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第一章 学園編
070.兄と弟
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どれぐらい泣いただろうか、緊張と恐怖からいっぺんに解放された所為か、涙が止まらなかった。
ルシアンの胸に顔を埋めてぐすぐす泣いた。
「もう大丈夫」
何度もそう言ってルシアンは私の髪を撫でてくれた。
さっき容赦ない蹴りをかましてキモ男をルシアンが吹っ飛ばしてたけど、脚は大丈夫なんだろうか。
気持ちが少し落ち着いて来て、ルシアンの胸から顔を上げると、セラがキモ男を拘束具で縛っていた。
多分その辺にあったのを使ったんだと思う。
私の視線に気付いたセラは、困ったように微笑んだ。
きっと、セラは自分を責めてると思う。
一番近い場所にいたのに、私を守れなかったと。
でも、あの男子生徒はいずれ私をここに連れて来ただろうと思う。姉を取り戻す為に。
だから遅かれ早かれだと思うのだ。
セラの横にいて、俯いている所為で髪で顔が隠れて見えないんだけど、あの人、誰なんだろう?
顔を上げたその人は私を見てにっこり微笑んだ。
「?!」
何で?!
「な、何故あの方が……?」
見間違う筈がない。
「ん?」
ルシアンが私の涙を指で拭う。
「る、ルシアン……何故あの方がここにいるのですか?」
だって、あの人……。
「フィオニア様じゃありませんか!」
ルシアンに抱きかかえられて屋敷に戻った時には、15時を回っていた。
私の姿を見たロイエは、困ったような顔をしていた。あれはきっと私の無事を喜んでるんだけど、顔に出せなくて、困り顔になったものと思われる。
エマやリジーにももみくちゃにされた。
物凄い心配をかけてしまったみたいで、申し訳ない……。
私はすぐにお風呂に入れられ、全身くまなくチェックされ、出た後はロイエ先生から色々と質問を受けた。
誘拐される時に使われたのは中毒になるような薬物ではなく、数日間は不快感が残るものの、体内に残るような危険なものではないので大丈夫だろうとのことだった。
ロイエが知らせたらしく、お義父様とお義母様とラトリア様まで勢揃いして、お義母様にもみくちゃにされた。
お義母様は猫アレルギーの為、ずっと泣いたり鼻をかんだりしていて辛そうにしていた、シアンの毛が飛んでるのだろう。本当申し訳ない。
ラトリア様が真っ青な顔で部屋に飛び込んで来て、私を見て泣き出した時にはびっくりした。
お義父様は何も言わず、無表情だった。ラトリア様曰く、こうなった時のお義父様は怒っているのだそうだ。
三人はルシアンとロイエから私の状況の説明を受けると、お茶を飲んでから帰った。
ひと通り終わったようで、ルシアンの膝の上に座ってお茶を飲んでいると、誰かがドアをノックした。
進んでお膝の上にいる訳ではなく! ルシアンが絶対駄目と言い張って自分の膝の上に乗せるからであって、私の意思ではないのです、ないのですよ……!
「セラよ、ミチルちゃん、入っていいかしら?」
「どうぞ」
ドアが開き、セラとフィオニア様が入って来た。
……この二人……髪の色が同じだけど……まさか兄弟とか言わないよね……?
「ミチルちゃん、気分はどう?」
心配そうに私の顔を見る。その顔は執事と言うよりお母さんかお姉さんみたいだ。
「もう大丈夫です。セラ、助けに来てくれてありがとう」
首を横に振り、眉間に皺を寄せ、唇を噛むセラ。
こんなセラの表情、見たことない。
どんな時も笑顔でいてくれるセラに、私は癒されていた。
「お礼なんて……側にいたのに攫われてしまって……役立たずだわ」
やっぱりそう思ってたか……。
このままじゃ執事辞めますと言われそうだと思った私は先手を打つ。
「セラの所為じゃありませんわ。だから……何処にも行かないで下さいませ。セラは私のお姉さんなのですから」
驚きに目を見開いて、それから困ったように目を細めて、「手間のかかる妹ね」と笑った。
フィオニア様に視線を向けると、フィオニア様は一歩前に出て、恭しくお辞儀をした。
「ようやくご挨拶が叶いました事、嬉しく存じます。
サーシス家嫡子、フィオニア・サーシスにございます」
うん、お名前とご尊顔は存じ上げておりますよ。クラスメートですし、毎日お昼ご一緒してますしね?
