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第一章 学園編
012.魔道学始まりました!
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今日は待ちに待った魔力の授業初日。
魔力の授業を受け持つ先生はデネブ先生とおっしゃって、女性だ。
妖艶な色気を持つ、熟女! って感じ。
私が先生と同い年になったとしても、こうはなるまい……。
この世界では、十六歳になる年の一日、つまり一月一日に一斉に集められて魔力の有無を、貴族も平民も行う。
平民にとって魔力がないことは大きな問題ではない為、ただの確認作業というか、儀式的な感じらしい。
貴族にとっても、魔力がなくても生活に支障はない。
ない場合はお金で魔力を買って領地に注ぎ込むなどすればいいし、まったくない人はその次の世代が魔力を大量に持つことがほとんどの為、女性なら嫁にもらいたいと言われるらしい。
私も今年の一月一日に親に連れられて魔力の有無をチェックし、まぁ、まず魔力関連で困ることはないだろうとのお墨付きをいただいたので、安心して魔道具が作れそう!
デネブ先生は教壇に立つと、にっこり微笑んだ。
「ご機嫌よう、皆さま。私はデネブ・カーネリアン。本日より皆様に魔道学を指南させていただきます」
カーネリアン家は代々魔力の第一人者として名を馳せている一族で、国内でもその魔力量は随一なのだそうだ。
一族みんながそうだから、魔力が余っていて、魔道具作りまくったり、魔石にして国に売ったりしてこの国の魔力事情を支えているらしい。
「皆さまは、新年の初日に魔力の測定をされ、魔力を持っていらっしゃる為、この授業に望んでらっしゃると思います」
そう、この授業は、魔力がない人は受けられない。
丸々自習になるようだ。
デネブ先生は黒板に人型をチョークで描いていく。
「私たちは、身の内に魔力を内包しております。内包する量は人によって異なります。少なめな方、多めな方、色々でございます」
人型のおなかのあたりに容量を示す箱みたいなものを描いていく。
「この内包する量、容量、と表現されますが、容量は変えることは出来ません。
現在の魔道学では、何が作用して容量の増減に影響しているのかは不明です。
まったく魔力をお持ちでない方だとしても、お子様は逆に大容量を持ってお生まれになることが多く、その因果関係についても究明中です」
その人が発現出来なかった魔力が、そっくりそのまま次世代に移行するような感じだろうか?
「魔力により出来ることは、三つです」
まず一つ、と言って黒板に大きめの楕円が描かれ、領地と書かれた。その楕円の中にもう一つの円を描くと、町、と記入する。
「領地内には私たち人間以外の生物が当然おります。野生の動物たちですね。野生の動物たちはすべからく魔力を有し、野生の動物を仕留めると魔石が取れます。植物などから魔石は取れませんが、微量ながら保持しているということが分かっています」
植物の魔力、エッセンシャルオイルみたいに抽出したら取れたりしないかな?
「野生動物は基本、人の生活圏に侵入することはないのですが、亜族と呼ばれる生命体は、私たち人間の生活圏を脅かす存在です。恐ろしく強く、私たち人間では到底打ち倒せる存在ではありません」
デネブ先生は黒板に変な鬼みたいな絵を書いて、矢印をつけ、亜族、と記入した。
「その為、町を結界で守り、亜族の侵入を防ぐ必要があります。ここで第一の魔力の使い道ですね、魔力で結界を維持します」
二つ目、と言って黒板に描いていた絵を全部黒板消しで消すと、人型を描き、その隣に楕円を書くと、人から楕円に向かって矢印を描く。
「私たちの身の内を巡る魔力を、外に排出することで、魔石が出来上がります。魔石の使い道としては、皆さまもご存知の通り、大通りなどにある街灯などが分かりやすいのではないかしら。あれは蝋燭の炎ではなく、魔力により灯されている明かりです」
あとは、冷蔵庫やレンジですね、と付け足される。
「ですがこういった生活必需品には魔石を利用しても、それ以外ではあまり使われることはありません。魔石は大変高価ですからね」
それから三つ目、と指を3本たてる。
「魔力を使って、全く別の物を作ります。今からちょっとお見せしますね」
デネブ先生はポケットから鉛筆を取り出した。
鉛筆を教卓の上に置き、両手を鉛筆にかざす。
両手から光が溢れ、鉛筆に吸収されていく。
光が鉛筆を完全に覆い尽くしたと思うと、鉛筆と、小さいダイアモンドが出来上がっていた。
鉛筆を持ち上げ、芯が私たちに見えるように見せてくれる。
鉛筆にある筈の芯が無い。
「鉛筆の芯は炭素で構成されています。それからこちらのダイアモンドも炭素で出来ています。私が行ったのは鉛筆の芯を変質させ、同じ炭素で出来ているダイアモンドにしたのです」
みんながおぉーっ、と声をあげる。
私も思わず声をあげてしまった。
「これが魔力の使い道の三つ目。変成です。この、物質を変質させることで、全く別の物を作り出すことが出来ます。変成によって作り出されたものは、魔道具と呼ばれます。今回のは分かりやすくする為に宝石に変えたので、魔道具とは呼ばれませんが」
ファンタジーの世界にしかなかった錬金術を、経験出来るんだ!
