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004.僧帽筋に抱き付きたい
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「リサ様は本当にアロウラス様が怖くないのですね」
呆れ顔のアイリスにこっちが呆れる。
「むしろ何処に怖がる要素があるのか教えて欲しいわよ。完璧な筋肉、比類なきマッシブマッチョじゃないの」
「まっしぶまっちょ?」
聴き慣れない単語を、舌足らずに聞き返すアイリス。
可愛いから許すわ。
「こっちの話だから気にしないで」
アロウラス様の事を悪く言うのはちょっと許せないけど、あの良さが分かる人間が増えれば、敵が増えるって事よ。
むしろ今、皆に怖がられているアロウラス様を落とすチャンス到来って事よね?
もしよ? もし幸運な事にアロウラス様を口説き落とせたなら、私、この国に残りたいわ!
全力でアロウラス様にアタックして、玉砕したら日本に帰れば良いのよ。
そうよ、それが良いわ。
聖女ちゃんが頑張ってるのは望ましいけど、ミッションコンプリートしたら私が本懐を遂げる前に強制送還されてしまうかも知れないわ!
時間が無いの! 無さ過ぎるぐらいよ!
それにしても、昼間にあの魅惑の上腕二頭筋に触れたって言うのに、ぼんやりしてたなんて!
なんて勿体ない事をしたのかしら! 思い出すのよ私の海馬!!
さっき触れた手のひら、温かくて、厚みがあって、しっかりしてて、うふふっ。
「リサ様、お顔が緩みきっておりますよ?」
「ちょっとしあわせな気持ちに浸ってるのよ」
もしよ?! もし恋人になれたりなんかしたら、あの手のひらが頰に触れたりなんかしちゃったりするのよ?!
きゃーーーーっ!!
「リサ様、落ち着いて下さいませっ!」
「無理よ! 妄想だけで死ねそうよ!」
「何を妄想なさったら死ぬんですか?!」
「筋肉!」
「はい?!」
いのち短し恋せよ乙女、って、誰が言ったか知らないけど、良い言葉よね!
タイムリミットが迫ってるんだもの! 待ってる暇はないの!
全力よ!
待ってて、アロウラス様!
王太子は何だかいけ好かないけど、奴の近くにいた方がアロウラス様と接触するチャンスがありそうだわ。
それに応援してくれてるような雰囲気も、なくもない感じ? ……面白がってるだけかも知れないから、信用しちゃならないわね、アイツは。
「昨日リサ殿が手伝ってくれたお陰で、少し余裕がある」
じゃあその机の上の書類の山は何なのよ?
ジト目で見ると王太子は笑う。
「リサ殿には仕事を手伝ってもらうにあたって、この国の事、この世界について学んで欲しい」
アロウラス様と恋人になりたい──あわよくば嫁になりたい私としては、王太子のその申し出は大変ありがたい。むしろバッチコイ。
「かしこまりました」
水上梨紗、27歳!
アロウラス様の為ならどんな知識も吸収してみせるわ!
刺繍だって夜鍋するわよ!
社交?! 考えようによっては営業よね?! イケルイケル!
バッチコーーイ!!
命じられたお勉強の時間を終えて、王太子の執務室に戻る途中、外から気合の入った声が聞こえた。
窓から声のする方を見ると、アロウラス様が騎士団の訓練をしている勇姿が見えた。
さすが騎士と言うべきね。皆、結構良い感じにマッチョなのよね。眼福眼福。細マッチョじゃないの、ちゃんとマッチョなの。
あぁ、でもね、もう駄目。アロウラス様のような、私の理想を体現してしまった存在の前にはどんなマッチョも霞んでしまうわ。
一人ひとりに指導してらっしゃるわ。その真剣な眼差し……はぁ、ステキ。あんな目で見つめられたら……。
それだけで昇天出来る自信があるわ。うっとり。
「リサ様?」
後ろを付いて来ていたアイリスが、私の視線の先にいるアロウラス様を見る。
「視線だけで(私)ヤラレそうよ」
「そうですね。あの恐ろしい目で睨まれたら間違いなく」
思わずアイリスの方を見てしまった。
「違うわよ、あの目で見つめられたら、それだけで私の心臓が止まりそうって言ってるのよ?」
アイリスが怪訝な顔をする。
「恐怖でですよね?」
「なんでよ? 逆でしょ、嬉しさと興奮のし過ぎでショック死しそうって言ってるのに」
アロウラス様に至近距離で見つめられたりなんかしちゃったりなんかしちゃったらもう……!
