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第一章
常温の水
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部屋に入るなり口を開いたのは、さっきまで一言も喋ってなかった椎名だった。
「ね、私最初に歌いたいんだけど……いいかな?」
興奮しているのか頬を赤らめている椎名に対して、智和はさっきの俺と同じようにぽかんとしている。
俺は正直なところ歌うつもりはないし、ちょうどいいと思って彼女を促す。
「まぁ、いいんじゃないか?」
「いい!? ありがとう!」
「!?」
俺の発言にお礼を言う彼女は、勢いよく俺の両手を握ってぐっと体を寄せてくる。
なんというか…………無防備だな……。
「お、お前…………」
「いや、智和、誤解だ。 俺は何もしてない」
「あの淡白なお前も、成長したんだなぁ……!」
「おいもう一回言ってみろ」
「あの淡白なお前も……」
「わかったわかった俺が悪かったよ」
智和と普段通りの会話をしているうちに椎名が離れ、すぐに曲を入れる。
今の彼女は全く内気な様子を感じさせない、まさに青春を生きる女子高生といった雰囲気だ。
何故突然こうなったのかは理解できないが…………彼女なりに理由があるのだろう。
「そうだ。 俺喉渇いたから、飲み物取ってくる。 みんなの分も持ってくるけど、何が良い?」
「楽がそう言うの、なんか珍しいな。 俺コーラで」
「あ、私は水で。 それも常温のやつね。 七海は?」
「私ですか? ん~……藤崎くんに任せます」
「え、好き嫌いとかは?」
「特にありませんし大丈夫です。 それに、人に頼んでいる以上、何が来ても文句は言いません」
「お、おう……」
部屋に入るまでとはまるで違った様子を見せる椎名の言葉に少し動揺しつつも、俺は部屋を出る。
入り口の近くにあるドリンクバーで注文された飲み物を注いでいく。
「椎名、何が良いかなぁ……」
こういうとき、『任せる』だとか『なんでもいい』という返答が一番困る。
彼女の好みを知っていれば良かったのだが、まだ新しいクラスになって少し経っただけだし、智和のような人柄じゃないから関わりが少なく、何も彼女のことは知らない。
彼女の様子を見れば何を持っていったって文句を言われることはないだろうけど……。
だめだ、わからん。
部屋に入って一番に歌いたいと言ったところから考えれば歌うのは多少なりとも好きなんだろうから、ここは無難に水でいくか。
次は自分で取ってきてもらえばいい話だしな。
部屋に戻ると、すでに椎名が歌い始めていた。
うん。
上手い。
椎名が歌っているのはボーカロイズの曲だ。
この曲が流行ったのはかなり前の話になるが、歌詞にストーリー性があって俺も一時期聴いていた。
タイムリープを繰り返す少年と少女の夏の日の話で、何回繰り返しても死の結末を迎える少女を救うべく、自分の身を犠牲にして彼女を守る、といった話だ。
少ない文字数で感情も情景も表していて、歌とその歌詞で二重に楽しめるのが売りだ。
「お待たせ。 椎名、ここに置いとくぞ」
「え、俺以外みんな水なの……? しょうもないけどなんか疎外感……」
「些細な反抗として捉えておいてくれ」
「わざとだったのかよ!」
「あくまで不可抗力だ」
ボーカロイズは間奏が短い曲が多い。
この曲もそれに含まれる。
短い間奏の間に、飲み物を飲もうとした椎名が机の上に置いてある水を見て少し驚いたような顔をしたのが見えた。
まあ普通ならわざわざドリンクバーで水なんて入れないよな……。
どうせなら何か味のあるものにすれば良かったと今更ながら思う。
「あ、悪い」
俺が短く謝罪の言葉を口にすると、椎名は俺の方を見ずに水を飲み、そのまま続きを歌い始めた。
変なやつだと思われたか?
