……!」
最期の方はもう何を言っているのか分からないが、ただ、震えるアンの身体は暖かかった。
「この子殺すなら、私たちを殺してからにしてください」
静かな声でジュールが言う。こんなに怒りをこらえた声は初めて聞いた。
ブルーがジュールの足元で激しく唸り声をあげている。
――私はやはり「悪い魔女」なのかもしれない。
私はアンからそっと身体を離すと一歩前に出た。
自然と口元に笑みが浮かぶ。
――こんな状況なのに、うれしいと思ってしまうなんて。
私はなお向けられている切っ先にぐいと額を押し付けると男を見上げた。
男がかすかに動揺し、剣先を引くのが分かる。
もう、男たちの視線など気にならない。
私は口を開いた。
「国軍の誇り高き軍人は国のため、どんな恐ろしい敵にもその剣を向けることを厭わないと聞く」
男の瞳がひるんだように揺れる。
「ああ。そうだ。我々の剣は祖国のためにある」
「その剣の切っ先はいま、非力な子どもに向けられているわけだが、貴様はその振る舞いを双頭の鷹に誓って誇れるのか?」
「なっ――」
「私も彼らも武器すら持たぬこの国の善き民。「国とは即ち民」これは建国の王の言葉だ。つまり、貴様の剣は今国に向けられているということになる」
「き、詭弁だ!!」
「詭弁? 笑わせるな。私は一介の子どもにすぎない。多少便が立ったところで、教養ある軍人を言い負かすことなどできるわけがないだろう」
男の顔がさっと赤くなる。剣先は今やぶるぶると震えていた。
「それとも――」
私は一歩前に出ると、男の顔を下から見上げた。
「貴様は『気味の悪いガキ』に口で勝つこともできないのか?」
「このガキっ――!」
男の目がかっと見開かれ、剣が振り上げられたその時だった。
「君の負けだよ、ヴィクトル」
凛とした声が響き、男は剣を振り上げた格好のまま制止した。
扉の奥からロベルトが姿を現す。
「彼らは僕の命の恩人だ。良かったね、その剣を振り下ろしていなくて」
口調こそ静かなものの、そこにはその場にいる者全員に畏れを感じさせるものがあった。
ヴィクトルと呼ばれた軍人の男は震える手をなんとか抑えながら、剣を腰に戻すと、馬から降り、恭しく頭を下げた。
後ろの者たちもそれに続く。
「ご……、ご無事で何よりでございます。王太子殿下」
ロベルトは軽くうなずくと男の元へ歩み出た。
「お、王太子殿下って……」
緊張の糸が切れたのか、アンが地面にへたり込む。
ジュールも茫然と立ち尽くしたままだ。
ある程度の身分とは思っていたが、まさかそこまでとは。
私はロベルトに視線を向けた。視線に気が付いたロベルトがにこやかに手を振って見せる。
(私、こいつにすごく失礼なこと言ったような気が……)
私は顔が引きつるのを感じた。
「迎えが来ちゃったからもう帰らなくちゃ。いろいろと本当にありがとう」
そしてアンとジュールに向き直ると頭を下げる。
「彼らの数々の非礼、お詫び申し上げます。あなた方への御恩は忘れません」
アンとジュールは驚きで口もきけない様子だ。
いやいやとか、あわあわとか言いながら頭を地面にこすりつけている。
どうしていいのか分からなくなったブルーがその場でぐるぐると円を描く。
それを見ると、ロベルトはほほ笑んだ。
これまでの笑顔とは違う、少し悲しそうな微笑みだった。
ロベルトは軍人たちに連れられてきた白馬にまたがると、こちらに振り返った。
「エマ、いつか城に遊びに来てよ。また君に会いたいんだ」
「私はもうこんな揉め事はごめんだ」
いつもの口調で返すと、ロベルトは声をたてて笑った。
私とロベルトのやり取りを軍人たちが引きつった表情で見ている気がするがどうでもいい。私は疲れていた。
「じゃあ!またね!!」
「二度と馬から落ちるなよ」
ロベルトは大きく手を振ると、取り巻きの軍人たちと共に森の入り口へと帰っていった。
殆ど悲鳴のような声が私の思考を切り裂いた。
ぼうっとしていた世界に、音が、光が、洪水のようになだれ込んでくる。
同時に、アンの温かい身体がが私に覆いかぶさった。
やわらかな手が私の傷ごと頬を包み込む。
アンは泣きながら私の身体を抱きしめていた。
「この子は! 私たちの大切な家族なんです!