「リサ様のおっしゃってる事が理解出来ません」
真顔で言うな。
「分からなくていいわよ、別に」
ライバル増えて欲しくないし。アイリスは頑なだし。
思わずため息を吐くと、隣でアイリスまでため息を吐いていた。
「リサ様はお美しくて賢くてお優しくていらっしゃるのに、何故アロウラス様なのですか?」
着飾らせて下さらないですし、とブツブツ言い出したのはこの際無視する。
こちらに来てから、私はじみーーにしている。何故かって? こういうのは、見せるべき時に見せるものよ。
「むしろアロウラス様が良いのよ?」
アロウラス様じゃなきゃ嫌になるのも時間の問題だと思うわ。
「リサ様の美貌を持ってすれば、殿下もお心を動かされる筈ですのにっ」
それは言い過ぎ。
「動かしたいのはアロウラス様のみよ」
私がこの体型を維持したいのは、ひとえにマッシブマッチョメンの為だもの。
「もーっ! リサ様、参りますよっ!」
何故か怒られたわ。解せぬ。
殿下の仕事を手伝い、こちらの世界、フィルモア王国、周辺諸国について勉強をし、自室に戻ってからは刺繍の練習をする。なかなか忙しいけど、社畜を舐めないでいただきたいわ。社畜じゃなかったけど、この際そんな気持ちで行くわ。
騎士の嫁は、剣帯に家紋の刺繍とかするらしいのよ。アロウラス様の嫁を目指す私としては、マスターせねばならぬ道! やったるわ刺繍道!
アイリスに刺繍のイロハから教わりながら、縫い進めていく。刺繍なんて! と思ったけど、出来上がっていく様はなかなかに達成感を得られる。老後に時間セレブになったらやれそうだわ。
「アイリスさん」
「お呼びに御座いますか?」
「聖女ちゃ……聖女様は、どんなご様子なのかしら?」
彼女の頑張りがミラクル起こしたら、私の計画が大きく変わってくるから、状況把握は大事。
「精神を集中させるのが苦手とは伺っております」
結構集中するのって難しいものよね。瞬間なら出来ても、維持するって存外大変。
頑張って聖女ちゃん。でもちょっと待ってて聖女ちゃん。私がアロウラス様を落とすまで……!
「リサ様、早く元の世界にお戻りになりたいですか?」
「そうねぇ……悲願が成就されないならね」
アロウラス様を落とせないなら帰りたいわ。落とせたなら永住したいわね。勝手だけど。
「悲願?! 何ですか? 私に出来る事なら何でもお手伝いしますっ!」
アラッ、私に帰って欲しくないって事? 可愛い事を言ってくれるわね、アイリスってば。
「リサ様、アロウラス様関連以外でしたら何でもご用命下さい!」
ピンポイントで否定したアロウラス様関連こそ頼みたいんだけど……。
「アイリスさん……」
「無理です」
「何でよ?! 私の気持ち、知ってるでしょ?!」
ガシャン、と何かが落ちる音がした。
開いたドアの向こうに、アロウラス様と殿下がいた。
物凄い気不味そうな顔の殿下と、青い顔をしたアロウラス様。
「あー、取り込み中の所申し訳ない。ノックをしたんだが、反応がないので開けさせていただいたんだが……」
目が泳ぎまくりの殿下と、青い顔のまま遠い目をしているアロウラス様。なんでそんな顔してるのかしら二人とも?