「いつも、兄が大変お世話になっております」
ちら、とセラを見るフィオニア様に、やっぱり! と心の中で叫んだ。
水色の髪を持つ人は少なくないし、セラの瞳はロイヤルパープルだったので、フィオニア様と兄弟とは思ってなかった。
あぁ、そうか。
王子やジェラルド、モニカは侯爵家出身のセラの顔を知ってたから、私が執事として紹介した時、あんなに動揺してたんだ。
私の物知らずがこんな事に……。
「何故、侯爵家のセラが、アルト家で執事を……?」
え?
もしかして、アルト家に仕える三つの一族の一つとか言わないよね?
ルシアンを見上げると、にっこり微笑まれた。
……そうっぽい。
「こんなですけど、元は侯爵家の嫡子だったんですよね? セラフィナ兄様?」
「失礼ねぇ」
セラの本名、セラフィナ・サーシスって言うのか……流石にその名前、聞いたことあるよ……。
あまりの美しさに老若男女を駄目にしたって。セラフィナ様に恋い焦がれて死んじゃった人もいるとかいないとか。
いや、さすがにいないだろー。……たぶん。
実際のセラは確かに、そう思わせる程の美人なんだけど……まさか、侯爵家の人が執事やってるなんて思わないよ!!
……頭痛い。
何から何までアルト家は規格外過ぎる。
「大丈夫ですか? 頭が痛む?」
心配そうに私の頭を撫でてますけどルシアン! 貴方が教えてくれないからこんなことに……!
「表向き、サーシス家はアルト家と対等になってるから、普通は考えないわよねー。
色々理由があって、こう言った形態を取ってるのよ」
ソウデスネー(棒読み)
何を言えばいいのか、何か言った方がいいのか、考えた結果。
「……よろしくお願いします……」
私の答えにセラが吹き出し、フィオニア様が横向いて笑いを堪えてるし。ルシアンは笑顔で私の頭撫でてるし。
だってそれ以外何言えばいいの……。
「他にもアルト家に仕える家があるのですが、それはおいおいご紹介しますね」
ふふ……もうどんな家が出て来ても驚かないぞ。
ロイエとかアビスとかも実は凄いお家の人とか言わないよね……?
……言わないよね?
「じゃ、お二人の邪魔するのも悪いから、行くわね」
セラとフィオニア様は会釈して部屋を出て行った。
ルシアンの首の所に頭をのせる。ここがちょうど寄りかかるのに丁度良いのだ。
こうするとルシアンが喜ぶのであって、私の意思では……いえ、すみません、ホッとします。
「アルト家は本当に、色々と規格外です……」
ルシアンが苦笑する。
え? 私は確かに前世の記憶があるけど、普通だと思うよ?
「ちょっとだけね」
……ちょっと?
大分、規格外だと思うよ?
……まぁ、それは良いとして……。
ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
「……ルシアン、助けに来て下さってありがとう」
私を抱き締める腕に力が入る。
「本当に、無事で良かった……」
私も本当にそう思う。
あの女の人のようになっててもおかしくなかったのだと思うと、思い出しても震える。
ルシアンの服をぎゅっと握ると、ルシアンがその手を握ってくれた。
温かくて大きいルシアンの手。私もその手を握り返す。
「物凄く気持ち悪いことをいっぱい言われたのです。
途中、隣の部屋から連れ出された女性は心も身体も壊されてしまってて……私もあんな風になるのかと……」
処女じゃないのが残念だとか。
ああああああ! 思い出しても気持ち悪い!!
「……何を、言われたのですか?」
えっ?
それ、ちょっと恥ずかしいよ?
恥ずかしくて顔が熱くなる。
「言って?」
あれ? 私、何で恥ずかしがらないといけないんだっけ? おかしいな、そういう話じゃなかった筈なのに。
「……その……私が……乙女じゃないのが残念だと……」
きゃーーーーっ!
恥ずかしいーーーーっ!!
暴走したあの時のことを思い出して二重に恥ずかしい!
あまりに恥ずかしいのでルシアンの首に顔を埋めてぐりぐりする。
恥ずかしくて堪らない私の髪をルシアンが撫でる。
あ、そう言えば、ルシアンの目の前で私を襲うとかも言ってた……。
思い出すだけでゾワッとした。
そうなる前に助けてもらえて本当良かった……。
「やっぱり殺そう……」
ぽつりと、頭上から不穏な言葉が聞こえて胃のあたりがひやっとしたけど、聞こえないフリをした。
人生、知らなくていいことっていっぱいあるよ、うん。
……それに、あのキモ男はどクズだから、死んだほうが世界の平和に一歩近付くと思う。
「ねぇ、ルシアン」
「なぁに?」
私の瞼にキスをするルシアン。
うわっ!
この返しはじめて!