無難とはいえ流石に水を持っていったのは良くなかったか。
後で遠回しに文句を言われないことを願っておこう。
「……どうした?」
「ん? いや、なんでもない……っていうのは嘘になるね。 私が水頼んだとき、不思議に思わなかった?」
おい、反省会はもう終わったんだから傷を抉らないでくれよ……。
「いや、全く」
そうキッパリと答えると、彼女はなんだか納得したような表情をして、『そっか』とだけ言って椎名の方に目を向ける。
俺は彼女の表情や言葉に小首を傾げたが、深くは考えなかった。
「ね、私最初に歌いたいんだけど……いいかな?」
興奮しているのか頬を赤らめている椎名に対して、智和はさっきの俺と同じようにぽかんとしている。
俺は正直なところ歌うつもりはないし、ちょうどいいと思って彼女を促す。
「まぁ、いいんじゃないか?」
「いい!? ありがとう!」
「!?」
俺の発言にお礼を言う彼女は、勢いよく俺の両手を握ってぐっと体を寄せてくる。
なんというか…………無防備だな……。
「お、お前…………」
「いや、智和、誤解だ。 俺は何もしてない」
「あの淡白なお前も、成長したんだなぁ……!」
「おいもう一回言ってみろ」
「あの淡白なお前も……」
「わかったわかった俺が悪かったよ」
智和と普段通りの会話をしているうちに椎名が離れ、すぐに曲を入れる。
今の彼女は全く内気な様子を感じさせない、まさに青春を生きる女子高生といった雰囲気だ。
何故突然こうなったのかは理解できないが…………彼女なりに理由があるのだろう。
「そうだ。 俺喉渇いたから、飲み物取ってくる。 みんなの分も持ってくるけど、何が良い?」
「楽がそう言うの、なんか珍しいな。 俺コーラで」
「あ、私は水で。 それも常温のやつね。 七海は?」
「私ですか? ん~……藤崎くんに任せます」
「え、好き嫌いとかは?」
「特にありませんし大丈夫です。 それに、人に頼んでいる以上、何が来ても文句は言いません」
「お、おう……」
部屋に入るまでとはまるで違った様子を見せる椎名の言葉に少し動揺しつつも、俺は部屋を出る。
入り口の近くにあるドリンクバーで注文された飲み物を注いでいく。
「椎名、何が良いかなぁ……」
こういうとき、『任せる』だとか『なんでもいい』という返答が一番困る。
彼女の好みを知っていれば良かったのだが、まだ新しいクラスになって少し経っただけだし、智和のような人柄じゃないから関わりが少なく、何も彼女のことは知らない。
彼女の様子を見れば何を持っていったって文句を言われることはないだろうけど……。
だめだ、わからん。
部屋に入って一番に歌いたいと言ったところから考えれば歌うのは多少なりとも好きなんだろうから、ここは無難に水でいくか。
次は自分で取ってきてもらえばいい話だしな。
部屋に戻ると、すでに椎名が歌い始めていた。
うん。
上手い。
椎名が歌っているのはボーカロイズの曲だ。
この曲が流行ったのはかなり前の話になるが、歌詞にストーリー性があって俺も一時期聴いていた。
タイムリープを繰り返す少年と少女の夏の日の話で、何回繰り返しても死の結末を迎える少女を救うべく、自分の身を犠牲にして彼女を守る、といった話だ。
少ない文字数で感情も情景も表していて、歌とその歌詞で二重に楽しめるのが売りだ。
「お待たせ。 椎名、ここに置いとくぞ」
「え、俺以外みんな水なの……? しょうもないけどなんか疎外感……」
「些細な反抗として捉えておいてくれ」
「わざとだったのかよ!」
「あくまで不可抗力だ」
ボーカロイズは間奏が短い曲が多い。
この曲もそれに含まれる。
短い間奏の間に、飲み物を飲もうとした椎名が机の上に置いてある水を見て少し驚いたような顔をしたのが見えた。
まあ普通ならわざわざドリンクバーで水なんて入れないよな……。
どうせなら何か味のあるものにすれば良かったと今更ながら思う。
「あ、悪い」
俺が短く謝罪の言葉を口にすると、椎名は俺の方を見ずに水を飲み、そのまま続きを歌い始めた。
変なやつだと思われたか?
無難とはいえ流石に水を持っていったのは良くなかったか。
後で遠回しに文句を言われないことを願っておこう。
「……どうした?」
「ん? いや、なんでもない……っていうのは嘘になるね。 私が水頼んだとき、不思議に思わなかった?」
おい、反省会はもう終わったんだから傷を抉らないでくれよ……。
「いや、全く」
そうキッパリと答えると、彼女はなんだか納得したような表情をして、『そっか』とだけ言って椎名の方に目を向ける。
俺は彼女の表情や言葉に小首を傾げたが、深くは考えなかった。
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