「……どのあたりから聞いてらっしゃったのですか?」
「アイリスが無理だと言い出したあたりかな……」
じゃあ、私がアロウラス様関連についてアイリスに拒絶されていたのは聞こえていなかったのね。
「その……二人がそんな仲とは知らず……」
殿下が微妙な顔をする。
「そんな仲?」
「いや、だから、リサ殿はその、アイリスの事を……」
私とアイリスは向き合う。
同時に首を傾げた。
アイリス「無理です!」
私「私の気持ち知ってるでしょ?」
…………
………
……
…
「?!」
私とアイリスがそういう関係だと勘違いしたって事?! 確かにそうとも取れなくもないけど、たったこれだけで?!
「違います! 私が好きなのはアロウラス様で!」
「リサ様!」
思わず口走った私の腕を、アイリスが引っ張る。
…………はっ!? つい……!!
アロウラス様の顔を見る。殿下も見てる。
変化がないと思った瞬間、耳まで真っ赤になった。
ぬ! この反応、悪くない感じ?!
アロウラス様と目が合った、と思ったら走り去った。
「レオニード?!」
逃げた?!
ちょっ! この状況で逃げんの?! マジで?!
いくら恥ずかしくても酷くない?! 女の私から告白してんのに?!
「逃すかーーっ!!」
廊下を逃げるアロウラス様を、全速力で追いかける。
(リサ)「待てええええええええっ!!」
(レオ)「いやああああああああ!!!」
元陸上選手、舐めんなよ!
絶対捕まえてやる!
「なんでっ! こんなに早いんだ!」
前方を走るアロウラス様が悲鳴のように叫ぶ。
「そんなの、貴方を捕まえる為よ!」
「オレなんか追いかけて何になるんだ!」
「馬鹿ね! 貴方だから追いかけたいんでしょ!」
気分は赤ずきんの狼ね!
……とは言え、あっちは現役の騎士。こっちが陸上やってたのは十年前で、最近じゃちょっとの距離も階段じゃなくエスカレーターやエレベーターに乗ってた。性別的には体力はあっちが上! あーもう! 息がもたなくなってきた!
広くて大きな背中が、全力で逃げてる。
ずっと逃げてるのよね。
……それだけ、私の事が嫌って事? まだ知り合って間もないから、好意を持ってくれって方が無理なの?
「あ……っ!」
別の事を考えていた所為か、足元にあった何かに躓いてその場に倒れ込んでしまった。
スピードもあったから、倒れた時に腹部と膝を強打した。
「……っ、いった~……」
「リサ殿!」
逃げていた癖に、アロウラス様は私の前までやって来た。
「あああ、オレが逃げたりなどしたから、怪我は、怪我はないですか?!」
「怪我ぐらい、そのうち治るから、大丈夫です。それより逃げないの?」
ちょっとお腹痛いけど……アザになってないと良いんだけど。膝は擦り剥けてるかも知れない。
「リサ殿の身体の方が大事だ!」
「そんな事言って、私が怪我したのはアロウラス様の所為だから責任取って、って言ったらどうするの?」
こっちの世界では、女子に怪我させたら男子が責任取って結婚するらしいわ。凄いわよね。
「喜んで、責任を取る」
……ん? 今なんて?
赤い顔のままのアロウラス様が私をじっと見つめる。
「でも、逃げてたわよね?」
「そ、それは! 突然の事で気が動転してっ! それに……っ!」
「それに?」
心臓がドキドキする。
ちょっとこの急展開!!
「ちゃんと、リサ殿に、自分の言葉で言いたかった!」
ナニヲ?!
アロウラス様は片膝をついて、赤い顔のまま、コホン、と咳払いをした。
「貴女の笑顔をひと目見て、恋をしました。
オレのようなむさ苦しい男は、お嫌いかも知れない! だが、絶対大切にする! オレと結婚して欲しい!」
交際期間ゼロ日なのに結婚?!
そんなの!
そんなの……!