甘い! 可愛い! 甘い!!
この期に及んでもまだ刺激が強いわ、このイケメン!!
「あの……もし私が、あの、女性のようになったら……」
それでもルシアンは私を愛してくれるだろうか?
薬物などで穢されてしまった女を、愛せるのだろうか?
そうなったら私の心も身体も死んでるだろうし。
「……私のことは、忘れて下さいね」
そうじゃないと、ルシアンの心が死んじゃう。
いつ元に戻るとも知れない私の心を支えようなんて、そんなの、とんでもない。
「駄目ですよ」
「でも」
「絶対に、私はミチルを手放したりはしません。
それだけはミチルのお願いでも無理です」
ホッとする気持ちはある。
そうは言っても、もし、そうなったら、私の手を放して欲しいな。
あの女の人、どうなるんだろう……。
記憶とか消してあげられればいいのにな。
身体とかは治っても、心の傷は治せないもんねぇ……。
っていうか壊れてしまってるし……。
うー、もやもやするー。
ふふっ、と笑う声にはっとした。
顔を上げるとルシアンがとろけるような目で私を見てる。
ん? 何で?
何でそんなに色気を放出してるの?
「ミチルは、悩みごとがあると、甘えるのが上手になりますね」
甘えるのが上手?! 誰の話ですか?!
「!」
いつの間にかルシアンに抱きついてるー!! 何故?!
通りで温かいと思いました!!?
慌ててルシアンから離れようとすると、駄目、とルシアンが止める。
「私たちは夫婦ですよ? 抱き付くぐらい、今更でしょう?」
そうだけど!
ひえぇぇぇっ!
ルシアンの言葉攻めが恐ろしいです!
私の耳元で、ルシアンが囁くように言う。
「閨事では、ミチルから抱き付きますよね?」
駄目だ! 頭が!
今ので頭が飽和状態になった!!
意地悪な微笑みを浮かべるルシアンに、鯉のように口をパクパクさせることしか出来ない私。
「エマとリジーからは外傷はないと聞いてはいるのですが、やはり自分で確認しないことには、安心出来ませんね」
これはヤバイ!
この流れは完全にヤバイ!
黄色信号すっ飛ばしてイキナリ赤信号です!
逃げようとした私をひょいと抱え上げると、ルシアンは寝室方向に足を向ける。
ちょっ! タイム!
私に考える時間を!!
へるぷ!!
お願いします!!
ルシアンの胸に顔を埋めてぐすぐす泣いた。
「もう大丈夫」
何度もそう言ってルシアンは私の髪を撫でてくれた。
さっき容赦ない蹴りをかましてキモ男をルシアンが吹っ飛ばしてたけど、脚は大丈夫なんだろうか。
気持ちが少し落ち着いて来て、ルシアンの胸から顔を上げると、セラがキモ男を拘束具で縛っていた。
多分その辺にあったのを使ったんだと思う。
私の視線に気付いたセラは、困ったように微笑んだ。
きっと、セラは自分を責めてると思う。
一番近い場所にいたのに、私を守れなかったと。
でも、あの男子生徒はいずれ私をここに連れて来ただろうと思う。姉を取り戻す為に。
だから遅かれ早かれだと思うのだ。
セラの横にいて、俯いている所為で髪で顔が隠れて見えないんだけど、あの人、誰なんだろう?
顔を上げたその人は私を見てにっこり微笑んだ。
「?!」
何で?!
「な、何故あの方が……?」
見間違う筈がない。
「ん?」
ルシアンが私の涙を指で拭う。
「る、ルシアン……何故あの方がここにいるのですか?」
だって、あの人……。
「フィオニア様じゃありませんか!」
ルシアンに抱きかかえられて屋敷に戻った時には、15時を回っていた。
私の姿を見たロイエは、困ったような顔をしていた。あれはきっと私の無事を喜んでるんだけど、顔に出せなくて、困り顔になったものと思われる。
エマやリジーにももみくちゃにされた。
物凄い心配をかけてしまったみたいで、申し訳ない……。
私はすぐにお風呂に入れられ、全身くまなくチェックされ、出た後はロイエ先生から色々と質問を受けた。
誘拐される時に使われたのは中毒になるような薬物ではなく、数日間は不快感が残るものの、体内に残るような危険なものではないので大丈夫だろうとのことだった。
ロイエが知らせたらしく、お義父様とお義母様とラトリア様まで勢揃いして、お義母様にもみくちゃにされた。
お義母様は猫アレルギーの為、ずっと泣いたり鼻をかんだりしていて辛そうにしていた、シアンの毛が飛んでるのだろう。本当申し訳ない。
ラトリア様が真っ青な顔で部屋に飛び込んで来て、私を見て泣き出した時にはびっくりした。
お義父様は何も言わず、無表情だった。ラトリア様曰く、こうなった時のお義父様は怒っているのだそうだ。
三人はルシアンとロイエから私の状況の説明を受けると、お茶を飲んでから帰った。
ひと通り終わったようで、ルシアンの膝の上に座ってお茶を飲んでいると、誰かがドアをノックした。
進んでお膝の上にいる訳ではなく! ルシアンが絶対駄目と言い張って自分の膝の上に乗せるからであって、私の意思ではないのです、ないのですよ……!