そう思うとワクワクしてくる。
「ですが、魔道具の作成には瞬間的にそれなりの魔力を要します。また、この作業時に魔石は使えませんので、魔導値が80を超えていない方は、この作業が出来ません」
えぇーっ、という声があちこちからおきる。
多分、魔導値が80に満たない生徒たちだろう。
そうなのだ、魔導値が80を超えないと、魔道具は作れない。ちなみに私は115。
魔道具を作るのに問題ない数値である。
一般貴族は80前後とのことなので、私は結構多い。
「魔導値が80を切る方は、魔道具作成の講座には出席出来ません」
魔導値のふるいにかけられると、大半の生徒は基準値以下になるらしく、実技の授業を受けられる生徒は、一クラス分に満たないぐらいに減ってしまう。
魔力のコントロールは人によってその才能と言うか、センスに作用されるので、学年関係なく、習熟度に合わせて課題が変わっていくスタイルになっている、とデネブ先生はおっしゃった。
卒業時にマスター出来ていない人は、諦めるか、個人的に教師を雇って教えを乞うことが出来るようだけど、大半の人はそこまでを望んでいない為、諦めてしまうらしい。
なんて勿体ない! と私なら思うけど、この力の使い道に関心がなければ、魔力はただ単に結界維持以外の何物でもないだろうな。
それにしても……実技の授業、キャロルも絶対来るよね……。
ずば抜けた魔力の持ち主、ってことだし。
……あまり、考えないようにしよう、うん。
授業を終え、私とルシアンは食堂に向かった。
「魔道学はいかがでした?」
ルシアンのクラスは午後から授業があるらしい。
「適性が重要そうな授業ですけれど、その分やり甲斐はありそうです」
「なるほど。それは楽しみですね」
先日の図書室での羞恥プレイから一転、ルシアンの私溺愛の度合いは格段に落ち着いた。
溺愛がなくなった訳ではないのだけど、抑えめになった。
ルシアン曰く、度合いを理解しましたので、今後は適切な対処方法でいこうと思います、と、仕事みたいなことを言われた。
甘々生活に心臓と精神がかなり悲鳴を上げていたので、今のルシアンの抑えめな態度は大変ありがたいし、一緒にいることに抵抗感がなくなってきた。
ベタ甘なのを求めているらしいモニカは、憤慨していたけど……。
モニカよ、私のことはいいから、そろそろ自分のことをだね……と、保護者みたいなことを思ってしまったりする。
「そう言えば、ミチル様は今も乗馬をなさってるんですか?」
「いえ、婚約者のいる淑女が、婚約者以外の方と乗馬などはしたない、とお父様に怒られてしまったので、ずっとやっておりませんの」
そう、それなのだ。
せっかくある程度走れるようになったのに、もうずっとやってないから、上手く乗れなさそう。
だから最近はランニングしかしてない。
「それは、婚約者として、乗馬にお誘いしなくてはですね?」
くすくす笑いながらルシアンが言う。
「い、いえ、あのっ、そういう意味ではなくてですね……っ!」
しまった! おねだりしたみたいになってしまった!
「今日の日替わりは、ミチル様の好きな鶏肉ですよ」
塩胡椒でしっかり味付けした鶏肉も美味しいけど、私はやっぱり照り焼きが好きだなー。
でも、こちらの世界には照り焼きチキンが何故かないんだよね。
多分、ゲーム開発者が照り焼きチキンが嫌いだったんじゃないかな……。
よし、今日は帰ったら照り焼きチキンにしよう。
「では、それに致します」
ルシアンは別のメニューに行った。私は日替わりプレートを取った。
今日は珍しく、ルシアンのほうが並んでいるメニューだった為、先に席を取っておく。
窓際の席が空いていたので、そこに座って待っていると、お待たせしました、と言ってルシアンが焼き魚定食を持ってやって来た。
焼き魚も美味しそうだけど、焼き魚って食べるのが難しいよね。
キレイに食べられる自信がないから、ちょっと人といる時は敬遠しちゃう。
チキンを食べる。うん、やっぱり今日は照り焼きチキンだ!
エマに昨日鶏肉買っておいてもらったから、それを解凍して作ろう!
本当は学校帰りに食材買って帰って作りたいけど、そんなことしたら色々問題になるので駄目だ。
「ルシアン様はあまり鶏肉をお召し上がりになられませんね?」
ルシアンは苦笑した。
「嫌いじゃありませんよ? ただ、もっと濃いめの味が好きですね」
おおー、さすが男子!
チキンのソテーは美味しいけど、さっぱり目だもんね。
ルシアンが選んだ焼き魚定食は、さっぱりめと思わせて、がっつり醤油とみりんで味付けされてるもんね。
「もし、私が明日、サンドイッチを作ってきたら、召し上がって下さいますか?」
「お菓子だけでなく、料理もなさるのですか?」
うっ、淑女らしくないって思ったかな……。
ルシアンはにっこり微笑んで、勿論、喜んで、と快諾してくれた。
明日のランチは照り焼きチキンサンドにしよう。
それだけだとつまらないかもしれないから、卵とアボカドの卵サンドも作ろう。BLTとかもあった方がいいかな?