「喜んで……!」
嬉しさのあまりアロウラス様の首に抱き付いたら、アロウラス様が硬直した。
「あー……コホン」
咳払いが聞こえた方を見たら、何故かものすっごい人数のオーディエンス。殿下なんかニヤニヤしちゃって顔が緩み切ってる。
「まさかあの団長が結婚とは」
「いや、でも地味だし」
「野獣が人と結婚かー」
「いやー、めでたい!」
「団長よりオレの方が先に結婚すると思ってたのに負けた!」
しかもなんか、聞こえてくる言葉が腹立つわ。
私が地味なのは別に構わないけど。アロウラス様がとやかく言われるのは許せないわ。
ぶあつーいメガネに顔を隠すような髪型だから、確かに地味だろうけど。
……ん? アロウラス様、さっき私の笑顔に惚れたとか言ってなかった?
アロウラス様って、メガネっ娘好きなのかしら?
じっとアロウラス様を見つめる。
「アロウラス様」
「ど、どうかなさったか?」
「私の笑顔がお好きと先程おっしゃってましたけれども……」
「う、うむ。優しい雰囲気が出ていて、とても幸せな気持ちになった」
このメガネしてたら、私の顔なんて全然分からないでしょうに。……アロウラス様ってば、これまで女性に怖がられてばっかりで、まともに微笑みかけられた事がなかったんじゃ……?
「アロウラス様、一つお約束していただけますか?」
「なんなりと」
ぶんぶんと顔を縦に振る。
「浮気しちゃ、嫌ですよ?」
「無論だ!」
オーディエンスから、そんな物好きいない、という声が聞こえる。
そんなの分かんないわよ! 第二第三の私のようなマッチョ好きが現れないとも限らないもの!
でも、そうね! アロウラス様は私のものだと思い知らせる為にも、見せつけてやらないと!
そう思った私は、アロウラス様の頰にキスをしようとして、メガネに邪魔された。
あぁ、もう、無駄に分厚いのよね、このメガネ。
メガネを外し、アロウラス様の頰にキスをする。
「お約束です」
真っ赤な顔のアロウラス様が、私を見て口をぱくぱくさせている。
「り、リサ殿、その、そのお顔は……っ」
顔……?
さっき転けた時に何か付いたかしら?
「ウソだーーっ!!」
「美女と野獣じゃないか!!」
「誰だ、地味って言った奴!」
悲鳴のような声が聞こえてくる。
あぁ、それね。
「この顔は、お嫌い?」
首をかしげながらアロウラス様に笑顔で尋ねた瞬間、アロウラス様が固まった。
呆れ顔のアイリスにこっちが呆れる。
「むしろ何処に怖がる要素があるのか教えて欲しいわよ。完璧な筋肉、比類なきマッシブマッチョじゃないの」
「まっしぶまっちょ?」
聴き慣れない単語を、舌足らずに聞き返すアイリス。
可愛いから許すわ。
「こっちの話だから気にしないで」
アロウラス様の事を悪く言うのはちょっと許せないけど、あの良さが分かる人間が増えれば、敵が増えるって事よ。
むしろ今、皆に怖がられているアロウラス様を落とすチャンス到来って事よね?
もしよ? もし幸運な事にアロウラス様を口説き落とせたなら、私、この国に残りたいわ!
全力でアロウラス様にアタックして、玉砕したら日本に帰れば良いのよ。
そうよ、それが良いわ。
聖女ちゃんが頑張ってるのは望ましいけど、ミッションコンプリートしたら私が本懐を遂げる前に強制送還されてしまうかも知れないわ!
時間が無いの! 無さ過ぎるぐらいよ!
それにしても、昼間にあの魅惑の上腕二頭筋に触れたって言うのに、ぼんやりしてたなんて!
なんて勿体ない事をしたのかしら! 思い出すのよ私の海馬!!
さっき触れた手のひら、温かくて、厚みがあって、しっかりしてて、うふふっ。
「リサ様、お顔が緩みきっておりますよ?」
「ちょっとしあわせな気持ちに浸ってるのよ」
もしよ?! もし恋人になれたりなんかしたら、あの手のひらが頰に触れたりなんかしちゃったりするのよ?!
きゃーーーーっ!!
「リサ様、落ち着いて下さいませっ!」
「無理よ! 妄想だけで死ねそうよ!」
「何を妄想なさったら死ぬんですか?!」
「筋肉!」
「はい?!」
いのち短し恋せよ乙女、って、誰が言ったか知らないけど、良い言葉よね!