「セラよ、ミチルちゃん、入っていいかしら?」
「どうぞ」
ドアが開き、セラとフィオニア様が入って来た。
……この二人……髪の色が同じだけど……まさか兄弟とか言わないよね……?
「ミチルちゃん、気分はどう?」
心配そうに私の顔を見る。その顔は執事と言うよりお母さんかお姉さんみたいだ。
「もう大丈夫です。セラ、助けに来てくれてありがとう」
首を横に振り、眉間に皺を寄せ、唇を噛むセラ。
こんなセラの表情、見たことない。
どんな時も笑顔でいてくれるセラに、私は癒されていた。
「お礼なんて……側にいたのに攫われてしまって……役立たずだわ」
やっぱりそう思ってたか……。
このままじゃ執事辞めますと言われそうだと思った私は先手を打つ。
「セラの所為じゃありませんわ。だから……何処にも行かないで下さいませ。セラは私のお姉さんなのですから」
驚きに目を見開いて、それから困ったように目を細めて、「手間のかかる妹ね」と笑った。
フィオニア様に視線を向けると、フィオニア様は一歩前に出て、恭しくお辞儀をした。
「ようやくご挨拶が叶いました事、嬉しく存じます。
サーシス家嫡子、フィオニア・サーシスにございます」
うん、お名前とご尊顔は存じ上げておりますよ。クラスメートですし、毎日お昼ご一緒してますしね?
「いつも、兄が大変お世話になっております」
ちら、とセラを見るフィオニア様に、やっぱり! と心の中で叫んだ。
水色の髪を持つ人は少なくないし、セラの瞳はロイヤルパープルだったので、フィオニア様と兄弟とは思ってなかった。
あぁ、そうか。
王子やジェラルド、モニカは侯爵家出身のセラの顔を知ってたから、私が執事として紹介した時、あんなに動揺してたんだ。
私の物知らずがこんな事に……。
「何故、侯爵家のセラが、アルト家で執事を……?」
え?
もしかして、アルト家に仕える三つの一族の一つとか言わないよね?
ルシアンを見上げると、にっこり微笑まれた。
……そうっぽい。
「こんなですけど、元は侯爵家の嫡子だったんですよね? セラフィナ兄様?」
「失礼ねぇ」
セラの本名、セラフィナ・サーシスって言うのか……流石にその名前、聞いたことあるよ……。
あまりの美しさに老若男女を駄目にしたって。セラフィナ様に恋い焦がれて死んじゃった人もいるとかいないとか。
いや、さすがにいないだろー。……たぶん。
実際のセラは確かに、そう思わせる程の美人なんだけど……まさか、侯爵家の人が執事やってるなんて思わないよ!!
……頭痛い。
何から何までアルト家は規格外過ぎる。
「大丈夫ですか? 頭が痛む?」
心配そうに私の頭を撫でてますけどルシアン! 貴方が教えてくれないからこんなことに……!
「表向き、サーシス家はアルト家と対等になってるから、普通は考えないわよねー。
色々理由があって、こう言った形態を取ってるのよ」
ソウデスネー(棒読み)
何を言えばいいのか、何か言った方がいいのか、考えた結果。
「……よろしくお願いします……」
私の答えにセラが吹き出し、フィオニア様が横向いて笑いを堪えてるし。ルシアンは笑顔で私の頭撫でてるし。
だってそれ以外何言えばいいの……。
「他にもアルト家に仕える家があるのですが、それはおいおいご紹介しますね」
ふふ……もうどんな家が出て来ても驚かないぞ。
ロイエとかアビスとかも実は凄いお家の人とか言わないよね……?
……言わないよね?
「じゃ、お二人の邪魔するのも悪いから、行くわね」
セラとフィオニア様は会釈して部屋を出て行った。
ルシアンの首の所に頭をのせる。ここがちょうど寄りかかるのに丁度良いのだ。
こうするとルシアンが喜ぶのであって、私の意思では……いえ、すみません、ホッとします。
「アルト家は本当に、色々と規格外です……」
ルシアンが苦笑する。
え? 私は確かに前世の記憶があるけど、普通だと思うよ?