「話が途切れてしまいましたが、うちの父が、ミチル様に馬を贈りたいと申しているのです」
「えっ?」
「以前ミチル様が乗馬をなさってらっしゃったのに、最近はなさってないのは何故かと……」
あぁ、それで。婚約の所為で乗馬が出来なくなったのは可哀想とかそういう?
親に話したら監禁こそされなかったけど、はっ、と鼻で笑われてしまったから、諦めていたのだ。
あぁ、早くあの家と縁切りたいわー。
「私も、自慢出来る程ではありませんが乗馬を嗜みますから、いかがですか? 馬の世話などもこちらでやりますし」
素晴らしい提案だが、そんなことまでしてもらっていいのだろうか??
「ですが、そんな、よろしいのですか? 私はまだ婚約者の身分で、そこまでしていただくのは申し訳ないのですが……」
「いずれ当家に輿入れなさるのですから、うちに馬があってもおかしくないと思いますよ?」
「!」
しれっと言われた! しれっと!
うぅ、やっぱりまだこういうこと言われると恥ずかしい……。
恥ずかしいけど、そういうことなんだから、受け入れないとな……。
ルシアンはこういうことを言う時、ちょっと意地悪な顔になるのだ。
多分私の反応で遊んでるのだろうな。
「……ありがとうございます」
夜の内に下拵えしておいた具を、使いやすいように並べておく。
パンの片方にバターを塗り、もう片方には粒マスタードを塗っておく。
パンから若干はみ出る感じで手でちぎったレタスを2枚程のせ、照り焼きチキンを乗せる。その上にまたレタスを二枚程乗せて、パンを重ね、照り焼きチキンサンドの完成だ。
食べやすいように半分にカットし、ソースが垂れてもいいようにラッピングをする。
次にエマに手伝ってもらってゆで卵の殻を剥き、食感が残るように粗めに潰しておく。
同じように粗めにカットしたアボカドを入れ、アボカドが変色しないようにレモン汁をかけておき、卵と混ぜて塩、胡椒、マヨネーズ、それからピンクペッパーを入れて混ぜたものを、パンでサンドし、これも半分にカットしてラッピングする。
最後のBLTはカリッと焼いたベーコンと、レタス、スライスしたトマトの三種をパン(バターをぬっておいた奴)で挟む。これも同様にラッピングして完成。
多めに作っておいたので、エマに渡しておく。
エマは最初こそ恐縮しまくりで、遠慮していたけど、今ではすっかり受け入れてくれるようになって、笑顔で受け取ってくれるようになった。
サンドイッチを入れたバッグを持って学園に着いてから、なんだか嫌な予感がして、モニカに尋ねてみた。
「実は今日、ルシアン様に食べていただこうと思ってサンドイッチを作ってきたのですけれど、キャロル様、何か作って来ていたりしませんよね?」
私がルシアンの為に何かをすると、モニカは例の嬉しそうな笑顔になるのだが、今回もその笑顔になっていた。
「大丈夫だとは思いますけれど、召し上がる直前まで内密にされたほうが良いですわね」
悪い予感と言うのは当たるもので、というか己のシックスセンスに驚いたのだけど、キャロルはいまだにルシアンを諦めておらず、お菓子がダメなら! と言うことでサンドイッチを作って来たらしい!
別の意味で気が合う!?
それを持って朝、今日のランチご一緒して下さい! とルシアンに当たって砕けたようだ。
いやいや……学習能力なさすぎだろう!
……ということがあったようですわよ、と、草の者を放っていると思われるモニカから報告を受け、色んな意味で恐ろしかったが、情報には感謝した。
中庭で食べていたら、キャロルの突撃を受けてしまいそうだなぁ、どうすればいいんだろう。
ルシアンに会ったら、何処か手頃な場所を知らないか聞いてみよう。
午前の数学と歴史の授業を終え、教科書類を片付けていた所、ルシアンが迎えに来てくれた。
はぁ、イケメン。
毎日見てても飽きない。
許されるならずっと見ていたいけど、そんなことしたら大変なことになるから、絶対にしない。
「今日は、先生に頼んで良い場所をお借りすることが出来ました」
「良い場所?」
はい、と言いながら、私が持っている荷物を持ってくれる。
こういう所、紳士だなって思う。ステキ。
階段を上がって行き、ルシアンは持っていたカギでドアを開けた。
「わぁ……っ!」
そこは屋上庭園で、生徒の出入りは基本禁止されている。
咲き誇る春の花の香りでむせ返るようだ。
春の花の色は全体的に淡く、春の訪れを実感させる、優しい色だと思う。
淑女らしからぬ私ですらこの庭園の花には心動かされちゃいますよ。それぐらい、色とりどりなのだ。
庭園の中央にはテーブルとベンチが設置されているので、テーブルの上に荷物を置いた。
ルシアンはさっとベンチにハンカチを乗せると、どうぞ、と私を座らせてくれた。
スマートな振る舞いにどきどきしてしまう!
紳士!
私がサンドイッチを出している間に、ルシアンが何処から用意したのか、ティーポットとカップを取り出した。
しかもポットにお湯入ってたみたい?! よく溢れなかったな?!