頭が良くて、大人びているけれど、可愛くて、寝顔なんか本当に天使みたいで……、
やっと少し笑えるようになってきた、そういう、私の可愛い……!」
最期の方はもう何を言っているのか分からないが、ただ、震えるアンの身体は暖かかった。
「この子殺すなら、私たちを殺してからにしてください」
静かな声でジュールが言う。こんなに怒りをこらえた声は初めて聞いた。
ブルーがジュールの足元で激しく唸り声をあげている。
――私はやはり「悪い魔女」なのかもしれない。
私はアンからそっと身体を離すと一歩前に出た。
自然と口元に笑みが浮かぶ。
――こんな状況なのに、うれしいと思ってしまうなんて。
私はなお向けられている切っ先にぐいと額を押し付けると男を見上げた。
男がかすかに動揺し、剣先を引くのが分かる。
もう、男たちの視線など気にならない。
私は口を開いた。
「国軍の誇り高き軍人は国のため、どんな恐ろしい敵にもその剣を向けることを厭わないと聞く」
男の瞳がひるんだように揺れる。
「ああ。そうだ。我々の剣は祖国のためにある」
「その剣の切っ先はいま、非力な子どもに向けられているわけだが、貴様はその振る舞いを双頭の鷹に誓って誇れるのか?」
「なっ――」
「私も彼らも武器すら持たぬこの国の善き民。「国とは即ち民」これは建国の王の言葉だ。つまり、貴様の剣は今国に向けられているということになる」
「き、詭弁だ!!」
「詭弁? 笑わせるな。私は一介の子どもにすぎない。多少便が立ったところで、教養ある軍人を言い負かすことなどできるわけがないだろう」
男の顔がさっと赤くなる。剣先は今やぶるぶると震えていた。
「それとも――」
私は一歩前に出ると、男の顔を下から見上げた。
「貴様は『気味の悪いガキ』に口で勝つこともできないのか?」
「このガキっ――!」
男の目がかっと見開かれ、剣が振り上げられたその時だった。
「君の負けだよ、ヴィクトル」
凛とした声が響き、男は剣を振り上げた格好のまま制止した。
扉の奥からロベルトが姿を現す。
「彼らは僕の命の恩人だ。良かったね、その剣を振り下ろしていなくて」
口調こそ静かなものの、そこにはその場にいる者全員に畏れを感じさせるものがあった。
ヴィクトルと呼ばれた軍人の男は震える手をなんとか抑えながら、剣を腰に戻すと、馬から降り、恭しく頭を下げた。
後ろの者たちもそれに続く。
「ご……、ご無事で何よりでございます。王太子殿下」
ロベルトは軽くうなずくと男の元へ歩み出た。
「お、王太子殿下って……」
緊張の糸が切れたのか、アンが地面にへたり込む。
ジュールも茫然と立ち尽くしたままだ。
ある程度の身分とは思っていたが、まさかそこまでとは。
私はロベルトに視線を向けた。視線に気が付いたロベルトがにこやかに手を振って見せる。
(私、こいつにすごく失礼なこと言ったような気が……)
私は顔が引きつるのを感じた。
「迎えが来ちゃったからもう帰らなくちゃ。いろいろと本当にありがとう」
そしてアンとジュールに向き直ると頭を下げる。
「彼らの数々の非礼、お詫び申し上げます。あなた方への御恩は忘れません」
アンとジュールは驚きで口もきけない様子だ。
いやいやとか、あわあわとか言いながら頭を地面にこすりつけている。
どうしていいのか分からなくなったブルーがその場でぐるぐると円を描く。
それを見ると、ロベルトはほほ笑んだ。
これまでの笑顔とは違う、少し悲しそうな微笑みだった。
ロベルトは軍人たちに連れられてきた白馬にまたがると、こちらに振り返った。
「エマ、いつか城に遊びに来てよ。また君に会いたいんだ」
「私はもうこんな揉め事はごめんだ」
いつもの口調で返すと、ロベルトは声をたてて笑った。
私とロベルトのやり取りを軍人たちが引きつった表情で見ている気がするがどうでもいい。私は疲れていた。
「じゃあ!またね!!」
「二度と馬から落ちるなよ」
ロベルトは大きく手を振ると、取り巻きの軍人たちと共に森の入り口へと帰っていった。
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