「ちょっとだけね」
……ちょっと?
大分、規格外だと思うよ?
……まぁ、それは良いとして……。
ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
「……ルシアン、助けに来て下さってありがとう」
私を抱き締める腕に力が入る。
「本当に、無事で良かった……」
私も本当にそう思う。
あの女の人のようになっててもおかしくなかったのだと思うと、思い出しても震える。
ルシアンの服をぎゅっと握ると、ルシアンがその手を握ってくれた。
温かくて大きいルシアンの手。私もその手を握り返す。
「物凄く気持ち悪いことをいっぱい言われたのです。
途中、隣の部屋から連れ出された女性は心も身体も壊されてしまってて……私もあんな風になるのかと……」
処女じゃないのが残念だとか。
ああああああ! 思い出しても気持ち悪い!!
「……何を、言われたのですか?」
えっ?
それ、ちょっと恥ずかしいよ?
恥ずかしくて顔が熱くなる。
「言って?」
あれ? 私、何で恥ずかしがらないといけないんだっけ? おかしいな、そういう話じゃなかった筈なのに。
「……その……私が……乙女じゃないのが残念だと……」
きゃーーーーっ!
恥ずかしいーーーーっ!!
暴走したあの時のことを思い出して二重に恥ずかしい!
あまりに恥ずかしいのでルシアンの首に顔を埋めてぐりぐりする。
恥ずかしくて堪らない私の髪をルシアンが撫でる。
あ、そう言えば、ルシアンの目の前で私を襲うとかも言ってた……。
思い出すだけでゾワッとした。
そうなる前に助けてもらえて本当良かった……。
「やっぱり殺そう……」
ぽつりと、頭上から不穏な言葉が聞こえて胃のあたりがひやっとしたけど、聞こえないフリをした。
人生、知らなくていいことっていっぱいあるよ、うん。
……それに、あのキモ男はどクズだから、死んだほうが世界の平和に一歩近付くと思う。
「ねぇ、ルシアン」
「なぁに?」
私の瞼にキスをするルシアン。
うわっ!
この返しはじめて!
甘い! 可愛い! 甘い!!
この期に及んでもまだ刺激が強いわ、このイケメン!!
「あの……もし私が、あの、女性のようになったら……」
それでもルシアンは私を愛してくれるだろうか?
薬物などで穢されてしまった女を、愛せるのだろうか?
そうなったら私の心も身体も死んでるだろうし。
「……私のことは、忘れて下さいね」
そうじゃないと、ルシアンの心が死んじゃう。
いつ元に戻るとも知れない私の心を支えようなんて、そんなの、とんでもない。
「駄目ですよ」
「でも」
「絶対に、私はミチルを手放したりはしません。
それだけはミチルのお願いでも無理です」
ホッとする気持ちはある。
そうは言っても、もし、そうなったら、私の手を放して欲しいな。
あの女の人、どうなるんだろう……。
記憶とか消してあげられればいいのにな。
身体とかは治っても、心の傷は治せないもんねぇ……。
っていうか壊れてしまってるし……。
うー、もやもやするー。
ふふっ、と笑う声にはっとした。
顔を上げるとルシアンがとろけるような目で私を見てる。
ん? 何で?
何でそんなに色気を放出してるの?
「ミチルは、悩みごとがあると、甘えるのが上手になりますね」
甘えるのが上手?! 誰の話ですか?!
「!」
いつの間にかルシアンに抱きついてるー!! 何故?!
通りで温かいと思いました!!?
慌ててルシアンから離れようとすると、駄目、とルシアンが止める。
「私たちは夫婦ですよ? 抱き付くぐらい、今更でしょう?」
そうだけど!
ひえぇぇぇっ!
ルシアンの言葉攻めが恐ろしいです!
私の耳元で、ルシアンが囁くように言う。
「閨事では、ミチルから抱き付きますよね?」
駄目だ! 頭が!
今ので頭が飽和状態になった!!
意地悪な微笑みを浮かべるルシアンに、鯉のように口をパクパクさせることしか出来ない私。
「エマとリジーからは外傷はないと聞いてはいるのですが、やはり自分で確認しないことには、安心出来ませんね」
これはヤバイ!
この流れは完全にヤバイ!
黄色信号すっ飛ばしてイキナリ赤信号です!
逃げようとした私をひょいと抱え上げると、ルシアンは寝室方向に足を向ける。
ちょっ! タイム!
私に考える時間を!!
へるぷ!!
お願いします!!
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