サンドイッチと紅茶が用意されたところで、ルシアンにおしぼりを渡したら、びっくりされた。
「これは……なんと細かい気遣い……」
外国人もおしぼりにびっくりするって聞いたことあるな。
ジャパニーズおもてなし、ですわ!
「濡れたタオルで拭いたからか、手がスッキリしましたね」
そうでしょうそうでしょう。
前世でもおしぼり好きだったなー。
「今日は三種類のサンドイッチを作って来ました」
まず、ルシアンには、照り焼きチキンを食べてもらいたい!
「ルシアン様には、まず、これを召し上がっていただきたいのです! ミチル、イチ押しです!」
照り焼きチキンサンドを押し付ける。
ルシアンはふふ、と笑って、いただきます、と受け取ってくれた。
ラッピングも初めて見たようで、「これは、いいですね。手が汚れにくくて、食べやすそうです」と、感心してくれた。
そうでしょうそうでしょう。
「そのサンドイッチはタレがかかっているので、ラッピングがないと食べづらいのです。さ、どうぞ召し上がって下さい」
ラッピングをめくり、照り焼きチキンサンドにかじりつく。
「!」
目を大きく見開いている。驚いているようだ。
ふふふ、驚いただろう、照り焼きチキンの美味さに!
「いかがですか?」
「美味しい……」
あっという間にぱくぱくと食べていく。
いやー、美味しそうに食べてもらえるのって幸せだわー。
健啖家って、本当いいよね!
「こんな美味しい鶏肉を食べたのは初めてです。 ミチル様、これは何と言う料理なのですか? 皇都でも見たことありません」
やった!! 美味しいって言わせたぞ!!
嬉しくて、笑みがこぼれてしまう。
いつもはエマにしか食べてもらえない料理なのだ。
お菓子はモニカたちにも食べてもらってるけど。
「これは照り焼きチキンと言います。私の好きな鶏肉料理の一つです」
照り焼きチキン……と単語を覚えるようにルシアンは呟いた。
「今度はこれです。BLTサンド」
「びーえるてぃーサンド?」
ルシアンにBLTサンドを渡す。
「中に入っている具材の頭文字からとった名前なんですよ。なんだと思います?」
うーん、と唸った後、ブルーチーズ、リコッタ、トマト? と言われてしまって、逆に本当の具の方が貧相に思えて申し訳なくなってしまった……。
「うぅ、違います……ベーコン、レタス、トマトです。と、とりあえず召し上がって下さい」
ルシアンは頷くと、ラッピングを剥いてBLTサンドをマジマジと見つめる。
「トマトとレタスの色が鮮やかで、食欲をそそりますね」
それからひと口かぶりつくと、またちょっと驚いた顔になった。
「ベーコンの肉の濃い味が、レタスの水分とトマトの酸味で緩和されて食べやすいです。これも、初めて食べる味です」
BLTサンドもぺろりと食べてしまう。
はー、いい食べっぷり。うっとり。
貴族社会じゃなければ、旦那さんの為にご飯作ったり出来るんだろうに、本当残念……これだけは本当残念で仕方ない。
ってあわわ、何考えてるんだ、私!
「ミチル様も、召し上がって下さい。食べさせて差し上げましょうか?」
ひぇっ!
そうだ、この人はルシアンでした!
慌てて私も照り焼きチキンサンドを食べ始める。
「もう一つのも頂いていいですか?」
照り焼きチキンサンドを食べてる所だったので、お行儀悪いけど、頷いた。
「いただきます」
こちらの世界でのサンドイッチは、卵サンドか、チーズとハムのサンドイッチが一般的だ。
最後の卵サンドは、違う意味で驚いてもらえると思う。
ミチル版卵サンドを食べたルシアンは、本日三度目の美味しさに驚いた顔を見せてくれた。
ミッションコンプリートである!
「これは……私の知る卵サンドとは大分違いますね。この、こってりとした味は、なんですか? ピンクペッパーがまた、ピリッとして味がしまりますね」
照り焼きチキンサンドを食べ終わったので、やっと喋れる。
「アボカドですよ」
なるほど、と感心した声をあげてくれるので、私は大満足だった。
作っておいて何だが、私はBLTはあまり得意ではないので、卵サンドを食べる。男子はみんなBLTサンドが好きに違いないという思い込みで作った!
ルシアンの反応からして、やはり男子はBLTサンドが好きっぽい!
お互いにサンドイッチを食べ終わって、ルシアンの入れてくれた紅茶を飲み、ほっと一息吐いた。
「ミチル様にはいつも驚かされます。こんなに料理がお上手だなんて知りませんでした」
「侍女のエマには淑女らしくないと怒られていますから。秘密ですよ?」
「先日いただいたお菓子も、とても美味しかったです。翌日のチーズケーキも。甘さがしつこくなくて、いくらでも食べられそうな味でした」
本当ですか? と尋ねると、実は美味しくて、いただいたその日に全部食べてしまいました、と言われた。
くぅっ、そういうのきゅんとくる!
乙女ゲームのヒロインの気分!
「結婚したら、こうしてミチル様に料理を作ってもらう、というのもいいですね」
「是非!!」
……はっ!