タイムリミットが迫ってるんだもの! 待ってる暇はないの!
全力よ!
待ってて、アロウラス様!
王太子は何だかいけ好かないけど、奴の近くにいた方がアロウラス様と接触するチャンスがありそうだわ。
それに応援してくれてるような雰囲気も、なくもない感じ? ……面白がってるだけかも知れないから、信用しちゃならないわね、アイツは。
「昨日リサ殿が手伝ってくれたお陰で、少し余裕がある」
じゃあその机の上の書類の山は何なのよ?
ジト目で見ると王太子は笑う。
「リサ殿には仕事を手伝ってもらうにあたって、この国の事、この世界について学んで欲しい」
アロウラス様と恋人になりたい──あわよくば嫁になりたい私としては、王太子のその申し出は大変ありがたい。むしろバッチコイ。
「かしこまりました」
水上梨紗、27歳!
アロウラス様の為ならどんな知識も吸収してみせるわ!
刺繍だって夜鍋するわよ!
社交?! 考えようによっては営業よね?! イケルイケル!
バッチコーーイ!!
命じられたお勉強の時間を終えて、王太子の執務室に戻る途中、外から気合の入った声が聞こえた。
窓から声のする方を見ると、アロウラス様が騎士団の訓練をしている勇姿が見えた。
さすが騎士と言うべきね。皆、結構良い感じにマッチョなのよね。眼福眼福。細マッチョじゃないの、ちゃんとマッチョなの。
あぁ、でもね、もう駄目。アロウラス様のような、私の理想を体現してしまった存在の前にはどんなマッチョも霞んでしまうわ。
一人ひとりに指導してらっしゃるわ。その真剣な眼差し……はぁ、ステキ。あんな目で見つめられたら……。
それだけで昇天出来る自信があるわ。うっとり。
「リサ様?」
後ろを付いて来ていたアイリスが、私の視線の先にいるアロウラス様を見る。
「視線だけで(私)ヤラレそうよ」
「そうですね。あの恐ろしい目で睨まれたら間違いなく」
思わずアイリスの方を見てしまった。
「違うわよ、あの目で見つめられたら、それだけで私の心臓が止まりそうって言ってるのよ?」
アイリスが怪訝な顔をする。
「恐怖でですよね?」
「なんでよ? 逆でしょ、嬉しさと興奮のし過ぎでショック死しそうって言ってるのに」
アロウラス様に至近距離で見つめられたりなんかしちゃったりなんかしちゃったらもう……!
「リサ様のおっしゃってる事が理解出来ません」
真顔で言うな。
「分からなくていいわよ、別に」
ライバル増えて欲しくないし。アイリスは頑なだし。
思わずため息を吐くと、隣でアイリスまでため息を吐いていた。
「リサ様はお美しくて賢くてお優しくていらっしゃるのに、何故アロウラス様なのですか?」
着飾らせて下さらないですし、とブツブツ言い出したのはこの際無視する。
こちらに来てから、私はじみーーにしている。何故かって? こういうのは、見せるべき時に見せるものよ。
「むしろアロウラス様が良いのよ?」
アロウラス様じゃなきゃ嫌になるのも時間の問題だと思うわ。
「リサ様の美貌を持ってすれば、殿下もお心を動かされる筈ですのにっ」
それは言い過ぎ。
「動かしたいのはアロウラス様のみよ」
私がこの体型を維持したいのは、ひとえにマッシブマッチョメンの為だもの。
「もーっ! リサ様、参りますよっ!」
何故か怒られたわ。解せぬ。
殿下の仕事を手伝い、こちらの世界、フィルモア王国、周辺諸国について勉強をし、自室に戻ってからは刺繍の練習をする。なかなか忙しいけど、社畜を舐めないでいただきたいわ。社畜じゃなかったけど、この際そんな気持ちで行くわ。
騎士の嫁は、剣帯に家紋の刺繍とかするらしいのよ。アロウラス様の嫁を目指す私としては、マスターせねばならぬ道! やったるわ刺繍道!
アイリスに刺繍のイロハから教わりながら、縫い進めていく。刺繍なんて! と思ったけど、出来上がっていく様はなかなかに達成感を得られる。老後に時間セレブになったらやれそうだわ。
「アイリスさん」
「お呼びに御座いますか?」
「聖女ちゃ……聖女様は、どんなご様子なのかしら?」
彼女の頑張りがミラクル起こしたら、私の計画が大きく変わってくるから、状況把握は大事。
「精神を集中させるのが苦手とは伺っております」
結構集中するのって難しいものよね。瞬間なら出来ても、維持するって存外大変。
頑張って聖女ちゃん。でもちょっと待ってて聖女ちゃん。私がアロウラス様を落とすまで……!
「リサ様、早く元の世界にお戻りになりたいですか?」
「そうねぇ……悲願が成就されないならね」
アロウラス様を落とせないなら帰りたいわ。落とせたなら永住したいわね。勝手だけど。
「悲願?! 何ですか? 私に出来る事なら何でもお手伝いしますっ!」
アラッ、私に帰って欲しくないって事? 可愛い事を言ってくれるわね、アイリスってば。
「リサ様、アロウラス様関連以外でしたら何でもご用命下さい!」
ピンポイントで否定したアロウラス様関連こそ頼みたいんだけど……。
「アイリスさん……」
「無理です」
「何でよ?! 私の気持ち、知ってるでしょ?!」
ガシャン、と何かが落ちる音がした。
開いたドアの向こうに、アロウラス様と殿下がいた。
物凄い気不味そうな顔の殿下と、青い顔をしたアロウラス様。
「あー、取り込み中の所申し訳ない。ノックをしたんだが、反応がないので開けさせていただいたんだが……」
目が泳ぎまくりの殿下と、青い顔のまま遠い目をしているアロウラス様。なんでそんな顔してるのかしら二人とも?
「……どのあたりから聞いてらっしゃったのですか?」
「アイリスが無理だと言い出したあたりかな……」
じゃあ、私がアロウラス様関連についてアイリスに拒絶されていたのは聞こえていなかったのね。
「その……二人がそんな仲とは知らず……」
殿下が微妙な顔をする。
「そんな仲?」
「いや、だから、リサ殿はその、アイリスの事を……」
私とアイリスは向き合う。
同時に首を傾げた。
アイリス「無理です!」
私「私の気持ち知ってるでしょ?」
…………
………
……
…
「?!」
私とアイリスがそういう関係だと勘違いしたって事?! 確かにそうとも取れなくもないけど、たったこれだけで?!
「違います! 私が好きなのはアロウラス様で!」
「リサ様!」
思わず口走った私の腕を、アイリスが引っ張る。
…………はっ!? つい……!!
アロウラス様の顔を見る。殿下も見てる。
変化がないと思った瞬間、耳まで真っ赤になった。
ぬ! この反応、悪くない感じ?!
アロウラス様と目が合った、と思ったら走り去った。
「レオニード?!」
逃げた?!
ちょっ! この状況で逃げんの?! マジで?!
いくら恥ずかしくても酷くない?! 女の私から告白してんのに?!
「逃すかーーっ!!」
廊下を逃げるアロウラス様を、全速力で追いかける。
(リサ)「待てええええええええっ!!」
(レオ)「いやああああああああ!!!」
元陸上選手、舐めんなよ!
絶対捕まえてやる!
「なんでっ! こんなに早いんだ!」
前方を走るアロウラス様が悲鳴のように叫ぶ。
「そんなの、貴方を捕まえる為よ!」
「オレなんか追いかけて何になるんだ!」
「馬鹿ね! 貴方だから追いかけたいんでしょ!」
気分は赤ずきんの狼ね!
……とは言え、あっちは現役の騎士。こっちが陸上やってたのは十年前で、最近じゃちょっとの距離も階段じゃなくエスカレーターやエレベーターに乗ってた。性別的には体力はあっちが上! あーもう! 息がもたなくなってきた!