ルシアンがにんまり笑ってるのを見て、あぁ、またしてもやられた、と思った。
魔力の授業を受け持つ先生はデネブ先生とおっしゃって、女性だ。
妖艶な色気を持つ、熟女! って感じ。
私が先生と同い年になったとしても、こうはなるまい……。
この世界では、十六歳になる年の一日、つまり一月一日に一斉に集められて魔力の有無を、貴族も平民も行う。
平民にとって魔力がないことは大きな問題ではない為、ただの確認作業というか、儀式的な感じらしい。
貴族にとっても、魔力がなくても生活に支障はない。
ない場合はお金で魔力を買って領地に注ぎ込むなどすればいいし、まったくない人はその次の世代が魔力を大量に持つことがほとんどの為、女性なら嫁にもらいたいと言われるらしい。
私も今年の一月一日に親に連れられて魔力の有無をチェックし、まぁ、まず魔力関連で困ることはないだろうとのお墨付きをいただいたので、安心して魔道具が作れそう!
デネブ先生は教壇に立つと、にっこり微笑んだ。
「ご機嫌よう、皆さま。私はデネブ・カーネリアン。本日より皆様に魔道学を指南させていただきます」
カーネリアン家は代々魔力の第一人者として名を馳せている一族で、国内でもその魔力量は随一なのだそうだ。
一族みんながそうだから、魔力が余っていて、魔道具作りまくったり、魔石にして国に売ったりしてこの国の魔力事情を支えているらしい。
「皆さまは、新年の初日に魔力の測定をされ、魔力を持っていらっしゃる為、この授業に望んでらっしゃると思います」
そう、この授業は、魔力がない人は受けられない。
丸々自習になるようだ。
デネブ先生は黒板に人型をチョークで描いていく。
「私たちは、身の内に魔力を内包しております。内包する量は人によって異なります。少なめな方、多めな方、色々でございます」
人型のおなかのあたりに容量を示す箱みたいなものを描いていく。
「この内包する量、容量、と表現されますが、容量は変えることは出来ません。
現在の魔道学では、何が作用して容量の増減に影響しているのかは不明です。
まったく魔力をお持ちでない方だとしても、お子様は逆に大容量を持ってお生まれになることが多く、その因果関係についても究明中です」
その人が発現出来なかった魔力が、そっくりそのまま次世代に移行するような感じだろうか?
「魔力により出来ることは、三つです」
まず一つ、と言って黒板に大きめの楕円が描かれ、領地と書かれた。その楕円の中にもう一つの円を描くと、町、と記入する。
「領地内には私たち人間以外の生物が当然おります。野生の動物たちですね。野生の動物たちはすべからく魔力を有し、野生の動物を仕留めると魔石が取れます。植物などから魔石は取れませんが、微量ながら保持しているということが分かっています」
植物の魔力、エッセンシャルオイルみたいに抽出したら取れたりしないかな?
「野生動物は基本、人の生活圏に侵入することはないのですが、亜族と呼ばれる生命体は、私たち人間の生活圏を脅かす存在です。恐ろしく強く、私たち人間では到底打ち倒せる存在ではありません」
デネブ先生は黒板に変な鬼みたいな絵を書いて、矢印をつけ、亜族、と記入した。
「その為、町を結界で守り、亜族の侵入を防ぐ必要があります。ここで第一の魔力の使い道ですね、魔力で結界を維持します」
二つ目、と言って黒板に描いていた絵を全部黒板消しで消すと、人型を描き、その隣に楕円を書くと、人から楕円に向かって矢印を描く。
「私たちの身の内を巡る魔力を、外に排出することで、魔石が出来上がります。魔石の使い道としては、皆さまもご存知の通り、大通りなどにある街灯などが分かりやすいのではないかしら。あれは蝋燭の炎ではなく、魔力により灯されている明かりです」
あとは、冷蔵庫やレンジですね、と付け足される。
「ですがこういった生活必需品には魔石を利用しても、それ以外ではあまり使われることはありません。魔石は大変高価ですからね」
それから三つ目、と指を3本たてる。
「魔力を使って、全く別の物を作ります。今からちょっとお見せしますね」
デネブ先生はポケットから鉛筆を取り出した。
鉛筆を教卓の上に置き、両手を鉛筆にかざす。
両手から光が溢れ、鉛筆に吸収されていく。
光が鉛筆を完全に覆い尽くしたと思うと、鉛筆と、小さいダイアモンドが出来上がっていた。
鉛筆を持ち上げ、芯が私たちに見えるように見せてくれる。
鉛筆にある筈の芯が無い。
「鉛筆の芯は炭素で構成されています。それからこちらのダイアモンドも炭素で出来ています。私が行ったのは鉛筆の芯を変質させ、同じ炭素で出来ているダイアモンドにしたのです」
みんながおぉーっ、と声をあげる。
私も思わず声をあげてしまった。
「これが魔力の使い道の三つ目。変成です。この、物質を変質させることで、全く別の物を作り出すことが出来ます。変成によって作り出されたものは、魔道具と呼ばれます。今回のは分かりやすくする為に宝石に変えたので、魔道具とは呼ばれませんが」
ファンタジーの世界にしかなかった錬金術を、経験出来るんだ!
そう思うとワクワクしてくる。
「ですが、魔道具の作成には瞬間的にそれなりの魔力を要します。また、この作業時に魔石は使えませんので、魔導値が80を超えていない方は、この作業が出来ません」
えぇーっ、という声があちこちからおきる。
多分、魔導値が80に満たない生徒たちだろう。
そうなのだ、魔導値が80を超えないと、魔道具は作れない。ちなみに私は115。
魔道具を作るのに問題ない数値である。
一般貴族は80前後とのことなので、私は結構多い。
「魔導値が80を切る方は、魔道具作成の講座には出席出来ません」
魔導値のふるいにかけられると、大半の生徒は基準値以下になるらしく、実技の授業を受けられる生徒は、一クラス分に満たないぐらいに減ってしまう。
魔力のコントロールは人によってその才能と言うか、センスに作用されるので、学年関係なく、習熟度に合わせて課題が変わっていくスタイルになっている、とデネブ先生はおっしゃった。
卒業時にマスター出来ていない人は、諦めるか、個人的に教師を雇って教えを乞うことが出来るようだけど、大半の人はそこまでを望んでいない為、諦めてしまうらしい。
なんて勿体ない! と私なら思うけど、この力の使い道に関心がなければ、魔力はただ単に結界維持以外の何物でもないだろうな。
それにしても……実技の授業、キャロルも絶対来るよね……。
ずば抜けた魔力の持ち主、ってことだし。
……あまり、考えないようにしよう、うん。
授業を終え、私とルシアンは食堂に向かった。
「魔道学はいかがでした?」
ルシアンのクラスは午後から授業があるらしい。
「適性が重要そうな授業ですけれど、その分やり甲斐はありそうです」
「なるほど。それは楽しみですね」
先日の図書室での羞恥プレイから一転、ルシアンの私溺愛の度合いは格段に落ち着いた。
溺愛がなくなった訳ではないのだけど、抑えめになった。
ルシアン曰く、度合いを理解しましたので、今後は適切な対処方法でいこうと思います、と、仕事みたいなことを言われた。
甘々生活に心臓と精神がかなり悲鳴を上げていたので、今のルシアンの抑えめな態度は大変ありがたいし、一緒にいることに抵抗感がなくなってきた。
ベタ甘なのを求めているらしいモニカは、憤慨していたけど……。
モニカよ、私のことはいいから、そろそろ自分のことをだね……と、保護者みたいなことを思ってしまったりする。
「そう言えば、ミチル様は今も乗馬をなさってるんですか?」
「いえ、婚約者のいる淑女が、婚約者以外の方と乗馬などはしたない、とお父様に怒られてしまったので、ずっとやっておりませんの」
そう、それなのだ。
せっかくある程度走れるようになったのに、もうずっとやってないから、上手く乗れなさそう。
だから最近はランニングしかしてない。
「それは、婚約者として、乗馬にお誘いしなくてはですね?」
くすくす笑いながらルシアンが言う。
「い、いえ、あのっ、そういう意味ではなくてですね……っ!」
しまった! おねだりしたみたいになってしまった!
「今日の日替わりは、ミチル様の好きな鶏肉ですよ」
塩胡椒でしっかり味付けした鶏肉も美味しいけど、私はやっぱり照り焼きが好きだなー。
でも、こちらの世界には照り焼きチキンが何故かないんだよね。
多分、ゲーム開発者が照り焼きチキンが嫌いだったんじゃないかな……。
よし、今日は帰ったら照り焼きチキンにしよう。
「では、それに致します」
ルシアンは別のメニューに行った。私は日替わりプレートを取った。
今日は珍しく、ルシアンのほうが並んでいるメニューだった為、先に席を取っておく。
窓際の席が空いていたので、そこに座って待っていると、お待たせしました、と言ってルシアンが焼き魚定食を持ってやって来た。
焼き魚も美味しそうだけど、焼き魚って食べるのが難しいよね。
キレイに食べられる自信がないから、ちょっと人といる時は敬遠しちゃう。
チキンを食べる。うん、やっぱり今日は照り焼きチキンだ!
エマに昨日鶏肉買っておいてもらったから、それを解凍して作ろう!
本当は学校帰りに食材買って帰って作りたいけど、そんなことしたら色々問題になるので駄目だ。
「ルシアン様はあまり鶏肉をお召し上がりになられませんね?」
ルシアンは苦笑した。
「嫌いじゃありませんよ? ただ、もっと濃いめの味が好きですね」
おおー、さすが男子!
チキンのソテーは美味しいけど、さっぱり目だもんね。
ルシアンが選んだ焼き魚定食は、さっぱりめと思わせて、がっつり醤油とみりんで味付けされてるもんね。
「もし、私が明日、サンドイッチを作ってきたら、召し上がって下さいますか?」
「お菓子だけでなく、料理もなさるのですか?」
うっ、淑女らしくないって思ったかな……。
ルシアンはにっこり微笑んで、勿論、喜んで、と快諾してくれた。
明日のランチは照り焼きチキンサンドにしよう。
それだけだとつまらないかもしれないから、卵とアボカドの卵サンドも作ろう。BLTとかもあった方がいいかな?