広くて大きな背中が、全力で逃げてる。
ずっと逃げてるのよね。
……それだけ、私の事が嫌って事? まだ知り合って間もないから、好意を持ってくれって方が無理なの?
「あ……っ!」
別の事を考えていた所為か、足元にあった何かに躓いてその場に倒れ込んでしまった。
スピードもあったから、倒れた時に腹部と膝を強打した。
「……っ、いった~……」
「リサ殿!」
逃げていた癖に、アロウラス様は私の前までやって来た。
「あああ、オレが逃げたりなどしたから、怪我は、怪我はないですか?!」
「怪我ぐらい、そのうち治るから、大丈夫です。それより逃げないの?」
ちょっとお腹痛いけど……アザになってないと良いんだけど。膝は擦り剥けてるかも知れない。
「リサ殿の身体の方が大事だ!」
「そんな事言って、私が怪我したのはアロウラス様の所為だから責任取って、って言ったらどうするの?」
こっちの世界では、女子に怪我させたら男子が責任取って結婚するらしいわ。凄いわよね。
「喜んで、責任を取る」
……ん? 今なんて?
赤い顔のままのアロウラス様が私をじっと見つめる。
「でも、逃げてたわよね?」
「そ、それは! 突然の事で気が動転してっ! それに……っ!」
「それに?」
心臓がドキドキする。
ちょっとこの急展開!!
「ちゃんと、リサ殿に、自分の言葉で言いたかった!」
ナニヲ?!
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「貴女の笑顔をひと目見て、恋をしました。
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交際期間ゼロ日なのに結婚?!
そんなの!
そんなの……!
「喜んで……!」
嬉しさのあまりアロウラス様の首に抱き付いたら、アロウラス様が硬直した。
「あー……コホン」
咳払いが聞こえた方を見たら、何故かものすっごい人数のオーディエンス。殿下なんかニヤニヤしちゃって顔が緩み切ってる。
「まさかあの団長が結婚とは」
「いや、でも地味だし」
「野獣が人と結婚かー」
「いやー、めでたい!」
「団長よりオレの方が先に結婚すると思ってたのに負けた!」
しかもなんか、聞こえてくる言葉が腹立つわ。
私が地味なのは別に構わないけど。アロウラス様がとやかく言われるのは許せないわ。
ぶあつーいメガネに顔を隠すような髪型だから、確かに地味だろうけど。
……ん? アロウラス様、さっき私の笑顔に惚れたとか言ってなかった?
アロウラス様って、メガネっ娘好きなのかしら?
じっとアロウラス様を見つめる。
「アロウラス様」
「ど、どうかなさったか?」
「私の笑顔がお好きと先程おっしゃってましたけれども……」
「う、うむ。優しい雰囲気が出ていて、とても幸せな気持ちになった」
このメガネしてたら、私の顔なんて全然分からないでしょうに。……アロウラス様ってば、これまで女性に怖がられてばっかりで、まともに微笑みかけられた事がなかったんじゃ……?
「アロウラス様、一つお約束していただけますか?」
「なんなりと」
ぶんぶんと顔を縦に振る。
「浮気しちゃ、嫌ですよ?」
「無論だ!」
オーディエンスから、そんな物好きいない、という声が聞こえる。
そんなの分かんないわよ! 第二第三の私のようなマッチョ好きが現れないとも限らないもの!
でも、そうね! アロウラス様は私のものだと思い知らせる為にも、見せつけてやらないと!
そう思った私は、アロウラス様の頰にキスをしようとして、メガネに邪魔された。
あぁ、もう、無駄に分厚いのよね、このメガネ。
メガネを外し、アロウラス様の頰にキスをする。
「お約束です」
真っ赤な顔のアロウラス様が、私を見て口をぱくぱくさせている。
「り、リサ殿、その、そのお顔は……っ」
顔……?
さっき転けた時に何か付いたかしら?
「ウソだーーっ!!」
「美女と野獣じゃないか!!」
「誰だ、地味って言った奴!」
悲鳴のような声が聞こえてくる。
あぁ、それね。
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自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
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