「話が途切れてしまいましたが、うちの父が、ミチル様に馬を贈りたいと申しているのです」
「えっ?」
「以前ミチル様が乗馬をなさってらっしゃったのに、最近はなさってないのは何故かと……」
あぁ、それで。婚約の所為で乗馬が出来なくなったのは可哀想とかそういう?
親に話したら監禁こそされなかったけど、はっ、と鼻で笑われてしまったから、諦めていたのだ。
あぁ、早くあの家と縁切りたいわー。
「私も、自慢出来る程ではありませんが乗馬を嗜みますから、いかがですか? 馬の世話などもこちらでやりますし」
素晴らしい提案だが、そんなことまでしてもらっていいのだろうか??
「ですが、そんな、よろしいのですか? 私はまだ婚約者の身分で、そこまでしていただくのは申し訳ないのですが……」
「いずれ当家に輿入れなさるのですから、うちに馬があってもおかしくないと思いますよ?」
「!」
しれっと言われた! しれっと!
うぅ、やっぱりまだこういうこと言われると恥ずかしい……。
恥ずかしいけど、そういうことなんだから、受け入れないとな……。
ルシアンはこういうことを言う時、ちょっと意地悪な顔になるのだ。
多分私の反応で遊んでるのだろうな。
「……ありがとうございます」
夜の内に下拵えしておいた具を、使いやすいように並べておく。
パンの片方にバターを塗り、もう片方には粒マスタードを塗っておく。
パンから若干はみ出る感じで手でちぎったレタスを2枚程のせ、照り焼きチキンを乗せる。その上にまたレタスを二枚程乗せて、パンを重ね、照り焼きチキンサンドの完成だ。
食べやすいように半分にカットし、ソースが垂れてもいいようにラッピングをする。
次にエマに手伝ってもらってゆで卵の殻を剥き、食感が残るように粗めに潰しておく。
同じように粗めにカットしたアボカドを入れ、アボカドが変色しないようにレモン汁をかけておき、卵と混ぜて塩、胡椒、マヨネーズ、それからピンクペッパーを入れて混ぜたものを、パンでサンドし、これも半分にカットしてラッピングする。
最後のBLTはカリッと焼いたベーコンと、レタス、スライスしたトマトの三種をパン(バターをぬっておいた奴)で挟む。これも同様にラッピングして完成。
多めに作っておいたので、エマに渡しておく。
エマは最初こそ恐縮しまくりで、遠慮していたけど、今ではすっかり受け入れてくれるようになって、笑顔で受け取ってくれるようになった。
サンドイッチを入れたバッグを持って学園に着いてから、なんだか嫌な予感がして、モニカに尋ねてみた。
「実は今日、ルシアン様に食べていただこうと思ってサンドイッチを作ってきたのですけれど、キャロル様、何か作って来ていたりしませんよね?」
私がルシアンの為に何かをすると、モニカは例の嬉しそうな笑顔になるのだが、今回もその笑顔になっていた。
「大丈夫だとは思いますけれど、召し上がる直前まで内密にされたほうが良いですわね」
悪い予感と言うのは当たるもので、というか己のシックスセンスに驚いたのだけど、キャロルはいまだにルシアンを諦めておらず、お菓子がダメなら! と言うことでサンドイッチを作って来たらしい!
別の意味で気が合う!?
それを持って朝、今日のランチご一緒して下さい! とルシアンに当たって砕けたようだ。
いやいや……学習能力なさすぎだろう!
……ということがあったようですわよ、と、草の者を放っていると思われるモニカから報告を受け、色んな意味で恐ろしかったが、情報には感謝した。
中庭で食べていたら、キャロルの突撃を受けてしまいそうだなぁ、どうすればいいんだろう。
ルシアンに会ったら、何処か手頃な場所を知らないか聞いてみよう。
午前の数学と歴史の授業を終え、教科書類を片付けていた所、ルシアンが迎えに来てくれた。
はぁ、イケメン。
毎日見てても飽きない。
許されるならずっと見ていたいけど、そんなことしたら大変なことになるから、絶対にしない。
「今日は、先生に頼んで良い場所をお借りすることが出来ました」
「良い場所?」
はい、と言いながら、私が持っている荷物を持ってくれる。
こういう所、紳士だなって思う。ステキ。
階段を上がって行き、ルシアンは持っていたカギでドアを開けた。
「わぁ……っ!」
そこは屋上庭園で、生徒の出入りは基本禁止されている。
咲き誇る春の花の香りでむせ返るようだ。
春の花の色は全体的に淡く、春の訪れを実感させる、優しい色だと思う。
淑女らしからぬ私ですらこの庭園の花には心動かされちゃいますよ。それぐらい、色とりどりなのだ。
庭園の中央にはテーブルとベンチが設置されているので、テーブルの上に荷物を置いた。
ルシアンはさっとベンチにハンカチを乗せると、どうぞ、と私を座らせてくれた。
スマートな振る舞いにどきどきしてしまう!
紳士!
私がサンドイッチを出している間に、ルシアンが何処から用意したのか、ティーポットとカップを取り出した。
しかもポットにお湯入ってたみたい?! よく溢れなかったな?!
サンドイッチと紅茶が用意されたところで、ルシアンにおしぼりを渡したら、びっくりされた。
「これは……なんと細かい気遣い……」
外国人もおしぼりにびっくりするって聞いたことあるな。
ジャパニーズおもてなし、ですわ!
「濡れたタオルで拭いたからか、手がスッキリしましたね」
そうでしょうそうでしょう。
前世でもおしぼり好きだったなー。
「今日は三種類のサンドイッチを作って来ました」
まず、ルシアンには、照り焼きチキンを食べてもらいたい!
「ルシアン様には、まず、これを召し上がっていただきたいのです! ミチル、イチ押しです!」
照り焼きチキンサンドを押し付ける。
ルシアンはふふ、と笑って、いただきます、と受け取ってくれた。
ラッピングも初めて見たようで、「これは、いいですね。手が汚れにくくて、食べやすそうです」と、感心してくれた。
そうでしょうそうでしょう。
「そのサンドイッチはタレがかかっているので、ラッピングがないと食べづらいのです。さ、どうぞ召し上がって下さい」
ラッピングをめくり、照り焼きチキンサンドにかじりつく。
「!」
目を大きく見開いている。驚いているようだ。
ふふふ、驚いただろう、照り焼きチキンの美味さに!
「いかがですか?」
「美味しい……」
あっという間にぱくぱくと食べていく。
いやー、美味しそうに食べてもらえるのって幸せだわー。
健啖家って、本当いいよね!
「こんな美味しい鶏肉を食べたのは初めてです。 ミチル様、これは何と言う料理なのですか? 皇都でも見たことありません」
やった!! 美味しいって言わせたぞ!!
嬉しくて、笑みがこぼれてしまう。
いつもはエマにしか食べてもらえない料理なのだ。
お菓子はモニカたちにも食べてもらってるけど。
「これは照り焼きチキンと言います。私の好きな鶏肉料理の一つです」
照り焼きチキン……と単語を覚えるようにルシアンは呟いた。
「今度はこれです。BLTサンド」
「びーえるてぃーサンド?」
ルシアンにBLTサンドを渡す。
「中に入っている具材の頭文字からとった名前なんですよ。なんだと思います?」
うーん、と唸った後、ブルーチーズ、リコッタ、トマト? と言われてしまって、逆に本当の具の方が貧相に思えて申し訳なくなってしまった……。
「うぅ、違います……ベーコン、レタス、トマトです。と、とりあえず召し上がって下さい」
ルシアンは頷くと、ラッピングを剥いてBLTサンドをマジマジと見つめる。
「トマトとレタスの色が鮮やかで、食欲をそそりますね」
それからひと口かぶりつくと、またちょっと驚いた顔になった。
「ベーコンの肉の濃い味が、レタスの水分とトマトの酸味で緩和されて食べやすいです。これも、初めて食べる味です」
BLTサンドもぺろりと食べてしまう。
はー、いい食べっぷり。うっとり。
貴族社会じゃなければ、旦那さんの為にご飯作ったり出来るんだろうに、本当残念……これだけは本当残念で仕方ない。
ってあわわ、何考えてるんだ、私!
「ミチル様も、召し上がって下さい。食べさせて差し上げましょうか?」
ひぇっ!
そうだ、この人はルシアンでした!
慌てて私も照り焼きチキンサンドを食べ始める。
「もう一つのも頂いていいですか?」
照り焼きチキンサンドを食べてる所だったので、お行儀悪いけど、頷いた。
「いただきます」
こちらの世界でのサンドイッチは、卵サンドか、チーズとハムのサンドイッチが一般的だ。
最後の卵サンドは、違う意味で驚いてもらえると思う。
ミチル版卵サンドを食べたルシアンは、本日三度目の美味しさに驚いた顔を見せてくれた。
ミッションコンプリートである!
「これは……私の知る卵サンドとは大分違いますね。この、こってりとした味は、なんですか? ピンクペッパーがまた、ピリッとして味がしまりますね」
照り焼きチキンサンドを食べ終わったので、やっと喋れる。
「アボカドですよ」
なるほど、と感心した声をあげてくれるので、私は大満足だった。
作っておいて何だが、私はBLTはあまり得意ではないので、卵サンドを食べる。男子はみんなBLTサンドが好きに違いないという思い込みで作った!
ルシアンの反応からして、やはり男子はBLTサンドが好きっぽい!
お互いにサンドイッチを食べ終わって、ルシアンの入れてくれた紅茶を飲み、ほっと一息吐いた。
「ミチル様にはいつも驚かされます。こんなに料理がお上手だなんて知りませんでした」
「侍女のエマには淑女らしくないと怒られていますから。秘密ですよ?」
「先日いただいたお菓子も、とても美味しかったです。翌日のチーズケーキも。甘さがしつこくなくて、いくらでも食べられそうな味でした」
本当ですか? と尋ねると、実は美味しくて、いただいたその日に全部食べてしまいました、と言われた。
くぅっ、そういうのきゅんとくる!
乙女ゲームのヒロインの気分!
「結婚したら、こうしてミチル様に料理を作ってもらう、というのもいいですね」
「是非!!」
……はっ!
ルシアンがにんまり笑ってるのを見て、あぁ、またしてもやられた、と思った。
応援ありがとうございます!
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